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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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神を隠すなら祭りの中


 家令のアーマルコさんに先導され、サリーと共に邸宅を出た。

 ……うーん。そんなに長く室内にいたわけでもないのに、外の空気が美味く感じるわ。

 最初からわかりきっていたことではあるが、やっぱ緊張感やばかったな……つーか貴族がずらっと並んでるとあんな雰囲気なんだな……俺には無理だわ。精神的にキツ過ぎる。

 仮面で隠していたから良かったが、素顔で対面してたら俺の表情からどんどん情報を引っこ抜かれてたことだろう。これは完全に俺の偏見だが、貴族たちの顔つきはアレだ、他人の顔色から十を知るタイプの人種ばっかりだ。そういう厄介さを感じた。


 ……だが、レゴール伯爵と会って話せた。気疲れはしたが、それをチャラにして余りある満足感だ。

 噂話や前評判で聞いていた通り、レゴール伯爵は背が低く、小太りで、頭も寂しげな男であった。それだけ聞くと見た目がちょっとイケてないおっさんでしかないが、少し話しただけでもわかる。あれはすげぇ有能な人種だ。俺のケイオス卿としての活動に怖いくらいの理解を示してくれている人だから良かったが、あの伯爵が敵に回っていたらと考えるとかなり恐ろしいな……。


 あなたが今のあなたである限り、私はレゴール伯爵として、あなたの味方……か。


 ……今のままならば良い。だがこれから先どうなるかはお前次第だ。

 悪意ある読み方をすればそんな返答にもなるが、今更深読みする必要もあるまい。レゴール伯爵は現状の俺の活動を追認してくれたのだ。

 それは、なんというか……本当に心強いよな。今まで後ろ盾と呼べるようなものは無かったし。いや、今回から後ろ盾を得てなにかするってわけでもないんだけどさ。

 ただ言葉だけでも、認めてもらえるってのは良いよな……。


「未来、未来ねぇ。うーん」


 俺の先を歩くサリーは、わざとなのか天然なのか、そんな言葉を呟いている。

 別に気になるなら喋ってやらんでもないことだけどな。今はどこに目や耳があるかわからんから雑談に興じるつもりはねーぞ。

 安全な場所に移動して、変装を解いて、モングレルとして会った時に周囲に誰もいなければ話してやるよ。

 ……ほとぼりを冷ますとなると、相当後になりそうだな。


「ウィレム様よりケイオス卿の安全な送迎をするようにと仰せつかっております。馬車周りは厳重な警備が行き届いておりますので、ご安心ください」


 俺等が乗ってきた馬車の前まで戻ってくると、そこにはどっかで見た顔の女騎士が立っていた。

 長い黒髪に青い瞳。手の込んだ作りのプレートメイル。そして腰にはいつでも抜けるように控えたロングソード。


「私はブリジット。伯爵夫人の親衛隊である。私の首にかけて、帰りの道中貴方がたを守ることを誓おう」


 いつかの冬、ギルドに飛び込んできた男爵家の家出お嬢様じゃねーか。……そうか、そういやこの子は伯爵夫人の騎士になったんだっけ。……男爵家の人間ではあるが、そっち方面の息は掛かってなさそうだな。危険はないだろう。何よりあったとすれば顔に出るタイプだ。


「私が邪魔になれば、その場で降ろしてもらって構わない。無駄な詮索はしないと誓おう」

『なるほど。では、よろしく頼もうか』

「えっ、女か。……あ、これは詮索ではない。申し訳ない。つい」


 そこはかとなく出発前からポンコツ感が出てるが大丈夫かい?


