ジャンピングキャッチ
今日も街道は騒々しい。
「おらっ、逃げるんじゃねえっ! ……へへへ……ほぉーら、捕まえたぜ……!」
「手間かけさせやがって……逃げ出せないように足を縛って袋にぶち込んじまえ」
「ほうほう……小柄だが目立つ傷もねぇ……こいつは良い値が付きそうだ……」
「ケッケッケ……こんだけ楽に稼げるなら、バロアの森で討伐なんてやっていくのが馬鹿らしく思えてくるぜ……!」
「おい、あまり調子に乗るなよ。春のこの時期だから稼げるってだけだ。……まぁ、それこそ今は稼ぎ時なんだがな」
「おいっ! 向こうにもいやがるぞ! やっちまえ!」
「ヒャッハァ! 早いもの勝ちだぁ!」
ギルドマンたちがズタ袋を手に、街道を走り回っている。
春のこの時期、往来の多いハービン街道でなんともまぁ目立つことをしてやがるぜ。
「おいおい、随分と楽しそうなことをやってるじゃねえかよ」
「……っ!」
「なんだモングレルか……どうした? お前も一緒にやるのか? ヘヘヘ……」
「ああ……俺はそのつもりだぜ」
俺は肩に背負った大きなズタ袋を降ろし、指をバキバキと鳴らした。
「一緒にやろうじゃねえの……ジェリースライム集めをな……!」
ジェリースライムは、春になるとハルペリア国内に大量発生する浮遊するスライムである。
見た目は触手の長いクラゲだが、体組織からして完全に別物だ。全体をぐしゃぐしゃのペーストにして加水したりなんやかんやすることで浄化液としたり、生きたまま下水道に放って下水の浄化をさせたりと様々な使い道がある。
春になると地面からポコポコ出てきて空に浮かび上がるので、そこを捕獲して回るのが春の風物詩だ。俺みたいなギルドマンだけでなく、街の大人や子供たちなんかもこのジェリースライムの捕獲を楽しんでいる。特に街の外、街道みたいなだだっ広い場所なんかだと、飛んでいるジェリースライムがよく目立つので捕まえやすい。適当に袋に詰め込んで売っぱらうには良い環境だ。
「よう、ウルリカとレオもやってるのか」
「あっ、モングレルさんだー。まぁねー、クランハウス用で使うのもあるから、ちょっと多めにねー」
「買うと高いものね。たくさん獲っておかなくちゃ」
アイアンやブロンズなどの低ランクだけでなく、ウルリカらのような比較的高ランクのギルドマンも捕獲に乗り出す辺り、なかなか便利なスライムなのである。
屋内に放っておくと天井近くの蜘蛛の巣を一掃してくれるしな……まぁ、放置しすぎると塗装が色落ちしたりするからやり過ぎはよくないんだが。
とにかく清潔さを求める連中にとっては需要の高い魔物なのだ。
「長い棒にこの袋をくっつけて……助走してジャンピング! からのキャッチだオラァ!」
「モングレルすげー跳んでやがる」
「身軽な奴だ」
「あの辺りの高さにいるやつは全部俺のもんだぜ! はっはっは!」
平坦な道が続く街道では、ジェリースライムが捕まえやすい。だが、一定以上の高さともなれば跳躍力がものを言う。つまり、身体強化の強い奴が圧倒的に有利なのだ。
へへへ、さっさと袋の中をいっぱいにして換金してやるぜ……ついでに黄色い花も貰って花瓶に活けるんだ……。
「ふふ、モングレルさん……高さで勝負をしようだなんて、それはちょっと黙っていられないね」
「なん……」
「“風の鎧”!」
レオが緑のオーラを身にまとい、軽やかに地を蹴った。
すると……おお、ぐんぐん高くまで……そのまま高所を呑気に漂っていたジェリースライムを捕獲してしまった。
「っと。こんなもんだね」
「体重半減に身体強化はズルだろ……!」
「ズルも何もないでしょ。スキルはこういう時こそ使っていかないとね」
「二人ともいいなー。私は弓使ってもしょうがないしなー……」
「注意を向けるやつ、あれ使ったらどうなるんだ?」
「えー……? 多分なんにもならないと思うけど……“挑発”っ! ええっと……やーいやーい、ザコクラゲー……♡」
「……完全に無反応だね」
「ははは」
「ちょっとー!? なに笑ってるの!?」
ジャンプしてクラゲを捕まえたり、クラゲを馬鹿にしたものの特に相手にされなかったりと色々と楽しんでいた俺達であった。
そうして街道でバタバタと捕獲作業をしている時であった。
「やあモングレル」
「おっ? おお、サリーか。戻ってきたんだな」
王都方面からやってきた馬車から、サリーが声をかけてきた。
遠征していた“若木の杖”がようやくレゴールに帰還したのである。
「王都で色々とあってねぇ」
「おお」
「まぁ向こうで食べたお菓子が……」
「……なんなんだあいつ」
サリーは動く馬車の中で喋っていたが、当然馬車は過ぎ去っていく。声はすぐに聞き取れなくなった。
