高貴な者達の花瓶
結婚祭が終わり、レゴールに日常が戻って来た。
と思ったが、そうでもない。街中は後夜祭的な雰囲気をずるずると引きずり、とにかくめでたい事を理由に逞しい商売を続けている。
多くの臨時屋台は片付けられたが、それでも平時の割高料金を払ってでも営業したいという商売人が多いようだ。多分、まだもう少しだけ稼げると踏んでいるのだろう。
本音を言えば俺たちギルドマンもまだまだ遊びたい奴ばかりだ。稼いだ金を酒と女に注ぎ込む連中だ。面構えが違う。
だが遊ぶ金も無限にあるわけじゃないし、何より秋の今は稼ぎ時だ。仕事をやらなけりゃ結局後々ひもじい思いをするのは自分達である。
レゴールから離れていく人々の護衛。バロアの森での討伐。その他街中で発生したゴタゴタの処理。何より祭りの影響でクッソ汚くなった街の清掃業務。受注できる仕事はいくらでも転がってるんだ。
財布に余裕のある連中がまだちょっと浮かれているのを尻目に、ギルドマンは今日も汗水垂らして任務に勤しむ。
それは俺だって例外じゃない。
「いやー……あれだけ苦労して作った竹串がこうも無惨に捨てられてるの見ると、嫌になるね本当」
今日の俺の任務は都市清掃だ。
俺の他にもアイアンランクを中心に多くの連中が仕事に臨んでいる。祭りの後の汚れた路面をなんとかするために、いつもよりちょっぴり多めの報酬になっているらしい。
あと、祭りの後だからかたまに小銭とか金目のものが落ちてたりする。俺としてはよっぽどの物でなければ拾いたくはないが、たまに面白い物が捨てられてたりするので飽きはこない。
だが折れた竹串やら素焼きの容器やらが打ち捨てられてるのを見ると悲しくなるぜ。一度製造側の経験をしてしまうと、考え方も変わるな。
「おー、モングレル。なんだ、また都市清掃やってるのか。この時期はもっと稼げる仕事があるだろ」
「よう、ユースタス。良いだろこんな時くらい。普段歩く所くらい綺麗に使おうぜ」
「それはまあ立派な心がけだけどなぁ」
早朝の街中を歩いて来たのは、雑貨屋を営むユースタスだった。
数年前までは小さな店を細々と経営するだけだったが、色々と売れる商品を取り扱っているうちに今ではレゴールでそれなりの規模の店になってしまった。
あまり大きな店の経営に乗り気じゃないのか、それとも苦手なのか。仕事が順調なわりに気苦労の多そうな日々を送っている男である。
「ほら、器の破片もたくさんだ。ユースタス、何かに使うなら持っていくか?」
「馬鹿言え。こんな壊れた安物に価値なんて無いぞ」
「無いか……」
「まとめて砕けば煉瓦の材料くらいにはできるかもな」
使い終わった後に雑に扱わず、せめて原型を残していてくれれば、竹串もそうだが再利用する手もあったかもしれない。だが、この国の人々は使い捨てとばかりにさっさと壊してしまう。なんとも勿体無い。
まぁ最初から使い捨てるつもりで作ったものだろうし、あまり丁寧に扱ってもこういう消耗品を作っている人たちにとっては迷惑な話になってしまうのかな。難しい問題だ。
「モングレル、お前も良い歳なんだから、もう少し新しい物だとか、変な物だけでなくな。ちゃんとした良い品ってのを買うべきだぞ」
「変な物って言ったなこいつ」
「新しい物は俺も否定しない。ケイオス卿をはじめとする新たな発明品に助けられた人間だしな。けどな、新しいものばかりを扱う商売ってのも健全じゃあないんだ」
なんかユースタスの説教が始まったよ。消費者の金の使い方に物申すとか随分勇気のあるやつだな。
「俺だって古き良き物は買ってるぜ? 歴史ある……ほら、なんだ」
「無いだろそんなの。噂で聞いてるぞ、変な武器ばっか買ってるって」
「どこ情報だよそれ」
「他所から武器商でやってくる奴の中じゃ有名だぞ。長年倉庫の肥やしだった物を買っていく物好きがいるってな」
物好きって誰だよ。俺か? 俺のことか?
