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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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雨上がりのジェリースライム討伐


 盗賊四人組を捕まえた報奨金は、連行を手伝ってくれたブロンズのパーティーに一割ほど渡し、さらにもう一割を門番と衛兵たちと一緒の飲み代として気前よく使った。

 俺はレゴールにいる衛兵にはとことん媚びを売るぜ……いざという時に頼れるのも立ちふさがるのも衛兵だからな……。


 しかしそんなことがあっても、まだ結構な銀貨が手元に残ってしまう。

 さっさと使い切って気分を入れ替えようとも考えたが、もうじき精霊祭もあるしそこで使えばいいかと思い直した。今年の祭りも雑に買い食いすることが決定したな。


 あとはまぁ適当に都市清掃したり、クラゲを捕まえたりだ。

 時々ケイオス卿としての手紙作りもしているが、こっちは半端なアイデアをお出しするわけにもいかない。可能な限り試作と実験、計算を繰り返してから知識を書き留めるようにしている。

 サングレールに漏れても影響が少なく、ハルペリアでなら効果大な発明が一番だ。まだまだネタは尽きないが、条件を絞るとけっこうキツい。

 それでもまぁ衛生面の啓蒙はしてもし足りないレベルで街全体がうんこだから、俺はとことんまでやってやるけどな。今は流石に拡張区画の整備で使う便利な工具の設計図ってところだが……。


「はー……だっりぃ……なーんで廃棄物焼却任務受けた直後に雨なんて降るかなぁー……」

「しょうがないでしょ空の気まぐれだもの。屋根付きの施設でゴミを燃やせるわけないからねぇ」

「いい加減ごみ処理場にも屋根付けてほしいわぁ……翌日の燃えが悪くなるしさぁ……」


 俺がギルドの資料室で縫い物の本(色々な縫い目の作り方が描いてあるやつ)を読んでいると、二人のギルドマンが新たに入ってきた。

 二人共見覚えがある。“若木の杖”所属の魔法使いだ。


「あれ、モングレルさんじゃん。ちぃーっす」


 一人はボサボサの黒髪で目元が覆われていまいち表情がわからない女。

 見た目からして根暗そうな顔なのに喋りが気さくで流暢なのがおかしかったので、よく覚えている。


「あ、どうもー、モングレルさん。この前はすいませんね、うちの団長の面倒見てもらっちゃって。あの人といると大変だったでしょ」


 もう一人は背の低い茶髪男。全身にジャラジャラとアミュレットやらペンダントやらを装備している。一見するとチャラそうな格好に見えないでもないが、彼は全身を色々な魔道具で固めているだけの真面目な魔法使いの若者だ。


