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チャミエルルート 3 前編

いつも読んでいただき、ありがとうございます!


チャミエルルート完結編です。

彼のルートはいつも掘り下げてるようで掘り下げられてなかったので、今回ようやく書くことができました。



運命だと思った。


この出会いこそが、運命なのだと。









幼い頃からずっと、家にパパとママはほとんどいなかった。


神秘の森の管理はその広大な森の中で発見された生き物や植物・現象について調べたり必要に応じて保護するだけでなく、日々変化する神秘の森の現状についての探索・発掘や神秘の森の植物を使用した研究など他にもやることは山ほどあり、その全ての代表となるフェアリーテール家の夫婦は世界各国に飛び回りながら相当な激務の中で仕事をこなしていた。


その一人息子として生まれたチャミエルは、夫婦が側にいられない分数多くの使用人達に囲まれ、何不自由なくそれは大事に大事に育てられた。



それでも、その中心地にいたチャミエルの心はずっと寂しかった。



大きな屋敷の中で夜になればほとんどの使用人は自宅へと帰り、静まり返った中で数少ない使用人達は役割として側にはいても必要以上にチャミエルには決して近づかない。


もしチャミエルの身に何か起こればすぐさま首が飛び仕事を失う為に、皆がチャミエルの機嫌を伺い一定の距離を保ちながらチャミエルをまるで人形のように扱う。


一緒に遊んで!とチャミエルから声をかけても、忙しいのでと皆が笑顔で逃げるようにして側を離れた。


月に一度会えるかどうかのパパとママは、たまにしか会えない息子を溺愛し何をしても許し欲しがるものを有り余る財力でもって全て与えた。


でも、本当に欲しい『家族で過ごす時間がもっと欲しい』というチャミエルの心からの願いだけは決して叶えてはくれなかった。


パパとママ、そして周囲にいる使用人達に構ってもらいたくてわざといたずらをしても、買ってもらったおもちゃを壊しても何も言わない。


病気になってもすぐに帰れないからと、側に駆けつけてもくれない。


後から聞いたら、遠くからでも様子が伺える魔法で逐一使用人達が報告はして相当な心配をしてくれていたそうだけど、当時のチャミエルにそれは分からなかった。


同じ年頃の子供達とも関わる機会はなく、その分たくさんの大人達に囲まれていてもずっとチャミエルは孤独だった。




ずっと、心の奥が虚しい。






そんな時だった。


チャミエルがだんだんと自分から話そうとすることや食欲も減り、笑顔もほとんどなくなったことを使用人からの報告で聞いたフェアリーテール家の夫婦は、気分転換になるだろうとフェアリーテール家が管理する特別な山の別荘に1ヶ月ほど遊びに行かせることにする。


壁に囲まれた屋敷の中ではなく自然溢れる山の中と、そこで暮らす屋敷の使用人のようにチャミエルを人形ではなく1人の人間として接してくれる山の管理人のおばあさんーーーソフィエルとともに暮らす動物達との触れ合いはチャミエルの心を少しずつ癒した。



そして『その子』とは、その山の中で出会った。



『こんにちは!君の前にあるその花はキレイだけど、少し痺れる毒が花粉に含まれてるから触らない方がいいよ』


『え?』



チャミエルが振り返った先にいたのは、自分と同じくらいの背格好をしたハニーブロンド色の髪の毛と、ハチミツ色の瞳をした少年。



ここはフェアリーテール家の私有地で、本来ここに部外者がいることはまずない。


どうにか入ろうとしても森の入り口はフェアリーテール家が管理する妖精達の力で封鎖されていて、許可なく中に入ることはかなり難しいはずだった。




『ぼく、この森であらゆる病気に効くっていう赤い花を探してるんだけど、君こんな花を見なかったかな?』



少年がポケットから出したのは、紙に書かれたチャミエルが見覚えのない赤い花。


ブンブンとチャミエルが無言のまま首を横に振ると、少年は大きなため息をついた。



『そっか。怒られてもいいからって思いきって探しに来たけど、やっぱりぼくらだけじゃ難しかったかな』


『だ・・・・誰か、病気なの?』


『うん、ぼくのおばあちゃん。薬を買うお金がないから、それなら薬草でって色々試してるんだけど中々良くならなくて。友達がここならそれがあるからって教えてくれたんだけど、この森に入った途端姿が見えなくなっちゃったんだ』


