廃品一歩手前バザー
冬はなるべく動かず、暖かな屋内でゆっくり過ごす。それがハルペリア……全体かは知らんけど、少なくともレゴール市民にとっての基本だ。
クソ寒い中効率の悪い労働をしたり、無駄に消耗したくもないからな。耐え忍び、春に繋げるばかりである。
だがもちろん毛布に包まってガタガタ震えて耐え忍ぶような限界市民はほぼいない。冬には冬なりの過ごし方がある。その一例が、最近流行りのボードゲームを仲間や家族と一緒にやったりだとか、暖炉の前で裁縫や木工をして小物作りに勤しんだりなどである。外に出ないからといってダラダラしているわけでもないのだ。
いやまぁギルドマンはダラダラしてるわ。ギルドマンに計画性なんてものは無いからな……稼いだ金を切り崩して遊んでばっかだわ。こいつらの真似をしてはいけない。暇があるなら少しでも屋内仕事に精を出すべきだろう。
さて、そんな冬の屋内仕事だが……レゴールは数年前から、発明家と呼べる人達が増えており、彼らの生み出す発明品の発表が盛んだ。
これはもちろんケイオス卿の影響によってニョキニョキと生えてきた雨後の筍なわけだが、後追いとはいえ腐っても発明家の卵である。“これなんかどうだろうか”という気持ちで生み出される物は、玉石混交ではあっても熱意が感じられる。中には貴族や商人に見出され、製品化しヒットするものだって多い。中にはこの俺が思わず唸ってしまうようなアイデア商品もある程だ。
そんな発明品の発表会が、冬の間も何度か行われている。
「モングレル! どうですか私のこの携帯用香炉は! 携帯性もデザイン性も最高ですし、野営にぴったりですよ!」
「おー」
数々の発明品が並ぶ長いテーブルの上。その一角に、モモが作ったという携帯用の香炉が鎮座していた。なるほど、携帯用と言うだけあって確かにコンパクトだ。サイズ感や形は印籠に近いだろうか。蓋を取ると金属製の内側が露出し、そこにお香を差し込むことでじんわり加熱され、発煙するという……まぁ、ちょっとした魔道具だな。加熱式煙草のお香用みたいな感じだ。
「確かにコンパクトだ。魔物除けのお香を焚くにはなかなか……」
「でしょう!? なんなら荷物につけておくことで歩きながらでも……」
「けど魔物除けのお香って着火したらその後加熱する必要はないよな」
「……」
モモが得意げな顔のまま押し黙った。
「着火具はもう既に色々とあるし、お香を携帯する容器も店にいけばいくつか置いてあるし……こちらの発明品の新規性に疑問があるのですが……」
「うわぁあああ! もう! なんでヴァンダールさんと同じことを言うんですか!?」
「既に言われてたか……まぁ、ケチがついてないとこの場には並んでねえわな……」
発明品発表会。……と言えば聞こえはいいが、この公会堂で行われている催しは発明家達による自作の“供養”と呼ぶのが相応しいだろう。
持ち込んだり売り込んだりしたものの、“いえ結構です”と断られて行く先の無い発明品……つまり、微妙に発明品になりきれなかった物たちが未練がましく集まって陽の目を見ようという……そんな催しなのである。
しかしこの絶妙に使えねぇ感のある道具……これがもう逆に一周して面白いというか、俺としては好きなんだよな……モモが持ってきたこの香炉は微妙だけども。
「さあ見ていってくれ、この新作のブーツ! 踵部分に殻割り器が内蔵されているからいざという時……!」
「これぞ全自動蝋燭着火器! 蝋燭の火が消える間際にもう一本の蝋燭に火を継いでくれるという便利な道具です! 三回に一回は失敗しますが……開発費さえ出していただければ必ずや完成させてみせます!」
「コイン用の曲がり矯正機具です! これを使えば曲がってしまったかさばるコインがなんと再び真っ平らに……!」
