禁断の蟹二度茹で
今日はシルサリス川までやってきて、釣りをする事にした。
特に誰も呼ばず、一人で釣り竿と調理器具を担いでの釣りである。俺は釣りの時は誰かと一緒に駄弁りながらの方が好きなタイプだが、まぁ今回のは気まぐれだな。一人でやりたい時もあるんだよ。
「ほいっ」
今回は餌釣りでやっていく。ここの川浅いしな。それにリールを忙しなく巻きたい気分でもない。腐りかけの肉を使っての釣りだが、さて、掛かるだろうか。
とりあえず流れの緩んだ場所目掛けて放り込み、時々確認することにしよう。今日はとことんまったりやりてえんだ……。
「カニか、エビか……エビって気分じゃねぇな。ガンクラブかモスシャロ狙いかねぇ」
最近は色々と人と関わったりする機会も多くて、ちと一人の時間が取れていなかった。
そこまで人が嫌いなわけじゃないが、俺だって一人になりたい時はある。
そういう時、川辺にいると落ち着く。
ここは街からも近いし、人は居なくて静かだし、川の流れを眺めているだけでも癒されるんだ。
釣果を期待して鍋なんかも用意しているが、これも気分転換の一つみたいなもんである。適当にそこらへんから流木を拾って火を熾し、何を作るかも決めていないのに水を沸かす。無計画なアウトドアだ。
「……茶でも飲むか」
川辺に吹き付ける風が涼しい。秋もいよいよ終わりそうだ。
こんな寒い時には暖かい飲み物がなけりゃやってられん。
木の実の殻を炒って作った茶葉を鍋にぶち込み、煮込む。殻がデカめなので適当に抽出した後の始末が楽なんだよな。
「お? 竿に掛かっ……てないか。チッ」
時々キャストし直したり、お茶を飲んだり。
ルイボスティーじみた優しい味。もっと強めに炒ればコーヒーにも近くなってたんじゃないかという思いを抱きつつ、時々竿を放置して木工に勤しんだりもする。
「……これから双六用のコマも売れそうだなぁ。マイ駒っていうのかね。色々なボードゲームが生えてくるとなると、マジで需要はありそうだ」
木彫りで作るのはチェスの駒にも似た小さなものだ。
バロアソンヌでは俺が急拵えした着色だけの適当な駒を使ったが、ビジュアルにはそこそこ気を遣うハルペリアの人々だ。きっとみんな作りの良い駒を求めて色々考えるはずだぜ。
あるいは、幾つか独特な駒を作って黒靄市場にでも出しておけば儲けになるかもしれん。
物のサイズ自体は大したことないから、良い商売になってくれるかも……。
「お、きたきた!」
ちょっと浮きが沈んだか? というタイミングで少し合わせてみると、竿に強い抵抗。生き物らしい手応え。根掛かりではなさそうだ。
しかし重さはない……ああ、こりゃ蟹だな。
「いえーい、いらっしゃーい」
竿を上げてみると、案の定カニだった。
ガンクラブ。以前ライナやウルリカと一緒に食べたかにこ汁の原材料である。
「……けど今回はああいう疲れる料理をしたいって感じじゃねぇなぁ」
カニを空いてる鍋に放り込み、板で閉じて重石を乗せる。調理法はまだ未定だ。何か作るにしても、もうちょい何匹か掛かってみないとわからん。
茹でるか、焼くか……。何にせよカニだ。どんな食い方でも不味くなることはない。
再び竿を振り、針を投げ込む。ポイントはちょっとずらして大きな石の近くにした。
糸を張って、暫し放置。生け捕りにしたカニが鍋を引っ掻く音がする……。
「……貝殻は焼カルだろ? カニは……キチン質だよな。焼くと何かに……いや、なんか香ばしくなるだけか。別もんだな」
少し離れた場所に架けられた石橋の上を、馬車が通り過ぎていく。
俺は時々焚き火に流木を放り込みながら、ぼんやりと考え事に耽っていた。
宿の部屋に閉じこもって考えるのも悪くはないが、やっぱり外で一人、こうして気分転換をしながらってのも良い。
文明を発展させる発明だとか、レゴールの未来だとか、世界平和だとか……そういう大袈裟なことからちょっと距離を置いて、ゆっくりと、身の丈に合ったスケールの考え事をする。
こういう時間がないと、人生ってのはしんどいばっかりだ。俺は政治家には向いてない。
「アーケルシアの近くでは焼カル使ってたから、効果は実証されてるわけだ。探せば交易品にもありそうなもんだが、さすがに一般の市場には出回ってないのか……いや、そもそもベイスンの方が近いのか。こっちまで回ってこないだけだなこりゃ……」
石鹸作りについて考えている。どういう技術なのか、この世界にも固形石鹸らしいものはあるのだが、数が結構少ない。品質の良いものとなると尚更だ。
