トゥー匠ライナ
シャルル街道近くの村に盗賊集団が出たらしい。
まぁちょっとした犯罪者くらいであれば珍しいわけでもないのだが、今回現れた奴は何度も同じようなポイントで待ち伏せしているわりになかなか捕まらないそうで、現地のレオミュール村は派兵を要請。盗賊征伐のために兵士が動員された他、俺達レゴールのギルドマンにも依頼が回ってきた。
「宿場町コノンとレオミュール村の警備。少々離れている上に定員人数も多い仕事だな」
「シルバー1以上で、受注は三人組以上……ソロやデュオはお呼びじゃねえ仕事か。まあ、変な奴と組まされるのも嫌だからそれはいいんだが……」
「盗賊ってのがどうも、厄介そうなのよね」
「兵士崩れなんじゃねえかって噂を聞くんだよな……すばしっこいってよりも単純に手強い奴だぜこいつは」
「シルバー1以上とはいうが、その見積もりもどうなんだろうなぁ」
報酬自体は美味しい仕事だが、その中身がちょっと臭うタイプの仕事のようだ。
ギルドマンはベテランになるほど臆病というか危険を嗅ぎ分ける力が備わってくるので、リスクの多そうな仕事に関してはそれなりにアンテナを張っている。
魔物はまだわかりやすい。この前現れたというハルパーフェレットの変異種なんかはまだ予測がつくレベルの相手だ。いわゆるネームドとはいえ、強さの幅にも大体の目安がある。しかし人間相手だとかなり話が変わってくる。強さの個体差が幅広すぎるのだ。
身体強化を扱える人間はだいたい、本当にざっくりではあるが十人に一人くらいだろうか。魔力を活用できない筋肉モリモリのマッチョマンよりも、ちょっと身体強化が扱える細マッチョの方がパワーがある世界だ。
そして身体強化が扱える人間の中でも、肉体労働が得意なやつレベルだったり村一番の力自慢レベルだったり、はたまた世界最強のギルドマンレベルだったりと出力は千差万別だ。
これは見た目ではなかなかわからないし、細身の綺麗な女だからといって与し易いとは限らない。そこにスキルやら魔法やらの要素も関わってくるのだ。強いやつは見た目にわからないし、盗賊だってそのエリアの適正レベルのモンスターとして出てくるわけではない。
対人戦を想定しなきゃならない任務において、俺達ギルドマンは飛び抜けて強いネームド盗賊とかち合うリスクを常に考慮しなければならないのである。
「おい、モングレルは受けねえのかよ、この依頼」
「受けねーよ。対人嫌いだから」
「さっきからアイアン向けのところばっかり見やがって……」
「都市清掃か粘土の輸送かで悩んでるんだよな……最近やってなかったから……」
「またそういう依頼かよ。たまには盗賊相手に剣振り回せよ」
「この依頼もソロだしなぁ。拘束時間も長いからパスだわ」
長々と盗賊について説明したが……俺は全く興味ないぜ!
