男たちの許容範囲
ここしばらくは物騒な事件も聞かず、穏やかな日々が続いている。
最近の嫌なニュースといえばちらほら雪が舞い始めたくらいのもので、林業やってる人達は大変ねぇといった程度だ。俺たちギルドマンとしては、日々少しずつ貯蓄を崩してささやかに冬越しするばかり。雪が降ってもそんなに影響は出ないな。
ただやることもなくギルドに集まり、一応なんとなく依頼を確認して……まぁ案の定受けたい仕事もないので、適当にだらーんと施設内で過ごす。そんな感じだ。
ボードゲームをしたり、装備をメンテナンスしたり、酒を飲みながら話に興じたり……。
そんな遊びも飽きたなーと思っても、外は寒いし仕事もないのだからどうしようもない。自分たちなりに楽しいことを見つけていくしかないのである。
「ククク……それでな、そこの芝居小屋の演目では踊り子の衣装がかなりスケスケでな……」
「マジかよオイ~……! さすがミルコだぜェ~……! 芝居小屋なんてとこまでカバーしてるなんてよぉ~……!」
「さすがっつーかミルコ、その芝居奥さんと一緒に行ったやつじゃないのか。他の女に色目使って良いのかよ」
「ククク……よくない……すごい怒られた……」
「なんだこいつ……」
「――いや、だが耳寄りな情報であることは確かだ――……ミルコよ、感謝するぞ」
「フッ……なぁに、別にいいさ……ディックバルト、あんたには世話になっているからな……」
「なってちゃいけねぇんだけどなぁ」
「モングレルはノリが悪いなァ~!」
「ノリの問題かこれ……?」
今日の俺は珍しく、酒場の中央のテーブルに集まってデカいボードゲームをプレイしていた。メンバーは“収穫の剣”や“大地の盾”のむさ苦しい男連中ばかりである。
バトルが始まらない程度の猥談を交えつつ、酒を飲みまったりと進行するゲーム。この遊びも何度もやっているので正直なとこ飽きが来ているが、ダラダラと暇潰しをするには悪くないものではあった。
「まーた向こうのテーブルはスケベな話してるっス」
「芝居小屋かぁー。最近増えてるもんねー……前に皆で見に行ったあれなんだっけ、あの演目良かったよねぇ」
「“タイタン討伐奇譚”だっけ。大掛かりな道具も使ってたし、面白かったね。僕もああいうのだったら好きかも」
「王都の演劇とはかなり異なるが、悪くはなかったな」
「あら、ナスターシャもそう思ったの。劇中は何も言わないから、退屈だったのかと思っていたけれど」
「ジャイアントゴーレムの討伐について考えさせられる良い芝居だったさ」
「ナスターシャ先輩は相変わらず着眼点が独特っスね……」
隅の方では“アルテミス”が集まって慎ましく話している。
ゴリリアーナさんは貴族街の方で仕事があるらしい。最近別行動が多いなぁゴリリアーナさん。どこぞのお貴族様にでも気に入られたのだろうかね。
「ジャイアントゴーレムかァ~……一度戦ってみてぇなぁ~! ジャイアントゴーレムなんてぶっ倒せばよ、一気にゴールドまで上がれちまうんじゃねぇかなぁ~!?」
「どこにいるんだよジャイアントゴーレムなんて」
「――俺は聞いたことがないな」
「フッ、ジャイアントゴーレムか……アマルテア連合国のどこかではあるんだろうが……」
「えっ、ハルペリアにはいねぇのか~? つまんねェな~……」
仮にハルペリアのどっかにいたとして、岩石製の巨人を相手にロングソードでどう立ち向かうってんだよ。サングレールの鈍器でも果たして通じるかどうか……。そりゃ芝居では英雄がサクッと倒しちまうんだろうけども。
わりとマジで俺の持ってるツルハシが一番相性の良い武器になるかもしれんな……でもあれ小さいからなぁ。鉱山でも使われてるようなデカくてゴツいツルハシを装備するのが一番だろう。
……ツルハシで戦って様になるもんかねぇ……?
