アサーラ村の救貧院にて
「バロアの森でハルパーフェレットの大型変異種が発見された。サイズはシルバーウルフ級。北部第三倉庫付近で発見され、三人のギルドマンが襲撃され一人死亡、二人が負傷した。レゴール支部としてはこの変異個体を“鎌鼬マングベール”と名付け、特別討伐対象とする」
その日の早朝、ギルドでは緊張感のある報告がなされていた。
バロアの森で久々にユニークモンスターが生まれたらしい。シルバーウルフサイズもあるハルパーフェレット……考えるだけで恐ろしいな。敏捷性も凶暴さもウルフの比じゃないぞ。
羊皮紙を広げて読み上げるジェルトナさんの表情は、いつになくマジだ。
「この時期、何かの拍子に街道に出られては大きな被害が出るだろう。シルバー以上のギルドマンとそのパーティーは可能な限りこの鎌鼬マングベール討伐のために動くように。……報酬はここに書かれているが、これに目が眩んで無謀な手出しをしてはいかんぞ? こいつが討伐されるまで、ブロンズ以下は発見地点付近には近づかないことだね」
掲示板に羊皮紙を貼り出すと、ジェルトナさんは忙しそうにギルドを去っていった。副長として今回の一件、色々とやることがあるのだろう。
「久々だな、ハルパーフェレットの変異種は」
「シルバーウルフと同じくらいデカいのかよ……俺そもそもシルバーウルフと戦ったことねえぞ……」
「大盾で防げるかどうか……」
「うおっ、とんでもねえ報酬額だ! こりゃ大所帯で挑んでもお釣りがくるぞ!」
「マジかよ! 北部第三……ちと遠いが、あの辺りだったらいざとなれば普通の討伐にしてもいけるな……空振りにはなりにくい」
「パーティーに声かけてくるか……」
ギルドマンたちがそれぞれ動き出す。平和なバロアの森に突如現れた大型の獲物だ。ハルパーフェレットの変異種ってところもミソだよな。頑張れば討伐できるラインってのが良い。ベテランほど血が湧く、良い塩梅の緊急クエストだ。
「ハルパーフェレットか……さて、と」
「お、なんだモングレル。お前も来るのか」
「まさかお前……ソロでハルパーフェレットを討伐しに行くつもりじゃないだろうな……?」
「ソロでこの報酬ってえと……とんでもねえ稼ぎになるな」
「おいおいモングレル、やるつもりかよ? そのバスタードソードで?」
既に荷物は整えた。バスタードソードの準備も万全。いつでも行ける。
俺は掲示板に貼り出されたハルパーフェレットの絵を睨み、ニヤリと笑った。
「……じゃ、俺は王都側で護衛任務あるから行ってくるわ」
「やらねえのかよ!」
「しかも護衛かお前!」
「先約なもんでな……儲かる依頼はお前たちに譲ってやるぜ! あばよ!」
ユニークモンスター討伐。確かにそれも面白そうだ。
けど先にミレーヌさんに頼まれてた護衛任務があるからな! ちょっと無理だわ!
せいぜい俺が戻って来るまでの間にバロアの森を平和にしといてくれよ、ギルドマン諸君。ハッハッハ!
