酒飲みの限界突破
ギルドマンは酒好きである。
宵越しの銭は持たないを信条に生きている彼らギルドマンは、基本的に仕事してない時は酒、煙草、博打、女って感じなのだが、その中でも特に持ち金がなくても楽しめるものが酒なので、だいたいの連中は仕事終わりに酒場でグビグビやっている。
そして、言うまでもないが皆負けず嫌いである。
自分の腕っぷしで仕事を集める側面もあるので、人から舐められたり面子を潰されることを極端に嫌がるところがあるのだ。護衛仕事なんかだとそこらの評判も大事だからな。何より、一度落ち目になると他の調子に乗った奴が寄って来たりだとか、そういったいらぬトラブルを引き寄せたりもする。常にほどほどに力を見せつけるのが、ギルドマンとしての上手い生き方だと言えよう。
で、この酒好きと負けず嫌い。二つの要素が合体するとどうなるだろうか。
答えは簡単だ。
ろくでなしの酔っ払いが発生する。
「うぃーっス! まだまだ足りないっス! ビール! ビール!」
「うおおおお! また一気に飲み干しやがった!」
「すげぇ……あんな小柄な子が、また一人沈めやがったぞ……!?」
「これが“アルテミス”の実力ってわけか! ぬぅ……俺も参戦だっ!」
俺が都市清掃を終えてギルドに戻ってくると、何故かライナを中心に騒々しい宴が形成されていた。見間違いかと思って二度見してしまったが、確かにライナである。なにやってんだアイツ……。
取り囲んでいる連中は“レゴール警備部隊”や“収穫の剣”……の他に、他所の街から来た新顔も多いな。マジで何の集い……?
「んくっ……んくっ……ぷはー!」
「う……ぐ……! ま、まいった……!」
「また一人潰しやがった! 圧倒的すぎる……!」
「嘘だろ……! こ、こんなことが……こんなことが許されて良いのか……!?」
急性アルコール中毒の何が怖いかもわかってない世界で繰り広げられる酒飲み対決。地球出身の俺としてはかなり恐ろしい光景だが、ギルドマンにとってはよくある日常の風景である。
だが、ライナのように一見子どものように見える奴がグイグイいけるクチだというのは、ギルドマンたちにとっても珍しいらしい。
「おいおい……アレクトラ、これどういう騒ぎだよ」
「ああ? なんだいモングレル、任務上がりかい。見りゃわかるでしょ、ライナちゃんの独壇場だよ」
俺の中では希少な常識人枠に入っている“収穫の剣”副団長のアレクトラだが、この光景を見てどこか誇らしげにしている。そうだ、こいつも大概頭ギルドマンなんだった……。
「“レゴール警備部隊”が空き家にいた不審者連中をぶちのめしてとっ捕まえたらしくてね。それがどうも手配書の回ってた悪人どもだったそうでさ、ちょっとした小金が入ったみたいなのよ」
「おー、“レゴール警備部隊”がそんな活躍をするなんて珍しいな。すげー」
「それでここで酒盛りが始まって盛り上がってさ、酒場にいる連中に酒を奢って……いつの間にか飲み比べになって」
「そんでライナがああなってるってことか……」
レゴールの街中や街道における警備仕事をメインに引き受ける“レゴール警備部隊”。彼らは基本的に同じ相手と長期間の契約を結び、同じ仕事を続けることが多い。仕事の内容もさほど危険ではないし、言ってしまえば退屈な仕事がほとんどになる。しかしたまーにこうして活躍の機会を得ると……まぁ、彼らもギルドマンらしく盛り上がってしまうわけだな。
「ライナちゃんの飲みっぷりには惚れ惚れするねぇ……うちの連中も一人潰されちゃったわ」
「おいおい、一体これ今何杯目だよ」
「律儀に数えてた奴が盛り上げ役に回ってからは誰も数えてないよ」
「雑ぅ~」
“アルテミス”の、特にシーナが見てたらまたギャーギャー言いそうな飲みっぷりだぜ……とはいえ、どうも見た感じ全部奢られて飲んでいるようなので、それをわざわざ止めるのも忍びない。
後から監督不行き届きと言われようが、ここは観衆の一人に回っておくぜ……。
「ぐ、ぬぬぬ……うおおおっ! 俺はモーレン! “ザハッカ・ケイブ”一番の大酒飲みよ! 小娘、ライナといったな! 次はこの俺と勝負しろィ! ルールはさっきまでのやつと同じだ! 先に飲めなくなった方が全額支払う! どうだっ!?」
「むふっ……ここからはウイスキーなら受けて立つっスけど、エールやビールは遠慮するっスよ」
「な……なんだぁっ!? ウイスキーってな、まさかそいつは、最近流行りの蒸留酒かっ……!?」
「もう腹の中がパンパンなんスよ。薄い水みたいな酒じゃお腹いっぱいになるだけで満足できないっス」
ああ、単純な容量の問題はそりゃあるわな……。
特にライナみたいな小柄じゃ、薄い酒では限界がある。別に水の大飲み勝負をしようってわけじゃないのだ。酒の対決をするのであれば、量ではなく質でというライナの言うこともわかる。
しかしギルドのウイスキーか……本当に最近になって、ここでもウイスキーを扱うようにはなったが……マジで高いぞここのは。正直俺でも手が出ない価格だ。はっきり言ってボッタクリである。
ライナお前、本当は腹がタプタプとかそういうわけじゃなく、勝てそうな相手の金でウイスキーを飲みたいだけなんじゃねえの……?
