国を動かす発明品
治安はカスだし衛生観もクソなこの世界だが、まあその辺りはもうなんだかんだ慣れた。妥協できなくもないし、個人的な範囲であれば改善する方法はいくらでもある。
だからまあ俺としては、そうだな。ハルペリアとサングレール間のいざこざが解決すれば、俺の中ではほぼ平穏な暮らしが送れるって感じではあるのだが。
“戦争をなくす”なんてのは大言壮語の代表レベルの夢だ。俺個人でどうこうできるものではない。
とはいえ、俺が誰かと一緒に人生を歩んでいくとなると、これからはそういうデカすぎる目標であっても、もうちょっと積極的に働きかけていかなきゃいけないんだが……。
別にこれまでの俺が何もしてこなかったわけではない。
簡単に言えば、過去の俺グッジョブって感じだ。
「へえ、じゃあなんだ。アーケルシア侯爵が方針転換して、融和路線に前向きになってくれたのか」
「流れの商人から聞いた話じゃ、どうもそういうことらしいぜ、旦那」
ある昼下がり、俺は露天商のメルクリオと一緒に格安の飯場で味の薄いスープを啜っていた。近くで工事をやってる連中も、休憩時間なのだろう。薄汚れた格好で飯をかっ喰らっていた。
ガヤガヤと賑やかな食堂は商売の話をするのにも最適だが、政治の話をするのにもピッタリである。
「あの領地は港もあるし、ハルペリアの東部でバチバチにやりあってる場所からも遠い。だからアーケルシアのとこの領主さんはこれまでずっと、戦争に関しちゃ無関心だったんだがね。そこらへん、モングレルの旦那は知ってたかい?」
「まあ少しはな。実際向こうにも足を運んだから、空気感はわかってるさ。ハルペリア東部と比べればそりゃ緩いだろうさ」
「その通り。まあ、対岸の他所様が燃えてたところで、偉い人は興味なんかねえわけだ。むしろ、アーケルシア侯爵様からしてみりゃいっそのこと国境が魔物かなんかで封鎖されちまえば、海上貿易でサングレールからの品を独占できるかもしれない。だから俗にいうアレよ、“聖域派”ってやつに肩入れするくらいのことはしてたんだが」
「あー。まあ、自分らのとこに物流が集中するっていうんなら、そりゃ領主としては儲けもんだよな……でも、それをやめたんだろ?」
「そうだ。なんか知らんが、急に融和の方に肩入れし始めたらしいぜ」
アーケルシア侯爵が方針転換し、ハト派になった。これがちょっとしたニュースとして、レゴールに広まっていた。そこらの男爵の決定だったら鼻ほじってふーんって感じだろうが、侯爵家ともなるとその影響力は大きいようである。
ハルペリアとサングレールの融和が、もしや本当に成るのではないか……? 政治の話なんて井戸端会議レベルでしかわからないハルペリア国民でも、戦争が起これば身近な話である。その辺りの話題には、誰もが敏感らしかった。
実はこの話、精霊祭で広まったのだそうだ。俺もギルドで聞いてたそうだが、その時は酔ってて全く気付かなかった。全然覚えてねぇっす……。
「俺の聞いた話じゃあよ、旦那。どうもその方針転換にレゴール伯爵も噛んでたんじゃねえかってことなのよ」
「レゴール伯爵がねえ。地理的には全然遠いだろうに」
「だろ、俺も最初はそう思ったんだ。けど聞いた話によりゃあさ、レゴール伯爵がケイオス卿の発明品を取引に使ったらしいんだ。そいつで侯爵様の心を動かしたってもっぱらの噂だぜ?」
「あー、発明ね。ギルドでも聞いたよ、アーケルシアのエイハブがわざわざ手紙まで寄越したってな」
「何を渡したんだか知らないが、荒くれた海のギルドマンが気に入るようなもんだってこったろう。すげえよな。ついに発明品で政治が大きく動いちまったよ」
メルクリオは楽しそうに笑っている。自分でも発明品を取り扱っているからか、普段は縁遠い政治の話も身近に感じられるのだろうか。
……まあ、そうだな。随分前にレゴール伯爵に渡したアイデアだったから、俺としても忘れかけてたものではあったんだが。
