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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File3:信じるものは掬われる
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12.イメージ・チェンジ

 宗谷紫織はあの日からずっとウサギを探している。この世の出口に少女を連れて行ってくれる、慌てん坊のウサギを。

 当初ゲームに攻略法が皆無だった。ただ突発的に発生するモンスター退治に連動して、情報収集するしかなかった。


 しかし数々のモンスターを排除するにあたって、警察や謎の組織の妨害が入ってくるのがわかると、考え方が変わった。ゲームの世界観では妖怪ハンターなるものは表に出る職業ではないのだ。だからあまりに活躍が過ぎると陽に陰に怪しまれることになる。

 一度「シノブ」が妨害を受けてターゲットを打ち損じた時は枕を投げるほど悔しかった。せっかくの主戦力が実力とは無関係の場で使えないというのはストレスになる。


 この一件から、紫織はものごとを攻略するためには各自の能力が最大限発揮できるよう、ヒトを適切に配置すべきだということを学んだ。

 謎の組織の動向は全く掴めない。が、怪異が発生すると動き出すのはハンターと変わらないようで、しばしば現場で鉢合わせた。だから紫織は常に二人一組で、ときには三人一組で人員を配置して、常に連携させるように訓練を施した。こうすれば万が一妨害されても、主戦力をモンスター退治に向けることができる。


 結果、紫織のゲームの戦績は一段と上がった。

 しかしいまなおウサギについての情報はろくに出てこない。


「……ちょっと、ねえ! 紫織!」


 我に返る。見れば無数のハンガーと棚が並んだ、衣料品店の一角である。

 隣りで文句をつけているのは、安代麻紀だった。彼女は白いティーシャツの上に革っぽい黒ジャケット、デニムのミニスカートを着ていた。足はブーツ、首にはチョーカーかと思えば、頭にはかわいい帽子までかぶってる。さながら女性向けファッション誌から切り抜いてきたような佇まい。

 こんな人がなんで自分の友達なのだろう、と今更ながら紫織は不思議に思った。


「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」

「服選んでもらっていながら他人事はナシだからね?」


 ジト目である。


「ご、ごめん」

「だいたいサー、紫織は痩せ型でお腹ほっそいのに全然使いこなせてないってどーなの? わたしなんて二の腕とお腹のせいでどんだけあきらめてきたと思って……」


 ブツクサ言っている。


 なにせ来た当初が超絶無難なキャミソールワンピース姿なのである。白地の上に緑のキャミソールデザインで、まあ悪くはないが大して良くもない。全体的に子供っぽく見えてしまう。

 以前の適当なティーシャツよりは上出来だとマキは言っていた。しかしまだまだ、これからが見せ所と服屋をあちこち歩き回ってはや二時間も経っている。その間、無数の服をカゴに突っ込んでは着せ替えられた。


「んー、とりあえずこれ、試着室」


 白のカットソーに、黒のワイドズボン。


「なるほど。次」


 ハットにチェック柄のワンピース。


「まずまず」


 黒シャツとワイドデニム。ボーイッシュに。


「おっ、意外とイケる。けど色がダメ」


 ストリート系。ブカブカのパーカーとショートパンツ。


「んー、メイク次第」


 もちろん紫織はほとんどすっぴんに近いメイクなので、やや浮いている。


「ちょ、ちょっとこれは恥ずかしいかも」

「まーまー、基本コーデはやってみないと。どんなのが似合うかもそもそもわかんないから」


 何度も着替えながら、紫織はため息を吐く。もともとファッションには興味がないものだから、何が楽しくてマキが積極的にやってくれてるのかわからない。

 ふと、鏡を見る。ショートボブのワンレングスの髪は、図らずも小顔の紫織によく似合ってはいるが、それもこれも右側の火傷の痕を隠すためだ。分け目を作って顔を半分隠すようにする。それと併せて人見知りで目を合わせないよう、俯きがちに目を伏せる。紫織は気付いてなかったが、これらが総合して非常に大人びたミステリアスな雰囲気をまとっているのを、マキは見抜いている。


「大体わかった。たぶんだけど、イエベ秋」

「イエ……何? それ?」

「パーソナルカラー。どういう色のコーデが似合うかってのを診断するやつ。紫織はその中でもイエローベース。オータム(秋)カラーが似合うんだよ」

「ぐ、具体的には?」

「ブラウン系統、カーキ色、あとは……ベージュ、サーモンピンクとかかなぁ」


 とりあえず頷くしかない。


「案外茶髪も似合うかもね」

「えっ、髪染めるの?」

「いつかの話ね。あと、紫織はヒップと太ももが気になるっぽいから、ロングスカートとかワンピースの方が好みにも合うんじゃない?」

「は、はい……おっしゃる通りデス」


 あけすけに言われると、恥ずかしい。


 マキ曰く、服を選ぶときはいったんAとIとY、Xの四つのシルエットを頭に入れておくと良いとのこと。下半身への末広がり(A)、スラっと均等に縦長(I)、上半身から脚に向かって締まっていく(Y)、そしてウエストを意識してメリハリをつけていく(X)など、体型にあわせて見せる形からコーデを決めていくとハマりやすいのだ。


「まあ好きなタイプのコーデは自分で探してみなよ。今日はイメチェンってことで、ちょっと違うのを……」


 結果、決まったのは黒のゆったりめのカットソーにサーモンピンクのワイドパンツ、それから黒いキャップ帽を被るというコーデである。これにもともと肩から提げていたショルダーバッグを掛けると、年齢から二、三歳増して大人びた印象をもたらす。