公会堂を見渡すと、うむ。実に欲しいようで欲しくないアイテムで溢れている。売り込みをかける冴えない発明家達の必死な声もあって、冬だってのに熱気を感じる程だ……。
「しかしモモの作品もこうやって発表するような段階にまで来たわけか」
「こ、これは少し買い手がつかなかっただけですから……普段はお貴族様に買い上げてもらうような品も、まぁちょっとは……あるんですよ!」
「足ひれとかか。まぁあれは発想は良かったよ。既に存在してるって点を除けばだが……」
「うぐぐ……! も、もう発明品なんてほとんど世の中に出てるんだから、仕方ないですよ……! 新しいものを生み出すというのは、とても大変なんですから……!」
ふはは、甘い甘い。甘すぎるぞモモ。まだまだこの世界の発明品なんて少なすぎるわ。全然ブルーオーシャンよ。ブルーすぎて黒潮一歩手前だわ。
「そんなモングレルだって何か出してるんでしょう!」
「お、よくぞ聞いてくれたな。俺のはこいつだ!」
「……なんですこれ」
「捻った鉄串」
「……まぁ、見たままの金属製の平串ですね……どう使うんですか」
「これに肉を刺すとな、ちょっと抜けにくいんだぜ」
「……地味です! 地味すぎて新規性に乏しいと思います!」
「クソ、この画期的な道具の良さがなんでわかんねぇんだ……」
俺が持ってきたのは螺旋状に捻り加工が加えられた金属製の串だ。
前世ではよく長めの串焼きなんかに使われていたものなんだが……この世界の人らからはそこまで好意的に見てもらえなかった。普通の串で良いらしい。俺許せねぇよ……。いやまぁ、既存の串をただ捻っただけだから新規性がないと言われたら何も言えねえんだけどさ。けどこういうちょっとした改良が世の中を便利にしていくんじゃねえの……?
「お二人とも、こっちに居たんですか。探しましたよ」
「あっ、ヴァンダールさん!」
失敗作の見せ合いをしていたら、付き添いで一緒だったヴァンダールが戻ってきた。
今日は元々この三人で回っていたのだが、こっちのヴァンダールだけは俺たちヘボランクの発明家と違ってもう一つ上のランクの場所で発表しているのだった。
つまり、発明品として買い上げてもらえる望みの高いコーナーである。
「商会の方々への説明は終わりました。が……やはり魔道具というのがコストの面で難ありとされるようでして。製造もこちらで行うとなると、旨味も少ないのかあまりいい顔はされなかったですね……」
「ヴァンダールさんの発明を蔑ろにするなんて……今日集まった商人たちの目は節穴なんじゃないですか?」
「こらこら。……まぁ、値段も安くはないですからね。作ったものが売れさえすれば、それだけでも私は構いませんよ」
「へぇ。そういえばどんな物を作ったんだ? ちょっと見てみたいな」
「ええどうぞ。今なら自由に見て触れますよ」
公会堂の奥へ進むと、身なりの良い商人の姿が多くなってくる。明らかにこっち側が会の主役だぞって雰囲気だ。
発明品も俺みたいにありあわせのものをちょっといじっただけの物と違い、試作の段階からちゃんと材料や加工に金をかけているように感じる。……いや、それでも俺の串はあれが完成形だからよ……金をかけたからってどうこうなる代物じゃねえんだ……。
「こちらが私の作った魔道具……変声器です」
「お、おお……?」
ヴァンダールがテーブルの上から取り上げて見せたのは、一見すると少々ゴツめの革のチョーカーに見えるものだった。
ていうか変声器って。すげぇ面白そうなもんがきたな。
「貴族向けの娯楽用品として作ってみたものです。こちらの革のベルトを首に巻いた状態で、しばらく魔力を馴染ませ……発声すると、声が少しだけ変わるというものですね」
「ほー……また面白いものを作ったな……」