ぐだぐだと雑談していたその時であった。
「だ……大事件だぁーッ!」
入り口が勢いよく開かれ、雪に濡れた男が叫んだ。
一体どうしたんだと思ったが、よく見たらそいつは“収穫の剣”のバウルだった。わりとどうでもいいことで騒ぐことの多い男である。どうしたんだよ一体。
「はい、なんですか? 火事でも起きましたか?」
受付のエレナがぞんざいに対応してる辺り、普段からの信頼度はお察しである。
「火事なんて……それどころじゃねぇんだっ……!」
「――落ち着け、バウルよ。深呼吸し……――体がビリビリと仄かな刺激を感じるまで息を吸え……」
「すぅぅぅ…………」
「はよ何があったか言え」
「火事よりヤベェことなんて戦争くらいしかねぇだろ~? 一体なんなんだよオイ」
バウルは無駄に長い深呼吸を終えると、酒場の中を見回し……ウルリカを見て目を剥いて、そして痛ましそうに目を閉じた。
早く言えって。溜めんな。
「……俺は……信じてたのにッ……!」
「なんか始まりやがった」
「ククク……いや待て、あいつちょっと泣いてるぞ」
「ええ……いい歳した大人がなんで泣いてんだ……」
「うるせぇ、お前らだって聞けば泣きもするぜ……! なぁ……ウルリカちゃんよぉっ!」
「え、私ー……?」
半泣きのバウルが指名したのはウルリカだった。何事だ一体……ってなるのが普通だが、この流れ……なんとなく起こることが予想できるな。
「服屋の煙突掃除をしてたらな……話を聞いちまったんだよ……! ウルリカちゃん、いや、ウルリカ……お前が……男だってことをなッ!」
「な……なんだってー!?」
「まさかそんな……ははは、嘘だ……僕に嘘をついている……」
「バウル落ち着け、ウルリカちゃんに限ってそんなこと……」
おーおー、“収穫の剣”も“大地の盾”も騒がしそうにしてるわ。
こいつらは“アルテミス”の女メンバーをアイドルか何かと勘違いしてるフシがあるからな……特にウルリカは“アルテミス”の中でも気さくに話せるから、勘違いする者も多かった。俺はそんな奴らを肴にクイッと酒を飲むのが趣味だったんだが……。
「お、おい……ウルリカちゃん……? なんで何も言わないんだ……?」
「嘘だよな? またバウルがガセネタを掴まされただけなんだろ?」
「いや、私男だけど?」
「アバーッ!?」
「ははは、まさかそんな……あれ? 冗談じゃない……?」
「なん……だと……?」
お、だがこのタイミングもわりと酒いけるな……。
ふぅー……男どもの阿鼻叫喚を聴きながら口の中で転がすエールはうめぇなぁ……。
……でも大丈夫なのかウルリカ? さらっと認めたが、今までずっと勘違いさせ続けてきたんだろう。
「マ、マジかよォ~……!? 俺のお嫁候補トップ3のウルリカちゃんが男だってェ~……!?」
「チャック……お前はいつでもナチュラルにキモいな……」
「ククク……クククククク……クーックックックッ……」
「ミルコは壊れちまったか……酒が進むぜ……」
「う、うう……そんな……まさかそんな……本当だったなんて……」
いつの間にか卒倒していたバウルがゾンビのようにゆらりと起き上がり、ウルリカに一歩近づいた。
「な、なんで……なんで騙してたんだ……俺たちを……!」
「えー? 騙してなんかないけど。私自分を女だって言ったことなんて無いしー?」
「だっ、だって! 装備交換会で胸当てとかを売り出してたじゃないかッ! 俺は……ウルリカちゃんだったからこそ中古を買ったのに……!」
「いやーキモいっス」
「まっ、待て待て待てェ~! 俺はまだ認めてねェぞ~!? ウルリカちゃんはほら、胸当てしてるだろォ!? 胸があるってことはそりゃもう女ってことじゃねぇかよォ~!」
「そうだそうだ! 我々は男だなんて認めない!」
「認めな~いッ!」
「バクロォーッス!!」
変な主張と共に変な鳴き声まで上げ始めた哀れな男たちを見て、“アルテミス”の視線は既に絶対零度である。特にレオの蔑むような目がすごい。お前もそんな目をできるんだな……。
「胸当てって……うーん、自分から可愛い姿をやめるのは嫌なんだけど……はいっ、胸当て取るとこうなってるから」
「ギャーッ! 絶壁ッ!」
「もうちょっとあると思ってたのにギャワバァーッ!」
「う、嘘だ……ウルリカちゃんの胸当ての下は豊満な胸を窮屈に押し潰して隠しているはずなんだ……これは悪い夢なんだ……」
「あ? なんだてめぇ……」
「は? やんのかコラ」
すげーなウルリカ。お前の存在だけで酒場がすっかり熱気に包まれてるぜ……。
そしてウルリカの表情を見るに、この状況をちょっと楽しんでいるようにも見える。こいつ……わりといつバレても良かったのか……。
「ていうかさー。私が男だってことは知ってる人は知ってたよー? ギルドの職員はみんな知ってるしねー」
「ウソォ!?」
「嘘だろ~!? エレナちゃぁ~ん!?」
「……わざわざギルドマン個人のことについて言い広めることもないし。私達は最初からみんな知ってますよ。一応、ウルリカさんの本名も」
「本名ってなんだよ!? 本名あるの!?」
「名前なんてーの……?」
「……ウルフリックだけど」
「ンンンンッ……! 俺より強そうな名前ッ!」
「ウルフリックちゃんかよォ~!?」
「そんな……ばかなぁ……!」
「もぉー……! 名前は気にしてるんだから笑わないでくれるっ!?」
まるで上級王みてぇな名前してるよな……俺も最初聞いた時は驚いたぜ……。
「ていうかモングレルさんとかも知ってるし!」
「はぁ!? マジかよぉモングレル~! そういうのは教えて~!?」
「いや別に聞かれなかったし……」
「ク、クク……お前、絶対ちょくちょく俺たちのこと心の中で笑ってただろ……」
「……」
「こいつ黙りやがった……! 否定してねぇぞ!」
「――モングレルだけを責めるわけにもいくまい。その筋で言うならば――俺もまた、その一人になってしまうからな――……俺のことも責めるがいい――」
「えっ」
俺がリンチされるんじゃねーのって流れになりかけたその時、庇ってくれたのはまさかのディックバルトであった。
「ディックバルトさん……そ、そんな……あんたもまさか……知ってたってのかよ……?」
「――当然だ。男か、女か……それは、体格を観察すればわかること……――だろう? モングレルよ」
「俺をそういう方向で巻き込むな。俺は普通に“アルテミス”から教えてもらっただけだから……」
なんとディックバルトは以前からウルリカの性別を見抜いていたらしい。
マジかよ……やべぇなこいつ。まぁ性別も英語でセックスっていうしな……セックスと名のつくものならディックバルトは網羅していて当然か……。いや、当然なのか……?
