俺の歌を聴け
カテレイネは楽器を扱える。そして、昔聞いた記憶ではそれなりに上手かった気もする。
おめでとうカテレイネ……! 君はオーディションに合格した!
「舞台に立って大勢の前で演奏だなんて……さすがに私でも経験がないのだけど」
「カテレイネは貫禄あるから大丈夫だろ」
「貫禄。貫禄ねえ。まあ……お祭りは見るだけより、歌い踊った方が楽しいのは確かだろうけどね。久々に少年の思い付きに踊らされてみるのも良さそうだ」
「よーし、まずは一人!」
「二人でやるのかな?」
「いや、あと一人は欲しい。だから……ダメ元でヴィルヘルムに声かけてみようと思う」
「なるほど……懐かしい。ウフフ、面白くなってきたね」
ここでカテレイネが参加してくれるとなったら、もう次の一人は決まりだ。ドワーフっぽい木こりのヴィルヘルムも誘ってみよう。
古いメンツで久々に集まって演奏するんだ。たまにはこういうのもいいだろう。
「しかしモングレル、ヴィルヘルムは楽器できたのかな。私はあまり、そんな印象がないのだけれど」
「奇遇だな、俺もだよ」
「……本当に思いつきだね」
良いんだよ思いつきでもなんでも。楽器なんて勢いで始めてなんぼだぜ。
そんなわけで、俺たちはヴィルヘルムのいる宿を訪れた。
ヴィルヘルムは木材需要が無限にあるレゴールで仕事を続けている。いつまで居るのかは聞いていないが、木こりが食いっぱぐれることのない街だ。当分はレゴールを拠点にするのだろう。
「久々の顔が揃ったかと思えば、なんなんだ……演奏だと? モングレルよ……俺を一体なんだと思ってるんだ」
「エルフ嫌いだけど戦場で一緒になるとデレるドワーフ」
「……別にエルフだからって嫌いなわけじゃないし、そもそも俺はドワーフとやらじゃないぞ……」
「フフ、ヴィルヘルム。モングレルのいつもの、いや、懐かしのやつだよ。久々に乗ってあげようじゃないか。それが年長者の務めじゃないかな」
「俺から見りゃお前ら二人とも若者なんだがなぁ……まぁ、別に嫌ってわけじゃないんだが」
よし、ヴィルヘルムの返事も悪くない。わかってはいたけどな。ヴィルヘルムは良いやつだ。頼まれると断れないタイプだ。押せ押せでいくに限るぜ。ただし問題もある。
「ところでヴィルヘルム……お前楽器とかってできる?」
「まずは先にそういうことを聞いて欲しいもんだがな……うーむ、楽器なぁ。木こりの歌は一通り歌っちゃいるしそれが自慢だが、モングレルのことだ。そんな普通のもんを求めているわけじゃなかろう?」
「よくわかるな。まぁ木こりの歌が普通とは思わねえけど、そうだな。俺の知ってる曲の演奏をちょっくら手伝って欲しいって感じでよ。歌よりは楽器の方がありがたいわな」
「小器用な楽器はわからんぞ……? 俺にやれるもんと言えば、それこそ適当な太鼓を叩く程度のもんで……」
「採用!」
「あぁん?」
「フフッ、良かったねヴィルヘルム」
「良いのかこれは。はずれくじを引いた気分なんだが……」
「たまには仕事ばかりでなく、横道に逸れてみるのも良いんじゃないかな」
「まぁた知った風な口をききおって……」
そういうわけで、我がバンドにドラムが加入することになった。
まぁドワーフだもんな。ドワーフっつったらもうドラムよ。ドラムかベースだがどっちかと言えばドラムよ。
だがヴァイキングメタルはやらないからな。そこのところ頼むぜヴィルヘルム。
付き合いの良い旧友二人を連れて、シルサリス川までやってきた。
エビやらカニやらが釣れる川である。近くの橋には時々馬車が通ったりもするが、基本的には人の来ない長閑な場所だ。音を出すには好都合だろう。いつの時代も、野良で音楽をやるには川沿いが一番って決まってるのかもしれない。
「おいおい。わざわざこんな場所でやるのか、モングレルよ」
「レゴールほど広い街なら、いくらでも演奏できるとこはありそうだったけど」
「気分だよ気分。誰もいない場所で演奏した方が気が散らないだろ? まぁ一番は俺がこういう場所でやるのが好きってだけなんだが」
「少年は相変わらず孤高だね」
「ふん。まあ、俺達も似たようなもんだがな。人通りの多いところで歌いたいって性分でもねえ」
「観衆に見せるのは本番に取っておこうぜ。影でこそっと練習して、本番で魅せる。これが一番格好いいじゃねえか」
「コソコソしてるほど練習時間があるのか? そもそもモングレルよ、俺は“やる気になる曲を聞かせてやる”っていうからここまで足を運んだんだぞ。変だったり妙な曲はやらんからな!」
