我々のオオハシ
いやぁ、チャックは強敵でしたね……。
まさか吹っ飛ぶ際に壁にぶつかって跳ね返ることによって飛距離を更に伸ばしてくるとはな……戦う度に成長する男だ。次戦う時は更に飛距離を伸ばしていることだろう……俺もうかうかしてらんねえぜ……。
「よくわかんないスけど、昨日はまたみんなでスケベ話してたんスか」
「スケベ話だなんて品のない言い方をするなよライナ。美味い飯を賭けた神聖な戦いだぞ」
「っスっス」
スケベ話はともかく、俺は今日、ライナと一緒に市場に足を運んでいる。
春も本番になり、様々な商人たちが店を開くようになった。そんな活気溢れる露店を一緒に見て回ろうと、ライナから誘われたのである。
ユニークモンスターも討伐された後だし、森で適当に討伐でもやろうかなとも思っていたのだが、まぁ特別金に困っているタイミングでもなかったしな。遊びに行こうぜって言われたら普通に遊びに行くような気分だった。
「そういえばギルドの職員さんに新しい見習いの子が増えてたっスね。モングレル先輩知ってたっスか?」
「ああ、知ってるよ。レニアだろ? ていうか俺がその子をレゴールまで護衛したからな」
「え、マジっスか」
「受付志望だけど、今はまだ裏方で事務作業のお勉強ってとこだろうな。けどギルドの受付嬢も簡単じゃなさそうだし、どうかねぇ」
「受付ってやっぱ難しいんスかね」
「そりゃ難しいだろうな。覚えなきゃいけないこと多すぎて俺なら絶対無理だわ」
地元のギルド事情に精通してなきゃいけないからそういう意味じゃギルドマンからギルド職員に、っていうのはアリなのかもしれないが、計算能力とか筆記能力とかも求められる。腕自慢で頭の方はちょっと疎かなギルドマンの就職先としては厳しいだろう。
「そもそもモングレル先輩は字が下手なのが駄目っスよね」
「いや俺は本気出したらすっげぇ上手く書けるから……一文字一文字丁寧に、こうサラサラッと」
「丁寧なのかサラサラなのかどっちなんスか……あ、先輩あそこ。動物売ってるっスよ」
「お?」
ライナが指差す先には、様々な動物を売買する店が集まっていた。
小さいものではケージに入れられた小動物や虫、大きいものでは大型の犬なんかを売っているようだ。というか売っているというより、この一角を利用して動物を飼育しているという感じだろうか。
前々からこのあたりでは細々と家禽やらを売っていたが、この春から随分と規模が増したようである。
「番犬から愛玩用まで色々だなぁ」
「……あの大きな犬とか、狩りに使ったら駄目なんスかね。やっぱ無理っスかね……」
「んー、獲物を探す能力はあるが、魔物相手だとすぐに怪我しそうだし厳しいだろうな。犬を護るための人間を増やすことになりそうだ」
「うーん……上手くいかないもんスねぇ……」
この世界にも猟犬はいる。だが、魔物が攻撃的すぎて猟犬ではなかなか手に負えないパターンが多く、狩猟の場面でもそこまで活用されてない。バロアの森じゃ獰猛なハルパーフェレット相手でも苦戦しそうだしな。
猟犬を育てるのにコストがかかるというのもあるし、多種多様な力を持つ魔物に対して柔軟に対応できず、使い勝手の悪さが目立つのだろうか。猟犬を持ったことがないからわからんけど。
「なんだ、ライナは動物を飼ってみたいのか?」
「いやー……まぁそっスね。バルガー先輩が馬を可愛がってるの見てると、羨ましくて……私も任務とかで一緒になれるような動物がいたらいいなって思ったんスけど……」
「任務に連れていける動物ってのは難しいな……」
「うう……シーナ先輩も同じこと言ってたっス……」
それこそ身体がデカくて強い馬だったら任務に同行させても頼もしいくらいだが、下手なわんころ程度じゃ危険に晒すだけになってしまう。ハルペリアの犬は結構大型だし、番犬にするにはかなり良いんだが……。
「普通に飼う分には犬とか猫が一番なんだがなー」
「猫は飼うっていうより居着くって感じっスよね」
