審判の雷撃
ゲームの問題点は早々に浮き彫りとなった。
「さあ、お前のターンだぜ……アレックス」
「最後の一枚だな」
「……じゃあ、いきます」
ジョッキの中にダイスが放られ、音が止まる。アレックスが中を覗き込んで“あー”とかなんとか声を漏らした。
「1ですね」
「っかー、アレックスはほんとこういうことするんだよなぁー」
「1を宣言すれば通りやすいと思ってるんだよなぁ、こいつは。ほんと参っちまうぜ」
俺とバルガーは顔を見合わせながらゲラゲラと笑った。
「……なんか色々言ってますけど、二人とももう駒ないですよね。駒ないと審判できませんよね」
「そこに気付いたか……」
「こういうとこ目ざといんだよなぁ」
「一目瞭然なんですが……はい、最後の1マス進んで終わりです。ようやく僕が初登頂ですよ……」
はい、こういう感じです。
アレックスの最後の駒が悠々と山頂にたどり着きゲームセットである。
つまるところ、他の駒は全て落雷で死んでしまったわけだ。
「十二マス程度と思ったけどよぉモングレル……これやっぱ長ぇよ」
「うーん、これでも長いか……」
「最終的にモングレルさんとバルガーさんが自滅して僕が一人勝ちしたようなもんですからね……達成感があるかというと……」
「ゲーム自体はどうよ?」
「そこはまぁ意外と面白かったな」
「まあはい」
「じゃあマス目を削ったりして調整すりゃなんとかなるかねぇ……」
実を言えば俺が過去やったゲームと比べて長過ぎるってのもわかってはいたんだが、やってみないとわからんしな。けどやってみたら案の定だったわ。なげーよ。
「登山口を四つほどずらして……ジャッジキル成功したらその数字分だけ進めるってことにするか。一マス固定じゃ駆け引きになんねーわ」
「おー、それならゴールに辿り着けそうだ」
「駆け引きは結構面白かったので楽しみです」
「他にもなんか追加したほうが良いルールあったら試していきてえな。まあやりながらで良いか」
そういうわけで第二戦。今度はゲームも泥沼にならずにちゃっちゃと進行するはずだが、さてどうなるか。
「1でした」
「……バルガーさん、このアレックスのしれっとした顔どう思います?」
「こいつは嘘つきの顔だな……おら、ジョッキ見せろ」
「はいどうぞ」
「……1……」
「あっぶね、俺に雷落ちるところだった」
「ぐわーっ!」
「相変わらず勝手に死んでいきますね……はい、1マス進めますよ」
疑心暗鬼になって自爆していくのはいつものこと。
ただそういったお約束がありつつも、ゲームはしっかりと目標のところまで進んでいった。
「おいおいモングレルもう次3以上出したら勝ちじゃねえか!」
「クハハ、わり! 3!」
「審判します!」
「よーしいい度胸だアレックス、だったら確認してみろ」
「なっ! ……え、6じゃないですか!? 何さっきの自信!?」
「開き直りと言ってほしいぜ……!」
「モングレルに雷落ちて、逆にアレックスが宣言した数字の分だけ進む……3、ってことはこれアレックスがゴールじゃねえか」
ルール改定によって駒が進みやすくなり、ゲームセットしやすくなった。今回は全員リタイアになることなくアレックスが一番乗りでゴールしたことになるな。
「これで僕の勝ちですね」
「次からアレックス禁止にしようぜ」
「僕禁止ってなんですか!?」
「くっそー、欲かかずに1とかにしときゃよかったか……」
「出目の三分の一が必ず嘘をつかなきゃいけないやつですから、戦略性ありますね」
「面白いな。けどすぐ終わっちまうのはちょっとどうなんだって感じがするな……4を連続で出したらほとんどそれだけで勝ちだろ? さすがにそいつはどうなんだ」
「まぁ確かにバルガーの言う通りだな。早いもの勝ちルールじゃなくて、得点系のルールにでもしてみるか。ゴールの時に余分に出た目の数だけ加点される、みたいな」
「なるほど、やってみると面白いかもしれませんね」
試合時間もさほどかからないので、サクサクと回していける。やってることはマジでシンプルにサイコロ振るだけのすごろくなんでね。そりゃ進行もスムーズだ。
「ゴールした駒を担保に審判できるようにするか。そうすりゃ先に駒を使い切った奴でもゲームに参加できる」
「なるほど……そういう手もありですか。良いんじゃないでしょうか?」
「しれっと嘘つける奴が得意そうなゲームになってきたなぁ……俺には厳しいぜ」
「バルガーさん十分お上手ですよ」
「おーいお前ら何して遊んでるんだー?」
「さっきから楽しそうにしてんじゃねーか、見せろよ」