目的地のアサーラ村は、王都方面へと続くハービン街道を進み、宿場町ブレイリーの辺りからちょっと奥まった場所にある小さな村だ。
今回レゴールまで護衛する対象は、そこの救貧院にいるミレーヌさんの娘さん、レニアである。
そう、ミレーヌさんの娘だ。ミレーヌさんは子持ちの人妻なのである。しかもそこそこいい年の娘さんだ。ミレーヌさんの実年齢は聞いてはいけないし考えてもいけない。後輩受付嬢のエレナがミレーヌさんに全く頭が上がらない程度の差はあるが、俺達ギルドマンはミレーヌさんが美人な受付のお姉さんであることを認識していればそれでいいのだ。
「すんません、この馬車は王都行きかい?」
「王都方面だが途中までだな。こいつはブレイリー停まりだぜ」
「おっ、ブレイリーに用があるから丁度いいや。乗せてもらえるかい?」
「はいよ。お、ギルドマンか。空いてるから好きに座ってくんな」
行きは適当に徒歩で行くのでも良かったが、せっかくなので馬車に乗っていこうと思う。こうやってただ客として乗るような時でも、ギルドマンだと意外と受けが良い。いざって時の戦力にならないこともないからな。ただし護衛としての戦力をアピールして運賃を値切ろうとするとすげぇ嫌な顔をされる。通る時は通るんだけどな……護衛したい時は素直にギルドを通したほうが良い。
レゴールを出発し、ブレイリーへ。道中は実に平穏なものだ。レゴール周辺では滅多に悪いことなんて起きやしない。いや、ついさっきユニークモンスターは出たけどそれはそれとしてだ。盗賊みたいな連中は滅多に現れない。
が、それも俺が男でギルドマンをやっているからそう感じるだけなんだろうな。女子供が一人でこの街道を歩いていたら、きっと昼間からでも危ないだろう。悪いことを考えるやつはどこにでもいるし、無防備な姿を見てやっちまおうってなるような奴も悲しいかな、この世には多い。
だからミレーヌさんが俺にレニアの護衛を頼んだのも決して過保護ってわけではないのだ。
「……しかし、レニアが十四歳か。本当にもう大人目前だな……」
何度かミレーヌさんの頼みでアサーラ村を訪れては荷物やら手紙やらを届けているが、時が経つのは早いよな。最初に会った頃はまだまだ小さかったが、会うたびに背が伸びる年頃っていうか……。
……俺も三十一歳だし……夏になれば三十二歳だ。文句のつけようもないおっさんだよな。そろそろ前世の歳を追い抜きそうだぜ……前世、最後らへん何してたのかあやふやだけど。記憶が消えてるとかじゃなければ北海道でバイク旅をする前に死んだのか、魂だけこっちに来たのか……。
そんなことを考えて馬車に揺られている間に、馬車は宿場町ブレイリーに到着した。
あとはもうアサーラ村を目指すだけだ。救貧院の様子はどうなっているだろうか。何事もなければ良いんだが。
アサーラ村にある救貧院は、ここ一帯の身寄りのない子供たちを保護し育てている古い孤児院だ。
院というだけあってヒドロア教も運営に噛んでいるらしいが、肝心のヒドロア教自体がハルペリア王国ではさほどバリバリやっているわけでもない。毎月最低限の運営費は出ているそうだが、清貧と呼ぶにもちょっと無理のある慎ましすぎる額なのだそうだ。
ミレーヌさんとその夫、院長のブロングスさんはこの救貧院出身である。アサーラ救貧院が今もやっていけてるのは、二人の献身によるところが大きいだろう。
「おお、モングレルさん! お久しぶりです!」
「どうも、こんな夜にすみませんねブロングスさん。ブレイリーで一泊しても良かったんですけど、話だけは早めにブロングスさんに通したほうが良いかなって思いまして」
古めかしいアサーラ救貧院を訪ねてみると、出てきたのは熊のように大柄な男であった。
彼こそが院長のブロングスさん。見た目は山賊っぽくてちょっと怖いが、この救貧院で多くの子供達の面倒を見ている文字通り聖人みたいな人である。
「これ、ミレーヌさんからの手紙と荷物です。はい、どうぞ」
