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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File3:信じるものは掬われる
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26.混乱のさなかに

 岐庚が目覚めたとき、両手首が鎖で捕縛されていることに気が付いた。


 いま何時だろう。仲間はどうしている。何度か震動があった気がするが、外はどうなっているのか。作戦は。怪獣は。そして望月サヤカは。疑問符が無数に浮かび上がって庚の脳裏を埋め尽くす。同僚の顔を一人ひとり想起する。先輩は。後輩は。そして上司は。みんな生きているのか。それとも。

 考え尽くす間も無く、ハッと顔を上げる。急に思い出したのだ。この部屋に窓はない。暗がりの一部屋。電気も付いておらず、ただ無数のオフィス家具の陰翳の濃淡だけがある……だからこそ、強く思い出さなければならないものがある。


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 ふと、何かが頭の奥で引っかかった。望月サヤカに敗北したあの瞬間に、感じたような得体の知れない気持ち悪さ──圧倒的な格の差として認知していたあの見上げるような感触を。

 プロファイル上では望月サヤカは白山菊理(ククリ)として記録されている。その生まれは石川県加賀市に由来するが、経歴としては紛れもなく庚と同じ結社の出自であることは疑いない。それは冬堂井氷鹿の調べとも一致する。ならば、彼女の受けてきた特別なプログラムなるものがあったとして、それは庚や井氷鹿の受けてきた訓練と大枠違いがあるわけではないはずだった。


 庚自身、恨みこそあるが、父・甲太郎より受けた訓練は身に染みていまの仕事の基礎を作っている。体術、呪術、その他諸々。しかし庚自身はそんなほかとは違う生まれと育ちを疎んじ、世間知らずのまま結社のために生きるのはまっひらゴメンだと思っていた。だからこそ家を出たのだし、東京の大学を出て自分で職業選択をしたはずなのだ。

 ところがその選択の果てにたどり着いたのが、自分の最も忌み嫌っていた異能と体術と呪術を酷使するような現場だった。それまで決して自主練などしたことのない庚であっても、一度習い性となった部分は十二分に活用され、場数を踏むことによってより強固なものになった。


 どんなに高度なプログラムを受講しても、場数がもたらす経験の情報量にはかなわない。庚の人生体験としてその事実が、望月サヤカと自分の落差に疑問を促した。


 もっと強くならないと、あの女には勝てない──その確信だけが、庚に焦りの気持ちをもたらした。


「くそっ」


 独りごちる。もう一度望月サヤカと対峙しての勝ち筋なんて全く見えなかった。それでも戦わなければならないと心の奥底で思った。そう思うだけで立ち上がる気力が湧いた。

 鎖は依然破れない。妖力を抑える特殊な金属を用いているのか、触れている箇所からひんやりと血が通ってこないのを実感する。そういえば望月サヤカに射抜かれたときの矢尻にも似たような効果を感じた。これが庚の本来的な力を奪ったのか? だとしたら……いや、だとしても、庚と望月サヤカの間にある落差は埋まりようがない。


 そうこう考えるうちに、駆け足の音が反響した。


 暗闇に慣れた目を凝らすと、黒い空間の奥隅にひとりの濃い立ち姿が浮かび上がる。最初は敵のひとりかと思ったが、手探りで周辺を探索しているしぐさから、違うとわかった。


 ぱちり。


 明かりがつく。あまりに突然の変化で眩しくなって、目をつぶる。そこに駆け寄ってきた足音と、肩に触れる感触。


「大丈夫?」


 目を開ける。山崎ひかりだった。


「先輩! どうして?」

「大国さんの、差金」


 よく見れば山崎ひかりの服はボロボロだった。


「その服も、大国さん?」

「そう」


 すらっと抜いた水曜刀が、庚を束縛する鎖を両断した。庚を解放するかたわら、山崎ひかりはここにたどり着くまでの簡単な経緯を、彼女らしい語り口で説明した。しかし、節々に響く感情からして、あまり大国に良い印象を抱いてないようだった。


「あの、クソやろう」

「先輩もそんな言葉使うんですね……」


 庚はその現場を見てないが、やり口はなんとなくわかっていたので心中お察しするしかなかった。


「でも、よくここがわかりましたね? 人一人居なかったのに」

「もともと、いなかった。なにか、へん」


 ほんらいならもっと庚を抑えるのに人員を使っても良いはずだったし、なんなら始末しても良かったはずだ。しかし彼女は生かされていたし、そのための人を配してもいない。それどころか、侵入者に対する備えもない。まるでそのことなんて最初から考えなくて良いと割り切っているかのようである。


「とにかく早いとここのビル出ましょう。じゃないと自衛隊の人が戦えないんでしょ?」


 山崎ひかりは頷いた。


 ふたりが出てきたのは、ビジネスフロアにある広い執務室の一角だった。庚が閉じ込められていたのは、その隅にある会議室が密集している場所で、執務室に向かうと等間隔に並べられたPCとデスクの群れが壮大な景色を作っていた。作業人間が詰め込んでいる空間の抜け殻が、そこにはあった。

