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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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抱えきれない荷物


 ケイオス卿。

 それはレゴールにある日突然現れた、謎の発明家である。

 今更表向きの多くについては語るまい。俺が匿名で前世の発明品のアイデアをバラ撒く際に都合の良い名義ってだけだ。

 この不便すぎる世界をほんの少しでも便利に、暮らしやすく。俺のそんなささやかな野望が込められた存在なわけだが……このケイオス卿、俺が匿名でやっているだけあって、当然バレるとあまりよろしくない。あまりっていうかすっげぇよろしくない。


 まず、俺は発明のアイデアをバラ撒くにあたって、その対象をかなり選り好みしている。つまり、悪い噂があるようなとこだったり、後ろ暗い変な組織と繋がっていそうなら手紙を送ったりはしない、といった感じだ。

 腕が良く、手広くやっている工房があるからといって、そこに一極集中するということもしない。必ず広範囲にバラ撒いて、誰かが一人勝ちしないような状況をわざと作っているわけだ。

 ……そんなことをしていると、必然的に既存権益というか……レゴールで台頭していた大店にダメージが入っちゃってね。まぁそこはハギアリ商会っていう、色々と黒いことばっかやっていたところだったから別に後悔とかはさらさらないんだが、結果として潰れてしまったわけ。結構デカい商会だったから、関係者は今でもレゴールに多くいる。結構恨まれているはずだ。

 あとは王都かな。レゴールがメキメキ成長するまでは呑気してた王都の商会なんかも、ケイオス卿をかなり警戒しているだろう。なにせ明らかにそいつ一人の発明品が市場に大きな影響を与えているわけだからな。最近うちの商品が売れねえなぁ。ケイオス卿? そいつのせい? じゃあそいつ殺すわ……ってなるのも、まぁ、うん。おかしくはない。


 逆恨みでも、恨みは恨みだ。そしてこの世界では人の命がだいぶ軽い。

 都合の悪い奴が一人いたとしてそいつを消してなんとかなるなら、消すか~ってなるやつは結構いる。それが富や権力を持つ連中であれば尚の事だ。

 だから匿名の発明家、ケイオス卿名義でやっているわけ。


 もしもこれがモングレルの裏名義だとバレたら?

 オッスおらモングレル! レゴールのスコルの宿在住のブロンズギルドマン! ……いくらでも物騒な“事故”が起こりそうだよな。

 何度でも言う。絶対にモングレルだとバレてはいけない。


 ……が、そんなに都合よく嘘を隠し通せるわけがないんだよな。

 嘘を隠し通すのは難しい。正直、ただの一人にもバレないままずっと匿名発明家のままでいられるとは思っていなかった。

 だから正直なところ、協力者がいた方が良いとは思っていたんだよな。


「……色々と俺から文句みたいなことも言っちゃったけどさ。サリーにはまず感謝しなくちゃいけねえよな。ありがとう」

「感謝」

「結構前からケイオス卿の正体に気付いてて、その上で誰にも言わずに隠しててくれたんだろ? 俺から口止めされていたわけでもねーのにさ。それは本当にありがてぇよ。風呂三十回分に相当するわ」

「安くない?」

「俺の中ではかなりの高レートなんだよ」


 サリーはポロっとケイオス卿絡みの情報を漏らし、妙な約束まで取り付けてしまったが……それでもまだ、正体がモングレルであるとはバレていない。だったらまだまだやりようはある。そのためにも、だ。


「なあサリー。そっちの負担になるだろうとわかった上であえて頼むんだが……これからも俺の正体については隠し通してもらえないか?」

「負担か。ケイオス卿の情報を狙う人たちのことかな?」

「……わかってるか。そうだな、ケイオス卿を血眼で探している奴らは多い。貴族でも、商人でも……サリーや“若木の杖”がその情報を知っているとなれば、狙ってくる奴らもいるかもしれないだろ」

「うーん、そうかなぁ。僕らへの手出しはできないと思うよ。後ろ盾もあるし、今回の僕の裁判の件ではそれがはっきりしたしね」


 ……そうか。サリーは今回貴族たちからの庇護を受けたから、これから下手な手出しはされにくいと考えても良いのか……。


「だから別に隠すのは構わないよ。僕がちょっと受け答えを間違えてこうなったわけだしね」

「すまん、助かる」

「けど、ケイオス卿として一度だけ姿を見せる。これをやってほしい」

「顔出しかー……変装してもいいならまぁ……」

「それでもいいよ」

「いいんだ……」

「ケイオス卿を呼んで、直接話すっていう話だからね。別に顔を見せることはないよ」


 貴族相手にそれ通るかな……? まぁ別に良いか。こっちにも事情があるし、向こうもわざわざ会ってくれるってんならそのくらいの事情は汲んでくれるだろ。汲んでもらえなきゃ困る。


「そう考えると、結構気楽だな……全身を覆って年齢人種性別をわからなくして……あ。ヴァンダールが作ったあの変声の魔道具。あれも使えるな」

「ああ、あの声が変わる首輪ね。でもあれ効果時間短いよ」

「大丈夫、それはこっちでなんとかなる。……俺が持っているのを使うとヴァンダールの方にバレそうだから、サリーの方で一個注文しといてもらえるか?」

「うん? まあ大丈夫だけど。どんな方法で長持ちさせるのか気になってくるね。それも発明?」

「秘密だ」

「秘密か……」


 ヴァンダールの魔道具が長時間使えるのは俺の体質のせいだと思う。魔力が浸透しやすいとかそういうやつ。あとはそもそも魔力の量がアホみたいに多いとか……。

 何度かあの首輪を使って森とかそういうところで女声ボーカルで昔の曲歌ったりしてエンジョイしてたから長時間運用は問題ないはずだぜ。


「変装は当日までに色々と考えておくか……日程にはかなり余裕があるし、まぁどうにかなるだろ。……よし、混乱してた頭が回ってきた。いける」

「僕も何か手伝おうか?」

「マジかよ、ありがたいけど良いのか」

「失敗するとケイオス卿がレゴールから消えるかもしれないからね。そうなるとせっかく僕らがレゴールに拠点を構えたのに、発明家の街としての魅力が減ってしまうじゃないか」

