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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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森の成功例と失敗例


 秋になると、アイアンクラスの初心者ギルドマンたちがバロアの森にゾロゾロやってきて、恵みを拾いに来る。

 比較的浅い場所でもポコポコ実っているので、危険を避けて小金を稼ぎたい連中にとっては良い季節なのだ。

 しかし初心者に限って森の浅い深いはよくわかっておらず、あるいは実りの豊かな深い場所を欲張って狙うせいで、危険に晒されることが多い。


 秋は実りの季節でもあり、それはすなわち魔物にとっても豊かな季節だ。

 森のごちそうをムシャムシャ食べて脂の乗ったコンディション万全な野生生物が、自慢の角や牙を構えて襲い掛かってくる。

 重量×速度=危ない。その教訓を身を以て勉強することになる初心者は、あまりにも多い。




「たすけてぇ」


 遠くのバロアの木立から、情けない泣き声が聞こえてきた。

 俺は森の中で活きの良い生肉を探していたのだが、さて。魔物にぶっ転がされたギルドマンか、道に迷ったお間抜けさんか。


「あっ! そこの人お願い、助けてくださぁい!」

「フゴッフゴッ」


 声の方向に歩いてみると、状況は大体理解できた。


 まずバロアの木の根元にクレイジーボアがいる。木の周りはボアが暴れたり穿ったりで剥き出しになっており、非常に荒れている。一瞬だけ何か括り罠にでも掛かっているのかと思ったがよく見るとそんなことはなく、クレイジーボアは木の上にいる何かに執着しているようだった。


「降りれないんですぅ!」

「なるほどなぁ」


 木の上には半泣きというか半分以上泣いてる子供が一人いた。

 15歳くらいの痩せた少年で、防具というよりはほとんど平服に近い装備がいかにも農家から投げ出されましたって感じの冴えない田舎者オーラを放っている。

 彼はバロアの木を5メートルほど登ったところの太い横枝に座り、幹にしがみ付いていた。

 背中には採取籠。まぁ、あれだな。森に深入りしたせいでボアに見つかったってことなんだろう。木の上に登れたのはラッキーだったな。


「助けてやっても良いけど、クレイジーボアは俺の獲物にさせてもらうぜ?」

「ええそうしてください! 僕じゃ無理ですよこんな化け物!」

「これに懲りたらバロアの森に深入りするなよ。この時期は危ない連中が多いからな」


 バスタードソードを革鞘から抜き放ち、頑丈な立ち姿の樹木の前に陣取って剣を構える。

 さすがにここまで近づくとクレイジーボアも地上の邪魔者を警戒するのか、俺の方に向き直ってきた。相変わらず凶暴そうな顔だぜ。


「一人で戦うんですか!?」

「おいおい、俺を誰だと思ってやがる。俺はレゴールで一番強い剣士だぞ」

「マジすか! かっけぇ!」

「ランクもブロンズ3だしな」

「ええ!? 嘘じゃないですか!」


 なんて会話をしているうちに、クレイジーボアがこちらに突進してきた。

 若干フェイントをかけるように左右にブレつつ突っ込んでくるクレイジーボアに対し、俺はバスタードソードの向きを常に修正し……。


「ブギッ」


 ドン、とクレイジーボアの全体重が衝突し、俺の背後の木立が揺れた。

 しかし相手の屈強な牙は俺の所にまで届いてはいない。クレイジーボアの突進にバスタードソードの突きを完璧に合わせたおかげで、ボアの頭部はざっくりと串刺しにされていたのだった。

 近くに頑丈な樹木がある時にしかできない基礎的なカウンターだ。

 時々槍使いなんかも似たようなやり方で戦うことがあるらしいので、実はそこまで曲芸じみた技ではない。


「す、すげぇ」


 頭蓋骨ごと頭部を貫かれたクレイジーボアはすぐさま沈黙し、重々しく大地に横たわった。90kgくらいの個体だな。こいつはなかなか良い獲物だ。


「よし、囮役ご苦労。もう降りてきて良いぞ」

「あ……ありがとうございます!」

「俺はモングレル。お前は?」

「モングレルさん、本当に助かりました。俺はネクタールから来たヒースです。あ、ランクはアイアン1なんですけど……」

「新入りだな。さっきも言ったけどバロアの森はちょっと踏み込むだけでも危ないから絶対に油断するんじゃねーぞ。まぁ、でも木の上に登ったのは正解だな」

「へへ、うちの父ちゃんに木登りやらされてたんで……」


 木登りも絶対に安全ってわけではないが、ある程度頑丈な木に登ることができれば厄介な地上の魔物から身を守ることはできる。

 チャージディアなんかはジャンプからの突き刺しがあったりするので油断はできないけどな。


「これからクレイジーボアの解体やるけど、一緒に見ておくか? 作業を手伝うなら少しだけ肉とか毛皮を分けてやるよ」

「良いんですか! ありがとうございます!」

「おう。俺は肉が欲しいだけだからな」


 そうして俺とヒースは一緒にクレイジーボアを解体し、獲物の部位を分け合った。

 クレイジーボアの毛皮もまぁ売れないことはないが、俺は運搬とか諸々の処理とかが面倒なのであまりやらない。けど寄る辺のないアイアンクラスのルーキーが小銭を稼ぐ分には結構良い素材かもしれないな。