『・・・・・ぼくも、探す』


『えっ?いいの?』


『うん』


『ありがとう!ぼくは・・・エル。君は?』


『ぼ、ぼくはーーーーー』



あれ?


この時、この子はなんて名乗ったんだっけ?


チャミエルは自分の名前を簡単に外の人に教えてはいけないって教わっていたから、とっさに違う名前を名乗ったのは覚えてる。


この子の名前もちゃんと聞いたはずなのに、記憶の奥で埋もれているのか上手く思い出せない。



『赤い花』は山の管理人であるソフィエルに聞いたら、すぐに見つけて少年のところに持って来てくれた。



『どうやってよそ者がこの山に入り込んだのかと思えば、なるほど。その子がお前をここに案内したんだね』


『おばあちゃんには、この子が見えるの?』


『もちろん。でないと、ここの管理人はやっていけんよ』



ソフィエルが見つけた少年の友達は、残念ながらぼくにはどれだけ目をこらしても見えなかった。



その後、少年とぼくは森の中で時々会えると一緒に遊んだ。


初めて出来た同世代の友達の存在にぼくはただただ嬉しくて、でも遊べるのは少年が森へ自分から遊びに来た時だけ。


ぼくから少年に会いに行くことはできず、何日も会えない時もあった。



『ねぇ、ソフィ。なんでぼくは、この森からでちゃいけないの?』


『それは、あなた様がご両親にとってとても大事な方で、危険がない様にと大切に守られておるからですじゃ』


『守るって、ソフィ以外にメイドも執事も、ぼくの側には誰もいないよ?』


『いいえ。目に見えない者達がたくさん守ってくれております』


『目に見えない者ってなぁに?どうしてぼくには見えないの?あの子の友達とも関係があるの?どうしてあの子はこの森の出入りが自由にできるの?』


『・・・・おやおや、坊っちゃまは質問がたくさんおありのようじゃ。いずれ、見えるようになりますし分かるようにもなりましょう。今そのことを坊っちゃまにお伝えすることは、私の役割ではございません』


『ならパパとママは?パパとママはその事が分かるの?パパとママはなんでここにぼくを置いて、それから一度もぼくに会いに来てくれないの?ぼくが悪い子だから、ぼくのことがもう嫌いになったの?』


『ぼっちゃま!そんなことは決してありませんよ』


『・・・・みんな、みんな口を揃えてそう言うけど、パパとママはちっともぼくに会いにきてくれない!ぼくのことなんかどうでもいいんだ!ぼくが、ぼくが悪い子だから!』


『ぼっちゃま!』



山での暮らしは楽しかった。


ソフィーは優しく、時々会えるあの子との時間もぼくは大好きだった。


それなのに、すぐに考えてしまう。





パパとママに会いたい。





パパに頭を撫でてもらいたい、ママにぎゅっと抱きしめてもらいたい。




『どうしたの?』


『!?』



森の奥で膝を抱えて泣いていたら、あの子が目の前に立っていた。



『大丈夫?』



心配げにチャミエルの顔をのぞくその子に、泣きながらチャミエルは今の気持ちを全部吐き出した。


彼はその間、ずっと側で静かに聞いてくれていた。



『それは、すごく寂しいよね』


『え?』



チャミエルの隣に座り込むと、少年はぎゅっと横からチャミエルを抱きしめる。



『ぼくも、お父さんとお母さんが仕事で遠くに行ってしばらく会えなかった時、すごく寂しくて夜になると側にいてくれたおばあちゃんに隠れてよく泣いちゃった。だから、君はぼくよりもっともっと寂しかったよね』