「餌やってればそのうち飼われてくれるかもしれないな。まあ、何にせよ任務には無理だ」
ハルペリアにいる猫はほぼ黒猫である。だいたい皆スマートな体型で、お上品そうな雰囲気を出している。ただし中身は猫だ。きまぐれでわがまま、猫らしい猫って感じだな。
レゴールの中でも野良猫はいて、よく猫好きに甘やかされたりもしているが、同時に心無い奴らに蹴っ飛ばされたりもしている。単純に人間側のモラルの低さ故の凶行であるが、だからこそ人間も油断ならない生き物だと学んでいるのか、猫たちも野生を捨てきらずに強かに生きている。まあ、強かってだけでバロアの森で生き抜ける強さって意味ではないのだが……。
「うーん……私も動物と会話ができるギフトが欲しいっス……そうすれば、色々な動物と話もできるし、任務にだって連れていけそうなのに……」
「ああ、動物と話せるギフトな。持ってたら即エリートだぜそんなん」
「馬とかじゃなくてもいいから、話せたら良いのになぁ」
“絶対伏衆”というギフトがある。
親しくなった動物と意思疎通ができるようになるという、言ってみればテイム能力なのだが、こいつは最も価値の高いギフトの一つと目されており、持っているってだけで国から召し上げられるほどの超SSRレア能力だ。
使役する動物にもよるが、鳥やネズミならば偵察に。馬ならば文字通りの人馬一体となって前線で活躍できることだろう。
ハルペリアの強い人らの中でも、この“絶対伏衆”を持っている人が何人かいるって話だ。というかハルペリアに限らず、このギフトの所持者は大体国の要職に就いている。他の国に悪用されたい能力でもないからな……“絶対伏衆”持ちは国が大事に抱え込むしかないのだろう。
「モングレル先輩は何かペットを飼おうって思ったことないんスか」
「俺か? 俺はそもそも宿屋だからなぁ」
「そういえばそうだったっスね」
「まぁ煩く鳴いたりしなけりゃ女将さんも許してはくれそうだが、肝心の俺がそういうペットをあまり飼おうって思わないタイプだからな。この前もサボテン枯らしたし」
「何やってるんスか……」
飽き性が衝動でペットを飼うのはもはや罪だよ。最初から飼わない方が良い。
サボテン枯らしたのは良いのかって? 俺だって枯れるとは思わなかったのさ……。
「うーん……犬も可愛いんスけどねぇ……」
「魔物にやられることを割り切れる猟師じゃないと上手く扱えないらしいからな……」
ライナはウルフドッグのようなデカい犬の前で、じっと悩んでいる。この犬はそこそこ賢いのか、キラキラした目をライナに向けている。……この生き物を使い捨てにするなんて俺には無理だな。ライナも同じことを思ったのか、何か手をバタバタさせながら犬から離れていった。
「スレイブバットもそこそこ賢いらしいぞ」
「コウモリはなんか嫌っスね……」
「気持ちはわかるわ」
スレイブバットは使役可能な知能の高いコウモリである。見た目は少々ボロっちくてみすぼらしいが、小型で飛行もできることから“絶対伏衆”での使役対象としてよく活用されている。
……しかしこのスレイブバット、人自体を結構好き嫌いするそうで、“絶対伏衆”を持っていない人間がちゃんと飼いならすのは難しいらしい。飼うだけなら簡単だが、相棒として活用するとなるとハードルが上がるタイプの生き物だ。
「……お、ライナ。あれ見てみろ、トゥートゥーカンだ」
「トゥ……なんなんスかねそれ」
「鳥だよ鳥。頭の良い鳥だぞ」
市場の一角に置かれた大きな竹製のケージに、一羽の大型の鳥が入っていた。
野生下ではとても目立ちそうな、カラフルで鮮やかな体色。しかしその色味すら霞むほど、この鳥はくちばしが特徴的だった。
「わぁ……くちばしがすごいっスね!」
「サングレールの森にいる鳥らしいぞ。よく卵をケツァルスネークに食われてるらしい」
「……もっとこう、良い情報ないんスか?」
「図鑑にそれくらいしか載ってなかったから……」
