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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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ペネトレイト


「いやー楽しかったな!」

「おう、良かった……! ちと、全力を出しきれなかったところがあるのは心残りだが……ま、急ごしらえじゃこんなもんだろな」

「まさか私が表舞台に出ることになるとはね……ウフフ」


 演奏を終えた俺たち三人組は、揃ってホクホク顔で舞台裏へと引っ込んでいった。

 観客はそれなりに湧いていたが、総立ちとかアンコールとかそういうアレはなかったな。程々の盛り上がりというべきか。

 まあ、いきなり知らんタイプの曲をぶん投げられても反応には困るもんな。初っ端からノリノリでダンスを踊れるほどハルペリア王国民は訓練されてねえんだ。

 けどまぁ、大喝采を浴びるために演ったわけじゃない。俺達の楽しみのために演奏したのだ。


「大勢の前で演奏するってのは、肝が細くちゃやってられんなぁ。見られることがこんなにも恐ろしいとは」

「モングレルは慣れた風だったね?」

「そりゃ、俺くらいの奏者ともなれば数万人の前で歌うこともあるからな」

「馬鹿言え。王都のど真ん中で歌ってんのかお前は」


 演奏を終えたら、速やかに撤収作業である。使った楽器、衣装、諸々を回収してはいさようなら。後はホールで演奏を聴いていくなり、出ていくなりご勝手にどうぞという感じだな。俺は今フェスを感じている……。


「モングレルはこれからどうするのかな? 私は商品を売り出しに行こうと思っているのだけど……」

「あー、俺はこの後祭りを見て回る予定だな。ヴィルヘルムは?」

「俺も同業連中のとこに顔を出さなきゃならん。酒は飲めないと言ってあるんだがな……どうも今日は飲まされそうだ」

「災難だね」

「祭りの日にまで商売しているお前さんに言われたくはないぞ」

「ウフフ、好きでやっているからね」


 そんなわけで、俺達は解散することになった。

 次いつやる? みたいな話も特にない。打ち上げとかもない。随分とあっさりした終わりだ。けどまぁ、お互いに予定があるのだから仕方がない。俺達はバンドマンってわけじゃないからな。




 演奏が終わった後はライナと一緒に精霊祭を見て回る約束をしてある。

 してはあるんだが、さっき客席で見かけたライナは弓使いの後輩たちと一緒にいた。もしそっちの集まりが盛り上がっているようだったらそっちを優先してもいいんじゃないだろうか。


「先輩先輩、モングレル先輩。こっちっス」

「おー」


 なんてことを考えていたのだが、ライナは大劇場のすぐ外に一人で待っていた。近くに後輩たちの姿はない。


「待たせたな。一緒にいた弓の後輩たちはどうしたんだ?」

「皆とは元々モングレル先輩と合流するまで見て回るって感じだったんで、大丈夫っス。……ていうか、その」


 ライナがスカートの裾を握りながら、言いづらそうに口をモゴモゴさせた。


「……モングレル先輩の演奏、めっちゃ格好良かったっス。……歌も」

「お、そうか? ありがとな、嬉しいぜ。結構お気に入りの曲だったからな」

「初めて聴いたけど、なんていうか……はい。良い曲だったっス」


 通じたか、異世界の曲の良さが……素直に嬉しいね。

 まあ、今のとこ作曲家ケイオス卿みたいな感じになるつもりはないから、これからもバンバン新曲を出すってわけにはいかないけどさ。折に触れてちょくちょく新曲を聴かせてやれたら良いな。


「いい曲っスけど……ちょっとさみしい感じがしたっスね」

「あー、まぁ別れの曲だもんな」

「うっス」

「まぁ世の中にある歌なんて恋の歌、愛の歌、別れの歌がほとんどだし、そういう意味じゃ普通の曲だよな」

「ええ……? いやぁ、そんなに普通っていうほどあるんスかねぇ……」


 よく考えたらハルペリアじゃそうでもないかもしれんね。

 まぁいいや。とにかく腹減ったぜ。食べ歩きするぞ、食べ歩き!




 俺とライナは飯と酒の嗜好が似ているので、祭りを見ながらの買い食いは結構楽しめる。片方が美味いって言ったやつは大体もう片方も美味いと言う。ライナ自体そんなに好き嫌いしないし、酒なんかはなんでも美味しく飲めるってこともあるんだろうけどな。けど一緒に回っていて、そういう奴が相手だと気楽だ。好き嫌いに気を遣わなくて良いからな。