勝手に人の噂しやがって……もっと色々仕入れてこいよ。
「お前に必要なのはな、もっとブランドが確立してる気品のある物だ。使い捨ての素焼きの器を気にするよりもな、クレイサントの器とか、そういう良い物を鑑賞しなきゃ駄目なんだよ。良い物を見て、囲まれて生活しない事にはなかなか身につかないものだけどな」
「人を品がないみたいに言いやがって……まぁ確かに高い器とかにはほとんど見向きもしてなかったけどよ」
「だったら後でうちの店に来い! 色々見せてやるから!」
器なぁ……前世でもそこまで興味無かったんだよな……。
「いやー、俺あまり金が無くて……」
「嘘つけ、屋台で儲けたんだろ!」
「くそ、バレてやがる……」
「まぁ金の事はとにかく良いんだ。見るだけでも良いから来いって話だよ」
「はいはい、わかりましたよ。じゃあちょっと勉強させてもらいますわ」
そんなわけで、都市清掃に区切りがついた後はユースタスの店に行く事になった。
個人的には高級食器よりも、調理器具に力を入れる方が好きなんだが……。
「ハルペリア人として生まれたからには、ハルペリアの良い物を知らないと駄目だ。特に器に関しては外国にもたくさん輸出しているし、農作物に並ぶ売れ筋商品だ。男として知らなきゃ恥ずかしいぞ」
ユースタスの雑貨屋の奥には、陶器の並ぶコーナーがある。
ある程度信頼のおける相手にしか見せない、ちょっと高級な食器ばかりが陳列されたスペースだ。
パッと見ただけで、どれも高そうだなってのが伝わってくる。レゴールでは見ない造りの器も多いので、遠く別の領地から運んできたものが多いのだろう。
「かくいう俺も器集めが趣味でな。たまーに商売仲間を歓迎してやる時にここにあるような良いカップを出すと、“おっ”てな顔をされるわけだ」
「なんだよ、俺はコレクションを自慢されてるのか? まあ確かにどれも良い造りしてるよな」
「そうだろうそうだろう! ほらこれ、このティーカップは良いぞ。クレイサントの滑らかな白い肌。緻密な菊の紋様。うーん、美しい……」
どうやらユースタスとしては、このクレイサント産の器がお気に入りらしい。
多分貴族とかもこういう綺麗な食器が好きなんだろうな。まあ、白い器は内容物の色がよくわかるし、特に澄んだ色のお茶なんかは本当に綺麗に見えるから重要なんだろうけども。
「クレイサント男爵領には良い土がある。器の聖地だ。他の産業はぱっとしないがね、器だけはどこにも負けない。ほらこの裏の印! これで見分けるんだ」
「おー……花? と器か」
「クレイサント男爵家の紋章を簡略化した印だな。これがある器は間違いないぞ! その分、偽物も多いけどな。菊の花弁が滲んでたり潰れてたりするのは偽物だ。俺の店は向こうの工房とも縁があってな、色々と教えてもらってるんだ」
「へえ、なるほどねぇ」
ブランド品のパチモンが出てくるのはどこの世界でも同じらしい。しかし技術力もそう高くないこの世界じゃ適当なコピー品も多そうだな。
「お、こっちの花瓶はなかなか良いじゃないか」
「花瓶? モングレル、そんなものに興味があったのか」
「いやね、俺の部屋花瓶がねえんだよ。前々からどうせなら一つくらいは欲しいなーと思っててな。こいつはなかなか見た目もシュッとしてるし、悪くない」
俺が目をつけたのは細身の黒い花瓶だ。
何本も挿せないようなほっそりとしたフォルム。暗い無骨な風合い。しかし上の方にだけ白っぽい釉薬が掛かり、そのまま下へと垂れている。
正直この世界じゃあまりセンスのある色使いじゃないと思うんだが、俺としてはモダンな雰囲気があって嫌いじゃない。どちらかといえば前世の部屋に欲しかったタイプのデザインだな。
「んー……そいつも一応クレイサントのものではあるんだが、俺のコレクションの中では特殊というか……浮いてるものだからなぁ……」
「良い品なんだろ?」
「いやぁー……良い品だとは思う……思うけどな、けど素人が最初に入っていく品としてはおすすめできない……」
なんかユースタスがめんどくせぇオタクみたいな事言い始めたな……。
「素人の一目惚れを尊重するのもコレクターの度量じゃねえのか?」
「うーむ……しかしだねぇ、クレイサントの器の真髄は純粋な白地なわけだから……」
「まぁ別に喉から手が出る程欲しいってわけじゃないから良いんだけど……」
「待て待て待て! そんなつれないことを言うなよ。わかったわかった、悪く言い過ぎた。この花瓶も良い物だぞ。ちと独創性が強いだけで……」
あれ? 待てよ、ひょっとしてこの花瓶買う流れなのか?
