数ある死に石のひとつ
「ジュワ~ッジュッジュワァ~♪ 鳥のあっぶっらァ~♪」
焚き火の弾ける音の向こうで、二人の老人が楽器を鳴らし、歌を歌っている。
男はリュートを弾きながら帽子の尻尾飾りを揺らしつつ。女は横笛を奏でつつ、時折笛で焚き火に空気を送り込みながら。
「うちのコケッコ、賢いコケッコォ~♪ 夏は桶で涼を取り、冬は暖炉で暖まるゥ~♪」
「ヘイッ!ヘイッ!」
「しかしコケッコ死んじゃったァ~♪ 暖炉で焼かれて死んじゃったァ~♪」
「ヘイッ!ヘイッ!」
「ジュワ~ッジュッジュワァ~♪ 鳥のあっぶっらァ~♪」
「あっぶっらァ~♪」
ラストでジャカジャカとリュートを掻き鳴らし、老人は片膝をついて天を仰いだ。
「……うゥ~ん……“暖炉のコケッコ”……やはり素晴らしいッ! 最近の若者はこの曲を知らんというのだから悩ましいものだねッ!」
「ほほほ……仕方ありませんわ、おじいさん……新しい曲というものは次から次へと生まれるものですから……私もこの曲、大好きですけどねぇ」
「そう言ってくれるかね婆さんや……!」
爺さんと呼ばれた男はドライデン地方特産の尻尾付き毛皮帽子を外し、つるりとしたハゲ頭を外気に晒した。
昼の陽光を浴びて、彼の頭が一際強く光り輝く。
「ところで婆さんや、うちのマティソンが周囲の警戒を終わらせてきたようだよ。近くに怪しい索敵存在は無し! 安全確保ッ!」
「あら……なら私の拙いおばあさん役は終わりですかねぇ? イシドロ神殿長」
「拙いなどッ! いやいやまさかそんなことは! 非常にハマってたと思うよッ、聖女フィオーレ!」
「あらあら……ホホホ、お世辞でも嬉しいですわ」
その時、近くの茂みからガサガサと音を立て、一匹の蛇が姿を現した。
細身で小柄。胴体に色とりどりの羽毛を生やした蛇。主にサングレールの山地に生息する魔物、ケツァルスネークである。
「よーしよしよし、素晴らしい働きだったねぇ~マティソン。後でこの鶏の丸焼きを分けてあげるからね~」
ケツァルスネークはイシドロ神殿長のズボンの裾に入り込むと、そのまま目にも止まらぬ速さで身体を這い回って、瞬時に襟元から顔を出した。
イシドロ神殿長とこのケツァルスネーク“マティソン”は、非常に強い絆で結ばれている。
「それで、向こう岸のギルドマン達は?」
「いやぁーもう完ッ全に行楽目的のギルドマンだねッ! 水鳥撃ちと魚釣りやってるよ! しかも女子供が大勢で!」
「あらまぁそれは……無防備というか……お国柄?」
「いや、それだけの武力があるということだろうねぇ。マティソンを通して見たところ、ゴールドランクが二人いたからね。うちの重装星球兵が二人いるようなものだと思えば、全く無防備とは言えないだろうねッ!」
「そう聞くと恐ろしい備えですわねぇ……」
イシドロ神殿長は鳥の丸焼きをナイフで切り分け、それを大きな蕗の葉の皿に盛り付けた。昼食の完成である。
「それではッ、ザヒア湖のリードダックの丸焼き……食べていきましょうかね!」
「ええ、いただきましょうか。太陽神よ、天の恵みに感謝します……」
「太陽神よ、感謝しますッ!」
二人は切り分けられた鳥肉を手づかみで食べてゆく。
両者とも見た目は老人であったが、食欲は旺盛で手に取るペースも早い。若々しい食べっぷりであった。
「ところで聖女フィオーレ、ザヒア湖の中の様子はいかがかな? 今も見ているんだろう? アリストテレス君の目を通して」
「ええ、それはまあ」
フィオーレが左目を意識するように俯き、額を押さえる。
脳内に映り込むのは、ザヒア湖内部に潜ませた己の相棒の視界だった。
サングレールに生息する水陸両生のウニ型の魔物、イビルアリスト。
この魔物の動きは緩慢としているが、外敵を寄せ付けない鋭い棘を全身に持っており、時間さえかければ湖底でも十分に安全な移動を可能としている。
そしてイシドロとフィオーレ両者が持つギフト“絶対伏衆”の能力は、深い絆を結んだ生き物と視界を共有できるというもの。
アリストテレスことイビルアリストの視界を覗けば、深い水中の様子でも問題なく確認することができた。
「……湖底には、貝の魔物が多いですねぇ。フルールクラムというやつでしょうか」
「むむ、水棲の方か……」
「他には……ガンクラブ、ラストフィッシュの姿もありますし……アベイト……が今、棘に刺さって死にましたわ。血で濁って見えないわねぇ……」
「ふむ、なるほどなるほど……」
フィオーレの視界では、フルールクラムと水草の多い湖底の様子が確認できる。
特に深部においてはフルールクラムの姿が顕著であり、他に外敵らしい外敵もいないからか悠々と殻を開き、蔓脚を伸ばしていた。
小動物の類はこの蔓のような脚に絡め取られ、捕食されてしまうだろう。外敵もなく大型に成長したフルールクラムであれば、ゴブリン程度のサイズであれば丸呑みにもできそうだった。