どうやらレゴール伯爵はあの使いづらいアイデアを上手く交渉材料に変えてしまったらしい。元々俺もそのつもりで渡した発明だったが、まさかここまで綺麗に扱ってみせるとは……。
壊血病予防のレシピ、灯台用の低コストレンズ、そして貝殻を用いた資材の提案。
具体的にどれが向こうに渡ってぶっ刺さったのかまではわからないが、強欲なことで有名な向こうの侯爵様が路線変更する程度には気を引けたようだ。
過去の俺、超ナイス。でも肝心のタイミングで酔い潰れてたのはもったいなかったな……もうちょっと祭りの時に噛み締めておきたかったぜ……。
「それでよ、モングレルの旦那。またなんかないのかよ、新しい発明品がさ」
「おいおい……俺は猫型ロボットじゃないんだぜ」
「猫……? いや、けど旦那も今は金に困ってるんだろ? なにせ祭りの後だ。旦那はその後いつも金欠になってる。入り用だろ? ここらで稼いどいていいんじゃないかね」
「ぐっ……俺の懐事情を見抜いてんじゃねーよ。実際結構金使ったけどな」
「春になってせっかくまた商売の季節が始まったんだ。なあ、頼むぜ旦那。ケイオス卿に続いてこっちでも何か一つ、ハルペリアにでかいもんを打ち上げてみてくれよ」
やけに持ち上げてくれるじゃねえか……いつも以上にテンション高いな、メルクリオ。
けどまあ、春だもんな。冬の間はどうしても細々とやるしかなかった商売が、春になって一気にできるようになった。人の往来も相変わらず多い。確かに稼ぐなら今だ……それも間違いではない。
「けどなぁメルクリオ。具体的にどんな品が売れるんだよ? そりゃ俺の発明品もストックはあるが、これまでに作って売れ残り続けたやつなんかじゃダメなんだろ。けど新しいものを生み出せっつってもそう簡単じゃねえんだぞ」
「そこはほら、また旦那お得意のいかがわしい道具シリーズでいいんじゃないか」
「別にお得意じゃねえよ!」
「いやお得意だろ……あれだけやたら売れ行きが良いし高値がつくんだから……」
真顔でそう言われたら何も言い返せない俺がいる。
……まあ、うん。人の欲望にガッツリと食い込む商品ではあるからな……。そりゃまあ、そういう産業も需要はあるだろうけども……。
けど俺の得意分野にするのはちょっと待ってくれって感じだ……! 俺のブランドにするんじゃねえ……! あくまでノーブランド品なんだよああいう品は……!
「旦那が手作りした分をそれなりの額で売っちまえば良いんだろう?」
「まあ……量産とかには興味ないからな。適当に手作業で何個か作って、それでそこそこの金が入れば俺はそれでいいさ」
「じゃあまた頼むぜ。ほら、使いやすそうな材料は手に入れておいたからよ!」
「ええ、材料まで用意したのかよ……」
机の上にごろんと置かれたそれは、魔物由来の素材のようであった。
ホーンウルフの、そこまで高そうじゃないちょっと歪に曲がった角に……やや小ぶりなサンセットゴートの角。こっちのはボスカーフの角の先かな? これまた色々持ってきやがったな……。
「あー……まあ一応全部使って何か作ってみるわ。材料費は?」
「俺持ちで良いさ。なに、大した額じゃない。どれも訳アリの素材で、安く仕入れたやつだからな。そいつらを使って、また大衆が飛びつきそうないかがわしいもんを作ってくれ」
「俺はまた食えない方のモングレルスティックを作るはめになるのか……」
だが……だがしかし、金が必要なのは事実だ……。
祭りで減ったっていうのもあるし、今後俺がレゴールで腰を落ち着けるのであれば、先立つものはいくらあっても困らない。
ああ、やるさ……やってやるとも……金は大事だからよ……。
でもなあ……本来は表の発明家モングレルに対する裏の発明家ケイオス卿のはずなんだが、なんかこう……表と裏がまるで逆転してる感じがあるんだよな……。
目立たなくていいから、もうちょっと名誉ある感じの発明で金稼ぎてえなぁ……。
「そこのお二人さん、飯食い終わったなら物広げてねえでさっさと出ていってくんな!」
「おっと、悪いね!」
「忙しい時間帯に長居しちまったな。ごちそうさん」




