シンプルかつ最強な屋台飯
ダフネに関してはもう大丈夫だろう。
しかしローサーが加わったとはいえ、まだまだ森を歩けるレベルではない。だが本人もその辺りは弁えているし、まだアイアンランクの仕事でやっていくつもりのようだから心配はいらないだろう。
結果的に俺が口出ししたことなんてほんのわずかなことばかりだったなぁ。少し助言したり釘刺したりするだけで、ダフネは勝手に堅実なギルドマンとしての道を歩き始めたように思う。手が掛からなすぎて逆に怖いくらいだ。
これで一区切りがついたと見て問題あるめぇ。
俺はダフネは思いの外大丈夫だったということを、メルクリオに報告した。
「なるほどね。ダフネはギルドマンとしてもやっていけそうかい」
「思ってたよりかなりしっかりした子だったな。商人を捨てるってわけでもないし、なんだろうな。ギルドマンもできる商人を目指してるみたいだったぞ」
「ギルドマンもできる商人ねぇ」
「そういうのが居ないわけじゃないからな。“レゴール警備部隊”にはそんな人らも結構所属してるし、ダフネもそれに近いポジションを目指しているんだろう」
二足のわらじでも上手くやっていけそうな気配はする。
何より安全第一でしっかり下調べしているところが良い。あのダフネのやり方で駄目ならどんな奴でも駄目だろう。あとは運だ。
「秋の狩猟シーズンまでに討伐できる体制作りが整えば、ダフネのパーティーに所属する他のメンバーも冬を越せるだろう」
「パーティーってあれだよな、ギルドマンの徒党だろ? もうそんなの作っちまったのかい、ダフネの奴は」
「まだ一人加えただけの仮パーティーだけどな。“ローリエの冠”ってパーティー名にするそうだぞ」
「ははぁ……本当にギルドマンをやってくんだねぇ……あの値切りのダフネがねぇ……」
「値切りのダフネなんて呼ばれてるのか……」
「それはもう、ダフネの商談の白熱っぷりといったらないぜ旦那。見てると商人としての魂が疼くというかね」
値切りか……現代日本人出身にとっては未だに抵抗のある概念なんだよな……。
なんでも定価で買っちゃうよ……。
「ありがとう、モングレルの旦那。ダフネが大丈夫そうなら何よりだ」
「お安い御用だったよ。ま、これからも一人の後輩として面倒は見るから、心配するな」
「そいつは安心だ」
メルクリオにとってダフネの兄はよほど親しい存在だったのだろう。
ダフネに対する思いやりも、まるで兄弟に対するそれのようだった。
「……さて、今日旦那が持ってきたそいつは? なんかトゲトゲしてるが」
「ああ、一応あれだ。木登り用の……靴に付ける装備品だな。靴にこう巻いて、トゲが側面に来る。こいつを両足に着けておけば、木に登りやすいよってやつだ」
「ほー……ああ、しかしそれつけたままだと座る時不便そうだなぁ」
「それなんだよなぁ……まぁそこらへんも注意書き付けて、売ってやってくれないか」
「んー、木登りの補助具として……もの好きが試したりはするかもしれないな。ま、旦那の材料費と手間賃は回収できるように捌いてみるさ」
あとはいつもの販売代行のやり取り。
売って欲しい商品を渡して、売上の一部を受け取ってだ。最近のレゴールは目新しい商品がどんどん出てくるからこっちも油断ならねえわ。
逆に大勢の発明家の中に埋没できるから、ちょっとしたアイデア商品なんかはケイオス卿名義ではなく俺の名義で出しても問題無さそうなのは気楽で良い。
いつかは普通にちょっとした発明家になっちまうのもアリだな。
ギルドマンを続けながら発明品でストレスなく稼いで……表立って使える潤沢な資金で色々やってみたいもんだ。趣味だけじゃなくな。
「売上もあるぜ、旦那。例のスケベ商品も売れてるぞ。いやぁ良い商品だね」
「おう、売れたか……まぁ売上は喜んで受け取っておくぜ……こいつには秋の屋台の資金源になってもらうからな……」
