一日限りの商売人
日が昇り明るさも強まった頃になって、結婚祭がぬるっと始まった。
別に誰かがデカいスピーカーで開始を宣言してくれるわけでもない。今日明るくなったら始まり。そういうもんである。
辺りの屋台がそれぞれてんでバラバラに営業を開始し、通行人達も“お、やってんじゃん”みたいな感じでそれぞれやってる店の前で立ち止まり、買っていくわけだ。
「串揚げ一本200ジェリーですよ! 他では食べられないレゴール名物、ボアの串揚げ! この機会に食べなかったら損をしますよ!」
売り子のモモが普段からよく通る声を更に大きくして呼び込んでいる。
こいついつも眠そうな目をしてるし髪型もおっとり系なんだが、性格も喋り方も全然見た目と違うんだよな。しかしハキハキと喋ってくれるのはとてもありがたい。おかげでチラチラとこっちを見てくれる客も多いぜ。
「さあドンドン揚げていくぞー」
「こっちもドンドン刺していくっスよー」
ライナが串を打ち、俺が揚げる。
肉の串揚げは一口サイズの肉が二つついて200ジェリー。正直言ってこの手の屋台にしてはやや高めな値段設定だと思う。
だがここはおそらく唯一の揚げ物屋だ。他の屋台にはない独自性があるし、何より揚げ物は美味い。口コミで噂でも広まれば一気に売れていくはずだ。そのためにも今からガンガン揚げてストックを作っていかないといけない。
既に揚がった串は木製バットの上に二十本近くある。
以前作った洗濯板より目を大きくしたようなギザギザが底についているバットで、ここに揚がった串を乗せておくと溝に油が落ちていくわけだ。金網の方が良かったっちゃ良かったが、いちいち作るのも金がかかるしな。あるもの使って適当に作ったやつだ。
「串揚げ? なんだそりゃ。高いな……」
「気になるけど、ちょっとねぇ」
あ? なんだテメェら冷やかしか? 冷やかしなら帰れ!
「こちらの串焼きは一本100ジェリーよ! バロアの森で獲れた新鮮なボアの肉を使ったレゴールの名物! さあさあ、焼き立てがあるから早いうちが良いわよー!」
「お、良い匂い。ボアの肉か……久々に食べたいな」
「串焼き買うかー。後で広場行きましょうよ、色々やるみたいだし」
あっこらダフネ! 俺の屋台見てた客を取りやがって!
「ふふん」
「くそ、勝ち誇ったような顔しやがって……」
「素人さんの隣で開く店はやりやすいわねー!」
だが実際客が寄りつきにくいのは仕方ない。
なぜならこの串揚げ、焼いた肉に比べるとどうしても匂いが少ないのだ。
油の臭いはそりゃするが、ジュウジュウと焼けた肉から立つ香りと比べるとどうしてもインパクトに欠ける。
何より値段が倍違う。これは普通に痛い。祭りが始まったばかりでテンションも上がり切っていない客を呼び込むには、まだ俺達の店は早かったようである。
「……なんかうちの屋台、お客さん買ってくれないっスね」
「ど、どうしたんでしょう……美味しいんですけどね」
「食ったことのないものだからな……いや、だがまぁ始まったばかりだ。待ってりゃそのうち来るって」
自分に言い聞かせるように言ったが、それが何か不穏なフラグに……なるようなこともなく、それから数分後に普通に客がやってきた。
「ふーん串揚げねぇ。素揚げとは違うのかい?」
立ち止まったのはレゴール市民らしい軽装な男性だった。肉体労働者だろう。結構がっしりした体付きをしている。
一本だけ食べただけのモモじゃ解説できないだろう。揚げ作業をやりながら答えてやる。
「ああ、これは肉の周りにパンの粉と液をまぶしてあってな。そうして揚げてやると、肉の表面にザクザクした美味い衣ができるんだ。油もクレイジーボアから採れたラードを使ってるから美味しいよ。まずは一本食ってみな! 後悔はさせねえぜ!」
「はい、美味しいですよ!」
「っス!」
「……そこまで言うなら試しに一本買ってみるか」
「まいどあり! 塩とソースがあるけど、どっちの味にする? 俺のおすすめは塩かな」
「じゃあ塩で」
せっかくなので揚げたてのやつを一本選び、向こう側へ差し出す。
これでまずは200ジェリー……赤字脱却の第一歩だぜ。
ちなみにソースはこの世界の微妙な感じの味のソースである。俺はそんなに好きじゃないけど、ハルペリアの人にとっちゃ身近だから一応ね。
「ふむ、どれどれ……おおっ?」