『!?』



話しながら頭をゆっくり何度も撫でてくれるから、チャミエルの涙はもっと溢れてしまい落ち着くまでだいぶ時間がかかった。



『いつもぼくがそんな風になる時はね、おばあちゃんがおまじないをしてくれたんだ』


『おまじない?』



少年は自身の赤いシャツの端をポケットに持っていた小刀で引き裂くと、チャミエルの手を取り右の薬指に結びつける。



『!!??』


『運命の人とは目に見えない赤い糸で繋がってて、こうやって赤い糸やリボンなんかでその人のことを想いながら結ぶと縁がより強く繋がるって。好きな人だと左手なんだけど、家族や友人は右手なんだよって』



キュッと指がしめられた瞬間、チャミエルの身体に電気が走ったような衝撃が走った。



『今思ってることを、ありのまま君のパパとママに伝えてみて。もういい子でいなくていいんだよ』


『ごめん、ぼくは君みたいないい子じゃない。たくさんわがままも言ったし、せっかく買ってもらったおもちゃもバラバラに壊しちゃった。それなのに、もっと一緒にいたいなんて駄々をこねたら今度こそパパ達に嫌われちゃうよ』


『・・・・・ッ!』



そしたらもう、ぼくは生きていけない!と再び膝を抱えて泣き出したチャミエルの顔に手を添えて起こすと、少年はニッコリと陽だまりのような笑顔を向ける。



『バカだな、君は。ちゃんと鏡で自分の顔を見たことある?』


『へ?』



持っていたハンカチでチャミエルの頰の涙を拭うと、少年は近くに植わっていた色鮮やかな花に『ごめんね、一輪だけ分けてね』と囁くと、その花を地面から抜き取り茎の部分からチャミエルの髪の毛に差し入れた。



『ほら、君はとても可愛い。何をしなくてもできなくても、君は君であるだけでとても可愛い。少し会っただけのぼくがそう思うんだ。君が生まれることを望み、お腹を痛めて産んだママとパパ達が君を可愛いと思わないわけがないよ!』


『・・・・ほ、本当?』


『大丈夫、ぼくを信じて』


『!?』



少年の言葉を信じ、パパとママ達に自分の気持ちを伝えようと決めてソフィーのいる小屋に戻ったら、そこには信じられない光景があった。



『チャミエル!!』


『あぁ、私のチャミエル!!』


『・・・・パパ?ママ?』



こうして2人に会えるのは、もう何ヶ月ぶりになるのだろうか。



『パパッ!!ママッ!!』



泣きながら2人に飛びついたチャミエルは、少年に言われた通りにありのままの気持ちを全て吐き出した。



寂しかった。


会いたかった。


側にいて、抱きしめて欲しかった。


頭を撫でて欲しかった。


大好きだと、言ってもらいたかった。



『あぁ、私の可愛いチャミエル!寂しい想いをさせて本当にごめんなさい!』


『すまなかった、チャミエル!!お前は私達の宝だ!大好きに、愛しているに決まっているだろう!!』



パパはチャミエルの頭をその大きく温かい手で何度も撫で、ママは泣きながら優しく抱きしめてくれた。



『あら、チャミエル。このお花、あなたに似合っていて本当に可愛らしいわ!』


『ほ、本当?』


『えぇ。そうだわ!今度、私が小さい時に着ていた服や飾りも一緒に身につけてみましょう!絶対に私の可愛いチャミエルに似合うわ!」


『これまで寂しい想いをさせて、本当に悪かった。ようやく仕事の一区切りがついたから、これからはもう少し愛するお前といる時間が作れるぞ!』



『!!??』



それはチャミエルにとって、信じられない奇跡のような出来事だった。



すごい!


きっとこの『おまじない』のおかげだ!



