草刈り
「そうか、モングレルというのか。覚えておくよ」
聖堂騎士“断罪のボルツマン”。
所持ギフトは“昆剣王”で間違いない。極めて純粋な近接剣士だ。
ギフト持ちだぞっていう脅しのつもりなのか、片方抜刀しちゃってまぁ……。
スキルによって戦法はいくらでも変化するだろうが、相手の持つ能力を一方的に知れただけでも十分ありがたい。
……だが、その前に。
俺とこいつの思惑は、まだ一致している。
お互いに“会話”に価値を見出しているというのは、貴重な状態だ。
「あれ。俺の名前、結構有名だと思ったんだけどな。知らないのか? サングレールのこう、強い騎士を押し返したって逸話が広まってるはずなんだが」
「ふふ、すまない。君の話は特に聞いたことがないな」
「おかしいな。あんたらサングレール兵を大勢相手にしてきたつもりなんだが……」
以前の戦争で遭遇した二人組、“白い連星”ミシェルとピエトロ。あいつらには名乗ったし、ギフトを全く使わなかったとはいえ撤退を選ばせる程度には善戦したし、少しは話題にでも上がってるのかと思ったが……。
無名ならそれはそれで都合がいい。
「私を凡百の兵と一緒にしてもらっては困る……なッ」
「うおっ」
ボルツマンの右腕が振るわれ、手に取った一本と共にもう一本の剣がより長いリーチで地面を切り裂く。
50cm近い深さの土を斬り付けても少しも速度と威力に衰えのない一撃。剣で受けてたら不自然さがバレるところだった。バックステップで正解だったな。
「おお、よく避けたね。私のギフト“昆剣王”は、手にした剣と同時に複数の剣を操作する。ふふ、しかし、さすがに見せてからでは、警戒もするか」
「……実質四刀流ってわけか。恐ろしいな。お前みたいな奴が、レゴールの近くに大勢潜んでるのかよ」
「ははは、まさか。まともに戦えるのは私だけさ。他は今回の侵入作戦で私と同行することを誓った諜報兵の同志達……彼らも、既に多くが消されたがね」
ボルツマンが左右二本の剣を構える。すると空中に浮かぶもう二本の剣も横倒しになり、切っ先をこちらに向けた状態でスタンバイした。
やはり“昆剣王”だな。手に持った剣と行動を共にする補助武器だ。攻撃時には同じく攻撃を、防御時には防御を……ファンネルみたいにてんでバラバラに襲いかかって来ないのが実に良心的だ。
「モングレル。貴方に怒りを向けるのがちょっと筋違いなのはわかっている。悪いのはあくまで、ハルペリアという国だ」
「……ハルペリア?」
「そうだ。我々サングレールの豊かな土地を掠め取り独立した、愚かな国だよ。私達サングレールの兵士は、豊かな故郷を取り戻すために戦っている。命がけでね」
「……なるほど」
ボルツマンの表情は真剣だ。そして、今は口を挟む必要はない。
俺が欲しいのは情報だけだ。水掛けの無意味なディベートではない。
「スピキュール教区の兵たちは長い間ハルペリアと戦い続け、何人も……そう、本当に何人もが斃れていった……今更、融和だと? 笑わせる。融和など有り得ない。融和など、まして国交など……フラウホーフの愚かなハト共は、血と屈辱の味を忘れてしまったのだよ」
「……なるほどね。つまりボルツマン、あんたらスピキュール教区のタカ派はそいつをぶっ壊そうとしてるってわけだ。和睦が成って、戦争中でもなんでもないこの平時に……」
「ふふふ……私ばかり話してすまないね。だが、こちらの立場もわかってもらえたのは良かったかな。じゃあ、そろそろモングレル、君の話も聞かせてもらおうか」
「わかった。なんでも話す。話すから脅さないでくれよ」
少し痛めつけてから喋らせようとしているのか、剣が動きかけた。それではいけない。打ち合ったら“話ができなくなる”。
だから俺は剣は軽く握りつつも、もう片方の手は情けなく挙げて、従順そうなフリをしてみせた。
「うむ、聞き分けの良い男は嫌いじゃない。ではまず……今レゴールにいる“白頭鷲”……アーレントという外交官について、知っていることを話してもらおうか」
「アーレントさんか? ああ、もちろん知ってる。主に貴族街に居るが……けど、あの人も元聖堂騎士なんだろう。あんたらの方が詳しく知ってるんじゃないのか」
「知らんよ。昔は尊敬に値する戦士だったがね……今や、腑抜けきった老いた禿鷲だ。奴が聖堂騎士を降り、太陽信仰を捨て、ハト派の外交官に堕ちるなど……反吐が出る。裏切り者め……」
強い殺気だ。話をしただけなのに、今にも斬り掛かってきそうな凄みを放っている。
……真っ先にアーレントさんについて聞いてくるとは。あの人をどうにかしようとしている? ……殺すつもりなのか?
