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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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寒空のチルタイム


 冬の森は静謐な空気に満ちている。

 静謐な空気とは何か。情緒のない言い方をするならば、それは寒気である。


「さみー……そりゃこんな環境じゃ魔物も出ねえわな……」


 厄介な魔物はほとんどがバロアの森の更に奥地へと逃げ込んでいることだろう。

 ここよりも奥はかなり広範囲に渡って温暖な空気に包まれている。そんな環境もあってか、バロアの森の魔物達は越冬を考えない。暖かい場所に移動するだけだもんな。もちろんそこにはサンライズキマイラという相応以上のリスクもあるのだが……食料のない伽藍堂な寒い森にいるよりは、多少危険でも奥地へってのが森の住人たちにとっての総意らしい。


 ま、人間としては過ごしやすくて良いんだけどな。

 おかげで伐採作業も捗るし、俺みたいな奴がこんなところで野営できるんだからな。


「んー……見つかんねえな。何本か登ってりゃあるんだが」


 俺は今、バロアの大樹に登って辺りを見回している。

 薪や資材集めのために適当にいい感じの枝をバスタードソードで払いながら探しているのだが、目当ての植物はなかなか見つからない。


「お、この枝いいじゃん……って鳥の巣あるのか。……古いやつかもしれないけどやめておこう」


 人目を気にしなくても良いってのは楽だ。こうして木から木へと飛び移っても変人扱いされないからな。自分の身体能力を制限する必要が無いのは本当にストレスが無くて良い。


「あー、ようやく見つけた……古い樹ならそこそこ絡まってると思ったんだけどなぁ。意外と数はしょっぺぇんだな」


 結構な時間ツタなしターザンをしながら探し回っていると、不自然に撓んだ枝を発見した。よく見なくとも、その枝には大きな枯れた植物が絡まっているのがわかる。

 カラカラになったそれを強引に剥が……そうとしてちょっと難しそうだったので、絡まった枝を切り落として地上で回収した。


「ストラドシスティス、ゲットだぜ」


 この二十メートル近くある長い植物はストラドシスティスと呼ばれる蔓性植物で、よく巨大な樹木の上に絡まっている……のだが、だいたいが既に枯れてカピカピになっているため、瑞々しい時の姿はよくわからない。

 蔓性とはいうものの、茎は太くて立派だし、葉もマメ科というよりは細長い普通な感じで、色々と謎の多い植物である。

 こいつの用途はまぁ、燃料みたいなもんだな。


「全て燃えて灰になれ……」


 バスタードソードで適度な長さに揃えてカットしたストラドシスティスを焚き火に放り込み、景気よく燃やし続けていく。

 カラカラに乾いているのでよく燃えてくれる。茎が太いとはいえ枝ほどしかないので、入れたそばから燃え尽きて嵩が減っていく。

 そうしてガンガン燃やし続けた結果、かまどの底に残る灰……これが今回俺が必要とするものだった。


 まあ、要は石鹸の材料だな。色々な灰を集めて試した結果、このストラドシスティスの灰が一番まとまりが良いって結論になったわけだ。


「多分こいつ海藻っぽい植物なんだろうけどな……」


 色々と謎の多い植物だが、使える物ならなんでも使うのが開拓村流よ。

 “アルテミス”から上質な固形石鹸をくれって頼まれてるからな。この冬キャンで良い物を作って、シーナたちに譲ってやろう。そうすれば俺はまたあの風呂に入れるわけだ。へへへ……今回はしっかり分量を計りながら作るからな。製法を確立して量産にこぎつけてやるよ……。


「おっと、こっちの火も見ないとな……」


 石鹸の製造と並行して料理もやっている。野菜をザクザクに切ってぶちこんだシンプルな煮込み料理だが、初日は色々とやることあって忙しいな。焼肉とか揚げ物なんてできる状態じゃねえわ。


「……あぶねえあぶねえ。つい急ぎすぎてた。ゆっくり進めていくか」


 が、そう忙しく働くこともないかと思い直し、ペースダウンする。

 俺はゆっくりするためにこの冬の森に来てるんだぞ。なのにどうして、自分から仕事を増やして慌ただしくウロチョロしてなきゃいけないのか。


「七日だぜ七日。一週間もある。ダラダラやってきゃ良いさ……」


 やりたいことは多い。済ませたいことも多い。けど、自分からタスクを積み上げてたんじゃ休まる時間なんてあったもんじゃない。そりゃ、快適な住環境を整えるくらいは日暮れまでに急いでやっておかなきゃいけないだろうが、その他のことはゆっくりでも大丈夫だろう。