 二人とも“若木の杖”が最初にレゴールにいた頃はいなかったはずなので、王都で加入したメンバーなのだろう。


「よう。いやーまぁ、サリーも変なところは多いけど相当なヘマはしないから大丈夫だったよ。モモも一緒にいたしな」

「あ、それはなにより。モングレルさんその本何読んでるんです?」

「これ? 裁縫の指南書。雨降ってて暇だからな」

「へー、そういう本読むんすね」

「まぁ自分の服とか装備を修繕する機会も多いしな。知らない縫い方結び方があって参考になるわ。……そっちも雨で暇そうだな?」

「ええまぁ……あ、そういや名乗ってなかったっすね。俺はクロバルっていいます。こっちのボサ髪はバレンシア」


 はー、そんな名前だったか。あまり交流する機会もなかったから初めて知ったわ。


「俺たちは火魔法使いなんで、レゴールじゃよくゴミの焼却任務を受けてるんですよ」

「……今日は雨降ってて無理だったけどな」

「そう。……まぁこんな天気なんで、それも今日は無しになっちゃってですね。ま、暇なんです」


 ゴミ焼却任務といえば、火魔法使いにとって数少ない活躍の場である。

 基本的には端切れや木片なんかも前世の日本よりずっと丁重に扱われるこの国ではあるが、それでもレゴールほど大きな都市になればいくらでもゴミは出てきてしまう。

 かといってこの世界に巨大なゴミ処理施設があるわけもない。


 そこで、都市から出る沢山のゴミを一箇所に集めてから凄腕の火魔法使いによって一気にボーンと燃やす……というのが、ゴミ焼却任務なのである。

 求められるのは大火力。とにかくデカくて熱い炎を長時間ぶっぱできる奴が稼げる。そういう仕事らしい。


 ……が、この世界のゴミ溜め場は吹き抜けがあったりするものだから、わりと雨の影響を受けてしまう。一応匂い防止のために蓋はできるらしいのだが、どうしても雨漏りしたりゴミそのものも濡れ気味だったりするので、結局燃えは悪くなるのだそうだ。


「俺たち火魔法使いはこういう任務でもなきゃ思い切り魔法が使えないっすからねー。バレンシアはそんなだから朝からずっと機嫌悪くて」

「悪くねぇし」

「あー、火魔法は練習場所限られるしなぁ」

「そうなんですよ。森じゃ原則使用禁止ですからね」


 この世界の火魔法は、とても肩身が狭い。

 なにせ森で使えない。だって火事になるもの。使える場所が非常に限られているので、どこに行っても歓迎されないのである。逆に戦場でならめちゃくちゃ花形扱いされるんだけどね。強いから。


「火魔法使いが全力を出せるのは平時じゃゴミ処理だけか……使ってる側としたらそういうの、どうなんだ。複雑だったりするのか?」

「まさか。俺たちはゴミ処理大好きですよ。な?」

「ああ、超好きだよ。大量のものをガンガン遠慮なく燃やせて、人の生活の役に立つ上に金まで貰えるんだもん。マジさいこー」

「おお……思ってた以上にポジティブな意見だ……意外だな。魔法の塔に水を貯めるのは面倒くさい仕事って言われてるのに」

「まぁそれは本当に地味っすからねー、水ですし。……まぁ森でも使えるからそっちの方が羨ましいっすけど」


 なるほど。魔法使いも自分が習得した属性によって色々仕事も異なるし、考え方も分かれていくんだな。

 まぁ俺には縁のない世界だけども……。


「そーいやモングレルさん、なんかやべぇ犯罪者四人を捕まえたって聞いたんだけどマジ?」

「お、情報が早いな。マジだぞ。俺が一人だと思って油断して襲ってきたから、隙を突いてこう、瞬殺よ」


 パンチしたりキックしたりのモーションを見せてやると、バレンシアはけらけらと笑っていた。


「いやーでも四人はすげぇっすよ。しかも結構有名な盗賊だったらしいじゃないですか」

「らしいな。戦ってみた感じじゃそうでもなかったというか、向こうが見るからに油断してたというか……なんだ、俺に報奨金を集りにきたのか? 一杯くらいなら奢るぞ」

「いやいやいや……えっ、いいんですか? 奢ってもらえるなら俺ちょっと飲んじゃおうかなぁ? へへへ」

「ラッキー、マジありがとうモングレルさん、超大好き」


 魔法使いというとガリ勉とインテリばかりなイメージが強いが、意外とこういう、ちゃんと話せて軽いタイプの魔法使いもいる。

 そして魔法使いは学のあるタイプが多いので、話が弾むのだ。

 酒一杯を奢るだけの価値はあると、俺は思っている。




 それから数日後のことである。

 王都で出会った“アルテミス”の面々が、レゴールに帰還した。


「久しぶりのレゴールのギルドっス!」

「ねー、ようやく戻ってきたーって感じー」


 全員揃ってではないが、ライナとウルリカのお帰りである。久々にレゴールに戻ってきた華のあるパーティーの姿に、酒場にいる他のギルドマンたちも“おかえりー”だの“おつかれー”だのと好意的な声を投げかけている。