チャミエルはすぐに、森の中へ少年を探しにいった。



お礼が直接言いたかった。



けれど、いくら探しても少年の姿はすでにどこにもなく、パパとママとともに今日を最後に自宅の屋敷へ帰ることになってしまった。


ソフィーにもお礼を伝え、もし少年にまた会うことがあればチャミエルからのお礼を伝えて欲しいと手紙を渡してきたが、少年から返事が来ることは一度としてなかった。


もう一度少年に会いたくてもソフィーも彼が住む場所が分からず、それ以降その山で少年の姿を見ることもなかったという。





本当は、ずっと君に会いたかった。







「・・・・・大丈夫?」



チャミエルが目を開けると、太陽に照らされて光り輝くハニーブロンドの髪と蜂蜜色の瞳を持つ青年が、心配げな表情の中でチャミエルをまっすぐに見つめていた。


少し離れたところからラジエルとロードの声が響く。


そうだ、ここは屋上で今チャミエルが頭をのせているのは彼の膝の上。


食後の昼休みに、少し眠くなったからと休んでいたところだった。



「ハニ、エル?」


「うん。どうしたの?」


「!?」



何でこんな大切なことを、ずっと忘れていたんだろう。




『ありがとう!ぼくはハニエル。君は?』




「・・・・・ずっと、会いたかった」


「え?」



チャミエルはハニエルの胸の中に顔を埋めると、その細身の腰をしっかりと抱きしめる。



「ちゃ、チャーミー?」


「キャハ☆なんちゃって!ハニーってばドキッとした?」


「!?」



だが、ハニエルに向けて顔を上げた次の瞬間、チャミエルの顔はいつも通りの可愛らしく眩しい笑顔で向き直った。



「チャーミー、お昼寝してスッキリしたからちょっと乱れた髪の毛直してくるね!ハニー、膝を貸してくれてありがとう!」


「う、うん。それなら良かった。あ、でもチャーミー!」


「なぁに?」


「そんなに慌てて直さなくても、君はそのままでとても可愛いと思うよ」


「!!??」



ニッコリと、何の他意もない笑顔でハニエルがそう伝えると、チャミエルの顔が珍しく一気に赤く染まる。



「キャハ☆チャーミーすっごく嬉しい!ありがとう、ハニー!」



くねっと普段通りの可愛らしいポーズを取りながらハニーに向けて手を振ると、チャミエルはその場を走りさった。



「・・・・・・・ッ!」



そんな2人の姿を、少し離れた場所からロードが黙ったまま見つめる。


あんな顔のチャミエルを見たのは、ロードは初めてだった。


大きな萌えを感じるべき状況なのに、胸がもやもやして痛む自分に戸惑う。



これでいい。


これが正しい、本来あるべき姿だ。




それなのに、おかしいじゃないか。


俺は腐男子でBLを見るのが何より萌えて幸せなはずなのに、何で少し前なら大興奮で目を離せなかったクラスメイトの生BLにも前のような興味が持てない。


あんなに待ち焦がれていたチャミエルとハニエル君のBLにも、心が踊るどころか見ていると胸が苦しくなって目を背けてしまう。




『ロード!大好き!』




ズキン。




「!?」



一体俺は、どうしてしまったんだろうか。




「ロード、大丈夫か?」


「あぁ、大丈夫だ。なんでもない」



心配してくれたラジエルに笑顔で答えつつ、チャミエルが去って行った屋上の扉の向こう側に視線を向ける。



そうだ。


あの向日葵のような笑顔を向けられるのは、もう俺じゃない。









「・・・・よし、可愛い♪」



チャミエルは洗面台の鏡を見ながら、結い直した髪の毛のリボンを丁寧に整える。


そして、右手の薬指を無意識に反対側の手で握るとその指にそっと唇をつけた。



「あ、リップついちゃった!もう一回塗り直さないと・・・・・ッ!」



ピンク色の可愛いデザインのポーチから、お気に入りの色つきリップを出そうとチャックを開けた途端、そこからボタンが1つ転び落ちた。


それはチャミエルが特注で用意した制服のシャツについていた、金色のオシャレなエンブレムをかたどった細工が施された特別なボタン。


そのボタンが今のように勢いよく転げ落ち、『彼』が拾ってくれた時の光景が今でも鮮明にチャミエルの頭に蘇る。