 無機質な部屋を通り過ぎ、セキュリティロックごと切り取られたドアの痕跡を通り抜けると、今度は非常階段のある場所を探す。エレベーターホールは待ち伏せを喰らうものだとわかっていたからだ。


 ところが、非常階段のドアを開けたとたんに鳥のかたちをした式神が飛んできた。式神はふたりのすがたを見つけると急ブレーキを掛けたように慣性を殺しながら止まる。非常階段の手すりに留まると、微かな妖力を伝って会話を始めた。


《あっ、良かった! ふたりともそこにいたんですね!》

「……吉田?」と庚。

《はい。そうです。ふたりは脱出しようとしてたんです?》

「そう、だけど」と山崎ひかり。


 式神は、吉田恂の気持ちを汲み取ったかのように首を振った。


《やめた方がいいです。いま出口で望月サヤカが待ち構えてました。平田さんが食い止めてますが、彼女どっちかというとぼくたちをこの中に閉じ込める魂胆です。素直に出してはくれなさそうですよ》

「……どう思う?」


 山崎ひかりは庚に訊く。


「わかりません。たしかにわたしたちがビルに詰めていれば、自衛隊は身動き取れないかもですが」

《正直言うと、ぼくたちがどうにもできなくても時間の問題ですよ。ライゴウ、ヌレハガチはたしかに強いですけどこちらにデータがある手前、倒せなくはない。でも、それが望月サヤカたちの狙いのようには見えない》

「それは、わたしも、そう思う」


 この時、庚はあるピースが状況から抜け落ちていることに気がついた。


「……宗谷紫織」

「?」

《えっ? 誰ですか?》

「雑面法師は、望月サヤカじゃなかった。そいつは……宗谷紫織って名前だった」


 庚は簡単に宗谷紫織について感じたこと、見知ったことを話した。怪獣災害の被災者であること、その火傷の痕が目立つ少女であること。一方で、片目から彼岸花のようなものが生えている異形でもあること。


「半妖?」と山崎ひかり。


 半妖とは、妖怪の生物学的遺伝子とミックスされて作られた人造人間の亜種である。生まれつき高い妖力を持ち、配合された妖怪の特性を身体機能として活かすことができる。


「いやちがう。あれは、彼女はそんな感じじゃなかった」

《情報が少なすぎてわかりませんよ、そんなこと。それよりも、その宗谷紫織なる人物が庚先輩を倒すのに動員されたのに、今までぼくたちの目の前に出てこなかったことの方が気になります。大国さんはいたんですよね?》

「いた。あと、半妖の男が、ひとり」

《山崎先輩が追い込まれるなんてソートーやばいっすけど、それ以上にやばい望月サヤカが外にいて、宗谷紫織なる人物が全然前に出てこない。それって、なにかへんじゃないですか?》

「……で、結局何が言いたいんだよ」

《スミマセン。結論言います。ぼくらは屋上階に殴り込みかけたほうが良くないっすか?》


 沈黙。二秒、三秒と秒数当たりキログラム単位の錘を付けられたように、吉田は次第に気まずくなる。


《えっ、なんかまずいこと言いました?》

「いや、むしろいい」


 山崎ひかりは面白がるように微笑んだ。


「いける?」

「行きましょう!」


 そこで、ふと疑問になっていたことをふたりは訊ねた。


「それで、吉田はどこにいるの?」

《いま昇ってるところです……ここから屋上だと、あと三十階ぐらいのぼるんすかね……》

「間に合わないな。置いてく。式神だけよろしくな!」

《はい……スミマセン》


 ふたりは一気呵成に昇り出した。


 もともと近接戦闘に特化したふたりだった。体力も瞬発力も非常に高く、ひたすら階段を登るという作業も苦にしない。しかし彼女たちが昇るかたわら、ほんの少しでも懸念していた警備や見張りのようなものは、結局のところ一切なかった。

 考えられるのはふたつ。ひとつは彼女たちが描いたシナリオが全くの的外れで、望月サヤカの一陣は公安を閉じ込めると言うそれだけにあるということ。たしかこのビルの屋上にはヘリポートがあるはずだった。であれば、主要な勢力はみなそこから逃げていると考えることもできなくはない。


 だが、そうではない気がどこかしていた。


 だとするなら、自然ともう一つの結論が導き出される。それはおそらく平田啓介も懸念していたことだろう。つまり──


「着いたぞ」


 ふたりは結局誰ひとりの妨害に出くわさずに屋上までたどり着いてしまった。

 息は少し上がっている。が、それ以上に嫌な感じが昇るにつれて強くなっており、その圧力に呑まれないようにするので精いっぱいだった。ふたりの悪い予感は当たっていた。すでにふたりの予想をこえるできごとが、この扉の奥で行われつつある。それだけが、明白だった。


 息が整ったころ、ふたりは目を合わせ、頷き合った。そして山崎ひかりがそっと屋上階のドアを押し開き、庚が先陣を切ってヘリポートまで駆け上がった。

 突風。狂風。旋風。あらゆる理屈外れの風が巻き起こっているその場で、彼女たちが目の当たりにしたのは、儀式場とその頭上に広がる巨大な虚空だった。


「なんだあれは……!」


 しかも、その虚空の奥底には、不気味な黒い眼だけが光っていたのだった。

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