結婚祭のお昼前
人が増える。どんどん増える。
俺の作ってる串揚げが美味くてその口コミで増えてるってだけじゃない。単純にレゴールの街中を出歩く人の数がすげー多いんだ。
「ミセリナ先輩。なんか面白い飾り持った人多いスけど、なんなんスかねあれ」
「あ……あれ? バロアの若木と、羽根のやつ……?」
「そうっスそれっス。なんかみんな同じの持ってるなーって」
「あれは……お貴族様の紋章を象った、お守りじゃないでしょうか。バロアの若木に白い羽根が布で結ばれているので……今回結婚することになった両家を抽象化したものを組み合わせ、売っているんでしょう……はい」
「バロアの枝はレゴールのアレっスよね。でもあの羽根は……?」
「ええと、それはですね……レゴール伯爵の紋章が三段積みの石レンガにバロアの若木。そしてクリストル侯爵家の紋章が水晶玉にとまるムーンカイトオウル……だからだと思います。本物の羽根ではなく、ただ何かの鳥の羽根を染めた物だとは思いますけど……」
「あー! そういうことなんスねぇ」
いつもと違う祭りなだけあって、行き交う人々が買う物もちょっと違うようだ。
レゴール伯爵家とクリストル侯爵家が結ばれたとあって、それに纏わる縁起物を記念に買っていく人が多いらしい。
布が結ばれているから、宗教的な意味もあるんだろうな。何度か似たような飾りは見たことあったけど、なるほどね。あれってそういう物だったのか。この歳にして初めて知ったぜ……。
「サリー先輩は結婚した時ああいうもの作られたりしたんスか?」
「ん? 僕の結婚の時はああいうのはなかったなぁ。偉いお貴族様同士の結婚の時だけの物だと思うよ。僕の結婚は全然そういうのじゃなかったからね」
「はえー……ってサリー先輩、お肉触るの嫌がってたわりにめっちゃ串打ち手際良いっスね……」
「なんか得意だねぇ。気持ち悪いけど」
「串打ちは上手くなるまで三年近くかかるって聞いたけどなぁ俺は……」
「こんな作業が上手くなるのに三年もかかってるようじゃ料理なんて向いてないんじゃないスか……?」
……。
わからん……確かにライナの言う通りかもしれないが……。
串打ちには俺の知らない奥深さがあるかもしれねぇから……迂闊な発言は慎むぜ……!
昼になる前、馴染みの顔が何度かやってきた。
「あっ。ライナ、“アルテミス”の人たちが来ましたよ!」
「え? あっ、シーナ先輩! ナスターシャ先輩! 来てくれたんスね!」
「真面目にやってるかしら? というより、売れてるの?」
ふらりと現れたのは、いつもより気合の入った服を着込んだシーナとナスターシャだった。
装備品ではない、まるで夜会にでも出るような晴れ着だ。
「串揚げは飛ぶように売れてるぜ。串とか食材が無くなっちまいそうだよ」
「ほう……ライナが串に刺しているのだな」
「せっかくだし一本ずつ買っていくわ。ボア肉でお願い」
「まいどありー。塩とソースあるけどどっちにする?」
「塩で」
「ならば私も塩で」
「はいよー」
串揚げの良いところは、串焼きよりも早く提供できるとこだよな。
焼きよりもやり直しがきくのも本当にありがたい。適当にストックを油でジューッとやりゃ終わりだもんよ。
「ほいおまちどさん」
「……うん、美味しい。良い食感だわ」
「うむ、そうだな。……おや、サリーも手伝っているのか。珍しいな」
「やあナスターシャ。バレンシアとはぐれてしまってね。僕も探しているんだが」
「……経緯はわからないが、真面目にやっているようで何より」
それから二人はしばらく裏方の連中と会話を楽しむと、再び祭りの喧騒の中へと去っていった。
次にやってきたのは、ウルリカだった。
こいつもこいつで今日はめかしこんでるな。……既に色々食べ歩きしているのか、手元には竹串が何本か握られている。
「やっほー、モングレルさん。ライナも手伝ってるねー」
「っス。手が疲れてきたっス……」
「ようウルリカ。その竹串そっちの串入れに入れといてくれよ。後で再利用するからな」
「え、ここに捨てちゃえるんだ。やったー、邪魔だったんだよね。あ、私ボアの串揚げ四本頂戴ね!」
「おいおい四本って結構な……」
一人で食うにしては多いと思ったが、ちらりと顔を上げて気がついた。
ウルリカから離れた通りの向こう側で、不自然に立ち止まっている人の姿がある。
長い黒髪に身体のシルエットを隠す清楚な装い……。
王都でも偶然見かけた、女装したレオの姿だった。
……レオお前……まだやってたんだな……。
「……またこっち通るようなことがあれば串戻しといてくれると助かるぜ」
「はいはーい」
目は合わせない。気付いたような素振りも見せない。
趣味は趣味だ……そういう趣味もある。大丈夫、わかるぞレオ……いや俺がそういう趣味を持っているわけではないが……好きは人それぞれだ。
祭りの日くらい、好きに楽しむのも良いだろうさ……俺はお前をそっとしておくぜ……。
「はいよ、四本。熱いうちに食えよー」
「やったー。モングレルさんの揚げ物、熱くて美味しくて……夢中になっちゃうんだよねぇ」
「ウルリカ先輩、串打ち手伝ったりしないっスか?」
「あははごめーん、それじゃ!」
「あっ! 逃げたっス!」
どうやら屋台の手伝いとかはしたくないらしい。串を受け取るとさっさと立ち去ってしまった。
