白い連星・ミシェル&ピエトロ
朝。俺たち兵站部隊はブラッドリーから砦までの道を進んでいた。
ここまでくると馬車は数台ずつで、護衛も俺たちだけしかいない。防衛拠点が各所に散っているせいだった。
砦はつまり、辺境の中の辺境だ。そこまで通じる道は道と呼んでいいかどうかもわからないものばかりで、はっきり言って悪路である。
雨上がりに通ろうとすれば間違いなく難儀するだろう。そんな道ばかりだ。
当然、路面によるトラブルも尽きない。
「よし、押せ!」
「うぉおおおーっ!」
「動いた……! そのまま行け、押せぇー!」
轍の崩れた場所を乗り越え、車輪が軌道に乗る。
ちょっとしたアクシデントはあったが、どうにか一分程度のロスで済んで良かった。これが後続車両が大勢来てたら普通に詰むからな。
「はあ、はあ、しんどい……!」
「なんで轍が枝分かれしてるんだよぉ! 前に通った奴は何やってたんだ……!」
荷物満載の馬車を必死で押していたルーキー達は悪態をついている。
気持ちはわかる。今まで散々先客が通ってきたであろう砦までの道だってのに、修復がされてなかったんだからな。
みんな直そうとする前にさっさと先を急いだんだろう。ただ、こういうのが積み重なると全体のロスになる。誰かが修復しなきゃならんのだが。
「モングレルさん、ここは俺が直しとくよ。だから先に行っててくれ」
「轍なんて直せるのか?」
「土で固めるくらいならなんとか……さっきみたいに外れないようにするだけなら俺でもできるよ。後から追いつくから、任せてくれって」
「ふーん」
こいつはベイスン出身のブロンズ1なりたてギルドマン、剣士のリスドだ。
よく荷物の積み込み作業をサボっていて、木箱を立ち上げるフリしたまま休んでいる姿を見かけている奴だ。
今回もお前あれだろ、ダラダラ轍を直そうとしてるんだろ?
殊勝な心掛けだと褒めてやるにはまだまだ信用が足りねえな!
「だったら俺も一緒に手伝ってやる。おい、他の奴らは先に馬車を進めててくれ」
「えー! いいよモングレルさん、先に行けってばぁ」
「馬鹿野郎、そんなこと言ってここで一休みするつもりなんだろうが。俺にそんな姑息な手が通じると思うなよ? 直すって言ったんだから俺と一緒に完璧に直してもらうぞ」
「ぐぇー」
「リスド! ちゃんと仕事してさっさと追いつけよ!」
「こいつ調子いいからな! サボんじゃねーよ! 働け!」
「俺もやったんだからさ!」
そして一緒に仕事してれば、誰かが手を抜いてるとすぐにわかるもんだ。
さあ頑張れリスド。俺と一緒に超速保線作業を始めるぞ!
「これかなぁ、石」
「多分そうだろ。まぁ完璧には直せないだろうから、応急処置だけしていくぞ」
「はーい」
轍は石材や煉瓦で舗装されていることが多いが、この辺りは土むき出しな部分も多い。辛うじてカーブ部分だけ石で補強されてます的な体裁が整えられているが、外そうと思えば石は簡単に外せるものなので非常に壊れやすい。土も雨で崩れたらすぐに高さも変わるしな。
俺たちのやる修復作業はそこらへんに転がってしまった轍用の石を見つけ、所定の位置に並べ、土を盛り直して押し固めることだ。
正直言って俺も専門じゃないから付け焼き刃感は否めないが、どうにか車輪が外れないような感じに強く押し固める以外にできることはない。
ブラッドリー男爵、もっとインフラに金投じてくれないかな。難しいか。
「モングレルさん」
「あー? なんだよリスド、手ぇ止めるなよ」
「違う、あの人たち……誰なんだろって」
「誰って……」
俺はリスドが指を向けた先を見た。
そこに居たのは見慣れない二人組の男女。
白い布地が輝くように眩しい、修道女と神父のように見える二人だ。
それが東側の林の中から現れて、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来ている。
「あれは……サングレール軍所属の兵士だろ。多分」
「へえ、サングレ……サングレール!?」
リスドが腰につけたショートソードに手を伸ばし、腰を抜かせて土の上で転んだ。落ち着け。
……こちらに悠々と歩み寄る二人組は、ニヤニヤと笑っている。
まぁ余裕ではあるだろうな。あからさまにビビってるガキともう一人がいるだけなんだから。
「ああ、太陽神よ。あなたの導きによって罪深きハルペリアの轍へとたどり着くことができました。苦節二日の潜入強行軍もこれにて終わるのですね……!」
一人は棘だらけのメイスを手にした修道女。
