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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第六章 悪役令嬢の夏休み

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【ゼノ】魔法使い 2

 私がシリルの魔法陣を見つけたのは、まったくの偶然だった。


 次代の王の影として仕える運命にあった私にとって、学園生活は極力目立たず、波風を立てずに過ごすべきものだった。

 当然、シリルのように人目を引く存在には近づかなかった。それが最善だと信じていた。


 学園祭当日も、私は喧騒を避け、静かな図書館の二階にこもっていた。

 外では何やら騒ぎ声が聞こえていたが、それも学園祭ならではの雑音としか思わなかった。


 ──今にして思えば、あのときの私は、あまりにも警戒心が足りなかった。


 魔法陣に関する書物を読み進めていたときのことだ。

 ふと、ページの間に何かが挟まっていることに気づいた。

 何の気なしにそれを引き抜いた私は、次の瞬間、強烈な光に包まれた。


 それが、誰かの手で仕込まれた、触れた瞬間に発動する魔法陣だったと気づいたときには、もう遅かった。


 光が収まったとき、私は見知らぬ場所にいた。


 見慣れない部屋の天井は高く、薄い金色の縁取りが施された漆喰の装飾が目に入った。

 足元には柔らかい絨毯が敷かれ、壁には高価そうな絵画と金の燭台が等間隔に並んでいる。


 私は思わず近くの窓に歩み寄り、外を覗く。

 見えたのは、広く手入れの行き届いた庭園と、その向こうに連なる荘厳な建物の屋根──


 ──そこは、どう見ても図書館ではなかった。

 明らかに、身分の高い貴族の邸宅だった。


 今でこそ空間転移魔法陣は実用化されているが、当時は理論しか確立しておらず、それを実現できる魔術師は国内には存在していなかった。


 だからこそ、自分がどこか別の場所に転移させられたと理解はできても、その理屈が理解できなかった。


 混乱の中で思考を巡らせながらも、私は自分の立場の危うさを理解していた。

 表向きは没落した男爵家の出──無断で上級貴族の屋敷内に侵入したとなれば、状況次第で命すら危うい。


 ここがどの家なのかはまだわからないが、二階にいるということは理解できた。

 階下からは、騒然とした声と足音が聞こえる。


「今の光、二階じゃないか?」


 どうやら、魔法陣が転移と同時に発光していたらしい。

 すぐに誰かが二階へ上がってくる。


 周囲には身を隠す場所がなく、近くの扉を試しても鍵がかかっていて開かない。

 呪術を使えば逃げる手もあった。

 けれど、あのときの私は冷静さを欠き、ただ「どこかに隠れなければ」という焦りに囚われていた。


 ──そんなときだった。


「──こちらです!」


 誰かに手を引かれた。

 小さな、手だった。




 部屋の扉が、控えめな音を立ててノックされた。


「お嬢様、少しよろしいでしょうか?」

「どうぞ」


 主の許しを得て、上背のある一人の男が部屋へと入ってくる。仕立ての良い服と身のこなしから見て、上級貴族の従者であることは明白だった。

 となれば、この部屋の主は、それ以上の地位を持つ者に違いない。


 その主──幼い少女は、大きすぎる椅子にすっぽりと身を沈めながら、机の上に広げられた本を読んでいた。


「先ほど、二階のほうで光が走ったと申す者がおりまして……お嬢様は、何かお気づきになられましたか?」

「わたくし、ずっとご本を読んでいたので、わかりません」


 問いかけに対し、少女は本から視線を外すことなく、まっすぐな声で答える。


 どうやら彼女が本の世界に没頭するのは日常茶飯事らしい。男は苦笑まじりに一礼すると、「お邪魔いたしました」と静かに退出していった。


 足音が遠ざかり、完全に気配が消えたことを確認してから、少女はそっと本を閉じる。

 それを抱きかかえるように胸に当て、椅子の脇に置かれた踏み台を使って、ゆっくりと床へ降り立った。


 そして迷いなくベッドの裏へと駆け寄っていく。


 ──そこに、私は隠れていた。


 少女に手を引かれるままに案内されたのが、この部屋だった。

 彼女は私をベッドの裏へと導き、「静かにしていてください」と、口元に指を添えて囁くと、すぐさま机へ向かい、本を読む“ふり”を始めた。

 その直後に、男が現れたのだった。


 私は、静かに彼女を見つめる。


 艶やかな黒曜石のような髪と、青みを帯びた紫紺の瞳。

 三歳ほどの年齢にしてはあまりにも聡明すぎた。

 まるで内側に別の世界を抱えているかのような、深く澄んだ眼差し。


 少女は、頬をわずかに上気させ、どこか高揚したような気配をまといながら、視線を返してきた。


「君は、なぜ……」


 私が問いを口にしようとした瞬間、彼女もまた、意を決したように唇を開く。


「わたくし、知っているのです」


 ──息が止まる。


 彼女は、私が「王家の影」の一族であることを知っている……?


 信じ難い思いで、私はその小さな瞳をじっと見つめ返した。


 けれど、そこに宿る真っ直ぐな光は、虚言でも戯れでもなかった。

 幼いながらも、何かを理解し、何かを選び取ろうとする意志──

 まるで運命を知る者のような静けさと強さが、そこにはあった。


 私は、迷った。


 この少女がどこの令嬢なのかは分からない。

 しかし、「影」の存在は、表に出るべきものではない。

 たとえ幼い子供でも、もし彼女が私の正体に本当に気づいているのだとしたら──


 私は静かに息を吸い、決意とともに拳を握りしめた。


 だがその瞬間、少女は勢いよく手元の本を広げた。


 思わぬ動きに、私は反射的に動きを止める。

 戸惑いのまま視線を落とすと、開かれた本のページに描かれていたのは──


「あなたは、“魔法使い”さんですね!」


 少女の声は、確信に満ちていた。


意外と巻き込まれ体質なゼノ。

次回、6/24(火) 19:00更新予定です。


Xでは更新連絡やAIイラストの投稿をしています。

今回のイラストは、本を抱えて微笑む幼女クラリスです!

https://x.com/kan_poko_novel

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 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
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