 ちなみに俺の時はすげぇあっさりしてました。“お、モングレルじゃん”みたいな感じだ。出現率10%のちょっとめずらしいモブみたいな扱いである。


「あ、モングレル先輩お久しぶりっス」

「ようライナ。それにウルリカ。随分と遅かったじゃないか」

「ちょっとねー、レゴールまでの護衛任務で少し手間取っちゃって。本当は昨日戻ってきてたんだけど、私たちはそのままクランハウスで休んでたからさー」

「……あれ? モングレル先輩それ、魔法の本……スか?」

「おう、最近また魔法熱がぶりかえしてな」

「魔法熱ってなんスか……」


 ここ最近魔法使いの話を聞く機会も増えたせいか、“ちょっと俺もまた練習してみるかぁー”って気持ちになったのだ。

 まぁ自分で言うのもなんだがこれは一過性のもんだし、大した期待はしていない。趣味だ趣味。


「二人はギルドへ何しに?」

「私たちはジェリースライムの討伐っス。といっても、クランハウスで使う用の浄化用のやつを集めるだけなんスけど。っスよね? ウルリカ先輩」

「あ、うん。この時期はいっぱいジェリースライム出てきてるから、まとめて多めに取っちゃおうって思ってさー」

「なるほど。綺麗好きだなお前ら」

「ウルリカ先輩が綺麗好きすぎるんスよ……」

「いやいや……そんなことないってぇ」


 まぁでも気持ちはわかるぜ。俺もちょっとは浄化用のを捕まえてるからな。


 ……そうだな、俺もちょっとキープしてる量が心もとなかったし、捕まえてみるか。何より暇だったし。


「俺も一緒にジェリースライムの捕獲行きてぇなぁ」

「行きましょうよ。三人でなら大猟間違いないっス」

「あ、モングレルさんも来てくれるんだ? やった、荷物軽くなるなー」

「ウルリカお前なぁ」


 最初から男を荷物持ち扱いする奴に紳士的な態度を取りたくないタイプのギルドマンだぞ俺は。

 まぁ力あるし持つけども。




 それから受付で自由狩猟の申請を出して、俺たちはバロアの森へと向かった。

 馬車でゴトゴト揺られ、板バネとスプリングの製造法をぼんやりと考えながらの到着である。


 春の森はまだ二日前の雨の湿り気が残っているが、逆にこれくらいの方がジェリースライムが活気付くので悪くない。良い狩り日和だ。


「浄化用に使うジェリースライムだから死んでても問題なし。だから鏃は錘弾を使うね。どうせ遠くから撃つこともないだろうし」

「ほー、そういう矢もあるんだな。強そう」


 弓チームは先端が釣りの錘に使うような、ボテッとした形の鏃を使うらしい。

 見るからにゴツくて威力が高そうだ。


「重くてスキル無しだと飛距離出ないから普段使うには微妙だよー? 砦の防衛をする時に曲射とかで使うらしいんだけどね。今回は刺さった後に重さでジェリースライムが落ちるから、使いやすいんだ」

「なるほどなぁ」

「普段使ってない鏃をうまく使う練習も兼ねてっス」


 なるほど。二人も結構考えて狩りをやってるんだなぁ……。


「じゃあ今回は俺も魔法で撃ち落とすように頑張ってみるかぁ!」

「モングレル先輩は普通にやってもらいたいっス」

「あ、はい」


 そういうわけで、三人でゆるっとクラゲ取りを始めた。


 とはいえやることは難しくない。

 逃げも隠れもほとんどすることのない、無目的に空を飛んでいるクラゲを撃ち落とすだけの簡単なお仕事だ。子供の虫取りと同レベルと言っても良いだろう。

 俺も最初は石を投げたりチャクラムを投げたりしてたが、上向きに投げたチャクラムがあらぬ方向に飛んで行った時に回収の面倒臭さを味わったので、以降は荷物持ちに徹している。俺が手出しするのは手の届く範囲にいるやつだけだ。