いや欲しいっちゃ欲しいから値段によっては買っても良いけど……。
「ちなみにこいつはいくらなんだよ」
ユースタスが花瓶の前に伏せてあった板をひっくり返す。
どうやらそれが値段らしい。なるほど、伏せてあるのもわからんでもない価格だ。
「じゃあなユースタス! 色々教えてもらえてためになったぜ!」
「おい! 買っていかないのか!」
「いやだって高いし……」
「かなり良心的な値段だぞ!? こんなに良い品なのに……!」
「さっきまで自分でケチ付けてたくせによく言いやがるよ」
「ケチじゃない! 入門用としては特殊過ぎるから悩んでただけだ! 仕方ないな、最初に勧めたのは俺だ。じゃあ、仕入れ値ギリギリのところで……よし、この値段でどうだ」
「む……それなら安いな、じゃあ買うわ」
「……モングレル、俺が言うのもあれだけどよ。もう少し駆け引きとかしろよ」
いや俺はそういう値引きとか交渉は苦手だから……。
定価でサッと買ってサッと帰るタイプの消費者だから……。
「いやーしかし、これでモングレルも立派なコレクターだな! これからはちょくちょく器の話ができるってことだ! 嬉しいね!」
「なんだよ、趣味仲間が欲しかったのか? 俺はそんなにのめり込むタイプの人間じゃねーぞ」
「いや良いんだよ、最初は俺の新しく仕入れた器の自慢話を聞いてくれればな。話を聞いているうちにお前もわかってくるさ……」
ユースタスは白黒の花瓶を丁寧に梱包しつつ、不敵に笑っている。
……まぁ、そこそこお得な値段で良い物を買えた事には純粋に感謝はするけども……リピーターになるかどうかまではわからんぞ。
なにせこっちは腐ってもブロンズランクだからな。純粋に買う金がねぇ。
「やれやれ。財布の紐を緩くしすぎたかな。俺もまだまだ祭り気分が抜けてないのか……」
その日の夜、宿の部屋に花瓶を置いてみた。
細身の花瓶なので作業机の上でも邪魔にならないのはありがたいな。けど、ちょっとした衝撃で倒れてしまわないかだけがちょっと気になる。
「とりあえず花屋で買って来たは良いが……うーん」
普段全く利用しない花屋で薄黄色の花を一本だけ買ってきた。
それを花瓶に挿してみると……まあ、さすが花を入れておく器なだけあってしっくりくる。
しかし花瓶自体が細長すぎるせいか、花が頭だけをひょっこり出しているような、そんな変な挿し方になってしまった。
飾られているというよりは、なんかこう、処刑されて首を晒されているような趣を感じる……。
「これ多分、買う花を間違えたやつだな……」
あるいは買う花瓶を間違えたのか……。
まぁ、しばらくはこの花瓶に合う花を見繕って、ちょくちょく挿してやるか……俺が飽きるまでは。
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