“アルテミス”のお嬢様方は俺特製の香料入り石鹸をご所望だが、さて困ったな……あれも大量生産しようと思っても難しいんだが……いつも分量適当だし……。
今回はギガントクラムの殻を焼いたり、バロアの森に隠した簡単な発電機を使って頑張って作ってみようとは思っているが、上手くいくだろうか。原材料は多めに用意するつもりではあるが、緩い石鹸になったら謝る必要があるかもしれんな……。
ちなみに森に隠した発電機は簡単なものなので、魔物が反応するほどの強力な電波は出てこない。
前に調子こいて作った大型の奴を本気でぶん回した時が特殊すぎたのだ。あれはもう二度とやらん。
「お、二匹目だ」
なんてこと言ってる間にヒットだ。今回もカニだな。よしよし、さっさと料理ができるくらいの数を釣り上げちまおう。
日が高く昇る頃。
橋の上を賑やかな隊商の一団が通過していくのを見送った頃になって、ようやく俺は調理を始めた。
メニューはカニの煮物。味噌汁が欲しかったが味噌なんてものは無いので、泣く泣くこの世界のソースを味付けに使わせてもらう。まぁ、煮物とか汁物にすれば結構悪くない調味料ではあるし、不満な点はカニがカバーしてくれるだろう。
「根菜も……あ、こっちにも生えてるじゃねえのウェッジラディッシュ。まぁ長く煮込めば食えるだろ」
具材はそこらへんで採取した野草だ。クソ硬すぎて野菜としては人気のないウェッジラディッシュがしぶとく礫の隙間から生えているので、目に見える限りのものを集めていく。
開拓村ではこの手の食える物の知識は頭に叩き込んであるからな。この異世界でも俺の野草知識はそこらへんのシティーボーイ以上だぜ。なんならライナとかウルリカよりも詳しいと思う。動物系は知らん。
ウェッジラディッシュは長時間煮込まないと食えたものではないが……。
「なに、根気強く待つさ。今日の俺は急いでないからな」
チャージディアの敷物に小瓶にウイスキーを入れて持ってきている俺に死角はない。
時々干し肉をつまみつつ、のんびり火を焚べながら作らせてもらうぜ……。
橋を渡る知り合いのギルドマンが挨拶してくるのに返事をしたり、変わった色の石を拾ってちょっと磨いてみたり、釣りのターゲットを魚に変えたものの何も反応が無かったり。
そんなことをして数時間過ごしていると、そろそろ俺も鍋から香ってくるカニの香りに根負けした。
「もう良いだろ……」
蓋をあけるとほら、いい香りだ。これよこれ、カニの香り。調味料は俺好みじゃないが、火を通したお陰で独特の風味は幾分かマシになっている。
「美味そうだ」
火を通した甲殻類のこの鮮やかな色が食欲をそそる。
……スパイスで味付けした干し肉じゃ欲望を抑えられなくなってきたところだ。
「いただきます」
椀にカニの半身とゴロゴロした根菜をよそい、スープを注ぐ。
まずはスープから。
「あったけぇ……」
ああ、カニ味噌の良い香りだ……もうお前が味噌で良いよ。これからはお前が味噌汁を名乗ってくれ。
「根菜は……うん、まぁ……半分に割っといて良かったな。まぁ食える」
ウェッジラディッシュはちょっと硬かったが、まぁ食えない範囲ではない。逆に良く噛まなきゃいけない分、満足感は得られる。それにこの素朴な味わいも嫌いじゃないんだ。
そして無言になりつつカニの身を啜る。大きいカニってわけでもないから身を食うのも一苦労だ。しかし苦労するだけの旨味がこの生き物にはある。
「ふぅー……」
夢中になっておかわりするうち、小鍋はすっかり空になっていた。身体が温まり、腹も満たされた。
スープも飲み干したので、椀に残されたのはカニの殻の残骸のみ。
暗くなるまでにまだちょっと時間はある……。
「……このカニちょっと焼いたらまだ出汁出るだろ」
それから俺はカニの残骸を使って、もう一品スープを作ることにしたのだった。
日暮れまでに間に合ってくれよ……。大丈夫、ちょっと出汁取ってスープにして飲んだら終わりにするから……!
で、二度目のスープも美味しくいただきましたとさ。
今日は、ただそれだけの話である。
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こちらで当作品「バスタード・ソードマン」の第一巻も投票対象になっております。
是非この機会に投票してみてください。
バッソマンが上位にランクインすると私とにくまんが喜びます。
どうぞよろしくお願い致します。