「……まぁ、“これ以上は無理だなー”ってなったらレゴールを出奔することも考えの一つにはあるけどな」

「やっぱりね。だろうと思った。まあ、そうするしかないよね」


 サリーはいつもの笑顔のまま、顎に手を当てて頷いている。

 ……本当はできる限りレゴール出たくないけどさ。今はもうそこまで腰軽くねえよ。


「うん。だから僕も秘密を守ることに協力するよ」

「……なんで俺がこんなことをやっているのかを聞いたりしないのか?」

「え、聞いてもいいの?」

「いやごめん、あんま言いたくねえわ……サリーが知りたいならまあ、言うけどな。義理として……」

「うーん」


 サリーは薄っすらと目を開けて、俺の顔を見つめている。


「いや、別にいいよ」

「いいのか」

「興味がないわけではないけど、隠せるなら隠したそうだしね。でも、僕としては答えを当ててみたくはあるかな。いつかこれじゃないかっていうのを聞いてみるから、その時に合ってるかどうかだけ教えてよ」

「クイズかよ」

「考えるのが面白そうだしね。まだまだ答えは出てないから、これをしばらく楽しんでおきたいんだ」


 どうやらサリーは俺の正体について考えることを今までもずっと楽しんでいたらしい。俺はちょっとそんな楽しみ方できる自信はねえな……。


「それに……その方が、モモの発明家としての目標が身近にあって、良い影響があるだろうしさ」

「……子供の教育の心配かい。モモだってもう大人だぜ? いつまでも子供扱いは良くねえよ」

「モモはずっと僕の子供だよ」


 そういう感じに接してるから娘からたまに白い目で見られたりするんだぜサリー……まあ、いいけどさ。その子煩悩さに俺も助けられるわけだから。


「じゃあ、追加でちょっとした隠蔽工作でもするか。そうだな……サリーにはこれから王都に行って、向こうでいくつかちょっとした仕事をこなして来てもらえると嬉しいな」

「王都。ああ、“ケイオス卿はレゴールではなく王都に拠点を構えている”と誤認させるためかな」

「おまじない程度だけどな。サリーの人間関係伝いにケイオス卿の正体を探ってくる奴もいるだろう。なんだったら今まさに探られてるかもしれん。サリーがいた学園とか顔を出しても良いかもな。……って、さすがに隠蔽工作のためにそこまでサリーに手間かけさせるのもアレか」

「いや、丁度いいよ。僕も数年前から学園に呼ばれてて、色々と頼まれごとがあったからね。そういうのを片付けるのに丁度いい機会だよ」


 ……学園がどんな場所か俺にはわからんけどさ。そういうのってあまりブッチするの良くないんじゃないのか……?


「この部屋であまり長々と作戦会議を続けるのも良くないかな?」

「だな。そろそろ部屋を出ておこう。……ついでに、何か力仕事を手伝わせてくれ。何も無しに会合してたなんてバレることもないだろうが、念には念をでな。“若木の杖”のクランハウスで何かやれることあるか?」

「それだったら研究資材の搬入を手伝ってもらおうかな。いつもヴァンダールとか力持ちにやってもらってるから、モングレルが手伝ってくれるとありがたいよ」

「わかった。そのくらいは格安でやるよ。他にも何かあれば遠慮なく使ってくれ。俺の面倒な隠し事に付き合って貰ってるんだ」

「うん。けど今は思いつかないからそれはまた今度言うね」


 と言って、サリーはすっと立ち上がって部屋から出ていった。

 ……いや、さっさとこの部屋を出ようとは言ったけどそこまで急かしてはないぜ俺は……。相変わらず会話の切り上げ方が独特な女だな……。


「やれやれ……」


 立ち上がって、首を鳴らす。

 ……うん、なんかちょっと肩が軽くなったかもしれない。

 やっぱり秘密を抱え込んだままの状態ってのも良いが、誰かにその秘密を共有してもらって、共犯者として手伝ってもらえるってのが一番だな。それがやろうとすると難しいことなのはわかっているが、この気楽さはしばらく感じたことのなかったものだ。


 ケイオス卿の秘密。……できればこれ以上広まらないようにしたいもんだね。

 けどそんな思いと同じくらい、状況が僅かに動き出したことに対して高揚する自分もいるのだった。何一つ楽観視できるイベントではないはずなんだけどな。


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ノミネートされた148作品の中に「バスタード・ソードマン」も選出されました。

エントリーナンバーは101番です。選考基準的に、バッソマンは今回が最後の機会となるでしょう。


この機会に是非投票していただき、皆様の力でバッソマンを次に来る作品に押し上げていただけるととても嬉しいです。

どうぞよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
これはアルテミスより距離が近くなることもありえるんかね。ライナをかわし続けてるのも秘密があるからだろうし
>女声ボーカルで昔の曲歌ったりしてエンジョイ なにしてんモングレルw
>けどそんな思いと同じくらい、状況が僅かに動き出したことに対して高揚する自分もいるのだった。何一つ楽観視できるイベントではないはずなんだけどな 自分もワクワクしてますわ!
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