鳥の前でそんなやり取りをしていると、店主らしい婆さんがグヘヘと品のない笑い声を上げた。
「トゥートゥーカンは頭の良い鳥だよぉ。人の声を真似するし、ちょっと仕込んでやればちょっとした小物を拾ってくる芸だってできるのさ」
「マジっスか!」
いや待てライナ、そんな胡散臭い笑い声の婆さんのセールスを鵜呑みにしちゃ駄目だ。疑ってかかりなさい。
「本当に声真似なんてできるのかよ」
「デキルノカヨッ」
「できてるわ……」
「す、すごいっス!」
「ブッヘッヘ、籠から出してやろうかい?」
「良いんスか? 逃げたり……」
「アンクレットがついてるから、逃げ出しやしないよ」
そう言うと、お婆さんは籠を上にスポッと取り上げた。まさかの被せてあるだけである。
そして肝心のトゥートゥーカンはというと……ライナに目を向けたまま、カクカクと頭を揺らしていた。ひょうきんなやつである。
「おー……くちばしデッカいっスねぇ……」
「スネェ」
「わあ、真似した!」
「マネシタ! マネシタ!」
「マジで頭いいなこいつ……」
「そっちの男はこの子の旦那かい? 格好良いねぇ」
「だっ、旦那……っスか……」
「おいおいお婆さん、褒めまくって買わせようってのかい? いきなり値段も言わずに褒められたんじゃ、どんな値段が飛んでくるのかわからなくて身構えちまうよ」
トゥートゥーカンには値札がついていなかった。そしてこの値札がついていない商品を並べている店ってのが、なかなか曲者なんだよな……。
「ブッヘッヘ……うちは適正価格でやってる動物売りさ……こんな老いぼれ相手に、ひどいこと言わないどいてくれよ」
「チッ、アノキャク ケチダネ! モットカネ モッテコイ!」
「そりゃあ、確かに値は張るさ……サングレールで捕まえた珍しい鳥、しかもこの羽の色艶。まさに最高級品ってやつだよ。安くはできないねぇ」
「クソドリ! オオグライ! ヤキトリニシテヤロウカ!」
「……こっちの可愛いお嬢ちゃんに買ってやるくらいの男気、見せたらどうなんだい?」
「シメシメ! タカク ウリツケテヤルカ!」
「おいっこのクソ鳥! 肝心な時にそんな前の声真似なんかするんじゃないよ! ぶち殺すよ!」
「キョケーケケケケ!」
「……まぁすげぇ賢い鳥ってのはわかったな」
「腹黒そうっスけど頭良い鳥っスね」
お婆さんはどうやらこの売り物である鳥を持て余しているようだ。
そしてまぁ、多分トゥートゥーカン自体はそこまで高くはないのかもしれない。少なくともこのお婆さんが提案しようとした額よりはずっと安いんだろう。いくらか知らんけど。
「はあ、はあ……! 全く、この生意気なクソ鳥は……!」
「このトゥーちゃんって何食べるんスか」
「トゥーチャン!」
「買う前に名前を付けるんじゃないよ! ……雑食さ。果物でも穀物でも肉でもなんでも食べるさ。手間はないよ」
「さっきそいつ大喰らいって言ってたよな」
「チッ……まぁ、鳥にしちゃ随分食うね。飼料代が馬鹿にならないよほんと。いつも売ってるメイルバードが品薄だから、初めてみたこいつを商品として扱ってみたのに……客の前で変なことばっかり喚くわ、飯は食うわで大損こいてばっかりさ」
「変なこと言ってるオリジンはお婆さんの方では……?」
「で、結局いくらなんスか」
ライナの無感情なジト目と、お婆さんの性格悪そうな細目が交錯する。
「ま、五千ジェリーってとこだね」
「おいおい随分強気だな」
「仕入れと今までの餌代含めりゃ妥当な金額さ」
「シイレネ! ゴヒャクジェリー!」
「こらっ!」
十倍で売ろうとしてたのを一瞬でバラされてやがる。ナイス鳥。
「じゃあ三千ジェリーでどうスか」
「話になんないね」
「モウヒトコエ!」
「おいおい、というかライナ、本気でこの鳥を飼うつもりなのか?」
「っス。一応もう、何か飼ってもいいって話はしてるんで……」
マジかよ。まあ“アルテミス”公認なら良いんだろうが……よくわからない種類のペットをいきなり飼おうってのはハードル高いんじゃないか?
