レゴールへの帰還、あるいは帰宅
ケンさんがつまみ出されたりと色々あったが、伯爵邸でのイベントというかトラブルはそのくらいのもので、他は特に何もなく無事に……無事に? 終わった。
明らかに不敬ななんぞをやらかした感のあるケンさんに当初は俺もビビっていたが、追って沙汰が下るなんてこともなく、ケンさんの首は皮一枚切られることもなく済んだ。
俺が本人だったら変な汗が止まらなくなるようなトラブルのはずだが、ケンさんはつまみ出されてからというものずっと“何故私の解説を聞かないのか……”と愚痴っていた。わりと前から知ってはいたけど、ロックな人である。
で、お菓子のお披露目が終わってしまえば俺たちはもう王都に用はない。
ライナたちと会って早々ではあったが、護衛でゆっくり帰るアルテミスの連中と無理に旅程を合わせる理由もなかったので、俺たちはさっさと王都を発つことに決めた。
というか、ケンさんが“やはり王都は……”とかなんとかうるさかったので、即日引き上げることになった。
いや、俺知らねえよ? お茶会とか見てないし何してたのかもわからないから知らねえけどさ?
多分だけどケンさんが悪いよ。
「やはりレゴールから私のお菓子を広めていくしかないみたいですねぇ……」
「……まぁ、あれだな。ケンさんはお菓子職人なんだから、人前で喋ることなんて無くて良いんだよ。美味いお菓子を客に食わせて、ケンさんはカウンターの向こうで黙って腕組みだけしてりゃそれで充分だ。とことん味だけで勝負する……それが真のお菓子職人ってやつなんじゃねえかな……?」
「な、なるほど! 確かに……!」
職人気質の人は無理に喋らない方がいい。そういうもんである。
行きも帰りもよいよいである。王都から馬車に乗ってレゴールへと帰るが、特に何かが出るということもない。
人や馬車が多く通る道なので野生生物も“なんかここらへんあぶねーな”ってなるから魔物も少ない。一応それなりに外に意識を向けてはいるが、ぼーっと景色を見ているだけの仕事である。
「モングレル、アルテミスから預かった荷物を覗いたりしてないでしょうね!」
「しねーよそんなこと。預かり物を勝手に開けるかよ」
帰りにシーナからかさばるお土産品を預かっていたので、帰りはその大荷物と一緒だ。レゴールに着いたらまずはこの荷物をクランハウスまで届けなきゃいけないな。
「知ってましたかモングレル。こういった荷物は開けて中を見るだけでも犯罪になるんですよ。ポーションの箱の封を剥がしただけで犯罪奴隷になった人の話を聞いたことがありましてね」
「へー」
「聞いてます!?」
「いや聞いてる聞いてる。そこそこ気にはなってるぞ」
馬車の外ではジェリースライムが空に浮かび、遠くでふわふわと風に流されている。
そろそろ春本番だ。細かい仕事で忙しくなる季節がやってくるぜ。
「いやぁ助かりましたよモングレルさん。サリーさんとモモさんも。お陰様で無事に王都での仕事を終えることが出来ました。まぁ、少々思うところのある仕事になってしまいましたが……お菓子そのものは好評だったそうですので、まあ良しといったところでしょう」
レゴールに着いた俺たちは、ギルドで任務の達成報告を行っていた。
依頼主本人がいてくれると報告が楽になるのでありがたい。お菓子に関する人格にはすげー問題のあるケンさんだが、お菓子が絡まなければ普通に人格者だからなんか不思議だ。
「うん、僕も久々の王都で楽しかったよ。次の機会があるならまたアイスクリームが食べたいな。ゼリーはいいや」
「母さん、失礼」
「ぬふふ……食べたければ店を開いていますので、来ていただければ。春はまだもう少しだけアイスクリームを提供できますから、お早めにどうぞ」
「なぁケンさん、王都でウイスキーは仕入れたかい?」
「ええ、ひとまず二本だけですが、お菓子に使えるだろうと思いまして買いましたよぉ」
「ヨッシャ!」
「うわっ……モングレル本当にそのお酒好きなんですね……」
俺も色々と王都で買い物をしたが、ケンさんがウイスキーを買ってくれたのならちょくちょく通うことにしよう。
前に俺が買ったやつもあるが、そっちはバルガーと一緒に飲んだ時にかなり減ったからな。できるだけセーブしなきゃならん。
「また何かありましたら、皆さんの手をお借りしたいと思いますね」
「ああ、予定が無けりゃ手伝うからいつでも声掛けてくれよな、ケンさん」
「ええ、その時は。ぬふふ」
そんな感じで、俺たちのちょっとした王都旅行は終わったのだった。
