女神のスカーフ
俺たちが桟橋まで戻ってくると、そこにはいくつかの船が停泊していた。
どうやら貨物の積み込みや人員の入れ替えをやっているらしい。メイドさんや人夫が忙しなく行き交い、宿と船とを往復している。
離れ小島なんてものは食材にしろ衣料品にしろ、他所から持ってこなければならない。だからこそ高級宿なのだろうというのはわかっているが、こうして働く人の多さを目の当たりにしてしまうと、どことなく居心地が悪くなってしまう。
いや、これも向こうは仕事でやってるから気にする必要は無いんだけどな……。
実際俺たちのための物資だけでなく、このカクタス島を周辺海域の監視拠点としているのであればそのための物資でもあるわけだし……。
「あら、皆おかえりなさい。美味しい料理は先にいただいちゃったわよ」
「これから新鮮なクラゲ料理も出来上がるらしいがね。そっちは狩りの下見でもしていたのか」
宿の近くに残っていた三人は、天幕の下でくつろいでいるところだった。
俺の勝手なイメージだとこんないかにもバカンスってロケーションではパラソルに布っぽい寝そべることのできるチェアって偏見があったんだが、この世界で似たようなことをすると木製の椅子に天幕ってことになるらしい。まぁ実際合理的ではある。
「海沿い歩いてただけだよー。そろそろお腹空いてきちゃって」
「モングレル先輩が全然お魚釣ってくれないんスよね」
「いやいや、今日の夕方までには釣ってやるから。よしちょっと待ってろ、今晩は俺の釣った魚で良いもん食わせてやるからな」
「えー、どうせ釣れないんじゃないスか……?」
こ、こいつめ……俺だってな、お前たちの見てないところではちょくちょく釣ってるんだよ! 一応……少しは……。
「僕は少し休憩しようかな。喉が渇いたし」
「暑いし私も休んじゃおーっと。あ、じゃあ久々に皆で鏃並べしない? 負けた人は罰ゲームで!」
「えー、罰ゲームありなんスかぁ」
「だって無いと盛り上がらないじゃん」
「そ、そうですかね……?」
ちなみに鏃並べとは、矢に使う鏃単品をジャラジャラとテーブルに並べて行うゲームである。……らしい。ルールは知らん。“アルテミス”特有のお遊びかと思ったが、他のパーティーがやっているのも見たことあるから多分そこそこ知られているのだとは思うんだが。
……くそー。暑いうちはちょっと釣るの控えておくかとか思ってたが、こうも宿屋から海産物料理を出されてちゃ黙ってらんねえぜ。
さっさとデカい……いやデカさはともかく美味いもん釣り上げてドヤ顔決めてやる。
「モングレルが釣れるかどうかで賭けしましょうか」
「ふ、面白そうだな」
「ぐっ……おいレオ、俺に賭けておけ、一儲けさせてやるからな。半分はコーチ代として俺が貰っておいてやる。釣ってくるぜ!」
「ええ、なんで僕がそんな……」
とりあえずさっき見てきた磯の先も気になったので、そっちで竿を振ってみることにしよう。
多少鳥のウンコで見栄えが悪い場所でも構わん。こうなりゃ釣り人の本気を見せてやりますよ。
それが一時間前の話である。
「釣れねえ……」
島のほぼ裏側までやってきた俺は、前世だったら絶対に立ち入らないような白波の立つ岩礁までやってきて、外海に向けて竿を振っていた。
自然のテトラポットと言うにはちょっとワイルドにすぎる飛び地みたいなところを足場に、遠くまでちっちゃいスプーンのようなルアーを投げている感じだ。ちなみにここから真っ当な島側の陸地まで六メートルくらいは離れている。身体強化有りで跳ばないと立ち入れないポジションだ。
場所としては悪くないはずなんだが、やはり時間が中途半端なのがいけないのか。荒い波もあって魚の感触が伝わらないせいもあるのか。とにかくアタリが来ない。
「浜で投げてたほうがまだワンチャンあったか……?」
疑似餌は何度も変えている。
針のサイズも小さいのにしたり大きいのにしてみたりと工夫はしているんだが、そもそも何も掛からないので参考にしようがない。とりあえず小さい口にも入るように小さめにサイズダウンさせてはいるが……。
これが無人島サバイバルだったら普通に死んでそうな生活を送ってるな……そろそろ餓死しそうだから大物がきてくれないもんだろうか。
「おっ!?」
と、そんなことを考えていたところ、グッと竿先に反応が。
まだ掛かってはない。まだ……。
「ここだっ、よし来た! ははは、来たぜ来たぜー!」
合わせてクッと動かしてやると、ついにきた。ヒットだ。……が、軽い。
竿先はよくビリビリしてるし動くけども、巻き取りがキツいって感じでは全く無い……こいつは小さい青物だろうか。
ファイトというには一方的にズルズルと引き上げるだけのワンサイドゲームを終えると、姿を見せたのは細長い小刀のような魚体。
「おー、アーケルシアン・ブルーダガーか。マジか、てことは今は群れでも来てるのか?」
釣れたのはアーケルシアン・ブルーダガー。イワシみたいな奴である。サイズ感も小ぶりなダガーに近い。
市場じゃ安かったが結構美味い魚だと思うし、個人的には嬉しいんだが……こいつが一匹だけあってもどうにもならん。
それにこいつは群れで動く魚だ。今なら同じ場所に落とせばもっと釣れるかもしれん。あわよくばブルーダガーを狙う大物なんかも釣れるかも……。
「……こいつはデカめの針をつけて泳がせておくか」
決めた。竿は複数あるから、一本はこのままブルーダガーを狙っておいて、もう一本で今釣ったブルーダガーを生き餌に大物を狙ってみよう。餌としてぶっ込んでおくならそっちの竿は放置でも良いしな。
「大物が釣れれば良し、いなけりゃブルーダガー大量入荷で武器屋開店よ!」
そうと決めてからは、俺にしてはなかなか不気味なほど良い釣れ具合だった。
さっきと同じタナを決めてそれっぽく動きを入れてやればすぐにヒットする。早い時はアクションかけるまえにフォール中に食いつくようなブルーダガーまでいた。
餌を使っているわけでもないのにこの入れ食いっぷりよ。ようやくきたな、釣りの神が。……こういう時に限って近くで誰も見てねえんだよな!