そしてサリーが馬車から降りて俺と会話するということもなかった。馬車はただレゴールに向けてフェードアウトしていくのみである。
……マジでなんなんだろうなあいつは。
あいつに俺の正体がケイオス卿だってバレてるの、やっぱり致命的だったかもしれん。
袋いっぱいに捕まえたジェリースライムを換金して、ついでに精霊祭で使う黄色い花を貰った。結構まとまった数の花が手に入ったので、こいつを花瓶に突っ込んでやればそれなりに見栄えがするかもしれない。枯れた後は知らん。
……で、“若木の杖”がレゴールに戻ってきたってことは、サリーが向こうで色々とやってきたはずなのだが……。
ギルドに顔を出してみると、どういうわけか“若木の杖”に新顔が加わっていた。
「へえ、レゴールのギルドも案外綺麗なんですね。僕はもっと小汚い感じを想像してましたよ」
青髪で眼鏡の青年である。小綺麗な服に杖。なんとなくデータキャラな雰囲気を醸し出している新顔がそこにいた。
おいおい、王都に行ってメンバーの勧誘までやってたのか。すごいな“若木の杖”は。
「ビタリ、向こうにいる彼がモングレルだよ」
「む? モングレルさんですか。どうもはじめまして、僕の名前はビタリです。王都の学園で学んでいた魔法使いですよ。ギルドマンとして日の浅いアイアンランクですが、実力はあるのでどうぞよろしく」
「おうおう、はじめまして。俺はモングレルだ。ギルドマンとしてはベテランのブロンズ3だぞ。よろしくな」
眼鏡の彼はビタリというらしい。物腰というか口調は丁寧な感じだが、うっすらと周囲を見下してそうな雰囲気は感じられる。鼻につく性格っていうんかね。プレートもアイアン1だし、本当にギルドマンになってから日が浅いのだろう。
「……で? サリー団長、こちらのモングレルさんは一体どういう方なのです?」
「モングレルはギルドマンだよ」
「えっ、それだけ?」
「俺は世界で一番ギルドマンしてるギルドマンだぞ。よろしくな」
「……“若木の杖”の現地メンバーかと思ったのに」
まぁいきなり改まって紹介が始まったもんな。そこらへんのモブギルドマンでがっかりする気持ちはわからなくもないぜ。
けどギルドマンになったら、こうして一人一人の顔を覚えていくのも大切だからな……ビタリ君とやらがどれだけ本気でギルドマンをやっていくのかは知らないが、続けていくつもりなら郷に入るなりの努力はしていくべきだと思うぜ。それとサリーに慣れる努力もな。
「……モングレル」
「おうモモ、どうした」
「こちらのビタリは王都の学園で学んでいたのですが、サリー団長について行った方が学びが多いと踏んで“若木の杖”に入ったクチなのですよ」
「そりゃ随分な博打を打ったな……」
王都の学園といえば名門中の名門だが、そんな勢いで辞めちゃってよかったのかね。
まあサリーの元で学ぶっていうのも魔法使いとしてみればなかなか恵まれているとは思うが、この世界の学歴だって捨てたもんじゃないはずだ。もったいねーなと思ってしまうんだが。
「かの高名な光の魔女様が学園に足を運んだ時、僕は運命を感じましたね。窮屈な学園で学ぶよりも、サリー団長について行った方が道が拓けるとね。もうほとんど衝動的にギルドマンになってしまいましたよ」
「お、おお……すげぇ決断力だな……」
「ちょうど僕らも魔法使いの追加メンバーが欲しかったから良かったよ。掃除当番は人が多ければ楽になるからね」
「……なぜ僕は学園をやめてこの人について行ってしまったんだろう……」
あっ、これ勢いで学園やめてすげぇ後悔してるやつだ。ビタリくんちょっと涙目でプルプル震えてやがるよ。
……学園を辞めるとかね。ちょっとね……あんまりそういう一大決心は短絡的にしないほうが良いよ……マジで……。
「私は入りたくても入れなかったのに……な、なんでこんな奴が学園を……」
「ちょ、ちょっとミセリナさん! そういうことを言うのは良くないかと!」
「ふん……元塾生の僻みですか?」
「そっちだって、も、元学園生ですよね……?」
「いい加減喧嘩はやめてくださいよ……!」
しかも団員同士の仲がわりとよくない。大丈夫かいビタリ君……君本当にギルドマンやっていけるのかい……?
「そうだ、モングレル。ビタリが来たからその家財を運ぶ仕事を頼みたいんだけど」
「……ああ、力仕事か。一人分の生活用品ともなると、そりゃ重そうだよな」
「ここでする話でもないから、個室で話そうよ」
お、密談だな。これはつまり、ケイオス卿絡みの話だろう。
「わかった。ちょうどさっき仕事を終えたところだしな、詳しく聞かせてくれ」
王都に向かったサリーには、色々と頼み事もしていた。まとめて報告してもらうとするかね。