「ふぅ……で、アーレントは貴族街の他に、どこかに出歩いているか?」
「あ、ああ。時々レゴールのギルドに顔を出すし、俺は直接は見てないが式典にも出席してるみたいだぜ……」
「……ギルドか。ほほう、なるほど。それはどのくらいの頻度で?」
「なあ、どうしてアーレントさんについてそんなに訊くんだ? 居場所を訊き出して殺すつもりなのか?」
「もちろん殺すつもりだ。融和の旗頭を生かしておいては都合が悪い。……おっと、また逆に質問されてしまったか。……ふう、質問しているのはこちらなのだがね……お喋りな貴方には、少し立場をわかってもらおうか」
来る。剣が来る。時間切れか。
脅しのつもりだろう。俺の足の甲に向けて突き出された二本の剣を……俺はバスタードソードで強引に弾いてみせた。
「ッ!」
「そうか。まあそんなもんだよな。外交官を殺して、和睦の流れを断ち切る……タカ派の連中にとっては、国内の分裂を防ぐためにまずはそうしたいところだもんなぁ。好き勝手こっちの土地で悪さするのも、喧嘩上等ってわけだ。その前に混血のギルドマンの死体でも目立つ所に置いておけば、更に効果があるだろうよ」
「貴様……」
もう猫かぶりは十分だ。聞きたいおおよそのことは聞けた。
あとはもういいだろう。サングレールで言い聞かされてきたこいつの歴史観に付き合ってやるのもおしまいだ。
ボルツマンは今の一撃で何か不穏なものを感じ取ったのか、一歩退いて構えを改めた。
攻撃一辺倒だった構えから、防御と攻撃を混ぜたスタイルに。二本の護りと二本の攻め。それがこいつの基本スタイルってわけね。ふうん。
「最初の斬りを避けたのもそうだが、今の一撃をいなすとは……貴様、ただのギルドマンではないな」
「ははは、言っただろ。俺はモングレル。ハルペリアで最強の剣士だってよ」
バスタードソードを右手に構え、腰のホルダーから愛用のソードブレイカーを取り出そうとして、……やっぱりやめる。
咄嗟の遭遇戦で装備の数は少々心もとないが……まあ、今回の持ち出しはいつものバスタードソードだけで十分だろう。
「俺は有名なんだぜ。サングレールの兵士を何人も……何人も何人も何人も、潰して、押し返して……知ってるだろ。聞いたことくらいあるだろ。それとも、最近は“足りてなかった”のか。忘れちまったのか。……思い出してくれよ。俺の名前を」
発動の言葉を紡ぐ前から身体の奥底で力が暴れる。
早く解放させろと疼き、身悶え、強化の魔力となって溢れ出す。
見えざる何かの気配を感じ取ったのか、ボルツマンは額に冷や汗を流していた。
そうだ、俺を恐れろ。
俺の名前を忘れてくれるな。
思い出せ。
「“蝕”」
「――……ッ!?」
身体の内側から白い魔力が迸り、全身の輪郭を消す。
更にその上を黒い魔力の炎が包み込み、身体を覆う。
発動と同時に膨大な魔力が弾け、静かな冬の森がざわめいた。
「シュ……シュトルーベのッ……!?」
『祈れ』
「――!」
距離を詰め、右手のバスタードソードを振るう。
硬い感触と共に派手な音が響き、ボルツマンは目にも止まらぬ速度で川の向こう側へと吹き飛んでいった。
『咄嗟の防御スキルが間に合ったか。祈りが通じたみたいで良かったじゃないか。寿命が伸びたぞ』
ボルツマンは川の向こうのバロアの樹幹に叩きつけられたが、そのまま太い枝の上に着地した。
五体満足だ。剣が一本、くの字に曲がって犠牲となった程度で済むとは。運が良い。