いや実際人間相手だと何が起こるかわかんねーからな。間違いなく勝てはするけど、万が一クソ強い野良ネームド盗賊にかち合ったらわからんのでね。
基礎報酬は悪くないんだが、魔物みたいに肉とかの副収入もないから実利的な面でもちょっと気が進まないんだよな……。
「先輩先輩、モングレル先輩」
「お? なんだいたのかライナ」
「さっき来たばかりっスけど」
これはもうアイアンランクと一緒に粘土でも運ぶしかねえかと思ったところで、後ろからライナに声をかけられた。
「これから一緒に森行かないスか? 軽めの討伐で色々試したいことがあるんスよね」
「お? バロアの森で討伐か、良いぜ。一緒に行くか」
「わぁい。トゥーちゃんも来るんスけど大丈夫スかね」
「え、あの喋る鳥を外に出すのか? 逃げねえの?」
以前市場でライナが買ったトゥートゥーカンのトゥーちゃん。
“アルテミス”のクランハウスで色々と仕込まれているという話は聞いていたが、まさかもう外に連れ出せるまでになったのか。すげぇな。
「そこは大丈夫っス。まあけど、バロアの森に行くのは初めてなんでお試しってところっスね。モングレル先輩にはその護衛としても来てほしいんスよ」
「そういうことなら任せとけ。トゥーちゃんがハルパーフェレットに食い殺されないように守ってやるよ」
「むふ……」
守ってやるよって言ったのはトゥーちゃんの方に対してだったのだが、ライナの脳内でどう変換されたのか、変な笑いを浮かべている。
いやまぁ近接役だし普通にライナも守るけどよ……。
“アルテミス”は貴族街でも色々と任務をこなしているが、基本的には討伐メインのパーティーである。そしてそのメインフィールドはレゴールに隣接するバロアの森だ。
討伐と索敵は表裏一体。トゥーちゃんはバロアの森で、いち早く敵を発見する斥候としての役目を期待されているようだった。
「トゥーちゃん、訓練の成果を見せる時がきたっスよ!」
「ハイ、ガンバリマス……」
「……しばらく見ない間にお利口になったというか、従順になったなぁ……この鳥……」
ライナの矢筒に新たに備え付けられた短めの横木にがっしりと爪を食い込ませて留まっているのは、大きなクチバシがトレードマークのトゥーちゃんである。久々に会ったが、初めて市場で見た時とちょっと印象変わった気がする。“アルテミス”で揉まれたのだろうか。
既に俺達はバロアの森に入り、いつでも獲物を探せる状態だ。普段ならここから適当にぶらついたりライナ先導で獲物の痕跡を追っていくのだが、今回の主役はトゥーちゃんである。
「あれ、足に糸とかついてねえの?」
「“アルテミス”のクランハウスでしっかりと躾けられたから、もう拘束しておかなくても大丈夫なんスよ。美味しいご飯もあげてるし。ね? トゥーちゃん」
「ハイ、ガンバリマス……」
「ちゃんと人道的な調教してたのか?」
「シーナ先輩だけちょっと厳し目だったっスけど、トゥーちゃんは頭いい子だから大丈夫だったっス!」
「ストレスで早死にしないと良いけどなぁ……」
しかし実際にトゥーちゃんは足を繋がれていなくても逃げる気配が見られない。
刷り込みでも叩き込みでも、しっかりと教えが染み付いているようである。……ギフト込みだったら鳥を索敵に使うなんてことも聞くが、そういうの無しにできるもんなのかね?
「それじゃあトゥーちゃん、ひとっ飛びしてくるっス!」
「オッス!」
「おー、飛んだ」
どことなくライナっぽい掛け声を出しながら、トゥーちゃんはライナのグローブから発艦した。鷹匠っぽくて格好良いな。飛んでいったのは熱帯感のある鳥だけど。
「賢い子なんで、クランハウスの周りで練習してた時もちゃんとやれてたんスよ。言った通りの範囲を飛び回って、何かいそうな方向を教えてくれるようになったっス」
「普通にすげぇなそれは……まあ飛ぶのはあまり速くなさそうだったから、天敵がいそうな場所では難しそうだが……逆にバロアの森は樹上も比較的安全だし、天敵になりそうな鳥類系魔物もそこまで出てこないから、向いてはいる……のか?」
「ウルリカ先輩も似たようなこと言ってたっスね。まあ、危険そうだったら諦めるっスけど」