「そんな……ディックバルトさん……だったらどうして、俺たちに教えてくれなかったんですかぁっ……! 俺っ、ウルリカちゃんの、ウルリカの中古の装備を高い金だして買って、それで……それでぇっ……!」
「今後私達“アルテミス”からの装備の出品は考えなくてはならないわね……」
バウル……お前も悲しい男だな……同情はするぜ……。
けど今のお前、最高に気持ち悪いよ……。
「――バウルよ。お前はひとつ勘違いをしているぞ――」
「なっ……何をですか……!」
「――女であろうが、男であろうが……ウルリカはウルリカだろう。今一度、彼の姿をよく見てみたまえ……――」
「グスッ……はいっ……!」
「なんかこうやって改まって涙目で見つめられるとさすがにキショいんだけど……」
酒場の男たちが暫し押し黙り、神妙な顔でウルリカに視線を注いだ。なんだこれ……。
ウルリカもじっと見られるのは落ち着かなかったのか、変に意識して女の子っぽいポーズを決めていた。それにしてもこの男、ノリノリである。
「――バウル……お前も俺と共に様々な戦いを、夜を乗り越えてきた仲間だ……――幾多もの死闘を繰り広げたお前の目に、彼はどう映る――?」
「……!」
「――それこそが……――お前の中の、確かな答えだろう?」
バウルはディックバルトの方を向いて、しっかりと頷いた。
「俺……俺、間違ってたよ、ディックバルトさん……! あの夜、端金で挑んだ戦場で戦ってきた太ったゴブリンやマイルドなオーガと比べたらウルリカは……いや、ウルリカちゃんは……依然として俺の、俺たちの女神だぜ!」
「――フッ」
「確かに……」
「そう言われればそれはそうだ……」
「そうかな……? そうかも……」
ディックバルトの謎の説得により、幾人かの男たちが勝手に納得し始めた。
……なんか俺このテーブルにいると視線が痛いからそろそろちょっと離れさせてもらうな? 悪いね……。
「ウルリカに対してこいつら……失礼だよ。ギルドマンとしては先輩ではあっても……」
「まあまあレオ落ち着け。あいつらも悪気はないからな……あいつらにあるのは下半身のセンサーだけだ。それが正直なだけなんだ……」
「うーわっ、私鳥肌立ってる」
「わかるっス。ディックバルト先輩に見られるとそうなるっス」
ディックバルトはな……そうだな……良いやつなんだけどな……。
俺もまぁちょっとあんまり思い出したくないが……しんどいよな……。
「……ああ~! 俺は駄目だなァ~! やっぱ俺ァ女の子が良いよ~!」
「――チャックよ……いずれお前にも解る日が来る――」
「わかりたくねぇんだよ~! ディックバルトさんのおすすめでもよォ~! 俺は若くて綺麗で優しくしてくれて胸が大きくて純白のワンピースが似合う感じの女の子が良いんだよォ~!」
「クク……俺もそういうのが良い……」
「ミルコ……お前はもう奥さんいるだろ……」
まあ……遠目から見てるとたまにではあるんだが……ああいう、何も考えてなさそうな生き方も楽しそうだなって思う瞬間が、俺にもあるんだよな……。
なんつーのかな……高い空を悠々と飛んでいる鳥を眺めている時みてぇな気持ちっていうかね……。
「……ウルリカ。ああいう連中からしつこく絡まれる事があるようだったら早めに私達に相談なさい。ケダモノはちゃんと射殺してあげるから」
「うむ。見境のない連中はいるものだ。男とはいえ、ウルリカが美しいことには変わりない。気を付けるに越したことはない」
「えへへ、ありがとー。……でもなー、ディックバルトさんにはバレてたのかー……やっぱりどこか着飾りが甘かったのかなー……? うーん……また一度全部見直してみるかなー……」
パーティーメンバーに心配されながらも、気になるのは自分の女装クオリティの方らしい。
そこまで意識が高いともうプロだなこいつは……。
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