「馬車は見張られてたらしいけど、一応掛けておくね。“精密光域探査(レイダー・ソール)”」


 サリーが何か俺にはよくわからんタイプの高度な魔法を展開し、杖からか細い光の輪を周囲に広げていった。

 大丈夫だと言った家令さんの眼の前で魔法を使う肝の太さは相変わらずだが、今はその用心っぷりが頼もしい。


「うん。ひとまず周囲は問題ない。呪いも魔道具の類も仕掛けられてなさそうだ。出発するとしよう」


 馬車に乗り込み、いざ出発。

 さーて。まさか馬車ごと爆殺なんて真似をしたりはしないだろうが、後をつける奴がいてもおかしくはない。無事に帰るまでが変装だ。最後まで警戒していくぞ。


「ええ。……それで、目的地はどちらで?」

『ひとまず、私の指示通りに走っていただければ』

「了解です」


 貴族街の広く快適な道を走り出す。……さすがにここまでくると窓の外を見たりはしない。外から狙われるリスクを高めたくないからな。

 それプラス、いつも以上に全身に魔力を込め、より高度な強化を施していく。うおおお……目には見えないが、今の俺はトイレで神に祈ってる時の一歩手前くらいの気張り方をしているぞ……!


「うーん、ケイオス卿。僕の探知魔法にものすごいブレが出るから“それ”やめてもらえると助かるんだけど」

『……』

「?」


 申し訳無さそうなサリーの言葉に、俺の強化は萎んだ。そうか、これ邪魔になるのか……。


「今のままだったら問題ない。心配しなくとも、この馬車は板張りの下に薄い鉄板が仕込まれているんだ。外からの強烈な攻撃があっても、一撃なら問題なく耐えるだろうね」

「襲撃があった際には強引にでも庇わせてもらうぞ。多少乱暴に引き倒すことになるかもしれないが、許してほしい」

『ああ。それは構わないよ』


 別に襲撃があっても俺は大丈夫なんだけどな。各自身を守ってくれの方がやりやすい。

 とはいえ護衛の仕事はそうもいかないから大変だよな。まあ、頼りにさせてもらうさ。


 なんて、身構えている時に限って何も起こらないんだけどな。


「……ああ、後ろから馬車の尾行が来たね」

「何? 尾行だと。魔法でそこまでわかるものなのか」

「確証はないから、なんとなくだけど」


 そんなことを考えているバチでも当たったのか、サリーが指先に灯した魔法に何かを感じ取ったようだ。

 だが頼もしいと同時に恐ろしさも感じる。俺の知らない索敵魔法が一番怖いわ。相手に先に見つかるのが一番ダルいからな……。


「ふむ……距離を空けてごく普通に走っているように見えるが」


 ブリジットが馬車の後方を目視で確認している。俺も気になるが、あえて見ない。こっちは守られる側なんでね……。


「襲撃というより、後を尾けて居場所を特定しようという動きだね。馬車の中は二人で、小柄な動物……多分これは犬だろうか。なるほど、匂いでも追跡するつもりなんだろう」

「……おのれ、一体どこの不届き者だ。誰何してやるべきか。その間に馬車を進ませれば……」

「いいや、今はまだ手出しはしない方が良さそうだ。そうだよね、ケイオス卿」

『問題ない』

「……ふむ。二人がそう言うのであれば、従おう」


 この程度は想定の範囲内。正直このレベルの尾行になると取り締まれるかどうかも怪しいしな。向こうさんの馬車を停めて聞いたところで、正直に答えるはずもないだろう。

 だが問題はない。対策は考えてあるのだ。


『このまま馬車をお披露目通りへ』

「お披露目……了解。なるほど、そういうわけか」


 俺が目的地を告げると、今の今まで最終目的地を聞かされていなかった御者さんはようやく得心がいったという風に小さく笑った。


「……お披露目通り。大道芸人などが集まる通りだったか」

「うん、そうだね。普段はそれなりの賑わいだけど、今日みたいなお祭りの日は特別なんだ」

「ほほう?」


 サリーはいつも通り、感情の読めない笑顔を浮かべている。


「そこで降りたら、僕たち護衛の仕事だね」




 馬車が賑やかな道を進んでゆく。

 精霊祭を祝う色とりどりの飾りの下では、各地から集まった芸人たちが各々の芸を披露している。今日は祭りだ。大きな通りとはいえ、馬車が我が物顔で通れるほど道は空いていない。俺達はほどなくして馬車を降りることになってしまった。


