のんびりハイキング
ダフネと一緒にバロアの森の一部を軽く歩いてみることにした。
同行者はライナ。新人のダフネが心配なので一緒に付いてきてくれるそうだ。俺よりもこういうスカウト技能は高いし説明も上手いだろうから助かるぜ。
まぁ、今回は本当に触りだけだ。
魔物を討伐するつもりはないし、軽く表層を見て回るに留めるつもりだ。何か出てくれば対処はするが、積極的に見つけ出して狩ろうとは思っていない。
あくまで森を歩くだけ。シティガールのダフネには森での活動ってやつを経験させないことには、ギルドマンの良し悪しなんて上手く伝わらないだろうからな。
「モングレルは自由討伐か。……おや? ライナはよく見かけるが、そっちの子はあまり見ないな。新しい後輩か」
「彼女はダフネだ。バロアの森が初めてだから、今回は付き添いみたいなもんだな」
「私もっス」
「そうか。森は危ないから、経験者から離れるんじゃないぞ」
「は、はい」
街を出る前に軽く門番に挨拶。こういう連中とは最初だからこそよく顔を繋いでおいた方が良いだろう。
街の出入り口で何かトラブルがあった時に助けてくれるのは門番や兵士だからな。
後は馬車に乗り、バロアの森まで向かう。
道が伸びたおかげで更に奥の方まで直行できるようにはなったが、今回は森の表層で散歩するだけなので手前側で降りる。
森に入るルートが増えてギルドマンも分散するようになったはずだが、まだまだここらへんには人の姿が多い。
レゴールが発展し続ける限りどんどん賑わっていくんだろうな。
「ここがバロアの森の入り口だ。まぁ入り口なんて幾つもあるんだが、ここは一番賑わっているところだな」
「わぁ……え、なんか思ってたのと違う……? 普通に小屋とか広場とかあるんだね」
ダフネが言うように、ここばかりはあまり森感が無い。
石で補強されている物々しさがあるとはいえ、作業小屋もあれば雑草の全く生えていないちょっとした広場もある。
そこらへんでギルドマン達が休憩している姿が見えるし、中には酒盛りしている奴までいるほどだ。いや、あれはさすがにやり過ぎではあるが。
この光景を見て、ちょっとした田舎の村の一角だと言われても信じてしまうかもしれない。
「でもここから奥に進めばどんどん森っぽくなっていくっス。ダフネちゃん、装備は大丈夫……そうっスね」
「ええ、歩くだけならね。まだ戦い方なんてわからないけれど……これから覚えていくから。今日はよろしくね、二人とも」
「おう。まぁそうだな、今回は荷物を背負って歩くとどんなもんかってのを体験すると良いぜ。これに武器系の装備や仕留めた獲物の運搬も加わるってことを考えておくんだぞ」
広場で休憩していた馴染みのギルドマンに軽く挨拶しつつ、森へ入っていく。
森とはいえ前人未到の地なんてことは全くない。人間が往来するルートは決まっているので、自然と邪魔な枝打ちもされるし、藪も漕ぎ潰されている。豪華な獣道みたいなもんだな。途中にある幾つかの作業小屋やポイントまで続いているので、道に迷うこともないだろう。もちろん、道を踏み外して歩けば浅い場所でも十分に遭難はできるが。
「油断してるわけじゃないけど、森を歩くのってなんだか気持ち良いわね」
「っスよね。街よりも空気が綺麗だし気分良いっス。あ、このキノコ食べちゃ駄目なやつっス」
シティガールとはいえ、ローテクな異世界で生きてきた少女だ。ただ生きているだけでも重い荷物を持つことはあるし、足も使う。この時点でバテたりするということはさすがになかった。
ライナと一緒に遠足気分で歩く余裕すらある。まぁここらは特に歩きやすいだろうから適当な靴でも平気だしな。
「バロアの森はレゴールや近隣の村落にとって欠かせない、木材の産地だ。そこらへんに生えてるバロアの樹が街の人々の生活を支えている。……が、自然が色濃く残されている分、魔物や危険な動物も多い。ここらへんは歩いているとのどかに感じるだろうが、ゴブリンなんかはここらでも普通に出てくるぞ」
「え、そうなの」
「出るっス。なんならたまに街の方まで来ることもあるっスから」
