アイアムバッソマン
「モモの面倒を見てくれてありがとう、シーナ。湖では色々と楽しかったみたいだし、喜んでいたよ」
「ええ……サリーさん。彼女は素直でとても良い子だったわ。……でもその、むしろサリーさんの方が、色々と大変なことに巻き込まれていたみたいで」
「僕は別にそうでもないけど。ヴァンダールの方が死にそうな顔してたよ。大変だったみたいで」
「……そうなのね。まあ、ええ。大事無いようで良かったわ」
「これはお礼ね。はい、金貨」
「……現金。い、いただいておくわ」
これはギルドでの会話ではない。“アルテミス”のクランハウスでの会話である。
ザヒア湖旅行の際“アルテミス”一行にモモを預けたことについてのお礼をしに来たのだろう。その形が現金であるということに目を瞑れば普通に律儀で良い団長だな。シーナが対応に困っている姿を見るのもなんか新鮮な気がするぜ。
そしてこの話を聞いているのは意思無き窓辺の観葉植物ではない。この俺、モングレルである。
「モングレルがいるけど“アルテミス”に入団したのかな?」
「いいや、俺は風呂入りに来ただけだよ。今は風呂上がりにレオとムーンボードで対局中。サリー、代打ち入るか?」
「駄目だよモングレルさん。負けそうだからって人に任せたら」
駄目か……。
風呂上がりに一局指そうなんて考えるもんじゃねえな。力量差がありすぎてまるで勝負にならん。降参しよう降参。
「そういえばモングレルに頼みがあるんだけど、聞いてもらえるかな?」
「おう、なんだよ。無茶な事でもなければ“コレ”次第でなんでもやるぜ俺は」
「そっちも現金ね……」
ギルドマンなんて金にがめつくて上等だろ。まぁ俺はそこまでがっつかないタイプではあるんだが。
「じゃあ“アルテミス”のクランハウスで仕事の話をするのもよくないから、場所を移そうか」
この時、普段から空気の読めないサリーが“話をするのに場所を移そう”だなんて言う辺りで嫌な予感を感じていたのだが、実際にその予感は当たっていた。
場所を移して話そうって言うもんだからどこへ行くかと思えば、ギルドだった。
別に人がいないって時間でもない。むしろ夕暮れ前で、帰還するギルドマンたちで賑やかな頃合いだ。ここで話すのも“アルテミス”のクランハウスで話すのもそう違いはないと思うんだが。
「ミレーヌさん、ちょっと個室借りるね」
「あらサリーさん。ええ、大丈夫ですよ。一番奥の部屋が空いてますので、そちらへどうぞ」
しかも任務の打ち合わせにもよく使われる個室まで借りやがった。
まぁサリーにとっちゃ部屋を使う貢献度なんていくらでも稼げるだろうし、防音もちゃんとしている部屋だから話し合いにはもってこいなんだが……いよいよもって何の頼みがあるのか怖くなってきたな。
「……で、なんだよ頼みって。任務絡みか?」
何かの任務に同行して欲しいとかか……? いやいや、それこそ“若木の杖”のヴァンダールを使えばなんとかなるだろう。奴もサリーの行動で胃を痛めるよりはそんなわかりやすい仕事の方が気楽はなずだ。
「任務とは関係ないよ。個人的にちょっと顔を出して欲しいところがあってさ」
「顔ってどこに」
「精霊祭」
「ああ精霊祭……いや精霊祭は俺も見て回るつもりだが……そういうわけではなく?」
「うん、ただ祭りを見て回ってほしいとかじゃなくてさ」
春の精霊祭は特に賑やかだからブラブラ見て回って楽しむ予定だけども、そういうわけではないらしい。
「ちょっと貴族たちの前に姿を現して、レゴール伯爵とも話してもらいたいんだよね」
「……Why?」
「なんかマヌケな声だねぇ」
俺が? 精霊祭で? 貴族の前に? というかレゴール伯爵の前に出て話す???