「おお……ああすみませんモングレルさん、どうぞ中へお入りください。まだ外は寒いでしょう。温かい飲み物をお出ししますよ。騒がしい子たちも多いですが、今晩は是非泊まっていってください」
「いやぁ助かります」
ブロングスさんは中年の熊系のおっさんであるが、ミレーヌさんとはそう歳も離れていないという……おっと、これ以上考えるのは危険だな。やめておこう。
ミレーヌさんはレゴールで受付嬢として働き、その稼ぎの多くをこの救貧院に送っている。対するブロングスさんは院長として、体を張って運営しているわけだ。夫婦が別居しているような形になってしまっているが、実際村よりも都市部の方が稼げるのだから仕方ない。こうして時折やってくるミレーヌさんからの手紙を読むのが、ブロングスさんにとっての大きな癒やしなのだという。
「……モングレルさん、こんばんは。お久しぶりです」
「おお、レニアか。また背ぇ伸びたなぁ」
「……そうですか? ……他の子たちも同じくらい伸びてるから、わからないですね。あ、これスープです」
「おーありがとう」
そしてこの深緑色の髪の少女がレニア。ミレーヌさんとブロングスさんの娘である。
美人なのはミレーヌさん譲りだが、熊要素はどこにいったのだろうか。あ、目の辺りはちょっとお父さん譲りかもしれんね。
「レゴールに来て、ミレーヌさんの仕事を見たいんだってな?」
「はい。……ギルドの受付の仕事に、興味があるので……」
「なるほどなぁ……でも受付の仕事は忙しいし、ギルドマンは雑だし乱暴だしで大変だぜ?」
「お父さんもお母さんもそう言ってました……だから、本気なら直接見ておいた方が良いって。お金は稼げるけど、都市での仕事は他にもあるからもっとよく考えろって」
ギルドマンの受付は……まあ、かなり良い職業ではある。
事務職としてはかなり花形であると言って良いだろう。給料も良いしモテるし制服もかわいい。しかし、やっぱり粗野なギルドマンを相手にする仕事ではあるから、危ないと言えば危ない仕事ではあるのだ。ミレーヌさんみたいに上手く男を受け流したりあしらったりができないと、なかなか難しいだろう。エレナみたいにツンケンしてるのを隠さないタイプもいるが、あれはあれでキャラとか顔で許されているところがあるからな……どちらにせよ、男相手に萎縮しないという気質が必要になってくる。
「モングレルさん。私は受付に向いていると思いますか?」
「うーん、どうだろうなぁ……」
レニアは真剣に聞いているのだろうが、そうは言ってもまだ十四歳かそこらの子供だ。会った時はまだ一桁だったし、レニア自身そこまで大人びた風貌でもない。見た目で判定するならまだまだとしか言えないのだが……そうだな……。
「実際にギルドマン相手にやりとりしてみないことには、俺からはなんとも言えねえな。あ、俺は世界で一番優しいギルドマンだからな、俺基準でギルドマンを考えるんじゃないぞ?」
「ギルドマンの方とは何度も会ったことありますよ。アサーラ村にも来ますから」
「ああ駐在の手伝いをやってるんだったか。……それならもう慣れはしてるのかもな」
「はい、……だと思います」
「ふーん」
具の少ない質素なスープを平らげ、少し考え込む。
「……まぁ、やっていけるかどうかはレニアの考え次第なんじゃねえかな。辛かったり、続けてやっていける気がしねえってなったら……その時また考えればいいさ」
「はい」
レニアは真面目だし、ここで仕事の手伝いや勉強もやっているようだから下地はできているだろう。ミレーヌさんは救貧院に勉強道具をガンガン送りつけてるみたいだからな……。
「それ含め、レゴールに着いたらミレーヌさんの仕事をよく見ておくと良いぜ。ミレーヌさんはギルドの人気者だからな。その振る舞いは受付嬢の中でも一番勉強になるはずだ」
「……ふふ。お母さんは美人ですからね」
「なー、本当だよな」
「惚れたら駄目ですよ、モングレルさん」
「なんだよ、ちょっとくらい良いだろ」
「お父さんに言いつけちゃいますよ」
「それはマジで困るからやめてね……」
さて、明日はレゴールに向けて出発になる。何もトラブルが起きなければ良いんだが。




