親しみと距離感
ミレーヌさんの娘さん、レニアを連れてレゴール行きの馬車に乗った。
救貧院の子供たちはレゴールに行くレニアとの別れを惜しんでギャン泣きしていた。バイタリティの高い子供のガチ泣きがもううるせえのなんの……。けど、レニアはそれだけアサーラ救貧院で良きお姉ちゃんとしてやってきたのだろう。彼女も少しだけ、別れに涙ぐんでいた。
「まあ、距離的には大したことないさ。アサーラ村まで大した距離はないし、会おうと思えばいつでも会えるぜ」
「……はい。いえ、ですけど。レゴールに行くなら、寂しがってばかりもいられません。もうすぐ大人になるんですから……お金を稼げる大人にならないと」
「偉いなぁ……」
レニアは真面目だ。まだまだこの世界の成人年齢にも達していないってのに……。
前世の俺がこのくらいの歳だった頃は、サッカーとゲームとカラオケの日々だったぞ。仕事のことなんて一ミリも考えてなかったな……。まあ、違う世界の事情と照らし合わせても無意味か。
「レゴールではミレーヌさんのとこで暮らすんだよな?」
「はい。……お母さんと一緒に暮らすの、楽しみにしています」
「ミレーヌさんもきっと楽しみにしてるよ」
「でも甘やかしすぎないようにするって言われているので、ちょっと怖いです」
「怖いか……まぁ、ミレーヌさんって怒鳴ったりはしないけど怖いのはわかるわ。ギルドじゃ後輩として入ったエレナって奴をビシバシしごいてるし、にっこり笑顔は絶やさないけど俺たちギルドマンに甘いわけじゃないからな……」
「そうなんですか」
ミレーヌさんに舐めた態度を取ると任務の紹介で仕返しされるから怖いんだ。
“騙して悪いが”って感じのあからさまな罠依頼を回されるわけではないんだが、収支微妙な絶妙なバランスの仕事を回してくる。ギルドもそういう斡旋で色々な面倒な依頼を消化してるんだろうからあまり悪口は言えないけどな。
「けど、ミレーヌさんはよくやってるよ。ギルドのことも、そこで働くギルドマンのことも両方よく考えてる。受付嬢としてはやっぱ、ミレーヌさんが一番だろうな」
「……そんな受付嬢になりたいです、私も」
「そんな志を持って目指してくれるんなら、俺たちギルドマンは安心だよ」
走る馬車の外で、向こう側からやってきた隊商とすれ違った。
列を成す馬車は前と後ろを護衛のギルドマンにがっちりと囲まれ、悠々と進んでいる。レニアは幌の小窓から、すれ違っていく隊商の姿を眺めていた。
「ギルドマンも、まぁ街の人からすりゃ粗野だの乱暴だの馬鹿だの色々言われているけどな……仕事をやって飯食って生きている、同じ人間なんだ。付き合っていくと嫌な部分も色々目にすることもあるだろうし、鼻についたりもするだろうけどな。それでもお互いに適度な距離を保ちつつ、付き合っていってやってほしいわけだよ。いちギルドマンの俺からするとだけどな」
「適度な距離、ですか」
「受付嬢だからってギルドマン全員を家族だとか、そういう風に思うことはないってこと。ギルドマンたちにあんまり入れ込み過ぎても良くないからな」
親身になってくれる受付は嬉しいけど、ギルドマンも決して安全な職業ではない。
死ぬ時は死ぬ、危険な仕事だ。新入りだけでなくベテランも含め、年に何人ものギルドマンが死んでいる。受付嬢をやっていると、そういったギルドマンたちとの別れを何度も経験しなければならない。親身になってギルドマンのサポートをしてくれるのは嬉しいことだが、距離感が近すぎると不平等な部分も出てくるだろうし、亡くなった時の喪失感でキツい思いをするだろう。
ミレーヌさんも同じようなことはレニアに言うだろうが、これはギルドマン目線でも言っておきたいことだった。
「レゴールのギルドマンたちは皆……良い奴らばっかりだよ。レニアもきっと、すぐに仲良くなれると思う。だからこそ、長く付き合っていってやってほしいのさ」
「……はい! 長く受付嬢として活躍できるように、頑張ります」
ほんと素直で良い子だ……。マジで超良い両親に育てられたよな……。
「あ、ちなみに今レゴール近くのバロアの森でハルパーフェレットの変異個体が出没してるらしくてな」
「えっ、そうなんですか……ハルパーフェレットって、小さいけど厄介な魔物ですよね」
「それがデカくなって更に厄介になったってやつだなぁ。……まぁここらへんの街道に現れることはないだろうけど、ギルドに入ったらその件でちょっといつもと違う慌ただしさにはなってるかもしれん」
「良かった、この辺りにいたらどうしようかと……」
「安心してくれ、別方向だからな」
そう、こんな反対方向の場所にユニークモンスターが現れるわけがない。
俺達はレゴールに到着するまでの間、馬車でゆったりと運ばれていればいいのさ……。
そして馬車は進み……俺達はぬるっとレゴールに到着した。
うん、道中は特に何も起きていない。そういうもんだ。よく整備された主要街道にそうしょっちゅう魔物は現れないし、盗賊も居着きはしない。平和なもんである。平和でなくちゃ俺達が困る。
「すごい人……」
「レゴールへようこそ。長旅お疲れさん」
西門を潜り抜けたレニアは、物珍しそうに馬車駅を見渡している。
薄暗くなる時間だが、それでも駅には人が多い。村くらいの規模だと人口密度はスカスカだろうからなぁ。街の人の多さを目の当たりにすると、さすがにびっくりするか。