ウェーブした長い金髪を風に靡かせ、ミュージカルでも歌っているかのように軽やかに踊っている。
「おお、太陽神よ! あなたの導きによって罪深き二人のハルペリア人と遭遇できました! きっと兵站を担う者達に相違ありませぬ! 是非とも懲らしめ、ハルペリアの補給線について問いたださなくては……!」
もう一人はロングサイズではない普通のモーニングスターを手にした大柄な神父。
短く刈り揃えられた蜂蜜色の金髪、鳥のように鋭い眼。威圧感たっぷりにこちらへ歩み寄ってくる。
「我が名は慈雨の聖女ミシェル!」
「我が名は蝋翼の審問官ピエトロ!」
「「二人合わせてサングレールの白い連星、ミシェル&ピエトロ!」」
最後にポプテピピックみたいな決めポーズで、二人は高らかに所属を名乗ってくれた。
うん、敵だな。紛れもなくサングレールの工作員だ。
潜入してハルペリアの補給線を襲撃しようというのだろう。どこかしらでそんな手を打ってくるとは思っていたが、まさか俺が直接遭遇することになるとは思わなかった。
「ど、どど、どうすんだよモングレルさん! あいつらサングレールって……!」
「「いかにも! 我らはサングレールの白い連星、ミシェル&ピエトロ!」」
「ひぃっ!」
「こら! こいつはルーキーだぞ! 脅かすんじゃない! ……おいリスド。お前はそのまま馬車を追いかけて合流、さっさと行けと伝えろ」
「モングレルさんは!? お、俺も戦う……二対二なら……!」
「やめとけ」
俺は腰のバスタードソードを抜き放ち、20m離れた先にいる二人の敵に切っ先を向ける。
相変わらずふざけたポーズをキープしているが……。
「あいつら、多分相当つえーぞ。ギルドマンで言えばシルバー以上はあるな」
「ええっ……!?」
「だから荷物を捨てて早く行け。俺の足手まといになりたくなきゃさっさとそうしろ」
「……!」
リスドはすぐに頷いて、背嚢を捨ててそのまま馬車道を走り出した。
判断が早い。こういうタイプは長生きするんだよな。
「おやおや、逃しませんぞ?」
大男のピエトロがモーニングスターを握りしめ、背を向けたリスドに駆け寄った。見かけによらず素早い動きだ。身体強化もそこそこできるな。
「まぁ待てよ。俺の自己紹介も聞いておこうぜ?」
「ぐぬぅっ……!?」
だが、俺だって速い。ピエトロが追いつく前に立ち塞がり、バスタードソードでモーニングスターを食い止める。
……ほー、俺も結構魔力を込めているつもりだが、刃がモーニングスターの鉄球に浅く食い込むだけで止められている。向こうも武器に魔力を流してやがるな。良い武器を使っているのか、それとも相当に手練れなのか……。
「俺の名前はモングレル。ハルペリアで最も強い男だ。つまり、お前達が今最も優先して殺すべき相手ってことだぜ」
「ぬ……うぅんッ!」
「おっと」
相手の前蹴りを膝でいなし、互いに距離を取る。
後ろの女、ミシェルは魔法使いか。集中しているように見える。
さすがに魔法使いを放置はきついな。向こうを先に取るか。
「よかろう、叛徒モングレル。先程逃げた者は追わないでおこう。確かに貴公はこの私が今すぐ叩き潰すべき試練らしい」
「詠唱の時間稼ぎか。見かけによらず器用だな」
だが俺はそんな見え見えの時間稼ぎに乗ってやるほど優しくない。
腰のベルトから投げナイフを取り出し、女に向かって投げる。
「フンッ! “鉄壁”」
が、庇われたか。邪魔だなこいつ。
「ミシェルよ! いけるか!?」
「……ええ、いけます! 濁流!」
何か来るかと思っていたら、来ない。
女はメイスの先を輝かせ、生み出した水を……そのまま土の轍に向けて注ぎ込んでいたのだ。
「お、おいおい! やめろ! 何しやがる!」
「貴公は強い。だが任務こそ最優先! ハルペリアの補給路の破壊こそ我らの使命!」
焦って女の方を仕留めようとしたが、今度は向こうが行く手をブロックしてきやがった。
再びモーニングスターに刃が突き刺さり、競り合う。だがこれは良くない。このまま魔法の発動を許せば轍がぶっ壊されて兵站にダメージが及ぶ……!
あーてかマジで、鉄壁発動してると重いな! 押し込めねえ!
「よくよく見れば貴公は混じり物だったか! 嘆かわしいな、叛徒モングレルよ! その身に穢れた血を流していようとは!」
「いきなり差別かよ。サングレールっパリらしいな」
「ぐッ」
蹴って距離を置くが、参ったな。この男思ってた以上に強いわ。
ふざけた名乗りをしていたが、あれは自信の表れだったか。ギルドマンでいうとゴールドはあるか?
