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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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発明の父と母


「水中呼吸管……顔を水に浸けたままでも呼吸ができるのはお風呂でも実証できていたんですが、どうも湖で泳ぎながらとなると、難しいところですね……」


 湖から上がったモモは、J字型の呼吸管を眺めながらやや不満そうであった。

 足ヒレの方は本人曰くなかなか良いらしいのだが、足ヒレを使う以上、うつ伏せの体勢が主になってしまう。その際、このJ字型の呼吸管があればうつ伏せであっても問題なく呼吸ができるのだが、今回試してみた感触はあまり良くなかったようである。


「なんだよモモ、その呼吸管はそんなに駄目だったのか?」

「駄目……というほどではないです。静止状態ではあまり問題はないですし……けど、どうしても泳いだ拍子に咥えているのが難しくなるといいますか……」

「あー」


 呼吸管。前世で言うところのシュノーケル。

 俺もマリンスポーツには疎いから実際に使ったことはないが……けど、見た目がどんなものだったのかは思い出せる。

 モモの作ったJ字型のシンプルなものだって、おそらくはあっただろう。しかし主流だったものは、もうちょいしっかりした見た目だったはずだ。


「へくちっ」

「おっと。ひとまずさっさとサウナに入ったほうが良いな。さっさと戻って温まるぞ」

「ううっ……水中ではまだそこそこマシだったのに、舟の上だと寒い……!」

「泳ぎながら戻るか?」

「そ、それは嫌です……!」

「ちょっと我慢しとけ。なるべく早く漕いでやるからな」

「ううう……季節を間違えた……!」


 水温は、なんとなーくではあるんだが、気温よりも二ヶ月ほど遅く変化する……気がする。

 ザヒア湖の水も確実にそうだとは言えないんだが、実際この湖の水温はというと、まぁほぼほぼ冬って感じである。よくぞまぁ実証実験のためとはいえ泳いだもんだよ。




 サウナテントの中は、温室のような強い熱気に満ちていた。

 釣りがてらレオが焼き石の面倒を見てくれていたようで、到着後すぐにサウナに入れる準備は整えられていたようだ。できる男だぜレオお前は……。


「うわーっ! 暖かいです! 生き返るぅ!」


 モモは上陸後すぐさまサウナに突撃し、身震いしながら歓喜の叫びを上げていた。

 あまりのアレさに、釣り竿を手にしたレオがちょっぴり引いている。


「……水温はかなり低そうだけど、そんなに大変だったのかな」

「死にかけました……!」

「それでもしっかり色々な泳ぎ方を試してたんだから偉いもんだ。……何か温かい飲み物でも作ってやろうか?」

「お、願いしますっ!」

「あはは、すごい勢いだ……ねえモモ、さっきラストフィッシュが一匹釣れて、今焼き魚にしてるとこなんだけど……食べる?」

「食べたいです……! ありがとうございます!」


 寒い時は暖を取るのももちろん良いが、腹の中から暖めるのも悪くない。

 特にスープなんかは最高だろう。凍えるほど寒い時はちょっとした塩味がついているだけでも、いいや、白湯ですら美味く感じるからな。


「というわけではい、塩を足した昆布茶です」

「な、なぜこんな時に飲んだことのないものが出てくるんですか……!?」

「いや確かにこれは癖があるんだけどさ、モモが弱ってる今なら美味く感じるだろうなって思って。そうしたらこの味も好きになってくれるかもしれないだろ」

「親切心の中に邪な打算を感じますね……まあ、飲んでみますけど」


 テントの中にコップを差し出してやると、モモはそれをおそるおそるといった様子で匂いを嗅いでから飲んだ。


「……んー、旨味のあるあっさりとしたスープですね。まあまあです!」

「よし。これでお前も昆布出汁フリークだ」

「まあまあって言いましたよ!? というより、なんなんですかこれは。結局何が入ってるんですか」

「フィンケルプっていう海藻」

「海藻ですか……随分と濃い味がするんですね……」


 フィンケルプ。俺が以前ヤツデコンブと呼称していた海藻である。

 使い道は多いから、もっと流行ってどんどんレゴールに輸入されてほしいもんだぜ。




 ある程度サウナで暖まり、昆布茶と焼き魚でダメージを回復したモモは普段着のローブ姿に戻った。

 そのまま何をするかと思えば、焚き火の前で小さな帳面を出し、何やら考え事をしているようである。


「モモ、何書いてるんだ?」

「水中呼吸管の改善案について、思ったことを書き留めているんですよ……泳いでいる途中で、水流を受けてすぐに傾いたり、口から外れそうになったので……」

「そういや言ってたな。どうだ、改良できそうか?」

「んー……難しくはないと思いますが、最適な形がどんなものかと考えると……色々と候補が浮かんできて、どれにしようかといった感じですね」


 全く見当がつかないという悩みというよりは、どれが一番良いのだろうかという悩みらしい。まあ、素人考えでもいくつかやりようが思い浮かぶものではあるからな。


「片方から管を伸ばしているから水流に弱いところがあると思うので、左右から上に伸ばす方式にしたり……あとは、単純に管を咥える部分をもっと噛みやすい形状にしたり……とか、でしょうかね……?」

「ほー」

「……なんですか!? その“ほー”っていうのは!?」

「いや色々面白いこと考えてるんだなと思ってな」

「馬鹿にしてるんじゃないでしょうね!?」

「いやなんで俺がモモを馬鹿にしなきゃなんねーんだよ。普通に感心してやってんだよ」


 J字型だと左右のうち片方から管が上に伸びているが、それを左右両方から伸ばすことによって安定させる。なるほど、それはそれで面白いなと思った。

 ただ左右に分かれることによって息の圧力が分散し、呼吸がしにくくなったりするんじゃないか……とは思ったけどな。


「管を頭部に固定しやすくなるって意味ではなかなか良いと思うぜ」

「……本当です?」

「ただ、肝心の呼吸が左右の管に分散するのは厳しそうだぞ。管の上から水が入ってきた時、思い切り吹いて侵入した水を吹き飛ばしてるだろ。それが難しくなるんじゃねーの?」