「なかなか緊張感があって楽しかったよ、お客さん」

「どうも。あ、前に話してあった通り、この香油を中に撒いておいたからね。匂いは気にしないように。それと、帰り道は必ず他の匂いがつく資材を積んで運んでおいて」

「ああ。この後すぐに膠を運び出す予定がある。最後まで仕事はやるぜ」


 馬車とはここでお別れだ。サンキュー御者のおっちゃん。


「ここで降りるのか? 人だらけではないか。目的地は……?」

「僕も知らないよ。ただ、ここで足止めをするのが一番効果的だ」

「足止め……ふむ。わかってきたかもしれん」


 しばらく歩いたらサリーとブリジットともここでお別れになる。マジでありがとう二人とも! 危なくなることはないかもしれないが、気をつけろよ! じゃあな!


「むっ。そこの馬車よ、止まれ。中を見せてもらおうか」

「な……なんですか? こりゃ一体……」

「その犬は? こんな日に飼い犬を連れて馬車に乗っているとは、複雑な事情がありそうだな」

「いや、それは……我々はただの観光に来ているだけでして……」


 二人が後ろからの追跡を食い止めている間に、俺は人混みの中をスイスイと縫うように進んでゆく。

 姿格好は未だケイオス卿の変装そのままだが、今はこの派手な姿が周囲によく溶け込んでいる。なにせ今日は精霊祭。そしてここはお披露目通りだ。ちょっと探せば似たような姿をした人間は目に付いてしまう。

 しかも逃げる俺は常人以上のフィジカルと東京仕込みの群衆掻き分け能力を持っている。あまりネオ都会人をなめるなよ……?


「今日の昼過ぎから月神聖歌団の合唱があります! 是非新劇場までお越しください!」

「さあ見ていってくれ、この鮮やかな発色のスカーフ! 精霊祭に来たからにはいつもよりおしゃれしないと! お披露目通りでしか売ってないよ!」

「おい、どこに行った!?」

「わからん……! いや、向こうに……くそ、違った。似たような奴が多すぎる……!」

「ロゼットの会による演奏だよ! 最近人気の曲を三曲、劇も一つやる予定だ!」

「見つからない……せめて素顔だけでも探れと言われたが……無理だな、これは」


 大勢の人の熱気の中で、時に建物に入り、時に路地裏に入り……。

 やがて俺は新設のレゴール大劇場までやってきて……その近くの道具倉庫で変装を解除した。


「ふー。さすがにちょっと暑いな……!」


 仮面や布切れ、木靴やら変声器やら何やらを全て取っ払って、任務完了である。

 最後に使い終わった変装セットに香油の瓶からボタボタと香りを垂らし、後始末も終了だ。こいつらは大道具倉庫に眠っていてもらうとしよう。変声器だけは後でサリーに返しておくけどな。


「なんつーか、おっかけの多い人気バンドマンになった気分だわ」


 事前に倉庫に突っ込んでおいた鋼弦リュートを手に取って、軽く音を掻き鳴らす。


「人気者はつらいぜ」


 さて、お次は演奏の時間だ。

 スケジュールギチギチだけど、もう一番の山場は越えた。後は祭りを楽しんでいこうじゃないか。


書籍版最新5巻が2月28日に発売されました。“若木の杖”の表紙が目印です。

今回も各種店舗特典があります。よろしくお願いいたします。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


マスクザJ様によるコミカライズ第1巻が発売されました。

店舗特典がメロンブックス様、ゲーマーズ様、アニメイト様、WONDERGOO様であります。チェックしてみてください。

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― 新着の感想 ―
サリーがいつもリゲル・ゾディアトスに脳内変換されてしまう。リゲルのほうが長い旅の果て死闘の末世界を救った件やアストラルマスターでもある件においても遥かに上だと思うが。なんか不思議。
サリーの反応的にこれが初めてってわけではなさそう。 サリーは昔からモングレルのこと認めてたフシがあるし腕っぷしの強さもとっくにバレてそう。 あとサリー的にはモングレルに恋愛感情はないけどモモの父親的存…
モングレルは犬の嗅覚対策に香油やハーブ使ってたけどソイツ逆手に取って目星つける有能探偵…現れるのか?
2025/04/03 22:15 (のえ ̄∇ ̄)
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