その実力でなんでわざわざ兵站破壊任務になんてついてやがる。少数精鋭か? サングレールにしては頭を使ってるな今回。
だが時間はかけられない。このまま魔法の発動を許し続ければ轍が修復不可能なまでに泥濘に埋もれてしまう。
その前にさっさと二人を始末したい。……が、ギフトを発動するとここでは目立つ。後続も時間をかけずに来るだろう。何より向こうが何らかの通信をしている可能性も否定できん。
力をバラしたくはない。どちらの国に対しても。
だったらどうするか?
「よし決めた! 力任せにお前らをぶっ倒してやろう!」
「!」
ギフトの副産物。あるいは俺という存在の固有能力。
肉体や物質へ魔力を速やかに浸透させ、強化する力。それをフルに発揮させ、全身から剣先までを本気で強化する。
「祈れ」
そのまま一瞬で距離を詰め、バスタードソードを振り抜いた。
「“圧撃”……!?」
剣と鉄球が打ち合わされ、轟音が響く。
俺の超強化と向こうのスキル。どうやらそれは拮抗したらしく、どちらの武器も壊れることなく軋む音を立てて止まっていた。
いや、マジで強いなお前。俺今の本気だったぞ。
「な、に……!? 貴公、何らかのギフト持ちだな……!?」
モーニングスターの柄は虫系魔物の脚を使った強靭なものらしい。普通の木材であればへし折ってやれていたが、面倒だな。
「ピエトロ! なにを手間取っているのです!?」
「こやつは、危険だ! 押し込まれかねん……!」
「なんと……!?」
「手出しはするなッ! お前では一瞬で殺される……!」
さあ。向こうの鉄壁が切れたらこの拮抗も終わりだ。
そのまま武器ごとお前を斬り伏せてやろう。
安心しろ。死ぬまでの間に手を握りながら聖句を唱えてやる。上手いもんだぞ。結構好評なんだ。
「ミシェル、退却……退却だっ! これはいかん!」
「! ええ、わかりました! 任務は遂行しました! 問題ありません!」
「俺が逃すとでも思っているのか。お前達の死体を埋めて轍を直すんだぞ。勝手に行くんじゃねえよ」
さあそろそろ鉄壁が解けるぞ。走っても逃がさん。さあ神に祈れ。
「おおおッ! “蝋翼”ッ!」
「うぉ!?」
もうすぐ終わり、と思った一瞬、ピエトロの背中から巨大な白い翼が出現した。
艶のある白色の翼。まるで蝋作りのようなそれが滑らかに羽ばたき……風が、俺の身体を後ろへ吹き飛ばして見せた。
「くっ」
確かに俺は力はあるが、こういう身体を浮かせる技には弱い。
しまった、距離を取られた……。
「我がギフト“蝋翼”は陽の方向へしか羽ばたくことができんが……今はまさに、退却の好機」
「故郷に輝く朝の日差しに向け、撤退です! ピエトロ!」
いつの間にかピエトロは宙に浮かび、その手でシスターミシェルを抱き上げている。
やべえ、このままだと飛んで逃げられる……!
「さらば!」
「またいつか!」
「おい待て! もうちょい俺と遊んでいけよ!」
崩れた轍から煉瓦を掴み取り、空に向かって放り投げる。
「“濁流”!」
「うおっ!?」
が、魔法で迎撃された。
空から生み出された巨大な水が煉瓦を受け止め、こちらに降り注いでくる。
俺はどうにか水を避け、……そうしているうちに二人は林の上に移動し、どんどん離れてゆく。
これは……ギフトを使えば仕留め切れるだろうが、今のまま頑張っても無理なやつだな。それに、もうじき別の馬車もやってくる。ギフトの発動を見られたくはないし……水浸しにされた轍も修復しなくちゃならん。
逃げられたか。
……まぁ、向こうも消耗はしただろうし、破壊工作を別の場所でやるとも思えない。言葉通り退却すると見ていいだろう。だったらまぁ、見逃してやるか。躍起になって仕留める理由もないしな。
ただし顔と名前は覚えておくぜ。ミシェルとピエトロだな。良い感じの似顔絵を描いてお前らの存在を周知しといてやるよ。ギフトもモロバレにしてやるからな。二度とハルペリアの土地を散歩できなくしてやる。
「おーい、どうしたー!?」
林の向こう側から登る太陽を眺めていると、新たな馬車と兵站部隊がやってきた。
……さて、事情説明と修復作業しなくちゃだな。面倒だが仕方ない。
いや、むしろ連中が会敵したのが俺で良かったと思うべきだろう。
普通のブロンズだらけのパーティーが襲われてたら相当悲惨だったに違いない。
そう考えれば少しは、気も紛れるというもんだ。
……でもやっぱあれだな、飛び道具はもっとちゃんと携帯しておくべきだな。そこはしっかり反省しておくわ。