『これ、君の?』



あの時、それまで指先から始まり腕や足の部分的なところを縄で縛ることにだんだんと物足りなさを感じ、初めて全身を縛ってみようと一人でチャレンジした時だった。



『あ、ありがとう!』


『・・・・・ッ!』



彼の前に立つチャミエルは、乱れた制服の上から縄であちこち縛り上げ身動きがほとんど取れなくなっている、普通の人であれば異様に映るだろう状況だった。


青い顔をして逃げ出すか、これまでにもいた逆に赤い顔をし興奮してチャミエルに襲いかかってくるか。


襲いかかってくる分には、自慢の蹴りやパンチで『おしおき』をすればいい。



逃げ出す分には何ら構わない。



別にそれでチャミエルが傷つきもしないし、なんと思われようが興味もない。



だがーーーーーーーー。




『・・・・大丈夫?』


『へ?』



彼はむしろ心配気に近づいてくると、チャミエルの体に無造作に巻きつき身動きの取れなかった縄を器用に取り外した。



『これ、どうやって君の体に巻いたらいいの?』


『!?』


『自分一人で縄を体に巻きつけるのは難しいだろうから、俺で何か役に立てるなら手伝うよ』


『・・・・い、いいの?』


『魔力を高める為に、規則に沿った縛り方で自分の体に魔法陣代わりに縄を巻きつけていくっていうやり方があるのをこの間本で読んだだけだから、その巻き方までは詳しく分からないんだけど。それでもよければ』


『あ、ありがとう!』



彼は大きな勘違いをしていた。


チャミエルが試そうとしていたのは、別に魔力を高める為でもなんでもない。


体を縛ると自分の心が他のどんなことよりも喜び、高揚した気分になることに気づいてから色々な巻き方を試しているだけ。



だが、彼は思っていた以上に器用で、知識だけで手に入れた快楽の為の縄の巻き方の絵姿をすぐに理解し、人形で練習しながらついにチャミエルの体を紙面通りの形に縛り上げることに事に成功する。



『大丈夫、俺を信じて』


『!!??』



そのまっすぐな目で射抜かれながら縄で縛られると、たまらなく興奮して全身が震えた。


途中から流石に彼をこれ以上騙しているのは嫌だと感じ、この行為がチャミエルの趣味に過ぎないことを恐る恐る告げたところ、青年は引くことも起こることもなくあっさりと受け入れてくれた。



自分も他の人から見たら、少し個性ある趣味があるから同じようなものだと。


趣味は自分のモノで、人の目を気にしてやることではないとそう思ってるからと。






それからずっと、チャミエルがどんなわがままで彼を振り回そうとも最後には全部笑って許して受け入れてくれた。



そのことに、いつからか全力で甘えていた。



『も、もう縛るとかそういうの嫌なんだよ!!チョコまみれも、はちみつまみれも、アイスまみれももうたくさんだっ!!』




「・・・・・ロード!』



チャミエルは、手の中のボタンを強く握りしめる。



ぼくの『運命』は、どこにある?












「何を、悩んでいるんだい?」


「!?」



夕方、ロードがお気に入りの学園の端にあるベンチに座っていると、突然声をかけられる。


慌ててそちらを見ると、短めの黒髪に黒い瞳をし簡素な服に身を包んだ背が高く細身だが割といい身体をした、見た目30代ほどの渋さも入った大人イケメンが現れた。



「すまない。ずいぶん深いため息をついているようだったから、つい声をかけてしまった。私はこの学園の庭師を務めている者で、名前はセラフだ」


「・・・・・俺は、ロードといいます」



セラフと名乗った男の胸に学園の関係者のみが身につけることを許されている、学園の紋章をかたどった羽をモチーフとした銀色のブローチを見つけてから自分の名前を名乗る。


確か、名前と魔法で契約を交わしてから身につけるものらしく、別人がその身につけるとその契約に込められた魔力が発動して全身に雷が走るとかなんとか言ってた気がする。


つまり、学園の関係者というのは間違いない。



「ロードくん。ここ、一緒に座ってもいいかな?」


「・・・・ど、どうぞ」


「キレイだね」


「はい」



あれ?