「ここらへんなら安全……なんて思わないほうが良いぜ。バロアの森はどこ歩いても危険だと思った方が良い。特に魔物は積極的に人を襲うからな。人間がよく出没するからって避けてくれないんだ」
前世のイノシシやシカだったら、人がよく通る道なんかは避けるだろう。
だがこの世界における魔物はそうじゃない。人を恐れないし逆に殺しにかかってくる。浅くて人の多い場所だからといって迂闊に近づいては駄目だ。
「ほら、見てみろ。ここに足跡があるだろ? クレイジーボアの足跡かな、これは。ここらへんにも魔物が出てくるって証拠だ」
「モングレル先輩、それチャージディアっス」
「今のはライナを試してやったんだ。ライナ、よく勉強してるな。さすがだぞ」
「っスっス」
「……本当だ。足跡……みたいなのがある。よく気づくわね……」
まぁ俺くらいの半端なギルドマンでもなんとなく足跡だなってのはわかるんだ。
こればかりは森に通って経験を積まないとどうしようもないだろう。森初心者にとっては魔物のうんこもわからないはずだ。
「足跡や糞の古い新しいがわかるだけでもヒントになるぜ。まぁ、ここらへんの浅い場所じゃ目ぼしいところは既にどこかしらのパーティーに押さえられたりしてるんだけどな」
「魔物も好きな地形とかは似通うもんスからねぇ。人気なとこは有名っスよ。ギルドマンの間じゃ名前もついたりしてるっス。“砂取り川”とか“大かまど”とか」
「へー……そういうのも早めに覚えておいたほうが良さそうね」
「バロアの森での地図代わりになるからな。そうした方が良い。親切なギルドマンだったら教えてくれるだろうしな……あ、けど同業だからってあまり信用しすぎるなよ。他のギルドマンだって本当に美味いスポットは自分たちで独占しておきたいんだ。親切そうに教えられても真っ赤なウソだってことはよくあるぜ」
“今日はここでこれがたくさんいたぜ”なんてのはまぁ話半分に聞いておいた方が良い。
そういう意味でも美味い情報を悩み無く共有できるパーティーに入っておくことは価値がある。……そのパーティーでも大所帯だったりすると仲間内でも情報が秘匿されたりするんだけどな。
「はー、意外と歩いてばっかりなのね。もっとうじゃうじゃと魔物が出てくるものだと思ったわ」
しばらく歩いたら休憩だ。水筒から水をごくごくと飲みながら、ダフネはお上品に汗をハンカチで拭っている。しかし実際にハンカチはあると便利。
「出る時は出るっスよ。ここらへんの川沿いは普段結構見かけるっス」
「まぁ出る時は出るし出ない時は出ない。そんなもんだよ。で、どうだダフネ。森を歩いてみた感想は」
「んー……街とは違うわね。慣れないことをして気疲れはしてるけど、まだまだ元気はいっぱいよ」
「よし。だったらじゃあ次は木登りでもやってみるか」
「……木登り?」
「木登り」
近くに生えているバロアの木を指差す。
人と同じくらいの太さの幹を持つ、まぁほどほどのサイズの樹木だ。巨木というほどではないが、ある程度の高さはあるし太さも登りやすい。
「バロアの森の浅層ではチャージディアとクレイジーボアが特に厄介だ。が、こいつらはある程度の高さの木に登っちまえばやり過ごせる。後は誰か助けを呼ぶなり樹上から飛び道具を使うなりすればおしまいだ」
初心者用のオススメ技能。木登り。地の利を得て魔物を封殺してしまおう。安置があるなら是非とも積極的に活用したい。実際ベテランギルドマンでもちょくちょく登ることはある。
「こうやって登るんスよ。ほらほら」
「わ、ライナ身軽ー……えーそんなのできるかしら」
「ここまで登っちゃえばあとは上から撃ち下ろすこともできて最強っス」
登る際には手袋と頑丈な靴が必要だ。苦手なうちは木登り用の補助道具があるとより体力を温存できるし、楽になって良い。もちろん専用の道具が無くてもいつでも登れたほうがベストではあるが。
「降りる時はこうやって、スススーっと」
「はー……すごい。私もやってみよっと!」
「怪我すんなよー」
と、ダフネにやらせてみるが微妙にうまくいかない。頑張ってはいるが、まだまだ経験が足りぬ……。