「……あ。……うん……確、かに……」

「噛みやすい形状にするってのは俺は良いと思うな。マウスピースってのかね。どうせなら咥えた時に外れにくい形状にした方が良いだろ。入れ歯……ってほど厳重にではないが、こう、簡単には外れないようにしてな。そうすりゃ咥えた時に水が入り込みにくいし、口も疲れないだろ」

「……」


 地面に軽く絵を描くと、モモはそれを眺めて考え込んだ。

 まあ俺もシュノーケルについては詳しくないが、それでも前世の記憶とか素人考えを動員してやれば……素人なりに良い感じの改良案は出てくるもんだ。


「管の固定は、そうだな。口で咥えるだけじゃなく、側頭部あたりで固定できると安定するだろうな。ハチマキでも巻いて固定すればそこそこ良いものにはなるんじゃねえかな……」

「……あの」

「ん?」

「モングレルは、ケイオス卿ですか?」


 おっっっっ……とっと。

 やべえな、なんかいきなり核心を突いてきたんだけど。いや……いや、でもモモのどこか困惑したような顔を見るに、多分……おそらく半信半疑な感じだ。恐る恐る聞いてみたってやつだろう。だったら……。


「おいおい……ようやく俺の発明センスに気が付いちまったのか?」

「あっ……いや、別に! 思ってませんけど!」

「じゃあなんだよさっきのケイオス卿ってのは」

「母が言ってただけですから! それは!」

「……サリーが?」


 サリー。普段の言動と行動とその他諸々がアレなもんで忘れがちだが、あいつはゴールド3の光魔法使いであり、天才である。

 天才ってのを忘れるくらいヤバめのポカを日常的に決めたりする奴ではあるが、天才は天才だ。時折こっちが戦慄するような鋭さを発揮することもあったが……。


「……母は、以前からよく言ってたんですよ。モングレルは王都でも珍しいくらい、とても頭が良い人だと。……私は、あまりそう思ってないんですけど」

「いや……そこはお前の所感は抜きにして褒めたままにしておけよ……俺のこと……」

「思ってなかったんですけど、やっぱりモングレルは私が思ってたより馬鹿ではなかったんですか……!?」

「お前のそのナチュラルに出てくる失礼さは父方と母方どっち譲りなんだ……?」


 しかし、そうか。サリーが俺の事を頭が良いと……。

 ……そりゃまあ、別に俺はお調子者キャラってほど徹底してそういうキャラを被っているわけでもないし、発明品を出したりもしているからクレバーなとこは部分的にアピールもしているが……。

 “王都でも珍しいくらい頭が良い”って評はちょっと度を超えている。……天才の着眼点だ。俺にはわからないとこもあるんだろうが……見破られてんのか? サリーには、俺が……。


 ……俺の正体がバレる恐れがどうのこうのより、サリーにバレてるってのがなんか癪だな?


「まあ、そうだな……ケイオス卿……それも間違ってはないぜ」

「! じゃあ本当に……!?」

「そのケイオス卿からのアドバイスだが……この呼吸管の固定には、こいつを使うのが最適なんじゃねーかと思うわけよ」

「……は? なんですこれ……ドライデンで買った、犬耳のヘアバンドじゃないですか」


 俺は荷物から犬耳ヘアバンドを取り出した。


「こいつはなかなかしっかりした造りだからな……こいつのここにこう、管を固定する! するとどうよ、簡易的にではあるが管を頭部に固定できたぜ!」

「……ええー……?」

「つまり、ドライデンでこのヘアバンドを見た時から俺はこう利用できることがわかってたってことよ。これがケイオス卿の叡智ってやつだぜ、モモ。お前ももう少し勉強して、俺の発想力に追いつけるようにならないとな」

「……やっぱり馬鹿じゃないですか!? なんですか! そもそも呼吸管の存在を知ったのはヘアバンドを買った後でしょう!?」

「いやいやでも悪くないだろ、ほらこのヘアバンドのここに管を添えて、糸かなんかで固定してさ」

「……まぁ、これ自体は悪くはないですけど! なんか奇跡的に!」


 さっきは一瞬だけ俺の正体に触れかけたモモだったが、どうにかそれを気のせいにすることはできたようである。

 危ない危ない。……いや、どうにもサリーの考えが読めないからこの場での一時しのぎでしかないんだが、まぁ良しとしておこう。


 レゴールに戻ったらサリーと話すべきだろうか……いや、それは不自然か……うーん……。


コミカライズバッソマンがニコニコ漫画 2024年上半期ランキング【公式マンガ部門】の上半期漫画ランキング9位にランクインしました。すごい。

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カドコミで掲載されているので、是非御覧ください。


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気になるエピソードがおありの方は店舗特典などで購入していただけるとちょっと楽しめるかもしれません。

よろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
さすサリー
>モモが弱ってる今なら美味く感じるだろうなって モングレルの悪意が怖いw モモ、逃げてーーー!!w そしてサリー、さすがの…というかさすがすぎる天才っぷりやな。 そんだけ勘が鋭くて経緯抜きにいきな…
 今話に至って漸く“魔法使い”『サリー』&『モモ』に気が付きましたわ。『マミ』とか『アッコ』とかは居たっけ?
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