無所属の三人組
ギルドマンのちょっとした仕事として、ガイドというものがある。名前の通り、案内役という意味だ。
相手は観光客だったり、同じギルドマンであったりと様々だ。レゴールの町中を案内してやったりだとか、バロアの森に入ってどんなもんかお試しで散策させてやったりだとか……土地に詳しくない人を相手に、色々と世話を焼いてやるわけだな。
街中はさておき、バロアの森の案内ともなるとそれなりの実力が必要となる。レゴール生まれレゴール育ちだとしても、アイアンランクのようなへっぽこぴーでは任せられないからな。慣例として、必ずブロンズ以上の奴がやることになっている。
だがこのガイド役、さほど儲かる仕事ではない。いや、悪どい真似をすれば稼ぐこともできるんだろうが、ギルドの看板を背負ってやる以上は無知な相手から金を毟り取るのはご法度である。依頼人の要望を聞いてやり、望む場所へ案内してやり小銭を得る……それがガイドとしての任務となる。
まぁ、そうだな。世話好きな奴には向いてるだろうな。バルガーなんかは結構好き好んでガイド役を買って出ているタイプだ。報酬が低くともやりたくなるのだそうだ。わからないでもないけどよ。
とはいえ、悪いことばかりでもない。
ガイドは報酬こそ低いが、一人でもできる仕事なのだ。だから俺みたいなソロのギルドマンにとってはなかなか狙い目というか、楽な仕事ではあるんだ。
比較的安全だし、時間的な拘束はあるが退屈ではない。人と話すのが好きなタイプであれば、そこそこ楽しんでやれる任務だと言えよう。
俺もまぁ人と話すのは結構好きだし今回は気が向いたので、せっかくなのでこのガイド役をやってみようと思う。
「やっぱりバロアの森の探索は外せないよな」
「市場巡りもしてみたいけど、森は外せないわよね。一人じゃ探索できないし」
「バロアの森を探索できて一人前とは言うもんな。しばらく潜ってみたいぞ」
春になって、バロアの森に初挑戦してみようという他所のギルドマンが結構な数集まってきている。連中に森を案内してやって、後は適当に街中をいくつか案内してやればガイドの仕事は終わりだ。贔屓にしている店にでも連れて行ってやれば、俺の好感度も上がるだろう。無駄な仕事ではない。
だが、そんな俺と同じような思考回路をしていたのだろうか。あるいは、ガイドを求めるよそ者があまりにも多いせいなのか。俺以外にも、ガイド役を買って出た奴らがいた。
普段はあまりギルドに顔を出さない、ソロ専でやっている男たちである。
「ハッ、湿気た面が集まってやがるぜ。パーティー無所属のあぶれ者のお披露目会でもやろうってのか?」
「おいおいヴェンジ、あぶれ者ってのはお前もだろ。自虐ネタに俺を巻き込むなよ」
「うるせえなモングレル。お前らの冴えない顔面と一緒に並ばされる俺様の気持ちがわかるかよ」
この口の悪い男の名はヴェンジという。ロングコートに黒のロングヘアー。ワイルドな無精髭に、皮肉屋をそのまま絵に描いたかのような捻くれ者ですと言わんばかりのニヒルな笑み。大げさな身振りで話せば、前開きのコートの内側では金属鎧の胸当てがギラリと輝きを放っている。
ヴェンジは本職が娼館の用心棒であり、基本の活動時間は夜である。昼間はほとんど寝ているので、こうしてギルドに顔を出すのはかなり珍しい。今日ここにいるのも、偶然時間が空いてたまたま来たのだろう。
認識票の上ではブロンズの3だが、娼館のセキュリティを任されているだけあって喧嘩はめっぽう強い。実力で言えばシルバー以上はあろう男だ。
「冴えない顔というのは失礼だね。ヴェンジ、君だってその無造作に伸ばした髭は冴えていないよ。すっぱりと剃ってしまえばいいのに」
「うるせえな。これはな、わざと残してるんだよ、わざと。というかガットてめぇ、そのヘルムを着けたままで冴えるも何もあるかよ。なんだその鳥みてえな間抜け面は。また嘴が伸びてんじゃねえのか?」
「よく気付いたねヴェンジ。前に使っていたヘルムは歪んで壊れてしまってね……このバシネットヘルムは新調したやつなのさ。トゥートゥーカンのバシネットヘルムだよ。中古市で安売りしていたものでね」
「おいおいガット……そのヘルムなかなか良いじゃねえか……」
「わかるかいモングレル。このヘルムの良さが!」
「馬鹿ばっかりかよ」
この特徴的な大嘴を模したバシネットヘルムを装備しているヒョロッとした大男は、ガットという。
サングレールの兵士が装備するような鳥型のヘルムの下は軽装の革鎧で、背中に三本継ぎの槍を装備している。とにかく長い手足と身長が目立つ男であり、身の丈は優に二メートル十センチにまで達する。長い手足と身体能力を活かした走力が自慢の男で、この前レゴールで行われた何かの運動大会では部門での一位を取っていたと思う。とにかく足の速い男なのである。
かつては兵士としてやっていたらしいのだが、何かの事故だかで顔面を負傷。頬と顎を大きく損壊する重傷を負い、それから兵士をやめてギルドマンに転向した過去を持っている。昔の傷跡を隠すためにいつもこうして妙なヘルムを装備しているのだが、特徴的な背丈のおかげか衛兵に怪しまれることは全然ないのだとか。羨ましいぜ……。