何で俺、よく分からないイケメンと夕陽を眺めてるんだ?



「この場所は私も気に入っていて、気持ちが滅入るとここから見える美しい夕陽をよく見ていた。夕陽を見ていると、自然と涙が出てね。気持ちが少し軽くなるんだ」


「・・・・・・」



確かに大人イケメン・セラフの言う通り空いっぱいが燃えるような茜色に染まり、ゆっくりと沈んでいく強くも優しい暖かな光を見ていると、特に泣きたいわけではなかったのに涙がにじみ出てくる。



「これは私の独り言だから、聞き流してくれて構わない」


「え?」


「昔、私には大切にしていた可愛い小鳥がいてね。とても美しい声で歌うように鳴く愛らしい小鳥だった。だが、小鳥は私の手の中ではなく広い世界が見たいと自ら外へ飛び立ってしまった。それから私の心は何を見ても聞いても空っぽな部分ができて、埋まらないんだ」


「・・・・逃げちゃったんですか?」


「いや、その小鳥は外で飛びたいと願い、私もその願いを叶えたいと思ったから自由にしたんだ。それが小鳥の為だと思ったからね。ただ、後から後悔はしたよ」


「後悔?」


「なぜ、いなくなってしまう前にもっと大切にできなかったのかと」


「!?」


「なぜもっと側にいられる時に、小鳥の奏でる歌をもっとよく耳を傾けて聞きその歌を褒めてやらなかったのだろう。なぜその美しい身体を、もっとたくさん撫で愛でてやらなかったのだろう、とね」


「・・・・・・ッ」



そうだ。


なぜ、俺はチャミエルが側にいる間にもっと彼との時間を大切にできなかったのだろう。



『ロード!』



いつだって彼は、あんなにまっすぐ自分にぶつかってきてくれていたのに。


側にいるのが当たり前に感じるほど、誰よりも近い距離にいたはずなのに。



「ロードくん。どうぞ、これを」


「!?」



気がつけば、両目からは涙が流れ落ちていた。


セラフの手から白いハンカチを受け取り、涙の止まらない両目を覆う。



「すみま、せん」



最近、あの笑顔が自分にだけ向けられないことに毎回のように傷つく自分がいた。


彼を縛ることに対して戸惑いはあったけれど、彼を自分の手で縛り自分にしか見せない表情を見せて喜ぶチャミエルの姿に、特別な決してキレイなものではないだろう感情を感じていたのは間違いじゃない。


それでも、眩しい笑顔も赤く高揚した妖しい笑みもどちらもチャミエルで、そんな彼に振り回される日々の中でいつしか目が離せなくなっていた。




『キャハ☆チャーミー、嬉しい~!』


『ロードってば、可愛い!』


『ロード・・・・なさい』





「・・・・・・うぅっ!」



チャミエルとの秘密の時間を無くしてから、初めて声を上げて俺は泣いた。


横に座るセラフは、ただ黙って目の前の夕陽を見つめている。



「ロードくん、これも私の独り言だからそのまま聞き流してくれて構わない」


「!?」


「私の一番の後悔は、私の気持ちを小鳥に告げなかったことなんだ。いつだって側にいてその歌声で何度も私を癒してくれた、そんな小鳥のことを私がどれだけ感謝し大事だったか。残念ながら私は、失ってからでないとその重みに気づけなかった愚か者だがね。それでも、私のその気持ちは小鳥にきちんと伝えたかった」