ざくっと一口食べてみて、早速いい反応があった。
驚いたような顔のままザクザクと串揚げを噛み、そのままぺろりと二個目も食べてしまった。
「……こいつは美味いなぁ。ソースのも一本、いや塩とソース二本ずつもらえるか?」
「はい! 800ジェリーになりますよ!」
「ぐ、高い……が仕方ない。売ってくれ」
よしよしよしよし、滑り出し絶好調だ。一人目の客で既にクリティカルである。
いや串揚げが外れるなんてことはねーからな。わかってたよ俺は。
「串揚げ? 高いけど美味いのか?」
「ちょっと気になるね。せっかくだしひとつ買ってこうかな」
それからちょくちょくと客がやってきては、串揚げを食べて驚きながらも良い評価をくれた。
その場で完食してくれるもんだから使った後の串も回収できてありがたい。あらかじめ大量に作ってはおいたが、串の数だけが心配だわホント。
「なんかいけそうっスね!」
「いけるいける。忙しくなるぞぉライナ」
やがて人通りも多くなると、パラパラと来ていた客が更に増えてくる。
口コミでもあったのか、最初から一気に数本買っていくお客さんなんかもいた。
「こいつは美味いな。肉の周りのザクザクしたやつが良い」
「この野菜、いつもはちょっと苦いのにこれだと全然感じないぞ。良いなこれ」
「初めて食ったなこれ。うめぇうめぇ」
串揚げが売れる売れる。肉以外にも野菜の串も物珍しいからか飛ぶように売れていく。
最初は健気に客を呼び込んでいたモモも、今では会計に集中するだけになっていた。そのくらい常にずっと客がいるのだ。
もちろん俺達の屋台だけでなく他の屋台でも似たようなことになっていたが、既に俺達の屋台は隣のダフネの屋台よりも繁盛していた。
「モングレルさんの屋台の勢いヤバいぞダフネ……!」
「くっ……! 何よ串揚げって……! 私が露店で負けるなんて……許せない……!」
「大変だなぁダフネ」
「許さないわ! ローサー!」
「えぇええ俺ぇ!?」
「違うわよ! ちょっとお金持ってあの串揚げ三本買ってらっしゃい!」
「えっ買うの!?」
「あの屋台の人気の秘密を研究するのよ! 真似できるものじゃないにしても、気になるでしょ!」
「おう! じゃあ買ってくるよ! 塩でいい?」
「良いわよ!」
なんかおもしれーワチャワチャをやってるなと思ったら、小銭を持ったローサーがやってきて串揚げを三本買っていった。
お買い上げあざまーす。まぁ今から串揚げの真似は無理だから諦めろ。肉の素揚げとはわけが違うしな。
「……うまっ! なんだこれ、美味いな!」
「ダフネ、お金貸してくれるか? 俺もうちょっと食べたいんだけど……」
「……! こ、これはっ……!」
おやおや、どうやら気づいたらしいな“ローリエの冠”諸君……。
若い君たちにとって初めての串揚げ肉はさぞ美味かろう……。
「……早いうちに始めると燃料が勿体ないと思ってたけど、気が変わったわ。今からローリエのお茶を作るわよ! 隣でこの脂っこい串が売ってるなら、お茶を買い求めるお客は多いはずよ!」
「おいおい俺らの屋台に便乗する気かよダフネ!」
「お茶はそっちの屋台側で提供すれば完璧ね!」
「しょ、商売上手っスねダフネちゃん……」
普段それ単体で飲むと苦かったり爽やか過ぎてくどいローリエ茶だが、確かに油物と一緒に飲めば相性はいいかもしれない。
実際、隣でダフネたちがローリエ茶の販売を始めると、それもなかなかいい調子で売れているようだった。こういう時に水商売は強いな……水があればいくらでも儲けられるんだから。
「おうモングレル、やってるか! お、前に試作してたやつだよなそれ」
「よ、バルガー。……ってもう飲んでんのかよ」
「はははは! 今日は祭りだぜ? 飲むに決まってんだろ!」
ひたすら揚げまくり、売りまくる。そんな好調な営業を続けていると、程よく酔っ払ったバルガーがやってきた。
他にも“収穫の剣”のメンバーの双子兄弟も一緒だった。
「なんだ、バルガーは食ったことのあるやつか。俺らは知らないぞ」
「見たこと無いな。美味いのか?」
「おう、試作品を食った時は美味かったぞ。モングレルが作ったとは信じられないくらいにな!」
「うっせ。買うなら金よこせ金! 一本200ジェリーな!」
「友人価格にまけてくんない?」
「私達の屋台は値引きをやっていませんよ!」
「うわっ、モモちゃんは厳しいなぁー」
