もうひとつの顔
角という材料はなかなか千差万別で、元になった動物や魔物の種類は当然として、個体ごとの生育環境によっても材質が大きく変化する。
例えば初心者ギルドマンを突き殺すことに定評があるチャージディア。こいつの角はかなり硬質で、中程から先にかけての部分は装備に使われることもある。
しかし幼い個体だと角も短いし、柔らかくて素材としては使えたものではない。かといってバチバチに喧嘩に明け暮れた個体のやつは、折れていたりヒビが入っていたりと傷みがある。とはいえ角が損耗していようが未熟だろうが戦闘意欲は衰えないところがいかにも魔物って感じだよな。
レゴール近郊ではあまり見られないが、同じ鹿っぽい種族のカエディアという魔物なんかは、角がまるで植物の枝のように分岐している。なんなら季節によっては紅葉が生えている。観賞用として飾られたり、飾ったものが薬として利用されているのだそうな。いやまあ、こいつは極端に特徴的なタイプか。
ホーンウルフが備えている角は真っ直ぐかつ芯までぎっしりと詰まっているタイプで、加工するのに最適な材料だ。剣の柄や彫刻に装飾品など、様々なものに利用されている。俺もこいつの素材はよく使っている。自分で材料を確保できるから、多分レゴールのギルドマンの中じゃ一番ホーンウルフの素材を使ってるんじゃねえかな。用途はさておき……。
今回メルクリオに貰ったホーンウルフの角は、歪に曲がったような角だ。この手の曲がりきった角はまあ、どうしても柄にも利用できないし安くなってしまうな。目方があったとしても、素直に真っ直ぐになってる素材の方が高くなるのは魔物素材の宿命だ。それでも安いものを高く売りたいって気持ちもわかるから、俺としちゃ良いんだがね。工夫次第さ。
「さーて、久々の工作だ」
作るものが作るものなので、今日の俺は目立つ場所ではなく、人気のないバロアの森の奥深くに足を運んでいる。
魔物が頻繁に出るわけでもなく、何か良いものが採取できるわけでもないというしょっぺえエリアだ。
しかしだからこそここなら込み入った作業がやりやすい。
布を炭にしたり燻製したりガラスープを作ったりしながら、とりあえず一泊して作業するには最適な場所なのである。あわよくば魔物と遭遇できりゃ、それはそれで儲けにもなるしな。ただ今回はその辺りは別に望んでいない。
やましいことをしているんじゃねえかと言われると……まあ、やましいことではあるな……人に言いたくはねえし……作業自体もちょっとね……見本を見ながらやらなきゃいけない時もあるんでね……誰かと一緒にはできないっすね……。
「金のためならなんだってしてやるぜ俺はよ……えーっと……貰ったのはホーンウルフと、サンセットゴートと、ボスカーフか」
さて、どれから手を付けたものか。
ホーンウルフは使い慣れているから良いとして、他の二つはまともに使ったことがないな。特にボスカーフの角なんて結構なレアだ。
「サンセットゴートの角はなぁ……どう使ったもんかねえ。うーん……」
素材も色々あるのだが、この巻き貝くらいぐるぐると螺旋状に伸びたサンセットゴートの角はというと、かなり扱いづらい部類になるだろう。
身がしっかり詰まっているホーンウルフの角に比べると、こっちは骨みたいに鬆が入っているし、断面もちょっとグロテスクというか、綺麗なもんじゃない。素材としての手触りも良くないし、形も微妙だし……。
「……変に壊しちまうより、そのままで返してやった方が良いか。こいつはパスだな」
ちょっとだけ表面を削ってみたりはしたが、サンセットゴートの角の加工はやめておくことにした。俺に扱い切れる気がしねえんだ。慣れているとはいえこっちも素人だからな……。上手く加工とか処理とかすれば使えるようになる素材かもしれないが、俺にはちょっと無理だ。パスパス。
「こっちのボスカーフの角は結構いいサイズだな。相変わらず曲がりは気になるが……」
ボスカーフは、家畜として利用されている巨大な牛であるムーンカーフの原種となる魔物だ。
ムーンカーフは体格の割にマヌケ……というかおっとりしすぎな家畜として親しまれているが、野生のボスカーフは別だ。気性は荒く、魔物なので草食のくせに近づくもの皆傷つける危ない奴である。しかも肉はかなり筋張っていて固く、デカいわりに美味くないときた。カスである。俺の中のイメージは、デカいわりに使い所の少ないクレセントグリズリーって感じかな。
そんなボスカーフも、角だけは結構良い素材になる。ホーンウルフほどの硬さはないが、その分柔軟で加工もしやすい。何より、俺の手元にあるこれは角の先端部……全体の三分の一くらいのものでしかないのだが、それでも結構長さがあるのだ。元々がデカい牛なんでね。素材もデカくなってくれるのはシンプルにありがたい。
「こんだけデカけりゃ、大体のもんが作れそうだな……まあ、曲がりが強いから癖はあるが……」
時々かまどの火の様子を確認しつつ、燻製の世話と並行しながら角を削っていく。
まあ、確かに柔らかくて加工はしやすい……しやすいが、粘りのある素材だ。ベタつくって意味じゃなく、削りカスがヤスリの隙間にグッと食い込んでくるというか……そこだけがちょい難しいな。サラサラと粉が落ちてくれるものの方が助かるんだが。
「まあとりあえずいつものモングレルを作っていけば良いだろ……」
一人、森の中で黙々と己の分身を作る男。
だがこれも金のためだ……仕方ねえんだ……。
ふと、シモン君の顔が脳裏に浮かぶ。シモン君……君は今何をしているんだろうか……。ジュリアとは上手くやれているかい? おてんばな子だが、仲良くやれていると良いんだがな……。
「って、あれれ……おいおい、こいつはちょっと」
そうして作業を続けていた俺だったが、問題が発生した。
モングレルを作っていくと、削っている材料の細い部分が軽く曲がってきてしまったのだ。
「細くなっていくうちに素材の曲がろうとする力に耐えられなくなってんのか……? あー、まっすぐの作ろうとしたんだけどな……」
ストレートなモングレルを作ろうとしたんだが、どういう悪戯かなんかこう、刺激的なドリンクを飲んだ後のやる気十分なモングレルになってしまった。おいおい、一体どんな良い思いをしたらそんなビキビキになっちまうんだい……?