 都会の忙しなさに毒されてたな、俺……いや、別に忙しい都会で忙しく暮らしてる実態は無いけども。


「石鹸は後回し。ひとまず煮込みと……よし、そうだな。Aチェアでも作ってまったりしてるか!」


 Aチェア。それはトライポッドにちょっと棒を足して布を張っただけで作ることのできる簡単な椅子だ。

 簡単な構造ではあるが座面が身体にフィットする布で座り心地が良く、キャンプで手作りする椅子としてはなかなか良いものなのだ。


「がっしりした枝なんてそこらへんで使い放題だからなー……材料には困らねえや。あとはこいつを三本まとめるのに……」


 俺はリュックのポケットに忍ばせてあるチャクラムを思い浮かべ、それが椅子に座った時に頭上に来ることを想像した。


「……紐でしっかり結んでおくか!」


 さすがにリラックスするための家具のパーツに刃むき出しのチャクラムを使うのは嫌だわ。素直に紐を使ってまとめておく。

 そして丈夫な生地の布をここに固定して、と……よし。


「できた、Aチェア。うんうん……おー、座り心地は……首以外は悪くないな」


 座った時に包まれる感覚がなかなか良い。少なくとも丸太や切り株に腰掛けるよりは遥かに上等だ。

 もっとデカいサイズで作れば首まで快適だったかもしれないが、仕方ない。まぁこんなもんだろう。


 そして野菜を煮込んだスープも出来上がった。

 鍋から小さめの金属小皿に半分ほどを移し取り、チェアに座ったままもうもうと湯気の立つそれを啜る。


「……うん、これは塩派でも問題ないスープだ」


 茎と根菜をよく煮込んだお陰で旨味が出ている。腹の底から温まる最高のスープだ。

 普段は特に有り難みもなく齧っている干し肉も、こういうのにちょっとだけ入れると良いアクセントになるから不思議だよな。


「ふー……」


 スープを飲み干し、吐き出す息がより白くなる。

 Aチェアに深く腰掛け、つかの間の休息を満喫……。


「……さっむ! 駄目だ、動かないと無理だこれ」


 満喫しようと思ったが、普通に厳しかった。

 いや近くには焚き火もあるしスープも温かかったんだけど、動いてないとそれ以上に冷えてくんだわ。主にAチェアの布一枚の座面が。

 ……防寒しっかりして座るなら、この上にさらに毛皮を被せないと駄目だな……。


「結局せかせか働くわけですわ……」


 まぁゆっくりスープを飲んで一息つけはしたから、こっからキビキビ働いてもいいだろう。

 さっさと石鹸作るぞ石鹸。作ったらテスターとして真っ先に俺が使ってやるんだ……サウナに入りながらな!




 サウナの作り方はシンプルだ。

 テントを用意し、中に焼き石を運んできてそこに水をボタボタ垂らして蒸気を作るだけ。ね、簡単でしょ?

 蒸気と熱を密閉して汗をかくという実にシンプルな空間だ。ちなみに、焼き石とはいえ焚き火や炭火なんかを直接中に入れたりなんかしたら駄目だぞ! 一酸化炭素中毒で死ぬからな! やる時は焼き石だけを内部に持ち込むんだぜ。


「まぁ石はデカけりゃデカいほど良いからな……ここらへんは、前に作った風呂と同じようなもんだな」


 以前の冬キャンプで風呂を作った時も、熱源は焼き石だった。焚き火でよく熱した石を水に入れてお湯にする。さすがに冬の冷たい水を大量に温水に変えるのは大変だが、サウナのように水をかけてそれを蒸気にするだけであれば大した量は必要じゃない。

 まぁしかし途中で部屋が冷めても嫌だから、石を常に交換できるくらいにはしたいから……まああればあるだけ良いわな。


「サウナか……サウナって入った後に水に入るんだよな……?」


 ちなみに。俺はサウナに入って整ったりするタイプのおっさんではない。

 どちらかというとサウナの良さがわからないタイプのおっさんである。別に全てのおっさんがサウナに生息してるわけじゃないんだぜ……。


「水か……本場だとこういう川にも入るらしいが……」


 ちらりと拠点近くを流れる川を見る。

 冷たい風が吹く中で、サラサラと流れる浅い川……どう考えてもクソ寒い。


「……まぁ、俺はサウナで汗かくだけでいいかな……」


 俺はサウナの後に水風呂に入らないタイプのおっさんなのである……。


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― 新着の感想 ―
サウナ後に冷水は普通に体に悪いです。
普通に野生の鹿やカモシカ、山羊、馬等の動物がいないのは何故? 肉食の魔物がいるなら草食の動物がいないと生態系のバランス悪すぎませんか? なお鹿猟は一般に冬に行われます
[一言] 原料から拘るところにモングレルの性格が垣間見えて面白いよな。でも欲望の向かう先が風呂なんだよな。どうせなら冬キャンプで、岩風呂を作って焼石か何かで湯を沸かせば良いんだ。寝たら凍死間違いなしだ…
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