職業に貴賎はない。商品だって需要と供給にマッチした立派なものだ……だからこの金は清浄な金なんだ……。
「結局、屋台はどうするつもりなんだい? 前に食わせてもらった、あれ。肉を薄皮で包んだやつ。あいつを出すつもりなのかい」
「いやぁ、その辺りでまだ悩んでいてなぁ……」
前回、俺は試作として蒸し餃子を作った。
後々それを色々な人に配って味の感想を聞くついでに好感度調整をしてみたのだが……評判はまぁまぁといったところ止まりだった。
「悪くはないんだがやっぱり手頃な値段で食えないってのがな。蒸すのも案外スペース使うし、皮を大量に用意するのも結構しんどいし……手に持ちにくいってのもちと良くなかった」
「ふうん? 目新しくて俺からすりゃ良いと思うんだがねぇ」
「俺はもっと安く大量に、ササッと素早くかつ無尽蔵に提供できるものが良いんだ……」
「一度も屋台出したことないくせに欲深いなぁ旦那」
そりゃもう欲深いぜ俺は……。お祭り騒ぎなら全力で便乗してやるともよ……。
「一応、今新しく考えてるもので良さそうな奴があってな。今度それをメルクリオにも味わわせてやるよ。楽しみにしててくれ」
「お、良いねぇ。モングレルの旦那が作る飯は美味いからなぁ。期待してるぜ、旦那」
しかしそのためにはまだまだ、試作と実験を繰り返さなければならない。
「あれー? モングレルさんだー。どうしたの、こんなところで」
「あ、本当だ。モングレルさん、何してるのかな」
「おー、ウルリカとレオか」
ある日、俺はシルサリス橋の近くでちょっとした作業キャンプを行っていた。
宿の自室ではできないような、粉が飛び散ったり匂いがキツかったり、何よりデカい火を使ったりといった作業をする時には外が一番だ。
シルサリス川は街に近いし人気も無いしで、この手の作業には向いている。
近くを通るのも馬車やギルドマンくらいのものだ。
ウルリカとレオの二人は、どうやら狩りの帰りだったらしい。レオは仕留めたスムースゲッコーを運んでいる最中のようだ。
「ゲッコー仕留めたのか。良い皮色じゃないか、高く売れそうだな」
「でしょでしょー? 真っ赤で目立ってたから見つけやすかったんだー」
「僕たちはこれからスムースゲッコーを持って帰るところだけど……モングレルさんは何を?」
「ああ、ちょっと色々と作業をな。炭を粉にして成形炭モドキを作ったり、ラードを作ったり……ま、料理の実験だよ」
「あ、美味しそうな匂い! 前食べたフライってやつだ!」
「へえ、料理の実験かぁ……面白そうだね、ウルリカ。ちょっと見てみようか」
「味見が必要だったら任せてよねー!」
というわけで見学者が二人増えた。まぁいいけどな。どうせ軽く作って食ってみるつもりではあったし……誰かに食ってもらった方が実験としてはありがたい。
ウルリカとレオはスムースゲッコーの解体を処理場に任せる予定だったらしいが、ここで俺がなんかやってるからってことで、なんとなく川沿いで解体作業をやることにしたらしい。
まぁ俺としても肉はあまり持ってきてなかったから、スムースゲッコーの肉が使えるなら都合がいいや。一緒に調理してやるとしよう。
「モングレルさん、そっちの火にかけてるのは獣脂でしょ?」
「ああ。さっきボアから剥がした脂身を溶かしてるとこだ。こいつがしっかり油として使えるようになったら、唐揚げを作る感じだな」
「その練っている炭はどういう意味があるんだい? なんだか僕には面倒なことをしているように見えるんだけど……」
「まあ面倒だな……こいつは火力を安定させるために作ってるんだが、実際どんなもんになるのかは俺にもわかんねぇ……」
蒸し餃子とは異なる屋台料理案。
俺が次に思いついたものは、唐揚げ串であった。