わからんわからん、なんもわからんわ。わからなすぎて英語も出てくるわ。ていうかこれ絶対いつもの言葉足らずなやつだろ。この時点で真面目に考えても意味ねーわ。
「いや、順を追って話してくれよ……なんで俺が貴族の前で話すなんてことしなきゃなんねーんだ」
「順ね。そうだな、それは……ああ、僕がちょっと借りを作ってしまったせいで? いや、原因は僕がちょっとだけ口を滑らせたからかな」
「うーんわからん。とりあえずどうして俺なのかを説明してくれよ。俺じゃなくてよくね?」
「いや、そこはモングレルじゃないと駄目だと思うんだよね」
サリーはテーブルの角に爪を押し付けて傷を付けながら、何気なく続きを口にした。
「だって“ケイオス卿を連れてくる”って言っちゃったから」
「……ほわぁああ?」
「変な声」
いきなり過ぎて下手なシラの切り方しちまった。これはいかん。
……なんでケイオス卿の話を俺に振るんだ。いや、わかってる。サリーの中で目星をつけているからだ。ザヒア湖でモモも言ってただろ。……それにしたって、どうしたもんか。
「いやケイオス卿ってお前……本物のケイオス卿連れて行けよ。どういう話か知らねえけど、俺を連れて行ってもしょうがねーだろ。貴族の話に俺を巻き込むのは勘弁してくれ」
「いや、モングレルはケイオス卿でしょ」
「ちげーよ。だいたい俺はギルドマンだし……」
「隠してるのは知ってるから僕も言わないように頑張ってるんだけどさ。ちょっとこの間の騒動で色々話しちゃってね。うっかり僕がケイオス卿と会ったことがあるようなことを喋っちゃったんだよ。ごめん」
おい……俺の美しいシラの切り方無視すんな。
けど不味いな……サリーの中じゃもう確定かよ。これは誤魔化しようがないかもしれん。というよりそういう上辺の誤魔化しを読み取ってくれるほど普通の人間ができてねえわコイツ。
……もうこのまま俺が喋っても仕方ない気がするな。とりあえずサリーの話を聞く側に回っておこう。
「ほら、僕が裁判にかけられた時。レゴールにいる貴族の人が色々と手を回してくれて、助けてくれたんだけどさ。その時に偉い人たちと話さなきゃいけないことがあってね。助力してくれたお礼とか、そういうやつ。僕は面倒だったんだけど、皆ちゃんと挨拶してこいって言うから」
「そりゃまぁ何かしら礼は言っといても良いだろ……具体的にどんな風な借りがあったのかまでは知らんが……」
とある男爵家の人間に雇用(強制)されそうになっていたところを、他の貴族たちが色々と手を尽くして守ってやったと聞いている。一から十まで貴族の話で嫌になるが、押し売りされたとしても恩は恩なのが辛いところだよな。その点はマジで同情するけどよ。
「それで、レゴール伯爵とも話す機会があってね」
「おー」
「そこで色々話してたら、モモが発明をやっているって話題からケイオス卿の話になって。伯爵も結構ケイオス卿が好きみたいでねぇ」
「おー……」
「それで、僕が“じゃあ精霊祭の時にケイオス卿を連れて来るからそれでお礼ということに”って思わず言っちゃった。誤魔化そうと頑張ったんだけど、レゴール伯爵がそこから結構鋭く聞いてくるものだから、なかなか難しくてさ」
「おぉぉおおおい……」
口の滑らせ方がすっげぇなお前……。
思わず脱力したわ……こんなリアクションしてるともう自白してるも同然だが……ていうか、それよりも。
「……なあサリー。なんで俺がケイオス卿だって思うんだ。根拠は?」
「え。色々あるけど」
「色々」
色々あるのか……。
「発想の組み立て方がかなりモングレルっぽいよね。途中式を書かずに答えを書いている感じ」
「……なんか分かりづらい例え方だなそれは。もうちょっと根拠らしいもんないのか」
「あー、じゃあもっと根拠らしいものというと」
サリーは宙に顔を向け、少しだけ考えた。
「あれだね。ケイオス卿の手紙。何枚か現物を見たんだけど、絵の描き方の癖っていうのかな。技法っていうのかな。まあ僕はそこまで詳しくはないんだけど。それがそっくりだよね、モングレルとケイオス卿は」
「……絵」
図解か。……文字はわざと書き分けているが、図はわかりやすさ優先で確かに……ちょっとあれかもしれないが。
そうか、サリーとは色々話すこともあったからな……ちょこっと図にして説明したりする機会も多くて、そこからバレたのか。
「文字もわざと下手に書いてるけど文法はしっかりしてるし、けど一部の綴りが特徴的な間違い方をしてて、その癖が明らかにモングレルと同じなんだよね」
「……俺の文章なんて読む機会……ああ、あったな。色々」
「モングレルの作ったあのボードゲームの長い説明書きにも二箇所くらいそういうのあったよ」
「おおう……」
あーこれは……あれですわ。駄目だな、完全にサリーにはバレてるわ。
これ以上の誤魔化しは意味ねえな。もうソファに倒れ込むしかねぇわ……はぁああ……。
「……なあサリー。俺だってことバラして……はいないんだよな?」
「モングレルの名前は出してないよ。ギルドマンっていうことも喋ってない。いやぁ危なかったよ」
「それなら良い……良いか? ギリギリアウトだが……」
「ごめんね。ケイオス卿って隠してたんだよね?」
そんな息子のエロ本見つけちゃったかーちゃんみたいな言い方する……?
今はその軽さがなんとなく助かるけどよ……。
……初めてだよ。ここまで入念に隠している俺の正体にたどり着けた奴は……。
開き直るわけではないが、いざこうやって自分の一側面を肯定するとなると、ちょっと心が軽くなるな。
「まあ……そうだよ。さすがだな、サリー。俺が、このモングレルこそが。ケイオス卿の正体だ」
「だからちょっと精霊祭に出て欲しいってことなんだ」
「んんんー……せっかくならもうちょっと良い感じの反応が欲しい……」
「え? いやだからモングレルがケイオス卿だってことは知ってるって言ったじゃないか」
「そうだけどよぉ……はぁ……」
ケイオス卿バレしたけど、俺の理想だったバレ方とちょっと違うのが嫌だな……。
そういう普通なリアクションをサリーに求めるほうが間違っているとはわかっているんだが……。
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ノミネートされた148作品の中に「バスタード・ソードマン」も選出されました。
エントリーナンバーは101番です。選考基準的に、バッソマンは今回が最後の機会となるでしょう。
この機会に是非投票していただき、皆様の力でバッソマンを次に来る作品に押し上げていただけるととても嬉しいです。
どうぞよろしくお願い致します。