ギャラリーがちょっとずつ増え、参加人数も増えていく。ルールそのものは単純なので覚えるのに苦労することもない。盤面用の革に色々書き足してゴチャついてはきているが、まぁこれも製品版になればスッキリするとは思うので、今はこのままでいい。
「2ぃが出ましたねぇ」
「あからさまに怪しい言い方したぞ!」
「いやわざとかもしれん」
「嘘つくなら2じゃないだろ多分……」
「いくなら誰か審判行けよ、俺はやめとくけどな!」
「2なら進ませてやるか……嘘つきがよ、今は生かしておいてやるぜ」
「俺達に感謝しろよな」
「よーし次は俺の番だ……って、ジョッキの中6じゃねーか! くっそ、宣言しときゃよかった……!」
ただここまでやって思ったのは……このゲーム、必要な道具が少なすぎるせいで製品化してもあまり儲けにはならなそうだなってことだ。
革のボード、駒、あとはダイスがあればどうとでもなってしまう。しかも簡単に代用がきくものばかりなので、ルールさえ覚えてしまえば買う必要すらないかもしれない。シンプルなゲームを目指したから間違ってはいないんだが……売上はそこまで伸びてくれないかもしれないな。
まあけど、ギルド発のボードゲームとして売り出せばまた少しは金になるだろう。
今はこうして少しずつ、あまり派手なことをせず着実に金策を続けていくさ。その代わり多角的に、手広くな……。
「なあモングレル、それでこのゲームはなんて名前なんだ?」
そんなことを考えていると、バルガーに根本的な部分の抜けを指摘されてしまった。
どうしよう。ゲームの名前か。考えてなかったわ……。
「あー……もうシンプルにジャッジでいいんじゃないか? 覚えやすいだろ」
「それもそうだな。ジャッジか」
「もう一回やるぞもう一回、さっきのは出目が悪かった」
「よーしやるか」
審判。盤面の絵柄を見ての通り、ラトレイユ連峰の頂上に揺らめくオーロラ、コルティナメデューサをテーマとしたゲームである。
ハルペリアとサングレールの間に聳える山々の上部にはコルティナメデューサが生息しており、迂闊に近付いた生き物は全て無差別に手痛い反撃を食らうことになる。これがサングレール聖王国がハルペリアに対して強引な侵攻ができない大きな原因のひとつになっている。
また、討伐記録の存在しない魔物のひとつでもある。サンライズキマイラですら自然死が観測されているが、コルティナメデューサに関しては討伐できたかどうかがわからないのだ。殺意ばかりがクソ高いくせにおそらく倒せるような相手ではない。生息域が限られてなかったら人類が絶滅していてもおかしくないレベルのクソモンスターなのだ。
その実体は空に揺らめくオーロラに似た発光体であり、標高の高い場所で生物の侵入を感知すると幻想的なゆらめきと共に空に現れる。そしてカーテンをまとめるようにしてくるくると自身を束ね……虹色の薔薇のような姿になると同時に、猛攻を開始する。魔法による氷の触手を無数に射出してきたり、手加減のない即死級の雷撃を放ったり……見た目の美しさに反し、ガチで純粋な殺意をもって攻撃を仕掛けてくる。さっさと狙われない標高まで下山するか、死ぬまで延々と攻撃を続けてくるので厄介なことこの上ない魔物だ。
薔薇状のオーロラとそこから伸びる雷や氷がクラゲのように見えるためにクラゲの魔物と呼ばれているが、当然クラゲらしい体組織を持っているわけでもない。どちらかといえばゴースト系に近いのかもしれないな。
「ぐあー! また雷に打たれた!」
「嘘つきは崖下に転がり落ちな!」
「1を宣言するやつは嘘つきなんだ……俺は完全に理解したぜ……」
当然、こんな危険すぎる魔物を間近で観察した者はほとんどいない。
サンライズキマイラと同様、伝説として伝え聞くか……時々山の上に出ているオーロラを見て、遠くからその幻想的な存在を眺める程度のものだ。
おかげでラトレイユ連峰の標高の高い場所は人間にとって未踏の地であり、その神秘は“虹色の薔薇”をはじめとする様々な幻想やおとぎ話を生んだのである。まぁ、フィクションの存在ってやつだな。
ハルペリア人にとってはサングレール聖王国の侵攻から国土を守ってくれるありがたい魔物だが、反面サングレール人にとっては最悪の魔物と言えるだろう。
このゲームにおける審判の宣言は、ハルペリア人にとっては女神ヒドロアによる裁きのように感じるかもしれない。サングレール人にとっては、あんまりいい気分にはならないかもしれないな。
まあ実際のところは、相手がハルペリア人だろうとサングレール人だろうと誰彼構わず平等に雷を落っことしてくるヒステリーさんなんだが……。




