表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第六章 悪役令嬢の夏休み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/155

【ゼノ】魔法使い 3

 魔術の理論がまだ確立されていなかった時代──

 それは「魔法」と呼ばれ、理を超えた力として畏れられていた。


 体系こそ存在しなかったものの、生まれながらに才能を持つ者は、「魔法使い」と称されていた。


 少女の話を要約すると、こうなる。


 彼女の愛読書には、眼鏡をかけた男の魔法使いが登場するという。

 その魔法使いは、没落した貴族の令嬢である主人公を助け、最終的に彼女は王子と結ばれるらしい。


 魔法使いは、さまざまな奇跡を「魔法」として具現化し、主人公に希望を与えていく。

 その奇跡の数々は、少女が学んでいる魔術では到底再現できないものばかりだった。


 ──そして。


 そんなとき、私が光の中から現れた。

 彼女の知識では説明のつかない登場の仕方だったのだろう。


 結果、私は「魔法使い」に認定されたらしい。


 少女は目を輝かせながらページをめくり、魔法使いがどんな奇跡を起こしたのか、次々に語ってくれる。


 先ほど少女が見せてくれた挿絵には、魔法使いが主人公のために、一面に広がる花畑を生み出す場面が描かれていた。


 ……確かに私は眼鏡をかけているし、この”魔法使い”とやらに、まったく似ていないとも言えない。


 私は脱出手段を思案しつつ、少女の話に半ば気を取られながら耳を傾けていた。


 すでに冷静さは取り戻していた。

 呪術を使えば、ここから抜け出すことは可能だと見当もついていた。


 だが──当時の私の呪術はまだ不完全だった。

 余計な痕跡を残したくなかった私は、この少女を利用し、安全にこの場を切り抜ける道を選ぼうとしていた。


「……私が魔法使いだとして、君は何を望む? 王子との結婚か?」


 たしか、次期王太子も彼女と同じくらいの年齢だったはずだ。

 この少女の家柄が高位であるなら、絵空事ではなく実現の可能性もなくはない。


 しかし──


 少女は私の問いに、唇をきゅっと結び、ふいに決意を宿した瞳でこちらを見上げてきた。


「……お母さまの、お体を治してほしいのです」


 その言葉に、私は不意を突かれた。


 ──その、澄んだ眼差しに。


 かつての私が、ただ祈るような気持ちで願った、あの願いが重なる。


 自分の力だけではどうにもならない現実に、それでも抗おうとする幼い意志。


 その瞳に映る自分の姿に──私は、幼き日の自分を重ねていた。


「お母さまは……お体が弱くて……最近は、もうベッドから起き上がることさえ難しくて……」


 少女の小さな手が、ぎゅっと握られる。

 その細い肩がわずかに震えていた。


「お医者さまも……治癒魔術師さまも、誰もお母さまを治せなくて……」


 ──“魔法使い”なら。


 物語の中で、奇跡を起こす存在ならば。

 叶えられなかった願いさえ、きっと叶えてくれる。

 そんな幼い希望が、彼女の胸の奥に宿っていたのだろう。


 ……だが。


「……私には、君の母上を助ける力はない」


 その言葉に、少女の表情がみるみる曇る。

 希望の光がしぼむように、瞳の輝きが失われていく。


 本当のことを伝えた。ただそれだけなのに、心のどこかが痛んだ。


 この子を“魔法使い”として騙し、利用することは簡単だった。

 この屋敷から出るために、それを選ぶ道もあった。


 ──けれど、私はそれを選ばなかった。


 それを選ぶことは──

 あの頃、願い届かぬ夜に、ただ空を見上げていた“昔の私”に、背を向けることだったから。


 私はゆっくりと手を伸ばし、少女の頭にそっと触れた。

 絹糸のような柔らかさに指先が沈む。静かに髪をすくい上げるように撫でる──

 それは、かつて母が私にしてくれた仕草と、どこか似ていた。


「……すまない」


 小さく呟いた瞬間、少女の瞳に再び光が宿る。

 けれど、その光は──大きな涙となり、ぽろぽろと溢れ始めた。


 こらえきれず、声もなく泣きじゃくる。

 無力さに打ちのめされ、ただ涙を流し続けるその姿に、私は手を止めることができない。


 涙が静かに止むまで、私はただ、少女の頭を撫で続けていた。




 しばらくして、落ち着きを取り戻した少女が、ひくひくと小さなしゃっくりを上げ始めた。

 私は静かに息をつき、もう一度、言葉をかける。