「あーもう! 登れなかった! ブーツが滑りやすいのかしら!?」
「要練習だな。ま、けど登れない奴もそこそこいるから気にすんなよ」
「練習も結構体力使うっスからねぇ。無理せず時々やるくらいで良いっスよ」
「うー……なんだか心配になってきたわ。この調子でやっていけるのかしら……」
「まあ、そうやって自分の足りない所と向き合えるだけ素質はあると思うけどな」
ダフネを励ましながら歩いていると、急にダフネが立ち止まった。
表情もどこか、緊迫したものへと変わっている。
「……後ろ、何か来るわ!」
「えっ、マジっスか」
バスタードソードを抜き、後ろを見る。
……藪の影から、小さなマレットラビットが顔を出してこちらを見ていた。
「あ、なんだ。マレットラビットっスか」
「兎の魔物よね? 棒をハンマーみたいに使って人を襲うっていう……! こっちと戦う気みたいよ、あいつ!」
「あんな小さなマレットラビットによく気づいたな。物音なんてしなかったぜ」
マレットラビットは木の棒を杵のように扱い、木の実や穀物を割って食べる魔物だ。基本的には大人しく、危険度も少ない魔物と言える。
しかし時々、サイズや硬さの良い杵を持ったマレットラビットは気が大きくなって、積極的に人を襲うようになる……こともある。この小さな子供ラビットもそんな個体だろう。
「キュッ!」
自分よりも大きな杵を抱えて鋭い声を出すマレットラビット。
まぁ、所詮はマレットラビットだ。子供くらいじゃ何の脅威にもならん。威嚇する姿は逆に可愛らしくすらある……。
「えいっ」
「キュッ!?」
「あ……」
見てて和んでいたが、ライナがさっと矢を放って仕留めてしまった。
頭部をザックリと撃ち抜かれたマレットラビット。即死である。
「……お、おー……すごい、弓ってこんなに威力あるんだ……」
「ふふん、仕留めたっス。まーこの程度の魔物ならこんなもんスよ」
「あんなに小さな魔物の頭に命中するなんて、ライナって実はすごいギルドマン?」
「いやーそれほどでもないっスけどね!」
戦う予定はなかったんだが、棚ぼた的に獲物を狩る体験までできてしまった。
魔物と遭遇して少し肝も冷やしただろうが、こういう体験ができたのも良かったな。チュートリアル戦闘としては上々だ。
あとはマレットラビットの解体作業も見せてやれば、一通りの体験にはなるだろう。
「……うん、うん……よし……こうやって気配がわかるなら、最低限なんとかなるかも……」
「おい、弱い魔物を仕留めたからって甘い考えを持ってないだろうな?」
「え、いやそういうわけじゃないけど……」
「しつこく言うけどな、今回はともかく次森に入る時はその前に武器をなんとかするんだぞ。自分が向いてそうな武器を選んで、そいつの練習をやっておくんだ」
「武器ね……武器……うーん……それが問題なのよねぇ……」
変な自信を持ったり、かと思えばそのずっと手前の段階で決めかねていたり。
……ひょっとしてダフネ、何か地味に使えるタイプのギフトでも持ってるんじゃないのか?
だとすれば……いや詮索はしないけども。うーむ……。
まぁ、俺がやることは変わらんか。
「短槍と盾の組み合わせは手堅くて良いし、弓なんかは習熟がしんどいが純粋に狩猟に向いている。剣は……もっと力をつけてからだったら候補になるかもな」
「槍か弓ね」
「弓に拘らなくても、飛び道具を何本か持っておくだけでも良いぞ。ダートとか手斧がおすすめだな。今現物は無いから手本は見せてやれないが……そういうのも手に入れたら、よく練習しておくと良い」
「はーい」
そして使う武器が決まったら、パーティー探しも始められるだろう。
自分に合ったパーティーを見つけるも良し、一から立ち上げて作るも良し。
そこまでこなせば、もう立派なギルドマンと呼んでも差し支えないだろうぜ。
「ねえ、マレットラビットの毛皮ってお金になる?」
「微妙だな」
「もっとたくさん狩れればまとまった額にはなるんスけどねぇ」
「むー……やっぱり渋いのね……」
そんなもんです。どこにでもいるような弱い魔物なんでね。