 くそ、虫捕り網を持ってきてればもっと活躍できてたのにな……。


「なぁ、そういや“アルテミス”はどういう護衛任務で王都に行ってたんだよ。終わった後なら言っても良いんじゃないか?」

「え? あー……まぁ終わったんでいいんスかね?」

「うん、良いと思うよ。……私たちの護衛はね、侯爵家の女の人だったんだ。すっごい格好いい女の人でねー、ステイシーさんっていうの。剣の扱いもすっごい上手でさ、レオもゴリリアーナも完封しちゃうくらい!」

「へぇー、侯爵家。そいつはすげぇな」


 しかも剣士ときた。やっぱり鍛えられた貴族は強いんだな。


「ほら、冬にモングレル先輩と一緒に任務受けたことあったじゃないスか。貴族のブリジットさん。あの人、そのステイシーさんの親衛騎士になったらしくて。それでブリジットさんがステイシーさんに任務の話をしたらしくてっスね。なんかうちらに興味持ったそうなんスよ」

「うぇ、マジか」


 あの寒い中全身鎧着てダウンしてたブリジットからそんな縁が生まれるとは……。

 いやそのエピソード聞いて興味持つか? 普通。もしかしなくてもそのステイシーさんって変人だろ。


「もー凄かったよー。護衛として行ったつもりなのに、ステイシーさんお話が大好きでねー……ギルドマンの仕事とか色々聞かれたりしたし、レゴールに来てちょっとギルドマンの仕事を体験してみたいとか言ったりするしさー」

「めっちゃ乗り気だったっスね……帰り道では弓の練習もするし……」

「おいおいすげぇお貴族様だな……」

「聞いた話だと、レゴール伯爵の婚約者になるみたいっスよ」

「ええマジで!?」


 今日一番驚いた。

 レゴール伯爵が婚約だと。それは大事件じゃないか。


「うわぁびっくりした。モングレルさんなに? そんなに貴族の話とか好きだったっけ……?」

「いや……レゴール伯爵の話だろ? そいつは重大事件じゃないか。そりゃ驚くぜ」

「そうなんスかねぇ」


 レゴール伯爵といえば、今は三十過ぎて浮いた話のないお貴族様だって話だ。

 噂じゃデブでチビでハゲとか散々な貶され方をしているが、実際にどうかは知らん。とにかく結婚しておらず、次代の話も聞こえないので結構心配していたのだ。

 今はレゴールは超安定しているが、今の伯爵が急死したらどう転ぶかわかったもんじゃない。俺の中ではそれがかなりの心配事だった。


 だが……そうかぁ、婚約かぁ。しかも侯爵家の女と。

 婚姻が成立すればレゴールはより安定するはずだ。めでてぇ。


「なんかモングレル先輩、やけに嬉しそうっスねぇ」

「ねー。モングレルさんって貴族嫌いだと思ってたけど……」

「おいおい、俺だって自分の暮らしてる街の領主くらいは尊敬してるぜ? 基本的に貴族はみんな嫌いだけどな」

「モングレル先輩も尊敬とかするんスね」

「どういう意味だライナ」

「あははは」


 それに、レゴール伯爵は俺が知る数少ない仁君だ。

 レゴール伯爵にだけは長生きして欲しいと、俺は思っているよ。会ったこともないけどな。


「私たちはまぁそういう護衛だったんスけど、モングレル先輩はその間なにしてたんスか」

「俺は普通だよ。バッタ狩ったりとかな。四人組の盗賊捕まえたりもしたけど」

「それこそ大事件じゃないっスか!」

「ええっ、なにそれー!?」

「隙を突いた時にこう、瞬殺したわけよ、こう」

「わけわかんないっス!」


 それから大袋にジェリースライムを詰め込み、俺たちは街に帰還した。


 ……レゴール伯爵の婚約、決まったら何か贈り物でもしてぇなぁ。

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― 新着の感想 ―
濃縮灰入りは激落ちなだけで薄めただけので十分落ちるから…… 原液灰無しは危険とかではなかったはず……
[良い点]  贈り物は育毛剤かカツラでいいんじゃないかな。
[一言] 魔法使いサリー
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