「好き、だったんですね」


「今も変わらず愛しているよ。これから先も、私が側にいられなくとも小鳥が誰よりも幸せであってほしいと願っている」


「・・・・・・セラフさん」


「つまらない話につき合わせてしまって、悪かったね。もう陽が暮れるから、君も早く家に帰った方がいい」



夕陽はだいぶ沈みかけ、辺りはかなり暗くなり始めていた。



「いえ、ありがとうございます。たくさん泣いたらなんだかスッキリしました」


「そうかい?また何かあったら、あの場所に来たらいい。私は君に何もしてやれないが、話を聞くことぐらいはできるからね」


「はい、ありがとうございます!」



セラフさんに頭を下げて別れると、真っ直ぐに寮へと向かう。


久しぶりに晴れやかな気分だった。




そうだよ。


後悔するぐらいなら、ちゃんと自分の気持ちをチャミエルに伝えてからでも遅くはない。


一緒に過ごせて本当に毎日が楽しかったし、チャミエルが近くにいてその明るい笑顔を向けてくれていたことで、いつだって心が癒されていた。


少しだけ友人以上の関係になってからも、それは変わらなかった。


変わったのは、前よりもチャミエルを近くに感じると苦しいぐらいに心臓どころか全身が反応してしまうこと。


どうやって普通にしていたのかわからなくなるほどチャミエルが可愛くてドキドキしたり、どれだけ振り回されてもそれでチャミエルが喜ぶならと許してしまう自分がいた。



彼の声が響くだけで震える。




『ロード?なに、言ってるの?』


『ロード以上に上手い人なんていないよ?どうしたの、何かあった?』




傷つけると分かっていて、あんなことを言って本当にごめんな。



本当は、嫌じゃなかった。


嫌じゃなかったから、それが何より嫌だったんだ。



こんな何の取り柄もないモブキャラに過ぎない俺に、お前みたいに学園のアイドルになっちゃうぐらい誰よりも可愛い見た目に反して、内面はちゃんと男の部分ももってるようなカッコいい奴が隣にいるのはおかしいって、ずっと思ってた。



ごめんな、チャミエル。


いつだって笑顔だったお前に、あんなに傷ついた顔をさせて。



今はハニエル君が側にいるだろうけど、ちゃんとこの気持ちだけは伝えるから。



「・・・・・・よしっ!!」



セラフから借りたハンカチで涙を拭うと、ロードは気合を入れて寮の入り口を通り抜ける。



今夜、チャミエルに話をしに行こう。



その前にしっかり食べて、久しぶりにお風呂にもゆっくり浸かろう。


心を決めると、不思議と気持ちが落ち着いてロードの表情も柔らかくなった。



そして、謎の大人イケメン・セラフのこともさっそく明日から調べようと決めた。


あれだけ雰囲気があるイケメンなら、もしかしたら隠れ攻略者、まさかの理事長という線も十分にありうる。


となると、たとえに出ていた小鳥はハニエル君となるが出会いはまさかのハニエル君幼少期?


そうなると理事長がショーーーーーいや、BLに歳の差は関係ない!


大人になってしまえば、10個や20個の歳の差は当たり前。


むしろ、おじさん×学生なんて普通にじゅうぶん萌えるじゃないか!



「久々に萌えてきた~~ッ!!」



浴槽に浸かりながらのBL妄想は、セラフ(たぶん理事長)×ハニエル君に決定!


一気に生き生きしたロードは、スキップをしながら自室の入り口に向かった。











その日の夜、チャミエルはラジエルに頼んでハニエルと2人きりにしてもらった。



「どうしたの?急に、話したいことがある、だなんて」


「う、うん」



チャミエルはドキドキと勝手に高鳴る心臓を持て余しながら、ハニエルから受け取ったたっぷり蜂蜜入りカフェラテが入ったマグカップに口をつける。



「あ、あのね。今日は、ハニーに見せたいものがあって」


「ぼくに見せたいもの?」



ぐっと緊張に焦る気持ちを細くキレイな指をを一回握って落ち着かせてから、チャミエルはポケットからおずおずとかつてチャミエルの指に彼が巻いてくれた『赤い布きれ』をその手の上に置きながらハニエルの前に差し出す。