「……やはりこの環境では、聖域派の放ったマーマンも、リュムケル湖から移送したアステロイドフォートレスの幼体も捕食されている公算が高いかと……」
「むむむッ……それほど劣悪な環境なのかね?」
「湖底は生体の罠で満ち溢れているとお考えくださいな。あらかじめ大型のアステロイドフォートレスであったならば成長の目もあったかもしれませんが、この様子だと……」
「……ふむぅ、やはりそう上手くはいかないねぇ~……」
「この湖に放った聖域派の者も、所詮は外部組織。精鋭ではありませんから……詰めの甘さは致し方ないかと」
「いや~上手くいかない。上手くいかないねぇ! 上手くいかないというのは本当に悲しいねッ!」
イシドロはリュートを手に取ると、ジャカジャカと激しくも悲しげなメロディを奏でてみせる。
「まぁしかし、上手くいったところで成果が出るのは何年も先のこと……元々、我々じいさんばあさん組の手を離れてしまう計画ではあった」
「ですねぇ……それにドライデンに圧力が掛かったところで、大きな影響があるかといえば……」
「実際の影響は別に良かったのだよ。聖域派の実績が人の目に触れれば、それだけで価値はあったからね。まッ、それすら失敗したのがコレなんだけどもねッ!」
凶悪なヒトデ型の魔物、アステロイドフォートレス。そしてその要塞を礎に生息域を拡大するマーマン。それこそがこのザヒア湖における侵略計画の一端であったのだが……それは頓挫した。
想定以上に豊かかつ過酷なザヒア湖深部の環境が、新参の魔物をすぐに淘汰してしまったのである。この湖でヌシとなるためには湖底でじっくりと成長するよりも、高い機動力とフルールクラムをものともしないパワーで勝ち取るしかないだろう。かつてはそのポジションに、大型のハイテイルが居座っていたのだが。
「残念ですねぇ……ではイシドロ神殿長、うちのアリストテレスは地上に戻しても良いのですね?」
「うむッ、偵察ご苦労! いやぁすまんね、聖女フィオーレ。モートン教区からわざわざ敵国の内陸部まで来てもらっちゃって」
「うふふ、構いませんよ。私達としましては、どちらに転んでも損することはないですから。と、これはイシドロ神殿長に失礼だったかしら?」
「はっはっは! 結構結構! 我々の間に遠慮などいらないよッ! 利害関係の違いはあって当然だからねッ! むしろ今回、私の友情に応えてくれてひッじょぉーに嬉しいよッ!」
イシドロは豪快に、フィオーレは慎ましく笑う。
それは遠目からならば老人たちの賑やかな談笑にも見えたかもしれない。
「ふふふ……個人的には、祈っておりますよ。イシドロ神殿長、貴方の策謀が実ることを……」
「聖女フィオーレ。貴女に祈ってもらえるならばこれ以上心強いことはないよ」
長年培ってきた人脈と友誼は、時に派閥の垣根を超えて人に力を与えることもある。
イシドロ神殿長は、そんな力を上手く扱う術に長けていた。
「……ところで、アリストテレス君はまだ陸上に戻ってこないのかね?」
「ああ……彼ならば、あと半日もすればどうにかこちらに戻ってこれるかと……」
「……長いねッ!」
「おっとりした子ですからねぇ……」
「よぉーし、ならば今日はとことん歌って踊ろうじゃないか!」
「うふふ、良いですね!」
「バスタード・ソードマン」のコミカライズ最新6話が公開されています。
カドコミで掲載されているので、是非御覧ください。ニコニコ漫画はまだ寝てるそうです。
2024/4/26に小説版「バスタード・ソードマン」3巻が発売されました。
今回は店舗特典および電子特典があります。
メロブ短編:「シュトルーベで狩りを学ぼう!」
メロブ限定版長編:「シュトルーベでリバーシを作ろう!」
ゲマズ短編:「シュトルーベで魔法を学ぼう!」
電子特典:「シュトルーベで草むしりをしよう!」
いずれもモングレルの過去の話となっております。
気になるエピソードがおありの方は店舗特典などで購入していただけるとちょっと楽しめるかもしれません。
よろしくお願い致します。
書籍版バッソマン第3巻、好評発売中です。
素敵なイラストや時々えっちなビジュアルが盛りだくさんなので、ぜひともこの機会に29万冊ほど手に取っていただけたら幸いです。
巻末にはコミカライズを手掛けてくださっているマスクザJ様によるアルテミス達メインの素敵な4P描き下ろし漫画もあります。是非とも御覧ください。
ゲーマーズさんとメロンブックスさん、また電子書籍では特典SSがつきます。
さらにちょっとお値段が上がるメロンブックスさん限定版では長めの豪華な特典SSがついてきます。数に限りがありますので、欲しい方はお早めにどおぞ。




