大斧持ちの友人
レゴールの発展と共に上がり続ける木材需要は、バロアの森の伐採区画を広げることで帳尻を合わせていた。
が、伐採できる場所を増やしても人手が足りなければ仕事が追いつかない。その辺りをしっかりわかっていたらしいレゴール伯爵は、有能な林業業者らを街に招致していた。
そのうちの一人が、ヴィルヘルム。ちょっとばかし歳の離れた、俺の旧友である。
ヴィルヘルムの仕事を手伝うついでにちょっと森の様子を見ておきたかった俺は、伐採警備の仕事を受注した。
冬になると魔物が激減するから警備の必要性は薄いはずなのだが、どうしてかギルド側はそこそこの人数を求めていた。
実際、バロアの森の伐採区画まで足を運んでみると、冬だというのに多くのギルドマンが働いている。
その中には、“大地の盾”の新入りであるウォーレンの姿もあった。
「うー、さむ……お? モングレルさんじゃん!」
「ようウォーレン。今日は冷えるな。……“大地の盾”はここで仕事を?」
「ああ、そうだよ。しばらくの間、大規模に伐採をするらしいからさ。冬だし仕事もないからっていうんで、ワンダ団長がやっておこうって」
「団長主導かよ。へえ、そいつは珍しいな」
“大地の盾”の団長はマシュバルさんではない。実質的に現場で指揮を執っているのはマシュバルさんなのだが、団長として活動しているのはワンダさんという人だ。
まあ、結構な歳なのでほとんど表に出てこない人なのだが……偉い人達とのパイプ役として、色々と仕事を引っ張ってきたり人材のやり取りをしているそうなのだ。
そのワンダさんが“大地の盾”を動員して冬の仕事に就かせたってことは……何か理由でもあるのかねぇ。
「炊き出しは向こうでやってるよ。暖かいから休憩の時に使えって」
「おう、いつもの場所な。……こんな時期に賑やかに作業してるってのも、珍しい光景だぜ」
「あ、それマシュバルさんも言ってた」
「なんだよ俺の感性も老け込んじまったな」
「あははは! モングレルさんもおじさんって感じ……あぎゃっ!?」
音もなく後ろに迫っていたマシュバルさんにゲンコツされ、ウォーレンはゴロゴロと地面を転がった。ウケる。
「モングレルも来たのか。力持ちが来てくれると心強いぞ。警備だけでなく運び込みの仕事もあるからな」
「ああ、任せておけ。暇そうにダラダラしてるよりは俺もそっちの方がいいや。……けど、作業者が多いってのはわかるんだが……随分と警備の人数も多くねえか?」
「うむ……ここだけの話、最近ここらで不審な人物の出入りがあったと言われていてな。その警戒も兼ねて、こうしてギルドマンを動員しているらしい。うちの団長から聞いた話だがね」
不審な人物の出入りか。……俺も前まで出入りしていたが、ちゃんと許可を取ってのことだしな。
もしかすると、サングレールの諜報員でも警戒しているのかもしれない。……頭であるボルツマンは俺が仕留めたからな。それを知らないサングレール側もハルペリア側も、何があったのかと警戒はするだろう。まあ、それと今回の手厚い警備状況を結びつけるのは、さすがに推測の部分が多くなるが。
「ま、モングレルがいればそこらへんの不審者は制圧できるだろう。バロアの森に慣れない他所からの作業者も多いから、元気づけてやってくれ」
「他所……ああ、魔物が少ないのにピンと来ねえ人もいるよな。わかった。そっちも……そこのウォーレンも、まぁ頑張れよ」
「いってー……」
「ほら、さっさといくぞウォーレン。サボってないで、荷物の運び込みだ」
「ひー」
サンライズキマイラの局所的温暖化現象を有するバロアの森は、ハルペリア国内でもかなり珍しい地域と言える。普通の森じゃ冬場に魔物が出なくなるなんてことはほとんどないからな。レゴール特有の現象だ。
だから冬場に討伐の仕事が減ると聞くと“本当か?”ってなる新入りやよそ者は多い。戦闘能力を持たない他所からの労働者なんかは、不安にもなるだろう。確かに、怖がっているような人がいれば安心させてやる必要はあるかもな。
「よう、モングレル」
「ヴィルヘルム。いやぁ、探したぜ。こんな深い現場を任されてるなんてな」
それから俺がヴィルヘルムの働く現場まで足を運んだのは、数時間働いた後だった。
計画的な伐採なので一箇所で集中して切り倒すことはなく、作業場があちこちに散っているせいで探すのに手間取っちまったよ。
ヴィルヘルムは伐採区画の中でもかなり新しくできた場所、つまり比較的魔物が出現しやすい場所に配属されていたようだ。
今は休憩時間らしく、間伐材を集めた焚き火の前で、小柄な体を更に縮めて暖を取っているところだった。
湯気の立つ飲み物を飲んでいるが……あれはまた何か、癖の強いお茶でも持参してるんだろうな。
他にも伐採作業に従事している者は数人いたが、結構離れた場所で大木相手に格闘している最中だった。
「同業者にいじめられてないか?」
「そんなことあるか。良い連中だよ。あっちのはレゴールで林業をやってる若者たちだ。真面目で、良い腕をしている。……今は、ちと色々と連中がミスしてな。それを自分たちでなんとかしようと頑張っている」
「なるほど?」
どんなミスをしたのかはわからないが、ヴィルヘルムはそれを見守ることにしたらしい。さり気なくこの休憩場所から彼らの頑張っている姿を確認しているようだ。