「おい、どうでも良いからさっさと案内役を振り分けようや。俺とモングレルとガット、この三人がガイドだ。で、依頼人はあんたら三組のパーティーってことなわけだが……」
今回ガイドを依頼したギルドマンのパーティーは三組。いずれも三人一組であり、小規模なグループであった。
王都からの女子混合パーティー。ベイスンからの中年男パーティー。そしてドライデンからの若者パーティーである。
「……なあ、まずはあんたら依頼人からの要望を聞かせてくれないか? どこを案内してほしいとか、そういうやつな。こっちはヴェンジでもガットでも同じようにできるとは思うが、そっちの好みってのもあるだろ」
「……まぁ、そうだな。じゃあ先に俺等から言わせてもらうと、案内役はそっちの二人のどちらかに任せたい。そこのあんたはサングレール混じりだから、ちょっとな」
「おお……」
おっと、いきなり差別だぜ。俺だけ選択肢から除外されちまった。
だがこの中年男達の反応も別に珍しくもなんともない。他所から来たギルドマンのリアクションとしてはよくあることだ。
「だったらこの俺様のガイドに任せな。そっちの二人より安全に道案内してやるさ。街中も、良い娼館だって知ってんだ」
「そ、そうか? じゃあ俺達はこのヴェンジさんに任せようか」
ヴェンジは確かに強いが、バロアの森に詳しいかって言うと多分そうでもないだろう。俺とガットの方が森の案内には明るいはずだ。しかし調子がいいというか口が上手いから、サラッと仕事を取っていく。相手パーティーは体力のなさそうな中年だし、森の探索は結局早く終わると見たのかもしれない。抜け目のない野郎である。
「あ、あのー。私達はバロアの森を試しに見て回りたいというだけで、狩猟はまだやるつもりはないんですが……それでも大丈夫ですか? 腕前も、多分お荷物になってしまうのですけど……」
「ふむ!」
王都出身の女性ギルドマンが遠慮がちにそう呟くと、ガットが大きく頷いた。
「問題ないよ! この時期バロアの森に出る魔物であれば、この私……ガット一人でも十分に相手取れるからね! 安全で快適な森の散策を約束するよ!」
「おー……ほ、本当ですか?」
「僕らはまだまだだからなぁ……」
「ゲームでならともかく、実際のクレイジーボアとかにも、まだ勝てないだろうし……」
どうやら王都から来た彼らはゲームに影響されて森の散策を志したようだ。フットワーク軽いな……いや、これがゲームの影響ってやつなのだろうか……?
しかし、ガットであればお荷物メンバーがいても十分安全だろう。
「このガットって奴は腕利きの槍使いだからな、ヴェンジよりもおすすめだぞ」
「ぁあん? 喧嘩売ってんじゃねーぞモングレル」
「事実だろ。ちゃんとした斥候をやってた男だぜ? 初心者におすすめのギルドマンはガットだ」
「じゃあ……ガットさん、よろしくおねがいします!」
「うむ! 私に任せなさい!」
ガットは大きな嘴をカクンと揺らしてお辞儀した。
頭部以外は本当に普通な奴なんだけどな……。
「で、残りものが俺になったわけだが……そっちはドライデン出身だっけか? 俺でも構わないか?」
「……うーん」
「この人か」
残ったのは俺とドライデン出身の若者三人組パーティーである。弓一人に剣士二人。まあまあバランスも良いんじゃないだろうか。
……しかし俺に対する眼差しが怪訝そうというか、明らかに不満そうに見えるな! これだからガイドはちょっと億劫なんだよ。
「俺はモングレル、ブロンズ3のベテランだぜ。こう見えてレゴールを拠点にして長くやっているんだ。もうじき十年になるんじゃなかったかな?」
「そんなに長く……」
「意外だ」
「街中のちょっとした雑貨屋からお貴族様御用達の菓子屋まで詳しく知っているし、バロアの森だって俺にとっちゃ庭みたいなもんだ。季節柄、儲かる獲物に必ず会えると確約はできないが……どうだ。今日一日試してみろよ」
「モングレルの実力も私やヴェンジと一緒で、ソロにしてはかなり高いと思うよ。散策中も危険に晒されることはないと思う。安心するといい!」
「……ヘッ。魔物の群れを見つけたらその半端野郎に押し付けてやれ。どうせ死なねえだろ。そういう野郎だよ」
いやヴェンジ、さすがにトレイン推奨はやめろよ。俺はあくまで案内メインでやるつもりなんだよ。討伐協力をしてやるわけじゃねえぞ。
「……わかった。モングレルさん、渋って悪かった。ガイドを任せても良いかな」
「おう、任せてくれ。ドライデンの狩人のお眼鏡に適うかはわからないが、俺なりに森の良いスポットを案内するからな」
こうして俺達は各々の依頼人を受け持って、レゴールの案内をすることになったのであった。
ドライデン出身のギルドマン……狩猟に関しては本場ではあるが……まあ、適当に喋りながら退屈させないようにぶらついてれば問題ないだろう。
俺流の案内を見せてやるぜ……。