「はッ、はッ……! 白く輝く白骨に、禍々しい黒い炎の戦士……! シュトルーベの亡霊がなぜここに……いや、そうか、アンデッドではなかったのか……! 正体は、人間……!」
『ごちゃごちゃうるせえな』
足元に落ちているくの字に曲がった剣を踏みつける。
同時に、曲がった剣に黒炎がまとわりつき、程なくして全体を包み込んだ。
『“混合沌”』
足元の剣が炎の揺らめきと共に消失し、俺の左腕から“生える”。
もうこの剣は俺の物だ。何かの術が掛かっていたとしても関係ない。
「……! くっ……シュトルーベの亡霊は、多様な攻撃を行う……聖堂騎士は被害を抑えるために、単騎では当たらず、複数で相対できない場合は撤退……! 馬鹿め! だから我々は負けてきたのだ! だから軟弱な老兵が何人も死んできた! 私は戦う! そして伝説を仕留めてやる! “水の鎧”! “水刃剣”ッ!」
相手は逃走を選ばなかった。全身と剣に水の力を宿らせ、決意の籠もった目でこちらを見据えている。
目の前に川があるから多少は有利だと判断したか。
馬鹿が。
『“金屎吐”』
「うォオオオッ、がッ」
左腕から生えた曲がった剣が射出され、目にも止まらぬ速度でボルツマンの胸鎧に突き刺さる。
「が、ァッ……!?」
『忘れ物だぞ』
刀身全体から激しく燃え上がる黒い炎と、バチバチと弾ける白い魔力。
それはまるで、派手で悪趣味な花火がそのまま人間の胴体に突き刺さったかのよう。
「馬鹿な、防御……した……」
『二本分はな。三本でも特に変わらなかっただろうが』
ボルツマンは砕け散った二本の剣と共にゆらりと樹上から足を滑らせ、呆気ない音を立てて地面に落ちた。
「が……ぅぁ……」
一足跳びで川を飛び越え、二歩目にはボルツマンの側まで辿り着けた。
ボルツマンは炎で真っ黒に煤けた、鎌のように曲がった剣を腹に生やしたまま、虚ろな目で俺を見上げている。
既に“蝕”は解いたが、ボルツマンの俺を見る目は尋常なそれではなかった。
「はぁッ……化け……物……人じゃない……混ざりもののッ……化け物……!」
「……お前はもうじき死ぬ」
「死、ね……ハルペリアの……化け物が……」
「ボルツマン。お前はよく俺に立ち向かい、戦ったよ」
「は……はぁッ……ぅ……」
聖堂騎士ボルツマン。
整った若々しい顔立ちも、今は血に染まっている。
……そう、若い。まだこいつは、聖堂騎士というには若すぎる。
戦ってきた経験とスキルの数が物をいう兵士にあって、こいつはギフトと幾つかの恵まれたスキル……きっとそれだけで選ばれた“繰り上がり”の騎士なのだろう。
その上にいた連中は……長い戦いの中で、少しずつ消えていったから。
かつて、俺が仕留めた六本の剣を操る騎士のように。
「お前はサングレールによく尽くして戦った。……神も、見ていただろう。ライカールも……ボルツマンの雄姿を」
「……」
「だから必ず……お前は、いいとこにいけるさ……」
「……やめろ……」
ボルツマンの目から生気が消えていく。かわりに、涙が静かに溢れた。
「お前らの……情けなど……祈り、など……」
「……」
そうして、ボルツマンは死んだ。
俺が殺した。今までの数え切れないほどのサングレール兵と同じように。
「……ナムアミダブツ。だったら、良いか?」
俺は、この世界には無い祈りの言葉を捧げ、ボルツマンの瞼を閉ざしてやった。