「ぬぅ……! よかろうッ! 負けた時に持ち金が無いは通らんぞ、小娘ェ! 店の酒がなくなるまで飲んでやるわッ!」
「ふっ……超余裕っス」
「なんだとぉ……!?」
「忌憚のない意見ってやつっス。それでも文句があるんならいつでも喧嘩上等っスよ」
しかしライナの相手も凄い自信だ。こりゃお互い一歩も引かないだろうし、最終的な敗北の負債は相当な額になっちまわないか? 相手のおっさんも払えるかどうかわかったもんじゃないぞ。
「ガハハハッ、ウイスキーで満足だぁ~? そんなお上品な酒で飲み比べたぁ、近ごろの若ぇギルドマンは気迫がねぇなぁ!」
「あぁん!? 誰だてめぇ!」
「なんスか、自分らになんか用っスか」
やっべ、ブレーク爺さんじゃん……。
そうか、あの人も“レゴール警備部隊”だからか……。今日の主役なのはいいけど、そう若者に絡んでやるなよ……。
「そんな濃いだけの酒よりもなぁ! こっちで飲み比べした方が断然面白ェに決まってるだろぉ!?」
酒を飲んでいつになくギラギラした雰囲気を纏ったブレーク爺さんがやってきて、ライナたちのいるテーブルに一本の瓶を叩きつけた。
「こいつぁイビルフラワーの蜜から作った酒、イビルミードだ! ヘッヘッヘ、イビルフライは春になると大輪のイビルフラワーの蜜を啜る……その蜜を横取りして作ったこいつは、まぁ蜜の時には人間にゃ毒なんだがよ、酒にするとまた美味ぇんだ! 頭にガツンとくるしな! ガッハッハ!」
ええ……なにそれ……知らん……。
俺もそこそこ長い間ギルドマンやってるけど、あのデカいだけの花にそんな使い道あったのか……初めて聞いたわ……。
「ちょ、ちょっとブレーク爺さん。見せてもらっていいか? その酒」
「おおよモングレル、なんだぁてめぇも飲み比べか? 飲むか!? 酒に強い奴でも一杯で目を回すって有名な酒だぞ!」
「……匂いは、結構度数もきつそうな酒だな。ええ? ブレーク爺さん、これ本当に普通の醸造酒?」
「おっ、違いがわかるのか? そいつぁな、まぁ元々はそこまで強くない酒だしよ、そこに強い酒を混ぜものしてあるんだわ! ガハハハ!」
なんかすげぇ安っぽいっていうか、質の悪そうなアルコールの匂いがするのがめっちゃ気になるんだけど本当に大丈夫なのかこれ……。
いやそもそもイビルフラワーの酒自体が大丈夫なのか?
「ほぉ……面白い! そんな酒があるなら是非そいつでやらせてもらおうじゃねえか!」
「え、マジっスか?ガチで飲んじゃっていいんスか?」
「ったりめぇだ、今日は俺らの祝いの日だ! ガハハハ! どんどん飲めぇ!」
本日のブレーク爺さんはご機嫌な様子である。
個人的にブレーク爺さんには常時平常心でいてほしいのだが、まぁ今回は普通に太っ腹な方に作用してくれたようで良かった。
酒を奢るだけなら実に模範的なギルドマンだぜ……そいつがまともな酒であればだが。
「おいライナ、気分が悪くなったらすぐに棄権するんだぞ」
「あれっ、モングレル先輩じゃないスか。おっスおっス」
「出来上がってんなぁ……とにかく、やばいと思ったら止め時だからな? わかったな? 負けてもいいから、飲み過ぎで倒れたりなんかするんじゃないぞ?」
「そんな訳無いっス、私が負ける訳無いっス!」
だめだこりゃ。……とりあえず毒消し草の生のダンパスを一本、テーブルの上に置いておいた。やばいと思ったらそいつをかじっておけ……多少は楽になるからな……。
「よぉし二人のジョッキに注いで……おらっ、ガァッと飲め!」
「ふん、このくらいの量なんざ俺にとっちゃ……! ゴクッゴクッ……むぐッ……!?」
「んく、んく……っ!?」
同時にジョッキを呷り、二人の顔色が変わる。明らかにギョッとしている。おいおい何だよそのリアクション。ブレーク爺さん、本当に大丈夫なんだろうな!?
