第C&Ⅷ十Ⅵ話:人はソレを見つける為に生きているかも知れないと。
特に会話もなく先を歩く背を征樹は眺めていた。
眺めながら征樹は再び考えを巡らす。
ずんずんと歩いて行く鈴村の様子を見る限り、何処か確固たる目的地があるのは間違いないように思える。
征樹が考えているのはまさにそれなのだ。
"鈴村が自分に何を見せたいのか"という事に関しては百聞は一見にしかずで済ませた。
だが、"何故見せたいのか"という点について征樹は考えを巡らせていたのだ。
幸い、会話がないという事は、征樹にその時間を与えている。
(・・・やっぱり、母さんと鈴村さんの時間がきっかけなんだよな・・・。)
キルシェが言っていた自分に対しての鈴村の言動は、全てそこにある。
だとしたら、今回の目的地も動機もそこにある。
というより、そこにしかない。
「ここが、私の過ごした教室です。」
思考に割り込む鈴村の声、そして教室の戸を開く音。
「そして・・・。」
つかつかと中へ進み・・・。
「この窓側が私の席。」
ぽんっと机に手を置くと、静かに撫でる。
「当時の私は本当に手がつけられなくて・・・その、なんというか、不良というのですか・・・。」
クスリと自嘲気味に笑う。
「そんな時に出会ったのです。」
『こんな所で何をしているのかしら?』
出会ったというのは征樹の母の事だろう。
鈴村は、征樹が推測した記憶を呼び覚ます。
「人の言動に騒がしい輩や、抑圧しコントロールしようとするだけの輩達の中で、母君だけが違った。」
『好きにすればいいのよ。だって貴女の人生ですもの。それに疲れちゃうものね、誰だって。』
そう微笑んでただ傍にいただけ・・・いや、"いてくれた"懐かしい姿を、机に視線を落としたまま思い出す鈴村。
(あぁ、そうか・・・。)
なんとなく、なんとなくだが腑に落ちた。
腑に落ちてしまった征樹は、思わず声を上げそうになる。
「あの方だけが計算も妥協もなく・・・。」
鈴村は"受け入れられない"のだ。
恐らく、征樹や瀬戸、そして征樹の父よりも圧倒的に。
唐突過ぎるその"死という現実"を。
その時間が、きっと鈴村には必要なのだ。
きっかけも。
それがここに来た理由の一つなのだろう。
では、征樹は何故?
何故、征樹が一緒に来る必要だったのだろう?
(僕が息子で・・・。)
そして、彼も知らない母の姿がここにはある。
そして、鈴村の知らない母としての姿が征樹の中にはあるから。
「人にはきっとその人だけの役目、そして必要としてくれる存在と時機がある。母君はそうも私に言ってくださいました。」
だとしてら、征樹の役目はなんだろう?
征樹は慎重に考える。
今、この時、彼女にとっての自分の役目。
自分が母の息子として生まれて、鈴村の為に出来る事、しなければならない事。
慎重に、慎重に、選択すべき事を考える。
「・・・鈴村さん。」
今まで感情や勢いに任せた言動をした事はあった。
母が亡くなった時の無力さや後悔を再び味わいたくない一心で。
しかし、これはそれとはまた少々違う。
征樹にはそれが理解出来た。
理解すると、喉が急激に渇いてひりつく。
口から出た声もどこかおかしくないだろうかと、頭に過ぎる。
「もういいんだよ。」
ただ何故だか、自分は自然に微笑めている。
それだけは解った。
「征樹・・・様?」
きょとんとする鈴村の表情を見ると、酷く恥ずかしい気持ちが湧き上がってくるが、今はそんな事を感じている暇はない。
一歩、また一歩と鈴村との距離を詰めて歩み寄る。
「もういいんだ・・・。」
今の自分は鈴村の表情のそれに対して、随分と違いがあるのを感じつつ、間の距離をゼロに。
ゆっくりと彼女を抱きしめてから・・・。
「もういないんだ・・・死んじゃったんだよ・・・。」