揚げ物は良いぞ。仕上がるのは早いし、何より美味い。人が大勢通る屋台ならひたすら揚げまくっても冷める前に売り捌けるだろう。アツアツで持ちにくいというのも串に刺してしまえば解決だ。揚げる時も楽だし持ち歩きにも便利。コンビニの常連になるだけのことはある。
だがこの揚げ物の問題として、油の管理と火加減の管理が最大の難所だった。
蒸し料理は雑に水を蒸発させていれば良いから楽なんだが、揚げ物の温度管理はシビアだ。具体的にはヘマすると普通に炎上する。屋台でそれをやらかすとどうなるか……あまり想像したくないぜ。
だからなるべく一定の温度で調理したい。そのためには大小様々な炭を使うより、サイズや品質が一定の成形炭を使った方が良いんじゃねーかってことで作ってるわけだ。
屋台を開いている間だけ一定の火力を保ってくれればいいので、いくつか作っていい塩梅のものを開発しておきたいところである。
「ほらウルリカ、あんまりよそ見してないで、こっちの解体もやるよ。ゲッコーの皮は失敗できないんだから、真面目にやろうよ。そっち座って、前足の方をお願い」
「はーい……んっ、前足ね。綺麗に剥いでいかないと……」
男三人、川沿いに並んで黙々と野良仕事。しかしやってる作業内容がなかなかカオスである。さっきから通りかかるギルドマンがチラチラ見てくるのがなんか面白い。
「……よし、炭はまぁ今日は使えないが……油は良い感じになったから早速使ってみるか」
「やった! あー楽しみっ」
「もう、ウルリカ……あ、モングレルさんこの肉使えるかな? せっかくだしどうだろう」
「お、ありがたい。じゃあこいつを……まあこんくらいに切って、串に刺して……」
あとは液やら粉をつけて油にドボン。
ラードで揚げた唐揚げは旨味たっぷりだから勝ち確なのがありがたい。これがゲッコーではない食用に向かない肉でもわりと食える感じにしてくれるだろうし、揚げ物は本当に優秀だ。油で揚げればだいたいなんとかなるんだよなぁ……。
「お、お腹空いてきた……いい匂い……良い音……」
「そろそろ取り出しても平気だな」
「……こんなに油を使って、手間をかけて……贅沢な料理だよね」
「ま、そうだな。油がどうしてもなぁ……ほれ二人とも、温かいうちに食ってくれ」
「やったー!」
「ありがとう、モングレルさん」
串揚げを二人に渡すと、そこはさすが若々しい成人男性の二人である。
見た目は中性的でも趣味嗜好は健康な男そのもの。仕事上がりのこってりした串揚げはクリティカルヒットしたらしい。実に美味そうに食ってくれている。
んーまぁ味は良いよな、もちろん。提供時間も短いしスペースも……問題は本当に油と火だけだ。このあたりは燃料と機材で調整する他ないだろうな……。
油の交換ペースも考える必要があるだろうか。問題ないか? 一日中そのままの油で串揚げを提供し続ける……まぁ別に平気かな……どうだろう……このあたりも色々実験しないとわかんねえ。そんな長い時間揚げ物作り続けたことねえし……。
「今日はそこにあるゲッコーの肉全部使い切るまでやってみっか」
「えー、さすがにそんなには食べられないかも……」
「ふふ……けどこれ、通りかかった人が匂いに釣られて食べにくるかもね。匂いが強いからさ」
「あ、確かに。……ってことは私達で食べ切るくらいの気持ちじゃないと取られちゃうかも?」
「若いうちはそのくらいの気概で食っておけ、お前たち。20歳の特権だぞ……」
「なんでモングレルさんは遠い目をしているんだろうね……」
そんな感じで串揚げをノンストップで食いまくっていた俺たちだったのだが、意外なことに肉よりも先に液と粉の方が無くなってしまい、唐揚げが作れなくなってしまった。
うーん、軽い実験をするだけのつもりだったから持ち合わせが少なかったか。盲点だわ。
けど腹いっぱいになったから良しとしよう。
実験としては……肉を油で揚げると美味いということがわかったので成功と言えるだろう。
屋台もいけるな! ヨシ!




