価値観の似た者同士
カテレイネとヴィルヘルムは俺が思っている以上に熱心に曲の練習に打ち込んでくれている。演奏だけでなくコーラスの練習までしてくれているのはありがたい。最初はそこまでやらないつもりだったんだが、やってくれるのであればより良くなるはずだ。
欲を言えばキーボードが欲しいのだが、もちろんそんな楽器はない。少なくとも気軽に持ち運べるほど軽量なものはこの世界に無いだろう。魔道具辺りを探せばなくもないかもしれないが、あってもクソ高いんだろうな……。
昔の曲を演奏しているせいだろうか、どうしても前世の出来事を振り返ることが多くなった。
俺は高校では軽音部で、卒業した後は特にバンドマンを目指すなんてこともなかったのだが、ちょくちょくギターを弾いたり埃被らせたりしながら練習を続けてはいた。たまに思い出したようにライブハウスで演奏することもあったが、それも極たまにだ。バンドマンと呼べるほど精力的ではなかったし、一緒に組み続けるほど特定のメンバーがいるわけでもなかった。ノリの良い友達は結構いたからチケットノルマで困るようなことはなかったんだが、裕福でも音楽趣味でもない大学生からすると、ライブっていうのはそこまで熱中できるものではなかったのかもしれない。
だが、そんなライブハウスで出会った女がいた。
弥生という名前の、短大の子だ。
彼女はある日ライブハウスで、俺ではない別のガールズバンドの友達の演奏を見に来ていたらしいのだが、慣れない酒を飲んで気分が良くなっていたところで近くにいた俺に声をかけてきた。
『さっき歌ってた人ですよね?』
『え? おおうん、そうだけど』
『聴いてました。とても良かったです』
後できくところでは、普段は他人に声をかけたりしないタイプらしいのだが、酒とライブの力で絡んできたらしい。慣れない酒って怖いね。
だがきっかけはともあれ、それから一緒にライブを見ながら喋っていたらなんだかんだ仲良くなり……連絡先を交換したり、話したり遊んだりした末に、俺と付き合うことになったのだから出会いとはわからないものだ。
しかし付き合い始めてみると、この弥生はまた、ちょっと面倒な子だった。
『斑目さん、次の日曜日は空いてますよね?』
『斑目さん、スタンプだけじゃなくてちゃんと言葉で言ってほしいです』
『なんだか文章が素っ気なくて悲しいです』
『そろそろ付き合い初めて一ヶ月ですよね。どこに連れて行ってくれるんですか?』
まぁなんというか……かまってちゃんというかなんというか。
とにかく事あるごとに鬼のようにメッセージを送ってきては、こちらにも同じくらいの熱量を期待するタイプだったのだ。
俺は昔から結構ずぼらなところがあって、この手の性格がちと苦手だった。弥生が熱心にかまってくれるのは嬉しくもあったのだが、束縛が強いのは普通にキツい。これは付き合い始めて距離感が近くなったからこそ発現した彼女の性質なのだろう。俺も最初は合わせようとはしたのだが、すぐにそんな気力も衰えていく。俺はそういうことに向いてなかったんだろう。
決して浮気をしているというわけではなかったが、次第にちょくちょくメッセージの返信を怠るようになった俺は……やがて、ひとつの失敗を犯した。
『どうして車じゃなくてバイクを買ったんですか? 車だったら一緒に旅行に行けたのに……』
俺がバイクを買っちゃったのである。それを責められたのだ。
いや確かに免許は持ってるけど車買うのはちょっと……という言い訳は通じなかった。彼女は一人でしか楽しめないバイクよりも、二人一緒に乗れる車を買ってほしかったのだ。少なくとも、その選択で俺は愛を示せなかったらしい。
まぁ言いたいこともわからないではないが……しかし当時の俺はそこまで金を持っているわけではなかったし、彼女は彼女で実家が太かったから俺よりも金銭感覚が違っていたから、その辺りのギャップに直面したとき、二人の仲は決定的に冷え込んだように思う。
だが車を選択しなかった俺にもう熱がなかったってのは真実ではあったから、ちょっと言いがかりみたいな責められ方でも返答に窮した。言われれば確かに、と思う心も若干あったのだ。
結局、弥生とはそれから程なくして別れることになった。
数ヶ月程度の僅かな付き合いの女の話である。
懐かしいな……懐かしいけどでもまた付き合いたいかっていうと別にそういう子じゃないけどな……。
金銭感覚の違いすぎる相手と付き合うのは俺には難しかったぜ……。
「じゃあレニアさん、こちらの認識票の星外すのお願いしますね」
「はい。わかりました、エレナさん」
ギルドでは春ということもあり、細かな任務もそうだが、他所から流れてくる新顔ギルドマンの手続きなどで受付も忙しくなる。