参ったな、当初の予定と狂ってしまった……いやしかし、逆に考えよう。
「……ここはあえて素材を活かすか」
俺はこの自然な曲がりを見て閃いた。細い部分が反っていくのであれば……このモングレルの反対側にももう一つ、モングレルを作る……!
するとどうだろうか。両端にモングレルを備えた∪字型のツインモングレルができたではないか。細い部分が柔軟に曲がろうとするボスカーフの角の性質をうまく利用した、職人の技が光る逸品である。
「さしずめこいつは、二頭を持つキングモングレルってところか……」
あるいは双頭のサンダーモングレルか。どっちでもいいな。いや、どっちの呼び方もされたくねえわ。俺の名前を出さないでいただきたい。
いいよ、店に並ぶ時は普通にノーブランドの双頭ディルドで……。
「まあこっちのホーンウルフのも……似た感じで、ちょい曲がり気味にしておくか……」
そういうわけで、俺は今回一泊しながら二個のアダルトグッズを完成させたのだった。
二頭を持つキングモングレルの方は実質二本分の手間がかかっているので、こっちは素材のレアさや加工の手間も含めてかなりお高めでも良いんじゃないだろうか。
「……需要あるかどうかしらんけど……まぁ、同性愛者もいないってわけじゃないからいけるだろ、一つくらい……」
ふと、俺の頭にシーナとナスターシャの二人の姿が浮かんだ。
……うん。これはこれで……夢があって良いな。うん。
いや想像だから。想像の中のことなんでね。うん。
「そういうわけで完成したブツがこちらになります」
「おお……さすがはモングレルの旦那だ。こんな異形じみた物まで作っちまうとは……」
「いやまぁ異形は異形だけどな。それぞれは異形ってほどでもないだろ……ないよな?」
黒靄市場まで戻ってきて完成品のモングレルたちを見せると、メルクリオは相変わらず真剣な目でブツを観察する。
形状の相変わらずなシュールさはさておいて、真剣な表情で脳内そろばんを弾いている様子だ。こういうところで茶化さないのがこいつの良いところだろう。
「なあメルクリオ、それ変な形してるのか?」
「いや何を心配になってんだよ旦那、知らねえって。普通じゃないのかい。そんなことより、こいつはなんだ、男用じゃないってことでいいのかね?」
「ああ……そうだな、女と女の間に挟まるタイプの罪深いやつだな」
「なるほど、こういうのもあるのか……まあ物好きは一定数いるし、そういう人ら向けに売り出せば、多少高くても買ってくれそうだ。良いぜ旦那、これは高値がつく」
「おっしゃ、頑張った甲斐があるぜ。いつもの数倍高くしてくれよな」
「もちろんさ、こいつは強気でいくつもりだぜ」
二本のモングレルをビヨンビヨンと跳ねさせながらメルクリオが笑う。その手遊びは辞めてもらえますか?
「今んとこ俺の店も品を用意すりゃ用意しただけ売れていくからな。黒靄市場を訪れる客も増えてよ、かつてのうらぶれた雰囲気がなくなっちまって。や、それはそれで構わねえんだけどさ」
「もうここも裏感ねえよなぁ」
黒靄市場。レゴールの中でもアンダーグラウンドな商品を取り扱う場所だったのだが、今ではすっかり表の市場と変わらないような盛況ぶりになってしまった。買い物客も多いし、店を出したい人も増えた。通りも綺麗に整備が入るようになって、黒も靄も無いような、普通の露天市場になりつつある。
こうして様変わりした黒靄市場を見回すと、秋葉原の変遷を思い出しちまうね。いや、俺もそんなに昔の秋葉原は知らないんだけどさ。
「メルクリオは自分の店を構えようって考えたりはしないのか?」
「店ならここにあるだろ?」
「いやいや、店舗を持とうってことだよ。一国一城の主ってやつさ」
「はっはっは! 俺が!? いやいや、俺はそういう店はやらねえことにしてんのさ。できるできないとかじゃなくてよ。こっちのが身軽で、気軽で、好きな場所に色々なもんを並べて楽しめる。だからやってんだぜ、モングレルの旦那よ」
「そうか、お前らしいや」
メルクリオも自分の金髪にハンデを感じてはいるのだろうが、どうもこいつの商売のスタイルはそれとはあまり関係がないらしい。
別に強がりでもなんでもなく、本音で今の商売のやり方が良いと考えているのだろう。まあ、メルクリオはガツガツと利益重視でやってるわけでもねえもんな。商売そのものが好きでやってるというか……。
これからどれだけ街が変わっても、メルクリオは変わらねえんだろうなぁ。そう思うとちょっとだけ安心してしまう。
「そんでよ旦那、こいつは最近ドライデンの方で手に入れた頭に装着するタイプの動物耳飾りなんだが……狩猟の時に使えるって話だぜ。どうだい、買ってみるかい?」
「ああ、そいつはもう持ってるからいらね」
「マジかよ!」