同時に、ウルリカを追うようにレオもまた……。
……俺以外のやつにはバレてなかったみたいだ。良かったな……。
それからまた少しして、俺とライナの役割を交代した。
串打ちに飽きたライナに同じ作業をさせ続けるのもちょっとかわいそうだったしな。休憩がてら、今度は揚げ作業をやってもらおう。
火の扱いにも慣れてきたし、火力は安定しているので大丈夫だろうと見込んでのことである。数十分なら平気だろう。
「はえー、こうやって揚げてたんスねぇ……」
「踏み台倒さないように気をつけろよ」
「っス。これなら私にもできそうっスね」
揚げ作業っつってもまぁ複雑なもんではない。
材料を液につけて、パン粉につけて、油にドボンさせるだけの作業だ。子供でも充分できるし、なんなら適当に串焼き作るよりも楽だろう。
「じゃあこれは知ってるかライナ。この一度揚げてある奴をもう一度液につけて……パン粉つけて……揚げる!」
「えっ良いんスか、これ……」
「するとほら、衣が分厚くなった高級串揚げの誕生だ……! こいつはすげぇザクザクするぞー」
「おおおっ……! なんでそれお客さんに出さないんスか?」
「液の消費が早いと高く付くからな……」
このバッター液、卵使ってるから安くねえんだよ。
値上げしてメニューにするのもちょっと面倒くさいしな。会計は楽な方がいい。
「どんどん揚げるっス!」
「頑張れよー。つまみ食いするなよー」
「しないっスよ!」
ライナが揚げをやっている間、俺はサリーと一緒に串打ち作業だ。
持ち前の身体強化を使ってガンガン量産してやるぜ。
「あれっ? サリー団長じゃん」
ちょうど昼くらいになって、賑わいも頂点に達した頃。
サリーの保護者役を放棄したという件のバレンシアが屋台に現れた。
目元が隠れたボサボサの黒髪に、性格とは真逆のかっちりとした真面目そうな雰囲気の装い。そして隣にはギルドでも見たこと無い知らん若い男が居た。
「おや、バレンシアじゃないか。遅かったね」
「いや遅いってゆーか……」
「ちょっとバレンシアさん!? 母さんをほったらかして行っちゃうのは困るんですけど!?」
「あーごめんごめん。ごめんってばーモモ」
まぁ俺としてはサリーが手伝ってくれてるおかげで楽できたから良いんだけどな。想像以上に仕事が捗ってちょっとびっくりしてるわ。
「じゃあ僕はこのへんで作業はやめて、失礼しようかな」
「え、いやいやお前あのバレンシアたち二人にくっついていくつもりかよ。それだけはやめろ」
「え?」
「えじゃないんだけどな……? あーバレンシア、串揚げ二本までなら奢ってやるよ。サリーの働きの分、二人にサービスだ」
「マジ!? モングレルさん超イケメンじゃん。最高大好き」
「お……おいバレンシア……俺は?」
「えー? もちろん超超大好きっ。後でビールおごって?」
「お、おう!」
悪女というか尻軽というか……しかしバレンシア、いつも一緒にいるクロバルと付き合ってるのかと思ってたけど、全然そんなことなかったんだな。噂通りの男癖の悪さを見せつけられちまったぜ。
「ィらっしゃっスー。串揚げおまちっス!」
「わーいライナちゃんありがとー。あ、そーだ。そろそろ中央広場でお披露目あるから、見に行くならそろそろ行ったほうが良いよ?」
「まじっスか。伯爵様も見れるんスかね」
「どうだろ? 人多すぎて無理じゃね?」
ほう、レゴール伯爵が見れるのか。……そいつはちょっと気になるな。
一度でいいから生でレゴール伯爵の姿を拝みたかったんだ。こういう機会でもないと難しそうだが……。
「……も、モングレルさん。興味がお有りでしたら、ライナさんと一緒にしばらく行かれてはどうでしょうか?」
「ミセリナ。……いやまぁ興味はすげぇあるけど、良いのか? ていうか屋台は大丈夫か?」
「は、はい。やり方も覚えましたから、平気です。お二人共、午前中は大変な作業ばかりでしたから……」
そう言われて、ちょっと悩む。まぁ既に充分来客に対応できるストックは作ってあるし、作業にも慣れてきた頃だから平気ではあるか……。
「……モングレル先輩。ちょっとの間だけ見て回らないスか。私もちょっと気になってるんで……」
「ライナもか……よし、わかった。じゃあすまんが三人とも、しばらく屋台を頼めるか?」
「任せて下さい! むしろモングレルたちが居ない間の方が儲けるくらいに売りさばいてみせますよ!」
「僕ちょっと揚げ物やってみたいな」
「お任せ下さい。……帰ってきたら私達の休憩もお願いしますね?」
そう言ってミセリナは薄く微笑んでみせたのだった。
ありがてえ……お言葉に甘えて、少しの間だけ祭りの参加者にならせてもらいますかね。
「やった! モングレル先輩、見にいきましょ!」
「おうおう、そうすっかぁ」
「行ってらっしゃい! スリには気をつけてくださいね!」
こうして俺とライナは暫し休憩に入ることになったのだった。
……それにしても、あの三人が屋台に残るとなると……もう本格的に串揚げの屋台が“若木の杖”主体になっちまってねえか?
いやまあしょうがないんだけどさ……。
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