第C&ⅣxⅩ話:君が笑うこの世界。
「まぁーったく!なんなの、アレは!」
鈴村が去って一番に声を上げたのは杏奈だった。
「なんなのと言われても・・・紹介しただろう?」
今にも噛み付かんばかりの表情で言われた側の当の征樹は、非常に冷静だった・
それ以外に答えようがないとも言えるが。
「それは解った!そうじゃなくて!」
「まぁまぁ、杏奈ちゃん。」
「大体、征樹は隙があり過ぎるの!」
最年長の琴音がすかさず割って入る。
しかし、杏奈の指摘にも一理ある。
征樹はまるで、思春期というか、男女の違いという認識において抜けている事は確かだ。
「私達の態度にも少し、問題があったんだから仕方ないわ。」
あんまりにもあんまりな杏奈の指摘に同意しつつも、静流は杏奈を説得する。
流石に年長組だ。
まるごとひっくるめて、顔に出さないところが。
「ほんっとにイヤミなオンナ!」
「あ、杏奈、鈴村さんが女性だって解ったんだ・・・。」
征樹はハンサム、綺麗な人だなぁ程度しか思わなかっただけに、女性だと知った時の驚きもそこそこ大きかった。
「解らないでかっ!」
あれだけ女としての宣戦布告をされて気づかなければどうかしている。
「で、でもっ・・・あの方も、葵くんを心配しているのは同じですし・・・。」
奏も事態を終息させる方向で声を上げる。
彼女の言う事にも一理ある。
一理あるのは、皆の言葉も同じだけに、杏奈としては益々イラだつ。
「だからって・・・。」
大人しく、はい、そーですかと納得し難いのも事実だ。
「まぁ、よく解らないけど、それはいいとして、線香は?」
「あ、はい~。」
バケツを持ったまま立ち尽くすのもいい加減疲れてきた征樹は、バケツを置くと琴音から渡された線香を焚き、プレートの上に横たえる。
煙が立ち昇り、ゆらめき消えていく線を逆に辿るようにしゃがみ込んで墓標を見上げる。
ゆっくりとまばたきを繰り返し、無言で眺め・・・。
彼のそんな後ろ姿を同様に無言で、征樹の後姿をみつめて、やがて誰ともなく皆、瞼を閉じる。
祈り。
ただ祈るだけ。
その空間には先程と同じ、感謝と哀悼の意が満ち溢れていた。
「母さん・・・。」
ぽつりと・・・。
ほんの微かに残る母の面影をかき集める。
どんなに集め、思い出そうとしても一向に鮮明にならない母の像。
「来られなくてごめん・・・。」
幼かった征樹には受け入れ難かったのも確かだ。
「今日だって、ここに来るまで沢山・・・沢山、色々な事があったんだ・・・。」
特にここ最近は、目まぐるしくて息をつく暇もないくらい。
悲しいとか、辛いと思ったりする時間すら潰して・・・。
その一つ、一つを思い出していく征樹。
「皆がいてくれたから、僕は今日ようやくここに来られたんだと思う。だから、うん、もう大丈夫。」
「征樹・・・。」
「征樹くん。」
杏奈と静流は複雑な声を上げ、琴音と奏は優しい笑みを浮かべ、それを見守っていた。
誰にも優しい時間。
それを与えてくれる人達が自分にはいるという自覚が、征樹にも多少出てきたという事なのだろうか。
ただ、多少の心境の変化が今までの期間で起こらないとなると、ある意味で手の施しようがないという説もある。
「さてと・・・。」
束の間の祈りを捧げ、立ち上がると征樹は皆の前に向き直る。
「次は、お待ちかねのお弁当だね。」
征樹の表情はどことなくすっきりしていて、晴れやかに見える。
少なくともそれだけの事が彼にあったのだという事だけは、時間と出会いが証明してくれている。
「そうねぇ~、何処で食べようかしらぁ?」
「待ってましたぁっ。」
目を輝かせる杏奈のうきうきした表情に、征樹は呆れた視線を送る。
ついでに顔を覆ってもいいくらい。
「なっ、なによぉ~。征樹だって楽しみでしょ!」
「はぁ・・・。」
花より団子もここまで来ると、いそ清々しいとも言える。
勿論、杏奈が墓参り、自分の母を蔑ろにするよな情の薄い人間じゃないという事も征樹がしっかりと理解しているうえでだ。
「わっ、私もっ、楽しみです!」
花より団子がもう一人。
「お墓参りも終わった事だし、いいんじゃない?」
静流の言う事ももっとも、後は楽しみだけでいい。
「何処か・・・暑いから木陰のある公園なんかがいいね。」
「あ、私、ビニールシート持って来てます。」
「さすが、先輩!」
「じゃあ、飲み物を買って・・・。」
「水筒なら私が持って来ているわよ、征樹くん。」
片やビニールシート、片や水筒をバッグからチラリと覗かせる二人。
彼女達を見て、チラリと・・・。
「つまり、何も持って来てないのは・・・杏奈だけと。」
「うぐっ。ずびばせん。」
「まぁ、いいか。じゃ、行こう。」
しゅんとする杏奈を尻目に征樹は皆を促す。
「あらぁ、その前に~。」
「?」
「奏ちゃんの着替える場所を探さなくちゃ~。」
移動を促す征樹を遮るくらいだから、何があったのかと思いきや。
笑顔の琴音の発言は、墓参り前の出来事を思い出させる。
「あ、そういえば。」
「そ、そ、それはもういいですっっ!」