「!!??」


「・・・・こ、これ、覚えてる?」


「これって!?」



それはもう、かなり古いもので色も褪せており切り口の部分はだいぶ糸がほつれていた。



「チャーミー!!」


「えっ!?」



その布を見たハニエルが、チャミエルの首に勢いよく抱きつく。



「よかった!ずっとあれから、君がどうしてるのか気になってたんだ」


「は、ハニー?」


「あの時はごめんね。君と最後に会ってすぐに、父さんの仕事の都合で遠くに行かなくちゃいけなくて。バタバタする中で全然連絡もできないまま、こんなに時間がたっちゃった。また会えるなんて、こんな形で再会できるなんて!」


「・・・・・ッ!」


「よかった!君がまたこんなに笑って過ごせるようになって、本当に良かった!」



ハニエルは泣いていた。


それはキレイな涙を流しながら。


その涙を見ながら、チャミエルの目からも涙が溢れる。



嬉しかった。


彼が、自分を覚えていてくれたことが。


ハニエルからすればほんのひと時だけ側にいただけなのに、今なお想っていてくれたことが。



「チャ、チャーミー・・・・ずっと、ずっと君にありがとうって、そう言いたかった。君がいたから、チャーミーは・・・・ぼくはもう一度笑えるようになったの!」


「チャーミー、それは違うよ。ぼくは、ただきっかけを君にあげただけ。君が笑えるようになったのは、君の勇気のおかげだよ」


「!?」



ギュッと、あの時と同じ温かいぬくもりのまま、ハニエルがチャミエルの細い体をより強く抱きしめる。








「・・・・・・・ッ!」



2人のそんなやりとりを扉越しに偶然とはいえ聞いてしまったロードは、ノックをしようとしていた手をゆっくり下ろしそのまま自室へと静かに戻って行く。


あんなチャミエルの声を聞くのは、初めてだった。




彼にとってハニエル君は『運命の人』。



たかがモブの一人に過ぎない自分がそんな2人の中に入るなど、許されることではない。



やっぱり今の気持ちを伝えたところで、優しいチャミエルを困らせるだけだ。



ならば、今の自分にできることは。




『今も変わらず愛しているよ。これから先も、私が側にいられなくとも小鳥が誰よりも幸せであってほしいと願っている』




ロードの頭の中に真っ赤な夕陽に照らされた美しい景色の中で、見ているこちらが切なくなるほど優しい眼差しで語ってくれたセラフの言葉が蘇る。



「・・・・・俺に、できること」


「ねぇ、そこの君?」


「!?」



自室への帰路の途中、突然声をかけられると同時に背中に不穏な気配と冷たい刃物の感触を感じる。


一瞬にして鳥肌が全身に立ち、冷や汗が流れた。



「人を探してるんだけど、ハニエル=ハーモニーって生徒の部屋はこの辺かな?あ、嘘ついたら殺しちゃうから正直に答えろよ」



男の声は少し低めで、この声の調子からすれば背中に突きつけられた刃物は何の躊躇いもなくロードの肉の中に突き刺すだろう。



『今も変わらず愛しているよ。これから先も、私が側にいられなくとも小鳥が誰よりも幸せであってほしいと願っている』




俺に、できることーーーーーーーー。




「・・・・・ハニエル=ハーモニーは俺ですけど、何か用ですか?」


「!?」



震える手を強く握りしめながら、笑顔で告げる。


頼むから、ひきつらないでくれよ。




「そうか。お前が、ハニエル=ハーモニーか」


「・・・・・・ッ!?」



男の蛇のような目が妖しく光り、ニヤリと口の端が釣り上がる。








そして、ロードと男の姿はその場から消えた。


これまで割と?ギャグよりだったのですが、シリアスより?な感じになりましたかね。


ハニエル君とだと、百合っぽいほのぼのカップルになりそうですね。

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