「うーん、だったら三千五百っス」
「それで歩み寄ってるつもりかい? 譲れて四千五百」
「でも……だって五百って聞いてたし……」
「商売ってのはそんなもんだよ。こっちだって毎日このクソ鳥の世話してやってんだ。仕入れと同じ値段になるわけないだろうよ。フンッ」
「イラシャイ! イラシャイ!」
「賢い鳥だよなお前。新しい言葉覚えさせてやるか。“シケた客ばっかりだぜ”」
「シケタキャクバッカリダゼ!」
「こらっ!」
「トゥーちゃん、もし私が買えなかったらその言葉ずっと繰り返して良いっスよ」
「シケケケ! シケェーッ!」
「やめろっての! 店先で変な言葉使わせるんじゃない! わかった、四千! これ以上は負からんよ!」
「モウヒトコエ!」
「本気で焼き鳥にされたいのかいこいつは!?」
何故かお婆さんと鳥との間で繰り広げられた値引き合戦であったが、最終的に怒鳴りすぎて咽るような咳が止まらなくなったお婆さんがかわいそうになり、ライナが三千八百ジェリーで購入を確定した。
トゥートゥーカン。ただのモノマネなのだろうが、人語を喋る鳥を手に入れたのである。
「むふふ……トゥーちゃん可愛いっスねぇ……」
「ラッシャイ! ラッシャイ!」
足には逃走防止用の紐がついたままだが、ライナはよほど気に入ったのか、トゥートゥーカンのトゥーちゃんを腕に乗せて歩いている。
大型の鳥だがさほど重くはないらしく、レザーの手袋があれば爪も痛くないようだ。ちょっと格好良い。
トゥーちゃんもトゥーちゃんで、お買い上げしたライナに爆速で懐いたのか、腕に乗ったり肩に乗ったりとベッタリである。購入して即鷹匠みたいになってるのすげーな……。
「なかなか賢そうなペットが買えて良かったじゃねえの、ライナ」
「っス! 任務に連れて行くのは難しそうスけど、色々と芸を仕込んでみたいっスね!」
「キョケーケケケ! ケケケーッ!」
「そうだな……まぁ……鳴き声とか声真似とか煽り性能はだいぶ特徴的だが……」
「ジュボボボ! ジュルルル!」
「そうスかね? 愛嬌あって可愛いっスよ! ねー?」
「ケッケッケ」
指で顔をウリウリされて気持ちよさそうにしてやがる。こいつもう野生捨ててそうだな……。
「もし芸を覚えずに言う事全く聞かないようだったら……まぁ、その時はその時で、良い矢羽が取れそうっスよね」
「ケ!?」
こうして“アルテミス”のクランハウスに、一羽の愉快な鳥が追加されたのであった。
トゥーちゃんは鳥撃ちや家畜の屠殺に慣れたメンバーが揃っているクランハウスで無事にやっていけるのだろうか。幸運を祈ろう。