「矢羽にするのは勘弁してやれよ」
しかし索敵を鳥任せにして、人間はベースで待機か。随分と優雅な討伐になっちまったな。
トゥーちゃんのために着陸用のちょうどいい枝を地面に突き立て、あとは待機か。楽だ。
闇雲に動かなくて良いのは便利だが、さて。トゥーちゃんは獲物を見つけてくれるのだろうか。全てはそこにかかっている。
「……久々に、二人きりっスね」
「だな」
ライナがブーツの底でもじもじと土を弄っている。
「俺はやっぱ、盗賊とか犯罪者を追いかけるよりも討伐任務の方が性に合ってるな。森に入って魔物を探して、倒して、肉にして、売れる部分は売っぱらって……多分、歳食っても動けるうちはずっとギルドマンやってんだろうなって感じがするわ」
「! 私もっス。狩りするの好きっスから。今日はトゥーちゃんと一緒で、ちょっと変則的スけどね」
「まあこうやって試行錯誤するのも楽しいよな」
「そうなんスよね。上手くいくかどうかわからないけど、色々とやり方を試すのも面白いっス」
ライナは一歩俺に近づいて、肩で擦り寄ってきた。
「……あと、モングレル先輩と一緒にいられるのも……好き」
「ぐいぐい来るね……」
「今は二人だけっスから……」
横並びになったまま肩を俺に押し付けて、顔は見えない。だが、真っ赤になったライナの耳だけは見える。色白だから赤いのがすぐにわかるな。
「……気持ちはわかるが、魔物除けの香を焚いてない時に油断するのは良くないぞ。近接役も一緒になってライナみたいにデレデレしてたんじゃ、いざって時に仲間を守れないからな」
「むっ……で、デレデレは……してなくもないスけどぉ……」
「完全にデレデレはしてただろ……」
慣れたロケーションではあっても、ここは魔物が跋扈するバロアの森だ。
その場に留まって臨戦態勢を解いている場合は、誰か他の見張りを立てるか、しっかりと魔物除けの策を講じるべきだろう。その辺りの基本をおろそかにしちゃ駄目だ。俺だって寝てる時に魔物に襲われたらたまったもんじゃないからな。
「だからどうしてもって時は……メリハリつけて短時間にするしかないな」
「あっ……」
俺はライナの頭をそっと掻き抱いて、撫でた。
相変わらず小さくて薄い、華奢な身体だ。力を込めなくても、すぐに壊れてしまいそうな危うさを感じる。
「よーしよしよし……」
「……なんかその撫で方、ちょっと違う……」
「おかしいな、昔読んだ本では頭を撫でてやった女はすぐに男に惚れちまうんだが」
「……最初から惚れてたら意味ないんじゃないスか」
「そういうもんか。はい終わり」
「あ」
短時間のナデナデラッシュを終わらせると、ライナはあからさまに残念そうな顔をした。
だから長々とやるのは駄目なんだって。俺の理性的な面でも困るしよ。
「むぅ……次からはお香も用意しておかないと……」
「下手に何度も焚いてたら金かかるだろ……それに、ほら。トゥーちゃんも帰ってきたみたいだぞ」
「あ、ほんとだ」
一通り周囲を見て回ったのか、トゥーちゃんが戻ってきた。
無事に襲われなかったのも良かったが、俺としては紐か何かで繋がれていないのにしっかりと戻ってきたことに驚きだった。
「マモノ、イナイ」
「うーん、ここは空振りっスね。はい、トゥーちゃんのおやつ」
「ケケッ! ケーッ!」
「獲物見つけたらあの豪華なやつあげるっスからね」
「コレジャ、タリネェ……モットクレヨ……」
どうやら特別な餌付けで上手く飼いならしているようだ。
この賢い鳥が自ら籠の鳥に甘んじるほどの餌がどれほどのものか気になるぜ……。
「あとは移動しながら何度かやっていく感じっスね」
「ナンドカ、ナンドカ」
「本当に賢い鳥だ……何度も飛び回るのは負担だろうから、さっさと獲物が見つかると良いんだがなぁ」
「よく言葉も覚えるからトゥーちゃん天才っスよ。まだちょっと生意気なとこもあるっスけど」
「モングレルサン、ソコイイ!」
「えっ、なにそのセリフは」
「ち、違うっス!? 私こんなの言ってないっス!」
二人と一羽によるお試し討伐は、もう少しだけ続きそうだ。
けど鳥目ってのもあるし、そう長い時間やるのは無理かもしれんね。




