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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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敗者の末路


 聖堂騎士“断罪のボルツマン”は死んだ。

 その後周囲を警戒したが、やはり斥候役はいなかったし、使役されている魔物もいなかった。完全に単騎で俺の前に現れたようだ。

 ボルツマンの持っていた小物入れからは幾つかの宝石、携行食、簡素な野営道具などがあった。任務の指令書だとか、連絡用の手紙だとか、そういった物は一切ない。芋づる式に手下や潜伏地がわかるかもしれないと思ったんだが……まぁ、あっても暗号化はされてるかもしれないし、俺にはどうしようもないか。


 残ったのはボルツマンの死体だけ。

 さて、レゴールで良からぬことを考えていたこいつをどうするかと考えたわけだが……。

 死体は燃やして処理することにした。


 いやね、死体をわかりやすい場所に移動させて誰かに見つけてもらおうとか、遺品だけ選んで持って帰って報告しようかとか、色々と考えてはいたんだ。けど何をやっても俺に足が付きそうっていうか、ひょんなことから俺が大暴れしたことがバレるかもしれないって考えてね。

 ちょっとどうかとは自分でも思うんだが……全てを無かったことにしたいわけだ。


「問題はこの装備類だな……」


 燃やすのは良い。そこらの薪をたんまりと選んで、火葬するだけだ。何時間かかけて燃やしてやれば良い具合に脆い骨だけになるだろう。

 ネックなのがボルツマンの装備していた金属系の装備だった。こいつらばかりはどうしようって感じなんだが……。


「一本は折れた上に“金屎吐(コンフリクト)”で煤まみれ。もう二本はガード時に派手に砕けて……あとは無事な剣が一本か。そして部分鎧の金属と、装備の金物か」


 さすが聖堂騎士なだけあって、装備品は全て豪華だ。こいつ個人のためにチューンナップされたって感じの物ばかりでちょっと羨ましい。四本の剣が連なってる刻印とかもう完全にオーダーメイドのそれだろ……格好良いぜ……しかしそれだけに、黙って持って帰るわけにもいかない。足がつきまくるわこんなん。


「……まあ、小物は穴掘って深くに埋めとけばいいかな……布と皮は死体と一緒に燃やして……」

「ゴ」

「ってうわッ、いたのかお前」


 ボルツマンの死体を剥いて可燃物を選んでいると、茂みの向こうからグナクがやってきた。

 相変わらずのしかめっ面で、そこには俺への警戒もあったが……やはり、目の奥には好奇心の輝きが潜んでいるように思えてならなかった。


「……お前も、多分さっきの俺を見てたんだろ。怖くないのか。俺が」

「……」

「いざって時に本気を出せば、俺はな……っておい、今シリアスな話してるんだよ。聞いて?」

「フゴッ」


 何をしに来たのかと思ったら、俺が並べているボルツマンの装備品に興味があるようだった。

 最初は死体でも食いたいのかと思って、さすがにそれはどうかとも思ったのだが、グナクはボルツマンの死体には興味がないらしい。それよりも……。


「ええ……何お前、その剣欲しいの?」

「ォオオ……」


 グナクはボルツマンの武器の中で唯一無事だった一本の剣を手に取ると、それを日差しに翳して見入っていた。ピカピカの剣がお好きらしい。


「……」

「なんでこっち見るんだよ。……いや、まぁ……うん。別にそれは持って行っていいけどよ。やるよ」

「……」

「それ。やる。あげる」


 剣を指さしたり頷いたり、片言で話しているうちに、グナクは俺の真似をしたのか理解したのか頷いて、剣を両手で握りしめた。

 ……てか首肯覚えたの? すごくない? マジで意味わかってやってる? YESの概念を本気で理解したのだとしたらもうほぼ意思疎通ができる生き物なんだが……。


「グナク、こっちの鞘も使えよ。鞘」

「グォ……」

「この鞘をこうして、こっちに入れておくんだ。俺のバスタードソードみたいにな」

「ォオオ……」


 鞘の使い方もわかるらしい。グナクは鞘と剣のセットを気に入ったらしく、カシュカシュと納刀と抜刀を繰り返していた。物が良いだけに、俺のバスタードソードよりも音が良いのがなんかムカつく。


 ……まぁ、グナクに装備を持たせるってのも……悪くはないだろうな。

 こいつが持っていれば仮に見つかったとしても“オーガに殺されたんだな”ってなるし、埋めておくよりも良い隠し場所になりそうだ。


「オオォ」

「なんだよお前、そっちのマントも着けたいのか。さすがにそれはお前にはつんつるてんだろ……って、ああ、腰蓑にするのね……」


 ボルツマンが着用していた格好いい装備品の数々も、グナクに鹵獲されて蛮族装備に大変身である。哀れ。侵略者の末路に相応しいというより、なんかよくわからない末路を辿っている気がしてならないが。