「副産物ですよ。拡声用の道具の亜種を作る途中で、作ってみたくなりましてね」
「ヴァンダールさんは息抜きに作る道具であっても一級品なんですよ!」
「ははは……まぁ、手慰み程度のものですが」
ヴァンダールは首輪の留め具を外すと、俺に差し出した。あ、着けろと? はいはい。
「喉が潰れて声を出せない人向けにと思ったのですが、どうもそういった効果は無いようで……本当にただ声が少し変わるだけですよ」
『なるほど……あ、本当だ。ちょっと変わってるな』
「フフッ……! モングレルの声が面白いことに……!」
「うん? 魔力の馴染みが早いですね……まぁ個人差はありますけど……」
声を出してみると、スピーカーから出してそうな感じで俺の声が変化した。
普段よりも高めの声なので、俺の方でもうちょっと頑張れば女声になる可能性もあるだろうか。しかし、どうも何かの機具から発せられた声であるというのはわかるかなって感じだ。音質がちょっと悪いと言うべきか。
『貴族の玩具としてはなかなか面白そうだが』
「フフッ」
「いえ……この道具は持ち主の表層の魔力を拾ってくる関係上、あまり長時間使用できないんですよ。ちょっと使っていると内蔵された魔石への魔力供給が追いつかず、地声に戻ってしまうので……その辺りは、私の設計ミスですね。次の魔道具では、更に大型化しなければなりません」
なるほど、電池切れが早いのか。喋れば喋るほど首輪の電池を消耗し、再充電しなきゃいけない……みたいな感じかね。
あまり喋り続けていると俺の魔力に違和感を持たれるかもな。外しとこ。
「あーおかしい……でもどうですか、モングレル。面白い首輪でしょう!」
「だなぁ。一個欲しいくらいだぜ」
「えっ、何に使うつもり……あっ、もしかして何かいやらしいこと……いやその顔、特に深い考えもなく欲しいっていうだけですね……」
「うん。部屋の場所も取らねえしコレクションに良さそうだなと」
「モングレルのコレクションは全部死蔵品でしょう! そんなところに置くのは良くないです!」
馬鹿野郎死蔵……は死蔵だけど、時々持ち出してギルドで自慢したりはしてるんだぞ。魔道具系はほぼほぼ死蔵だが。
「ははは……いえ、モングレルさんが欲しいと仰るなら一個くらいはお譲りしますよ。もちろん、無料というわけにもいきませんし、さほど安くもないですが……」
「マジか!」
「ええ!? もったいないですよヴァンダールさん! せっかくこの場に商会の人もいるのに……!」
「いえいえ、まだ幾つかありますからね。それに、モングレルさんの手に渡った方が不思議と人伝に広まりそうじゃないですか」
「……まあ、確かに……」
「値段は……うっ、結構するな……けど魔道具だしこんなもんだよな……買うぜヴァンダール」
「ありがとうございます。まあ、冬の間の余興にでもお使いください。言っていただければ修理もしますよ」
そんなこんなで、俺はチョーカー型変声器を手に入れたのであった。
使い道? ……さあ? 別にこれ着けて何かするって用は無いが……殺人事件が起こったら推理する時に使えるかもしれないくらいだな。
いや、女声が出せるなら弾き語りで女の曲歌いやすくなったりするか? ……人のいないところでちょっとテストしてみたいなそれは。
「大事にするんですよ、モングレル!」
「はいはい、もちろん大事に扱うって。あ、ヴァンダールこれ、俺からのせめてもの気持ちだぜ。俺が発明した最強の串だ。受け取ってくれよな」
「……はい、ありがとうございます」
ヴァンダールの作ったような笑みは、俺の発明品に対する期待の無さが見て取れた……。
いや確かに見た目も使い方もシンプルだけど、良いんだってそれ! 一度使ってみろよ! ちょっとは違うから!