「私には、君の母上を治すことはできない。けれど──元気づける方法なら、知っている」


 その一言に、少女の顔がぱっと明るくなる。

 大きな紫紺の瞳が、まっすぐに私を見上げ、期待に揺れる。


 その無垢な表情に、私は思わず苦笑を漏らし、ゆっくりと続けた。


「“約束”を、するんだ」

「やくそく……?」


 首を傾げる少女に、私は頷いてみせる。


「ああ。君が母上に、“約束”をする。そして、その“約束”を守るために、一所懸命努力をする。君の母上は、君がその“約束”を守ろうと頑張る姿を見るだけで、きっと元気をもらえる」


 少女の表情には、どこか物足りなさそうな、半信半疑の色が浮かぶ。

 それでも私は、確信を持って頷いた。


「“約束”は、生きる力になる。人は“約束”を守ろうとすることで、前に進むことができる。そして、“約束”を託された人も、その想いに支えられるんだ」


 ──そこには、何よりも強い、確かな愛情があるから。


 ……今の私も、母と交わした“約束”があったからこそ、こうしてここにいる。


 私の言葉を受け止めるように、少女は黙って宙を見つめていた。


 しばらくして、彼女はゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には、幼いながらも確かな意志の光が宿っていた。


「わたくし、お母さまと“約束”をします。そして、お母さまが元気になれるように、努力します」


 その言葉に、私はかすかに口角を上げる。


 ──この子は、もう大丈夫だ。


 きっと、彼女の母は長くはないのだろう。これから、少女は母の死という深く重い試練に向き合うことになるはずだ。


 けれど──母と交わした“約束”は、必ずや彼女の心の糧となる。


 ……“約束”は、形を変えて生き続けるものだから。


 私は静かに立ち上がる。それに気づいた少女も、大事そうに本を抱えたまま、慌てて立ち上がった。


「私はもう行く」


 ──もう、彼女を利用してここから抜け出そうなどとは考えていなかった。

 自分の力でここを出るなら、それに越したことはない。


「あ、あの、魔法使いさん」


 少女は本をぎゅっと抱きしめながら、何か言いたげにこちらを見上げてくる。

 けれど、伝えたい言葉がうまく見つからないのか、もどかしそうにしていた。


 そんな彼女を安心させるように、私はそっと頭に手を置いた。そのまま、ゆっくりと手を滑らせて彼女の目元を覆う。


「魔法使いさん……?」


 不安そうに揺れる声が、指の隙間から漏れてくる。


「──選別だ。君に、魔法を見せてあげよう」


 私は手のひらに影を集める。


「──あっ……」


 少女の口から、抑えきれない歓声が漏れた。


 今、彼女の目の前には、私が影で繋いだ花畑の風景が広がっているはずだ。

 さっき見せてくれた挿絵では、魔法使いが主人公の前で魔法の花畑を咲かせていた。


 私にはそんな奇跡は起こせないけれど──

 母が愛した、私の中で一番美しい花畑の光景なら、見せてあげることができる。


「魔法使いさん、すごいです……!!」


 興奮を抑えきれず声を弾ませる少女を見下ろしながら、私は小さく心の中で呟いた。


 ──さようなら、“お姫様”。


次回、ゼノ視点ラストです。

幼女クラリスとの再会に、彼は何を思うのか。

6/27(金) 19:00更新予定です。


Xでは更新連絡やAIイラストの投稿をしています。

今回のイラストは、学生ゼノと幼女クラリスのツーショットです!

https://x.com/kan_poko_novel

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


◆YouTubeショート公開中!◆
 https://youtube.com/shorts/IHpcXT5m8eA
(※音が出ます。音量にご注意ください)
(本作10万PV記念のショート動画です)

◆スピンオフ短編公開中!◆
 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

◆オリジナル短編公開中!◆
 『毎日プロポーズしてくる魔導師様から逃げたいのに、転移先がまた彼の隣です』
(社畜OLと美形魔導師様の、逃げられない溺愛ラブコメです)

更新告知やAIイラストをXで発信しています。
フォローしていただけると励みになります!
 ▶ Xはこちら:https://x.com/kan_poko_novel

 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