「見ろよあれ、ナッツバターだってさ。ビスケット生地の間に挟んでるんだな……カロリーやばそうだけど、美味そうだな」

「気になるっスね。……う、ちょっと高い……」

「二人で分ければまぁなんとかなるだろ」

「っスね。食べてみたいっス」


 朝からほとんど食べずにちょっとした間食だけで済ませていたので、今の俺は何を食っても美味いと感じる男になっている。

 けどそんな俺の状態異常は抜きに、このナッツバター入りのビスケットは濃厚で美味かった。


「あまじょっぱくてうまっ! お酒にも合いそうっス!」

「確かに美味い……濃厚だ。けど何枚もは無理な重さだな……二人でシェアしといて正解だったかもしれん」

「私はもう一枚いけるっスよ」

「元気な胃袋してるな……ライナ、お前にもいつかわかる時が来る……」

「なんかそれわかりたくないやつなのはわかるっス」


 毎年こうして精霊祭を見て回っているが、年々屋台飯のレベルが上がっているように感じるのは気のせいだろうか。まぁもちろん飯の中でもただしょっぱいだけの肉だとか、適当に甘くしただけの焼き菓子みたいなものもあるので、全部が全部洗練されているわけでもないのだが……当たりを引く率は確実に上がっているように感じる。

 お菓子に関して言えばもしかするとケンさんの店の影響力が大きいのかもしれない。ケンさんのとこから暖簾分けした店の方もなかなか順調らしいし、レゴールでお菓子文化が花開いたりするのだろうか。


「……人も多いし、歩いたら結構疲れてきたっスね」

「お、そうか? どっか座れる場所探すか。ここからだとどこが近いかね」

「っスね。あそこで飲み物買ったら、炊事場の近くで休憩したいっス」


 飲んで食ってを繰り返し、程々に満たされたところで一休みすることになった。

 祭りの最中なので屋外炊事場にもいくつか店が並んでいるが、元から広々としている場所なので休憩するにはちょうどいいだろう。


 ……が、俺にはなんとなく引っかかるものがある。

 ライナの様子がいつもと違うんだよな。普段ならもっと色々と活発に見て回るし、休憩もそこまでしないはずなんだが。今日のライナはどこか、いつもほど高いテンションではないように見える。

 表情はいつも通りのジト目なんだが、雰囲気がね。ライナ検定三級の俺の目は誤魔化せない。


「どうしたライナ。今日はいつもの元気がないみたいだな」

「え? いや、そっスか?」


 が、訊いてみても。逆にライナは自分でも気付かなかったように呆けた顔だ。

 そういう反応が返ってくると俺の直感が的外れだったんじゃねえかって気がしてきた。俺はライナ検定四級かもしれん。


「いや、俺の気のせいだったならいいんだけどな。気にしすぎだったか」

「……ううん、多分合ってるっス」


 ライナは少し考えてから首を振り、じっと俺の目を見据えた。


「……あの、モングレル先輩。モングレル先輩は、レゴールを離れちゃったりしないっスよね」


 まっすぐ目を見て掛けられた問いに、俺はすぐに返すことができなかった。

 今朝のケイオス卿としての一件が頭に浮かんでしまったというのもある。


「なんか……モングレル先輩、レゴールでずっとやっていこうとは考えてないのかなぁって……最近思っちゃってて……」

「……あのなライナ、俺はレゴールのギルドマンだぞ?」

「でも、別に他の街でもやっていけるじゃないスか。それに、モングレル先輩ならきっと……ううん、絶対、ギルドマンだけじゃなくて、料理でも物作りでも歌でも、それ以外のことでも生きていけるし」

「いや、あのなぁライナ……俺は別にレゴールを出る予定はねーって」

「……ごめんなさい。でも、先輩、目を離したらなんか、知らない間に出ていっちゃいそうだなって……なんか変っスよね、これ。あはは……さっきのさみしい歌を聴いてたせいっスかね……」


 苦笑するライナに、俺も苦笑で返すしかなかった。

 ライナの言っていることも、あながち間違いってわけでもなかったからだ。

 ……バレたらやばいことは色々ある。それがバレた時、レゴールを離れて他所へ移るっていうのは……気乗りこそしないが、俺の選択肢の一つではあったから。


「今日みたいに、先輩と一緒に美味しいご飯を食べて、お酒を飲んで、一緒に街を歩いて……ずっとずっと、そういうことしてたいっス。モングレル先輩は、そういうの嫌っスか」

「まさか。俺にとっても、こういう穏やかで楽しい暮らしが一番だぜ。争いもなく平和で、人と楽しく話せて、賑やかで……」

「でも私にとっては、モングレル先輩が一番なんスよ。この街で、“アルテミス”の皆と一緒で、けど私の中でずっと一番なのは……先輩だけなんス。だから、あの……」


 ライナは顔を赤くし、潤んだ目を俺に向けていた。


「……先輩、好きっス」


 おう。

 どうしよう。やべぇマジでどうしよう。


「……い、言っちゃった……」


 ライナもどうしようって感じになってんじゃねえかよ……。


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― 新着の感想 ―
ここでくるかw いやなんか刺さってんなぁとは思ってたけどw
2025/11/02 04:38 キャ───(*ノдノ)───ァ
雰囲気に耐えられなくなったライナが 「先輩、お菓子食っていいっスか?」 ってごまかす未来が見える見える…!
ケイオス卿の件、演奏、演奏聴いて触発されたライナ、すごく自然な流れがうまい
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