アサーラ救貧院からやってきたミレーヌさんの一人娘、レニアはよく働いているようだ。今は未だ受付の見習いとして事務とも言えない雑用ばかりをやっているが、覚える仕事が増えてくれば次第にそれらしい手伝いも回ってくるだろう。
ミレーヌさんは娘だからと教えるのに手心は加えていないようだし、レニアもレニアで甘えたようなところはなく、極々真面目に仕事に打ち込んでいる。良い子である。是非ともそのまま頑張っていって欲しいね……。
「新しく入った受付の子、忙しそうっスよね。たまに酒場の手伝いもしてるっス」
「そうみたいね。まあ、人が多い時はミレーヌさんやエレナさんも配膳の手伝いしてるし、普通なんじゃない?」
「俺らにとっちゃありがたい話だぜ。二人とも、あの子には優しくしてやれよ。いじめたりすると怖い人から陰湿な復讐をされるかもしれんからな」
「うぃーっス」
今日の俺はギルドの酒場で一杯やっていた。同じテーブルにはライナと、“ローリエの冠”の女団長にしてダメ男再生工場長のダフネもいた。酒を飲みながら弓矢やダートのメンテナンスをしているところである。
矢はね、一度撃ったら当たるにしても外れるにしても汚れたり傷ついたりするものだからね。一本ずつとはいえ、手入れは欠かせないのである。
「そういえばダフネちゃんのパーティーメンバーは今なにしてるんスか」
「えー? 今日は仕事終わったから二人とも自由よ。ロディは市場で金物漁りに行ってるみたい。ローサーは……多分賭場とかじゃない? 最近他のギルドマンと一緒になって熱中してるみたいよ」
「あいつは相変わらずだな……」
「賭け事に熱中するのはよくないっスよ」
「私もそう言ってるんだけどね。ま、自分のお金でやってるし別に良いんじゃない? 使い方は自由でしょ」
ギルドマンは金遣いが荒いから、賭け事から人生が崩壊するのはよくあることだ。いや、よくあっちゃいけないんだけどな。でも悲しいことにギルドマンあるあるなのである。これは別にローサーに限ったことではないのだから恐ろしいものだ。
「その点お前らは財布の紐はそこそこ固いよな。まぁライナは酒に使いすぎてる気もするが……」
「失礼っスね! 私もちゃんと使って良いお金と使っちゃいけないお金は分けてるっスよ!」
「すまんすまん。だったら安心だ」
「というかあんましお酒以外に使ってないんスよね」
「無趣味はよくないぞぉライナ」
「うーん……」
「私も趣味って言われるとちょっと答えに窮するわね。お金稼ぎが楽しくてやってるんだけど」
「仕事が趣味か……まぁ楽しけりゃ良いとは思うが……」
どうやらライナもダフネも趣味らしい趣味がないようだ。
ライナの酒はまあ、趣味っていうか食事に付随する嗜好品だしな……若いうちはなんだってもっと色々やりゃ良いと思うんだが。こうして酒場で仕事道具のメンテをやってる辺り、ストイックさが先に来る人種なのかもしれない。
俺? 俺にとっての弓はアウトドアの一環だからな……。
「前からモングレル先輩に趣味を探せとは言われてるんスけどねぇ。市場でお買い物とかはするんスけど……でも私はやっぱり、狩りが一番やってて楽しいっていうか、しっくりくるんスよね」
「討伐ねぇ。真面目なギルドマンだわ。私にとっての商売みたいなものかしら」
「獲物を獲って、素材を売ったり、肉を食べたり……稼いだお金で、誰かと一緒に楽しくお酒を飲んで。今は結構、そういうので満足しちゃってるんスよ」
「……確かになぁ」
魔物をぶっ転がして、肉食って、酒飲んで、人と話して楽しむ。
地味で原始的なギルドマンの一日って感じではあるが、確かに良いもんだよな。正直言って、俺もライナと同意見だ。
このギルドマンとしての何気ない日々がそれだけで一番、楽しめるっていうかね。
「俺もライナと同じで、そういう何気ない日々で満足しているのかもな……」
「モングレル先輩……」
そういう意味では俺とライナは価値観が近いのだろう。だからこそ、出会った頃からこうしてよく飲んだりしているわけだから、今更な話ではあるのだが。
そんなライナが、澄んだ青い目で俺をじっと見つめていた。
「……でもモングレル先輩、別にそこまで満足してなくないスか。稼いだお金でめっちゃいろいろなことやってるじゃないスか」
「うん、ちょっと考えたけど俺もそう思ったわ。まぁでも嘘じゃねえよ。討伐と肉と酒は好きだからな……」
「まぁそれは一緒にいて長いんでわかるスけど」
「モングレルさんも生粋のギルドマンってことね」
「そりゃもう、俺はハルペリアで一番ブロンズ3らしいギルドマンだからな……」
「っスっス」