「……ま、お高い装備品を土の中で腐らせるよりはマシかもな」

「ォオオー……」


 青い衣を纏ってどこか上機嫌なグナクを尻目に、俺は本格的に火葬の準備に入るのだった。




 火葬中の話は、別に良いだろう。離れた場所で盛大にキャンプファイヤーをして、然るべき後に埋めただけだ。

 それから俺はまたベースに戻って、正直炎を見るのもうんざりな気分ではあったのだが、焚き火で石を焼いて、サウナに入ることにした。

 人が焼けた煙を少しでも浴びているんじゃないかと思うと、どうしても一度さっぱりしておきたかったのだ。


「……ふぅ」


 サウナに入りつつ、食材をふんだんに使って飯も作った。本当はじわじわと消費してここに長居するつもりで来た今回だったが、気分的に予定が変わった。俺はもう、明日にでも撤収しようかと思っている。

 やっぱり、あれだ。興が削がれたというか……そんな気分じゃなくなっちまったからな。今はもう、さっさとレゴールに帰ってゆっくりしたい気分だよ。


「グォオオ……」

「お前はマジでいつも居るよな……」

「?」

「いや、別に居ても良いんだけどよ。サウナは汚れるもんでもないしな……」


 テントサウナには相変わらずグナクが乱入してくる。いや、まぁこいつがいるのは別に良いんだけどさ。厄介な隣人というよりは、いつもサウナに籠もってる常連おじさんがいるってだけだし、顔面の威圧感ほどのストレスは無い。

 ただ季節外れのサングレール兵との遭遇戦で、ちょっとうんざりしているだけに過ぎない。

 おかしな話だよな。言葉の通じないオーガよりも、言葉の通じるサングレールの聖堂騎士の方が胸に閊えるんだから。


「それとも……お前からすると、俺は化け物仲間に見えているのかね?」

「……ォオ……フゥウ……」


 あっ、こいつ自分で水掬って焼け石にかけやがった。

 自分でロウリュしてやがる……すげぇ……オーガがロウリュを理解しちまったよ。


「ォオオー……」

「……まぁ……あれか。本当に恐ろしいのは人間なのかも、的な……」

「フーッ、フーッ」

「お前ね、シリアスな話をしてるんだっつってんだろ。天井の暖かい空気を吐息で循環させるのはやめろ。わかったよ、扇いでやるから……」

「ォオオ……」


 オーガと一緒にロウリュして、扇いで、外気浴して、飯食って……そんな感じでサイクルを続けていると、不思議と嫌な気分は晴れていく。

 相変わらず“ととのった”が何なのかもわからないサウナおじさん初心者の俺ではあったが、今日の黙々と行うサウナはなんとなく、俺のちょっぴり荒んだ心を回復してくれたように思う。

 あの変なオーガにも、ちょっとは感謝するべきなのかもしれない。




 翌日、俺はまだ薄暗い時間から起き出すと、諸々の器具や装備品の片付けを始めた。

 煤だらけになった調理器具に暖房類、細々とした道具、汚れた布やマットなどなど……。

 撤収の片付けは毎度億劫な気持ちになるが、食料や消耗品の幾つかが消えた分、行きよりは身軽になった。石鹸も作れたし着火用の炭も補充できたから、達成感はあるな。サウナも楽しんだし……。


「あばよ、グナク。それと……ボルツマン」


 出立にグナクの見送りなどという気の利いたものはなかったが、背後からオーガにじっと見られるのもそれはそれで嫌なので、まぁ良しとしよう。

 ボルツマンの痕跡がここから発見されるようなことも……おそらく、あるまい。それくらいここは森の奥地だし、埋めた場所も奥深くだ。

 ボルツマンの面影を残すのは、もはや風変わりなオーガの剣と、腰蓑くらいになってしまったわけだ。


「……そう考えると本当に哀れだな」


 それにしても、剣はともかく腰蓑て……。

 別に敵に慈悲をかけるわけじゃねえけどさ。そんな末路がお似合いとはとてもじゃねえけど言えねえよ、さすがに……。


 まぁでも、グナクに拾われちまったもんはしょうがないしな……これからはオーガの下半身を暖めていてくれ……ボルツマンの遺品たちよ……。



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― 新着の感想 ―
グナク、癒してくれない大型犬みたいだな・・・
前話のバトルマンガからいつものバッソマンに戻って安心
またグナクのエピソード見たいな〜、なんて。 バスタードソードマンは見たいエピソードが多すぎて改めてびっくり、レゴール伯爵のエピソードを浚いに来て、もう何回読み返したんだっていうグナクボルツマンのこの流…
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