「かっ……辛ッ……おおおっ、目が、回るぅうう……!?」
「んく、んく……!」
男がふらつき、たたらを踏む。対するライナも驚いた顔のままだが、グッとジョッキを呷ったまま離そうとはしない。
……ていうかそのリアクションこえーよ! 何入ってるんだよそれ! 強いだけの酒じゃそうはならんだろ!
「こ、こんな、一杯ごときで負ける……わけ……おおお……!」
大男はジョッキを掴んでいたが、すぐにドシーンと尻もちを付き、その場に倒れ込んだ。顔は真っ赤で、目も回っている。酩酊状態といえば酩酊状態にも見えるが、これどっちかっていうと中毒症状だろ……。
「ガハハハ! だらしねぇ男だ! おう嬢ちゃん、お前の勝ちだぜ!」
「……ぷっはぁ! あざーっス! すっごいキツかったっスよぉこれぇ……!」
勝者はライナであった。しかし、酒豪のライナであってもイビルミードの強さというかヤバさは通ったのか、顔が真っ赤になって、目もトロンとしている。いくら酒を飲んでもほとんど変わらないライナにしてはかなり珍しい顔色だった。
「ぐぇえ……酔いが、酔いが回る……立てにぇ……」
「お、大丈夫スか大丈夫スか」
「まさか樽呑みのモーレンが飲み比べで負けるなんて……! おいモーレン、しっかりしろ! ほら水だ!」
「あのライナとかいう小娘、化け物か……!?」
「ふっ……たった一杯だけで酔い倒れるのに樽呑みを名乗るなんて……各方面に失礼っスよね。樽呑みの称号は私がもらっておくっスよ……」
「こらこらライナ、煽るな煽るな。普段そんなことしないだろお前……ったく、やっぱお前も酔っ払ってんなこれ。おらっ、ダンパス齧れ酔っ払い」
「ふぁっ!? もががが……!」
俺は敗者に鞭打つように育てた覚えはないぞ。再教育のダンパス丸かじりの刑だ。一気に酔いが醒めるんだぜこれ。ほーれ、エキスもしっかり飲み込めよ、樽呑みのライナ。
「んあーっ……苦いっス……! ていうかなんか気分悪いっス……!」
「うわぁ、解毒しきれないってことはやっぱなんかアルコールじゃない別の成分あるじゃねえかこれ……ブレーク爺さん、あの酒本当に法に触れないんだろうな……?」
「ガハハハ! おう、負けた奴は俺の酒代払ってもらうぞ! 安心しな! ここのウイスキーの三倍ってとこだからよ!」
「か、勘弁してくれぇ……」
樽呑みのモーレン……可哀想に。面子の潰れたギルドマンはああして落ちぶれ続けちまうんだな……。
ブレーク爺さんはこういうのは容赦なく取り立てるぞー……。
「大丈夫かー、ライナ」
「いやー……キツいっス……なんなんスかねこれ……めっちゃ頭痛いっス……あのイビルミードってお酒、なんかヤバいっス……」
「これに懲りたらよくわからない怪しい酒を飲むんじゃねえよ。早死にしちまうぞ」
「うぃぃぃぃっす……」
ライナ、お前はろくでなしの酔っ払いになるにはまだ早い。
シーナみたいな説教をするわけじゃないが、危険なラインを感じたら面子どうこうよりも自分の身体を優先できるようになっておくべきだと思うぜ。
……まぁ、酒の弱い俺としてはライナみたいな酒に強い体質が、内心ちょっと羨ましくもあるんだけどな。
「次にくるライトノベル大賞2024」の投票が開催されています。
ノミネートされた148作品の中に「バスタード・ソードマン」も選出されました。
エントリーナンバーは101番です。選考基準的に、バッソマンは今回が最後の機会となるでしょう。
この機会に是非投票していただき、皆様の力でバッソマンを次に来る作品に押し上げていただけるととても嬉しいです。
小説家になろうの作品として、これからもサイトの顔を汚さない美しく清らかな作風を心がけていきたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。