アルテミスのクランハウスに荷物を届けに行ったり、王都で買ってきたお土産を方々に配ったりと色々やっていたら夜遅くになってしまった。
最後は“スコルの宿”の家族にお土産渡して終了だな。
この世界じゃ一週間以上泊まってもいない宿に金を払い続けるのは変人の所業らしいが、俺としては長期で泊まる宿屋は賃貸物件みたいなものだと思っているので問題ない。実際そういう使い方をする奴も他に全く居ないってわけじゃないからな。
「おーい帰ったぞー」
「あらっ、モングレルさんじゃないの! 久しぶりに顔見たわねぇ、忘れるところだったわよ」
「ひどいっすね」
女将さんは夕食を作っているところだった。狭い食堂スペースでは宿泊客の何人かがメシを食っている。レゴールに人が増えてからは宿泊客も微増して、経営が上向いているらしい。何よりだぜ。
「はいこれ、王都土産な」
「あらーお香ね! 良いじゃないのーこれ欲しかったのよー」
いやまぁこれくれって頼まれてたんでね。欲しいもの持ってきますよそりゃ。
「モングレルさん私には何かないの!?」
「私も……」
「僕も!」
マリーさんの子供のジュリアとウィンとタックも厨房から湧き出て来た。
お前たちは先に芋の皮剥いてからにしなさい。
「あー、お前たちにもお菓子買ってきたから。みんなで仲良く分けて食うようにしなさい」
「やったー! 高いやつ?」
「ありがとう、モングレルさん」
「食べる!」
「あんたたち! お菓子より先に手伝い済ませてからにしな! 引っ叩くよ!」
女将さんが怒鳴りつけ、それにジュリアが先鋒となってギャーギャーと言い合いが始まる。
お母さんは肝っ玉だが、子供は子供で反骨心に溢れた跳ねっ返りばかりである。毎日バイタリティが高すぎて俺みたいなおっさんにはついていけねぇよ。
「じゃ、ここに置いとくんで食べて下さい。あ、ついでに後でお湯お願いします」
「はいよー!」
ちなみにガキどもにあげたお菓子は王都でケンさんが作りまくった焼き菓子の残りであることは内緒である。
頑張って食ってくれよな。俺はもうさすがに飽きた……。
「ふぃー、やっぱうちは落ち着くな……」
お湯を貰ってほどほどにさっぱりしたら、眠くなってきた。
買ってきた色々なものだとか着替えの始末だとかをやらなくちゃいけないんだが、なんかもう今日は全部億劫だな。明日やろう。
それよりも部屋に溜まってる手紙の確認が先だ。
「……結構あるな」
部屋の扉には手紙の投函ポストのようなものがあって、というか俺が提案して付けてもらって、個人宛の手紙や通知なんかはそこに入れてもらうように言ってある。
メルクリオとか商売絡みで繋がりのある相手とかから伝言代わりにたまに届いたりするので、チェックは怠れない。
実際、メルクリオからの手紙も一通届いていた。
「商売で伝えなきゃいけないことがあるので一度来てくれ……か。危急ってほどじゃないが、対面で話さなきゃいけない重要事項って感じだな……」
正直明日からは討伐で息抜きしたかったんだが、仕方ない。メルクリオの露店に顔出すか。
他の手紙はギルドからの拡張工事の作業者募集の報せと、精霊祭準備のための軽作業員募集、志願兵募集のお知らせ……まぁよくある広告ばかりだな。
端切れとはいえたくさんの宿やら家に配る分を用意するのは大変だろうに、しっかりと量産するのだから大組織ってのは随分羽振りがいい。まぁおかげでこっちもメモ用の端切れが手に入って嬉しいんだけどな。
「拡張工事もやりてぇけど久々にパイクホッパーをどつき回したいな……今は金に困ってるわけじゃないし……いや、どうせ祭りで金が溶けるか……」
パン一になってベッドに寝転び、するとすぐにまぶたが重くなってくる。
慣れない宿とは違う、まさに実家のような安心感だ。
……自分の家をレゴールに持とうと思ったことも無いわけじゃない。
けど、いざという時には全てを捨てて出奔するって可能性もゼロじゃないからなぁ……そういう意味じゃ深く根を張るのもどうなんだっていう……。
……毎回これ考えちまうなぁ……。
まあいいや。寝る前に難しい事を考えていても、眠って起きればウダウダとしたことは全てさっぱり忘れているものだ。さっさと寝ちまえ。
「スヤァ……」
俺の意識は闇に落ちた。
そして、その日は前世の夢を見た。
クリスマスのケーキ屋に並んでチーズケーキとショートケーキを買う夢である。
……こんな夢を見といてなんだけど、今は別にケーキとかも食いたくはねえかな……。
明日からは肉食と粥の生活に戻らせてもらうぜ……。