「本当はレニアにレゴールの観光案内でもしてやりたいところなんだけどな。あまり遅くなったらミレーヌさんも心配するだろうし、さっさとギルドに顔見せしに行こうか。俺も任務の報告をしておきたい」
「はい!」
平和な街道より、むしろ薄暗くなった時間帯のレゴールの町中の方がずっと危ないかもしれないな。レニアをかばうように前を歩き、ギルドに向かう。
西門からはちょっと遠いのが不便なところだが仕方ない。
「賑やかですね……あ、精霊祭の準備をやっているんですね」
「そうそう。精霊祭の人は今よりもっとひでぇよ。場所によっては全然進めねーんだ。観光したいなら、一緒にいる人とはぐれないようにしないと危ないぞ」
「そうなんですね……あっ、服屋だ。靴屋もある……すごい……」
ちなみに今レニアが目移りしている店のほとんどは俺からしてみても高い店ばかりだ。
西門側の店はわりと高級志向でな……。欲しいものもあるが、やっぱり値段がネックになる。
「ギルドの受付嬢になるなら、街についても詳しくなきゃ駄目だからな。レニアの覚えることは多いぞー」
「……みたいですね。一体、何ヶ月……何年かかるんでしょう……」
「是非長い目で見ていってくれ」
「あっ、はい。そうでした、焦っちゃ駄目なんですよね……」
「ははは、気楽に構えてろって。覚えることは多いけど、いっぺんには無理なんだからな。少しずつ慣れていこうぜ」
レニアは気恥ずかしそうに頬を掻いた。本当に素直な良い子だよ。
是非ともじっくり勉強して、レゴール支部の受付嬢となってくれ……。
「さて……ここがレゴールのギルドだ」
「ここが……」
レゴールを横断し、ギルド前に到着した。
威圧感のある石造りの建物を見て、レニアは少し気圧されているようだ。
「今の時間だったらまだミレーヌさんもいるだろうな。……顔を見せてびっくりさせてやろうぜ」
「ふふ……はい、そうですね。驚いてくれるかも」
今日からレニアの、ギルド受付嬢を目指す日々が始まる。
高給取りなだけあって覚えることも要求されることも色々多いが……それでもレニアの真面目さと意欲の高さであれば、きっと遠からず素晴らしい受付嬢になれるはずだ。
まずはその第一歩目を踏みしめようぜ、レニア。
「“収穫の剣”による鎌鼬マングベール討伐を祝してェ~~……猥談バトルのぉッ! 開幕だぜェ~ッ!」
「いやっほぉおおおおおおう!」
「いくぜいくぜいくぜいくぜぇえええええっ!」
「娼館巡り前の景気付けだぁあああああッ!」
「グギュグババァグアア!!!」
あっ……あっ、おう……うん……。
「……モングレルさん……あの……この乱痴気騒ぎは一体……」
「いっ!? いやぁなんだろうなこれ。うるさいよなぁ……ははは、レニア、あんまりあいつらと目を合わせたら駄目だぞ」
「――説明しようッ! 猥談バトルとは――己が持ついやらしい知識を披露し、よりスケベかついやらしい方が勝者となる神聖な決闘であるッ!」
うわっ、なんか頼んでもないのにディックバルトがルールの解説をし始めた……。
ていうか“収穫の剣”もうハルパーフェレットの変異種討伐したのかよ! はえーよ!
「わ、猥談……ですか……」
「――いかがわしき香りに誘われ――……どうやら、主役もやってきたようだな? モングレルよ――」
「いや俺はちがっ……レ、レニア! これはな、あれだ。ギルドマンの悪ふざけでだな……困るよなぁこういうのは……ははは……」
「――猥談バトルの覇者モングレルよ――……しばらくお前はこの戦いに姿を見せていなかったが……――今宵は再び魅せてくれるのだろう? この俺に――」
「……ああ……モングレルさんも、“そういうギルドマン”だったんですね」
「ちがっ……くはないけどレニア、違うからな!? その目はやめような!?」
「護衛、とても助かりました。ありがとうございます。……では、私はお母さんに挨拶してきますから、ごゆっくりどうぞ……」
あっあっ、レニアが行ってしまった……あ、ミレーヌさんと会っていい笑顔浮かべてる……良かったぜ……。
けど感動の再会シーンなのに酒場がクソうるさくて存在感強すぎるせいで全然目立ってないわ……。
「来たかァモングレル~……! ようやくだなァ~! 会いたかったぜェ俺はよォ~!?」
「ギルドではわりと普通に会ってるだろチャック……」
「最近はこういう集まり来てなかっただろォ~!?」
いやまぁ俺にも都合とか仕事とかあるから……いつもこの戦いに居合わせてるわけじゃないんでね……。
「そもそもなんで俺が参加する感じになってるんだよ……別に俺参加表明してねーぞ」
「え~……今回はメリンダ婆さんが作った壺漬けトードの香味焼きなんだけど……」
「……仕方ねえなあ! 久々だしなぁ! 参加してやるぜ!」
「うおおおおおおっ! モングレル参戦だぁあああああっ!」
「ついに来たか……! 猥談バトル最強格の一人が……!」
「みんな酒は頼んだかぁああああッ!?」
「酒を入れてとっておきのネタをぶちまけてやるぜぇぇええええッ!」
こうしてレニアの護衛任務は終わり、何故か猥談バトルが始まった。
レニアは……今またちらりと俺の方を見て……すぐに他人のふりをするように、顔を背けた……。
そうだ……それで良いんだ、レニア……。
ギルドマンとは適度な距離を保つ……それが一番だからな……。
でも今だけは……俺の醜い姿を見ないでくれ……。