 しかしそれでいながら、キャップ帽があどけなさと可愛らしさを残して、急に都会の女の子という風になっていた。


「どうよ」

「どうって言われても……」


 まさかこのような色味の服装が似合うと思っても見なかった紫織である。あらためて鏡を見て別人になったような印象を受けた。


「良いっしょ?」マキはにこにこしてる。

「う、うん」

「感謝しろ」

「あ、うん。ありがと……」

「よろしい。アイス一個おごりね」

「…………」


 早速購入した。お代はそこそこしたが、マキが一部を負担してくれた。「バイトして稼いでるから」と言ってしたり顔だったが、おかげでおんぶに抱っこと言った具合で、かえって居心地が悪くなってしまう。


「ホントにありがとう。いつもなんとなくで決めてたから、今日はすごく勉強になった、かも。ほんとうにマキは服が好きなんだね」

「うん。こういう衣装に関わる仕事、したいしね」


 そういうマキの横顔は、ちょっと後ろめたそうである。


「勉強はできないけど、こういうのは好きで好きでたまんなくてさ。親に金食い虫って罵られてもーやんなっちゃうよね」

「あー、それはたいへんだね」

「なんで学校の成績におしゃれとかファッションとかないんだろ。それだったら優等生になれる自信あるよ」


 しかし現実は制服を着なければならないし、髪型さえも拘束される。ときにポニーテールすら許されないのだ。マキのようなタイプには陸に上がった人魚さながら、学校生活が息苦しい世界に思えたのだろう。


「でも、こうやって人の役に立てて嬉しいよ。紫織だって女の子だもん。当たり前に可愛くなって良いって」


 紫織はこの、なにげない縁で繋がっている友人のひどく真剣な側面を見て、なぜかドキッとした。ゲームを共通の趣味とし、どこかいい加減でノリの良い友人──そう思っていた彼女に、ここまで真摯に助けてもらって、申し訳ないような気持ちになったのだ。

 しかしなぜそう思うのか、自分でもわからない。


 ふと頭が痛み出した。疼痛にも似たズキズキとした感触が、考えることを邪魔した。

 ぎゅっ。目をつぶる。ここのところ夜ふかしし過ぎたのか、視界もぼやけてめまいもする。


「ごめん、ちょっと休ませて」

「あ、そういえば昼ごはんもまだじゃん! ごめんごめん!」


 近くにあったファミレスに入ると、ドリンクバーと二、三のメニューを頼んだ。待っている間、紫織はぐったりとして元気が出ない。手荷物は重く、四人席の半分を紙袋で埋め尽くしてしまったぐらいだ。

 ウェイトレスが来た。たらこのパスタと大根サラダ、鉄板プレート。おしゃれに気にしいのマキだったが、ご飯どきとなるとほんとうに好きなものを食べる。紫織はトマトパスタを恐る恐るフォークで巻く。


 頭はまだ重い。


「どしたの?」

「なんでだろう。すごく疲れた」

「人疲れってやつ?」

「かも」

「ふーん。紫織ずっと引きこもってたら、しんどいばっかだよ?」

「……そだね」


 ぎゅっ。何かが捩れる音がした。


「せっかく服買ったんだから、今度アキラくんと寿くんと会う時に見せてやったらいいんだよ。それまで何度か着倒して、こなせるようになれればねー」

「…………」


 食べながら、吐き気がして、ちょっとフォークを止める。ガンガンと金槌で叩かれるよう頭痛に抗いながら、ふと窓の外を見る。

 曇天。いかにも底が砕けそうなほどに重くのしかかった、黒に近い灰色。彼女はそこにまた耐えられないような絶望の匂いを感じ取った。しかしそれは同時に、ホッと安らぐような──ようやく苦痛から解放される前触れのようなものがあった。


「降る」

「えっ?」


 確信を込めて窓を睨む。すると──


 ぽつ ぽつ ぽっ ぽぼぼ

 ズァザぁァアアアア


 ついにバケツの底が破れたような土砂降りが、窓越しにハッキリと音を立てた。まもなく雨粒が拳大の水しぶきになって、窓に打ち付けてくる。

 六月。テレビを見ず、天気予報も検索しない人々にとって、まさに青天の霹靂(へきれき)としか言いようのない豪雨である。


 紫織は先ほどまでの頭痛がすっかり晴れていることに気づいた。


「紫織、いまのなに?」


 紫織は首を振った。


「わかんない。でも、昔からこうだった。頭が重いなーって思ったら、曇ってて、雨が降ると軽くなったんだ。まさかいつのまに曇ってたなんて……」

「へぇー、なんか雨乞いの巫女さんっぽいかも」

「そうなのかな。よくあると思うけど」


 また、窓を見た。するとこっちを観察しているようなまなざしを感じて、視線を下げると、今度は見つめ返す人に気づいて、すっかり目が合ってしまった。目を奪われるほどの美人の女性が、娘でも見るような目つきで紫織を捉えている。

 紫織はすっかり蜘蛛の巣に絡め取られた蝶のようにドキッとして、それから視線のもたらす魔力から逃れようと瞬きをした。ぎゅっ。あわよくば目を閉じて、見なかったことにする。しかし目をつぶろうとすればするほど、かえって好奇心が湧いて出てきて、あの視線の官能的なまでの交わりが果たしてほんとうだったのかを確かめたくなってしまう。


 そのときだった。


 辺り一面が真っ白になったかと思うと、数秒間を置いて腹の底まで響くようなゴロゴロという音が駆け抜ける。

 雷鳴だ。

 アッと思って気を取られているうちに、もう一度その席を見る。果たして女はいなくなっていた。


「うわっ、ひどい雨。帰れんのかな」


 マキの声で日常に戻された。しかし紫織はそれを、なぜか残念な気持ちで聞き流していたのだった。

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