まあ、そういう感じだ。ヴィルヘルムもとりあえず前向きに検討はしてくれているが、どんな曲をやるんだっていうところで引っかかっているところがある。
あまりにも下手な曲をやるようだったらやらんってことだろう。気持ちはわかる。負けのわかっている戦いに臨みたくはないもんな。
でも心配は無用だ。
「とにかく聞いてもらうしかねえな。一曲やるから、それで手伝ってくれるかどうかを決めてくれ。ヴィルヘルムもだが、カテレイネもな」
「私もか。別に私は良いんだけど、そこまで言うなら期待しちゃおうか」
「いい曲を頼むぞ」
任せろ。日本の歌謡曲は良いもんだぜ。……というか、ハルペリアの音楽っていう低すぎるハードルじゃ躓きようもねえよ。
俺の歌を聞け。いや、正確には俺の歌ではない。TULIPの歌なんだけどな。
一曲、軽く弾き語りし終えた。
曲自体は前世でもやってたから歌詞もよく覚えている。もちろんこの世界の言葉に翻訳したり削ったりで完全に元通りとはいかないが……それでも、メロディと情緒はほとんど崩さず再構築できたはずだ。汽車が馬車になる程度のアレンジは軽微なもんだろう。
「……む、ぅうむ……」
ヴィルヘルムは演奏中も、終わった今も、腕を組んで唸っている。
「……」
カテレイネは静かに頷いている。
二人とも無言だ。しかし、見ればわかる。これは決して悪い反応ではないのだと。
「どうよ。いい曲だろ」
「……モングレル、こいつは……お前の作った曲か?」
「馬鹿言うな、そんなわけないだろ。聞き齧った曲だよ」
「どこの曲だ」
「そこまでは知らんけど。なんだよ、悪い曲か?」
「いや……」
どこか真剣な目つきのまま、ヴィルヘルムは水筒の水をぐっと呷った。
「いい曲だった。と、思う。俺は、音楽ってものに詳しくはないが」
「そいつは良かったぜ」
「私も良かったと思う。……聞いてて心地いい曲だね。もう一度聞きたいくらい」
「うむ。カテレイネの言う通りだ。もう一度聞きたい」
「モングレル、お願いできるかな?」
「はいよ」
アンコールで即座にリピート。まぁけど、構わない。むしろそれくらい気に入ってくれないことには、一緒に演奏するなんて誘いもかけられないしな。しっかり曲を覚えてくれた方が俺も助かる。
さあ何度でも聞いてくれ。俺の故郷の曲だ。
故郷の曲で……俺が完全に歌詞を覚えている、数少ない曲のひとつ。
『心の旅』。
「……手伝おう、モングレル。いい曲だ」
何度か同じ曲をリピートした後、ヴィルヘルムはそう言った。
「人前に立ってどうこうするのも、得意じゃないが。それでもいいなら」
「ありがとな、ヴィルヘルム」
「少年。この曲、収穫祭で演ってもいい?」
「ははは……カテレイネ、そいつは別に構わねえけどさ、収穫祭よりも精霊祭を先にやってくれねえか?」
「おっと、そうだね。その通りだ。ウフフ……年甲斐もなく焦ってしまったかな」
「お前俺の一つ上だろ……」
ともあれ、カテレイネも当初より前のめり気味に協力してくれそうである。よかったよかった。とりあえず歌ってみせて惹き込めるのは音楽の良いところだよな。
「ヴィルヘルムは打楽器でリズムを担当してほしい。カテレイネはメロディのサポートだな」
「下手な演奏はできんな……だが、任せておけ。今はそれなりに暇な時期だ。練習には困らんぞ」
「私もだよ。……けど、楽器はどうしようか?」
「おっと、そうだった。俺のもどう用意したもんか」
「打楽器は適当に箱なり何なり叩けばどうにでもなるが、小さい樽に革張ったり色々試してみるかね。カテレイネの方は安心しろ、俺はリュート二つ持ってるからな。仕込み刀のあるやつとないやつがあるけどどっちにする?」
「ない方が好みかな」
「どうしてそんなもんを持ってるんだお前は……?」
そんな感じで、どうにか俺の即席バンドが結成できそうな流れになった。
まだ色々と用意するものや練習する時間も必要ではあるが、誰も聴いたことのない一曲だ。最悪ミスっても誰にも気付かれはしないだろう。
それでも、二人から“絶対に失敗せずにやりたい”という熱意が感じられたのが、俺はちょっとだけ嬉しかった。
『バスタード・ソードマン』が「次にくるライトノベル大賞2024」単行本部門第2位を受賞しました。
また今回、20代読者部門、30代読者部門、男性読者部門でもそれぞれ総合1位を獲得することができました。すごい。
応援してくださった方々、本当にありがとうございます。おかげさまで書籍第1巻が重版になり、嬉しいことだらけです。
これからもバッソマンをよろしくお願いいたします。