「……久しぶりだな。改めて、会えて嬉しいぞ」
「ああ、本当に久々だよな。けど、何年か前まではヴィルヘルムの噂は聞いてたんだぜ? 活躍っぷりはレゴールでも耳に入ってたよ」
「ほう!? それは……ふん、そうか」
まんざらでもないくせに、なんでもなさそうな仏頂面を浮かべている。萌えキャラみたいな反応をするドワーフのおっさんである。いやドワーフではないんだが。
「モングレルの名前は聞かなかった。生きていれば、そのうちお前の名は響くだろうと思っていたんだがな。……まさかギルドマンで、ブロンズ3とは」
「やってることは昔と変わらないだろ」
「変わらなさ過ぎだ。……俺は、もう少しお前が成り上がっていくと思っていた」
「そういうことはしないって言っただろ」
「……確かに昔から言っていたが」
ヴィルヘルムとの出会いは、カテレイネの行商を護衛していた時のことだった。
旅の途中に立ち寄った森の中で満月の夜にだけ現れる光るキノコの採集を手伝わされていた時、木の根元で毛皮に包まって野宿していたヴィルヘルムを踏んづけたのが最初だった。
第一印象はお互いにかなりアレだったし、その後誤解を解くまでに斧とバスタードソードを何度か打ち合ったりもしたが、話してみれば理性的な相手だったので助かった。
で、それぞれが身の上話をしていくうちに色々とこう、分かり合える部分もあったりして……何故か木こりが旅の仲間に加わったのである。
「またあの時のような……職探しの旅をしたいとは思わないが。モングレル。お前たちと一緒に旅した時間は、楽しかったぞ」
「……楽し……いやどうかな……楽しかったかアレ……?」
「楽しかったさ。少なくとも、俺は」
確かに見た目だけならハッタリの効いていた即席パーティーだったから、道中で絡まれることが少なかったのだけは良い思い出ではあるが……。
旅の間ずっと計算とか文字を教えたり、魔物退治の役目がほぼ俺だったりで無駄に忙しかった記憶しかねえよ。そりゃお前らは楽しかっただろうけどさ……。
「そうだヴィルヘルム。グレゴリウスは今どうしてるんだ? 前にちょっと名前を聞いた時から気になってたんだ」
「ああ、グレゴリウスか。あいつも……まあ相変わらず、わけのわからんことをやってるよ」
「実家とはどうなった?」
「出たらしい」
「え、マジかよ。野垂れ死ぬぞ」
「いや、それが奴の研究に興味を示す物好きがいたそうなんだよ。今はそのナントカって貴族から金をもらいながら、楽しそうに仕事をやってる」
マジか……あいつにパトロンがついたのか……。
物好きというか……大穴狙いというか……やっぱ貴族はあれだな。変わってるな。
「モングレルは、グレゴリウスの話を聞くのは好きだっただろう。また奴と会いたくないのか」
「いやーまぁ、確かに話は興味深かったけどな。旅の途中に聞く分には良い暇潰しにもなったし……でも今は別に、そこまでな……あいつ一度言ったことのある話を三回以上は使ってくるし」
「ああ……そうだな……よく覚えてるなそんなこと……」
「途中で“もう聞いたよ”って言っても“いやここからが大事なところで”だけで強引に乗り越えてくるからな……ある意味酔っ払いよりつえーよあの話し方。シラフでやってくるもんな」
「ハハハ」
俺とヴィルヘルムは焚き火を囲みながら、昔話で盛り上がった。
眼の前に大きな炎があっても僅かな風が痺れるほど冷たかったが、それでも久しぶりに会えた友人との会話は、ちょっとした寒さくらいなら忘れさせてくれるほど暖かなものだった。
「……お、そろそろ仕事に戻らんとな」
ヴィルヘルムが背の低い切り株から立ち上がり、近くの枯れ木に突き刺していた大斧を拾い上げた。
どうやら休憩時間は終わりらしい。
「よし、久々にヴィルヘルムの仕事ぶりを見学させてもらおうかね」
「ふん。仕事中はお前もしっかり自分の働きをしろよ、モングレル」
「わかってるよ。……なあ、ヴィルヘルム。こういう木こりって儲かるのか?」
「仕事の腕を、人から必要とされる。俺はそれだけでも十分だ」
ヴィルヘルムはニカッと笑ってみせた。
「……ま、結局金も後からついてくるもんだがな」
「招致された木こりの英雄ともなれば相当な稼ぎだろ。レゴールの良い酒場紹介するぜ。一杯おごってくれよ」
「おごらん」
「なんでだよ」
「酒は好きじゃない」
「そういやそうだったな。じゃあ美味しいお菓子屋さんあるからそこはどうだ」
「……それは知りたい」
「よし、じゃあそこ行こうぜ」
「……奢るとは言ってないだろ!」
それから色々と馬鹿話をしながらも、俺たちの作業場は最高効率で伐採を進めたのであった。
鮮やかな伐採風景を見てたらちょっとデカい斧が欲しくなったわ。
コミカライズ版「バスタード・ソードマン」の公開日が決定しました。
カドコミ(旧ComicWalker)とニコニコ漫画にて、1/19に第1話公開、毎月第3金曜日更新予定だそうです。
漫画家はマスクザJ様です。
背景やデザインなど、色々なものを考えてくださいました。バッソマン世界の雰囲気が良く出たコミカライズだと思います。
リッチマンも色々と監修して、ウルリカの脚を太くしていただいたりライナのセリフに異物を混ぜたりと頑張ったので、是非ともコミカライズの方もよろしくお願い致します。