結局三人はそれぞれ一人二本ずつ串揚げを買い、その場で食い始めた。
「おお、やっぱうめぇなぁ」
「ん! 良いじゃないかこれ」
「酒飲みたいな酒。さっきの所で買ってくるか」
「おい串はこっちに入れていけよー、洗って使い回すからなー」
「はいよ。酒だ酒、酒買おう」
ギルドマンにも評判は良い。肉体労働者には特に刺さる味してるもんな。
そこにエールやビールが加わればもう最強よ。俺ですら今ちょっとビールと一緒に食いたくなってきてるもんな。
「ようモングレル。……ああ。これが例の、小火を起こした料理か」
「おーいらっしゃい! 人聞きが悪いぜそれは……本当だけどさ。今日は小火起こさないって」
「はは、そうしてもらえると助かるな」
馴染みの衛兵さんたちもやってきて、串揚げを買ってくれた。今は任務中で、街中を警備している最中らしい。お仕事ご苦労さまである。串揚げ食ってエネルギーをチャージしてくんな。
「おー、良いな。うめぇ」
「美味いぞこれ。モングレルこういう店の方が合ってるんじゃねえのか」
「俺は料理もできるブロンズ3のギルドマン、モングレルだ」
「あくまで本業はそっちか。儲かりそうなもんだが」
「こんなの誰でも真似できるから無理だって、俺に商売は向いてないよ」
自分でもこう言ってる通り、串揚げくらいなら真似をするのは簡単だ。
それに俺はこの調理法を隠そうってつもりもない。この調理方法が広まってくれればそのうちレゴールで定着するだろうし、俺はそういう店を利用する方のが好きだしな。
「……モングレル先輩、さっきの衛兵さんが言ってた話、私もアリだと思うんスけど。料理上手なんスから」
「そ、そうですね。お店を構えられる料理だと、私も思いますが」
「嫌だよそんなの面倒くさい。俺は客商売はしたくないんだ」
今こうしてやってるのは一日だけだから良いのであって、毎日となると俺は絶対飽きる確信がある。
それどころか夕方くらいになったら揚げ物にうんざりしてる可能性大だ。そういうもんだよ。
「やあモモ。仕事は順調かい?」
「母さん! ……え、一人で歩いてるの? 危ないから誰かと一緒にいないと駄目でしょ!」
「さっきまでバレンシアも居たんだけどねぇ。彼女、男の人捕まえてどこかに行っちゃったんだ」
「もーバレンシアさん……また男の人と遊んで!」
やがて暇そうにぶらぶらしてたらしいサリーがやってきた。
それまでバレンシアと一緒だったらしいが……バレンシアは男癖悪いって本当だったんだな。
まあサリーの保護者役なんて罰ゲームみたいなもんだし、こればかりはしょうがないだろう。
「僕にも一本売ってもらえるかな」
「良いぜ。……いや、サリーだったらこの屋台ちょっと手伝ってくれるならタダでも良いぞ。あ、客引きは間に合ってるからやらなくていいからな!」
「予防線がくっきり見えるねぇ。ひとまず食べさせてもらうよ。もうお腹が空いてるんだ。塩でお願いね」
「はいよー」
サリーに客引きは期待していないというかやってほしくないが、今の忙しい時間を乗り切るためには人員の補充が必要だと思っていたところだ。
そこに魔法の使えるサリーが居てくれれば色々と応用が利く。モモ以外にも水の補充ができるってのが何よりデカい。
「……ん、美味しい。これ美味しいねぇモモ」
「ふふん、そうでしょ? 今すっごい売れてるの」
「へー……うちのクランでこれ作ってもらおうか。ヴァンダールに」
「こらこら、話するなら屋台の裏でやってくれ。後ろに客来てるだろ」
「おっと、すまないね」
結局なし崩し的にサリーも屋台を手伝うことになった。
……なんか割合的に俺の屋台じゃなくて“若木の杖”の店になりかけてるけど、まぁいいか。
この後もどんどん売ってくぞ!
「モングレル、僕これ同じ奴もう一本食べたいんだけど」
「働いてからな!」
「串打ち忙しいからサリーさんにお願いしたいっス!」
「ええ、生肉触りたくないから嫌だなぁ」
……雇う奴間違えたか?
バッソマンの第一巻好評発売中です。電書もあります。
ゲーマーズさんとメロンブックスさんでは特典SSがつきます。こちらは数に限りがあるかもしれないようなので、欲しい方はお早めにどおぞ。
Twitterの方ではイラストのマツセダイチ様よりバッソマンの販促漫画も掲載されていますので、そちらも是非御覧ください。