「ちくしょーお前らだって鏃よりも自分たちの方を見てほしかったよなぁー……」
おそらくそうは思って無さそうなキープ中のブルーダガーに話しかけるが、こいつらも冷蔵しているわけじゃないのであまり放置しても良くないだろう。
一応皮の簡単な水バケツの中に泳がせてはいるが、ただでさえ狭いバケツが大入りのせいで手狭になってきた。外気温で温くもなっているだろうし、そろそろ一旦戻っておくべきか……。
「ん!?」
と、納竿を視野に入れたその時、放置していた泳がせ釣り中の竿に反応が。
荷物にくくりつけていたロッドが明らかに波のせいではない動物的な動きを見せている……こいつはデカいぞ。餌に引っかかったか!
「うおっ、これは……まぁまぁデカい……か?」
ルアーの竿を引き上げつつ、餌釣りの方を取って巻いてみる。
が、引きはそうでもない……? 餌取られた……?
「! いや違ぇな、やっぱでけぇわ……!」
一瞬ダメだったかと思ったが、向こうがこっち側に寄っていただけだったらしい。少し引いてみると明らかに重い手応えが伝わってくる。
「お、おおお……クジラのヒゲ……頼む、持ってくれ……!」
竿が撓る。めっちゃ撓る。一番柔らかな竿先のクジラの髭はもっと撓る。
さすがに怖い角度になってくるとリールに付けたブレーキを抑える手を緩め、糸を少しずつ吐き出して向こうの消耗を待つ。
……ある程度糸を持っていかれた後、向こうの引きが弱まったのを見計らって、今度は借金を取り戻すように巻く。この繰り返しだ。魚だって生き物だから動けば疲れるし消耗だってする。糸と竿をダメにしないよう適度な綱引きを繰り返し、最終的に疲れ切った魚を手元まで手繰り寄せる……それが大物を相手にした時の釣りだ。
「さー、俺は体力自慢だぜぇ……竿と糸の耐久度がある限り、何十分でも格闘してやろうじゃねえか……!」
スカイフォレストスパイダーの糸も絶対に千切れないわけじゃない。
魚に岩陰や岩礁に潜られでもすれば、擦れて切れることは十分に有り得る。
だから絶対に底には潜らせないよう神経を張り、譲るところでは譲るが、巻くべきところでは容赦なく巻いていく。
向こうの魚もタフなのか、十分程そんな格闘を繰り返したがなかなか疲れる様子を見せない。
こっちがちょっと慎重過ぎたかと思って強めに巻いてみたら、なんか竿とクジラのヒゲの接合部から異音が聞こえたような気がして無理攻めは諦めた。
さすがにロッドが折れるのは勘弁だわ……。
「お、そろそろしんどくなってきたか……?」
ロッドの機嫌を労りながらハラハラとファイトを続けていると、およそ二十分ほどでようやく魚もバテはじめたようで、無気力に引かれる場面が増えてきた。
俺との戦いに休憩を挟み始めてきたわけだ。ここまでくれば後少し……。
「お、おお……でか……いやマジででけぇの来たな」
海面近くまで引き上げてくると、ようやく見えざる敵の全貌が明らかになる。
銀色のデカい身体。長く、幅広く、しかしそれと比べると薄い身体……。
一見するとタチウオやリュウグウノツカイに似たタイプの魚のように見える。こいつは……図鑑で見たやつだ。
ヒドラシア・スカーフ。
ハルペリアに生息する“女神の衣類”に例えられる生き物のうちの一匹。食用にできる魚だ!
「どりゃっしゃー……よしきた!」
そして無事に引き上げ成功。高さがあったがどうにかなったぜ。
サイズは……150cmはあるだろう。クソでかい。デカいけど厚みがそれほどでもないので重さは……といってもさすがにそれなりにあるな。
泳ぐのに適した身体ってわけじゃないだろうに、なかなか良いファイトをする野郎だったぜ。
狭い足場に居たんじゃどうしようもないので、魚を抱えたまま皮バケツと一緒にカクタス島の陸地に飛び移る。
こいつをさっさと締めて、宿前に戻ることにしよう。
結果はヒドラシア・スカーフ一匹にアーケルシアン・ブルーダガーが六匹……十分すぎる釣果だ。
そう……俺はね、別に釣れない呪いを掛けられてる口だけの男ってわけじゃないんですよ。
釣れる時はですね、釣れるんですよ普通に。そういうキャラでやってるわけじゃねーんだ……!
「……あ、クジラのヒゲの接合部……イカれちまったか……」
竿一本が重傷を負う激しい戦いではあったが、くたびれ損ってわけでもない。勝ったのは俺だ。
だからこれは名誉の負傷ってやつだぜ……釣り竿二号、お前は誇って良い……近いうちに直してやるからな……。