 とまぁ、そんな狩りの風景も見られるような今の季節ではあるのだが、当然これは運の良いケースだ。

 木登りができる奴がクレイジーボアとの遭遇に運良く気付けて、近くに上りやすく一休みできる枝の生えた木があったからこそ成立した生存例と言って良い。

 普通の初心者は“あっ、やべえクレイジーボアだ”と気付いた次の瞬間には突き殺されて死んでいる。


 忘れてはいけないのは、バロアの森は決して人間には優しくはないってことだ。

 レゴールの地元民が山菜集めすらせず、その日暮らしのギルドマンだけが入る危険地帯。その事実は常に頭に入れておくべきだ。




「うわっ」


 露骨に土の上に残っていた蹄跡を追うようにして森を歩いていると、俺は痕跡の先で横たわる人間の死体に気がついた。


「……ああ、死んでるな。運がない」


 黒髪の少女の死体だった。

 田舎っぽい装いの、前に会ったヒースと同じ採集目的で森に入っていたルーキーだろう。首元に引っ掛けた認識票はアイアン1。土手っ腹に二つのデカい刺し傷がある。チャージディアに突き殺されたのだろう。


 土の上には足を引きずった跡がある。角で突き刺されたままズルズルと運ばれ、ここに捨てられたってところか。血の跡が点々と続いている。

 ……痛かっただろうなこれは。可哀想に。


「認識票と、いくつかの遺品は持ち帰ってやる。他は……」


 秋とはいえ、人間の死体だ。

 巨大な生肉を土の上に放置すれば、死後まもなくして虫に集られる。

 それは当然、装備品にも群がってくるわけで。


「悪いな、大した墓は作ってやれねえ」


 丁重に弔ってやりたい気持ちだけはあるんだが、どうも虫に集られた人間の死体っていうのが俺は苦手だ。それに森の中でいちいちギルドマンの死体を弔っていては時間がいくらあっても足りない。

 だから俺はひとまず大きな穴を掘り、そこに死体を突っ込むだけに留めている。普通のギルドマンはそんなこともしないで放置するんだけどな。まぁ、クレイジーボアに死体を漁られると気分が悪いしよ。


「無念はあるだろうが、化けて出ないでくれよ」


 墓穴に突き落とす前に、死体の首と背骨を折っておく。

 これはアンデッドになるのを妨げる手段だ。遺体を痛めつけるようで絵面は悪いが、この世界ではどちらかといえば尊厳を守る行為として扱われている。

 俺としてはあまり気分は良くないけどな。アンデッド化するよりはとわかってはいても……。


「……月の神ヒドロアよ。冥府をゆく彼女に暖かな端切れをお恵みください」


 最後に墓穴の上で小さな布切れを焦がし、墓石代わりの棒を突き立てて終わりだ。

 ハルペリアじゃ貧しい連中なんて少しも信心深くないからこんな儀式もいらないかもしれないが、一応な。

 俺としてはこの世界には神がいるんだろうなぁと思っているから、まぁ祈れる時には祈っておく。ヒドロアが実在するかどうかは知らんけど。まぁ何かしら神様的な奴はいるんだろう。それに届けば良いなとは思っている。


「ギルドに届けてやるか……」


 バロアの森で命を落とした新米ギルドマン。

 その遺品を拾うことは、長年やっていれば決して珍しいことではない。俺もいくつもの認識票をギルドに送り届けてきた。


 でも何度やっても慣れないし、心に来るんだよ。

 若い奴にはもっと命を大事にして欲しいんだがね……。

 お手軽な秋の恵みを前にしては、口酸っぱく警告するくらいじゃ若者は止まらないんだよな。


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― 新着の感想 ―
 途中まで良い話だったのに。。。 急にお辛い話に成ってしまった。助けられた話と助けられなかった いや、弔って貰ったから、どちらも助けたのかな。
盾として使える折り畳みスコップとかないと 穴掘るの大変そうだよなあ 短槍替わりに頑丈なスコップを主武器にしてないと スコップなんて持ち歩かんやろうし 他の人達はどう穴掘っとるんやろ?
[一言] 切ない。
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