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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第五章 学園祭に向けて

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【リナ】クラリス様の人間関係 1

 月末の定期テストに向けて、ゼノ先生の早朝特訓を再開してもらった。

 私の成績は、歩みは遅いものの、少しずつ向上している。少なくとも、授業についていけるくらいには成長した。とはいえ、前回はギリギリ平均点。油断すれば即赤点、即退学という危うい状況だ。せっかくクラリス様や先生たちがフォローしてくれているのに、そんな結末は迎えたくない。


 定期テストが終われば、クラリス様のドレス選びにも参加できる。公爵邸にお邪魔するのだから、胸を張って行けるようにしなくちゃ。頑張らないと。


 ……ただ。


 ちらりと目の前の人物を盗み見る。私がわからない部分を丁寧に解説してくれるゼノ先生の顔がすぐそこにある。艷やかなワインレッドの髪、眼鏡越しに覗く薄紫の瞳。静かに言葉を紡ぐその姿は、驚くほど麗しい。


 こういうのを色気っていうんだろうか。男の人に色気があるなんて、私は初めて知った。


 隣に座るクラリス様に目を向ける。今回も私の特訓に付き合ってくださっている。本当にありがたい。もしゼノ先生と二人きりだったら、この色気にいたたまれなくなって、一日も持たなかっただろう。


「ここまでは理解できているようだから、今度はこれを解いてごらん」


 ゼノ先生が新しい問題を指し示す。私はコクリと頷いた。少し難しそうだけど、なんとかなりそうな気がする。


 ペンを握り直し、問題に向き合う。経済学は数字が多くてあまり得意ではなかったが、ゼノ先生やクラリス様のおかげで、最近は少しずつ解けるようになってきた……と思う。


 しばらく集中していたが、途中で行き詰まってしまった。私は肘をつき、右手で顔を支えながら、これまでの計算式を見返す。


 ふと、左に座るクラリス様の横顔が目に入った。相変わらずきれいな横顔だ。真剣な表情で本を読んでいる。クラリス様は定期テストの準備が不要なほど完璧なので、私が勉強している間は読書に勤しんでいることが多い。


 クラリス様が読んでいるのは、ゼノ先生の研究室にある本だ。ちらりと覗いてみたが、そこに書かれている内容はさっぱりわからない。たぶん、学園の授業で扱うレベルではない。ゼノ先生の趣味の本なのだろう。


 ゼノ先生は学園で教鞭をとるかたわら、趣味で古代の遺物や魔術の研究をしているそうだ。先生の出身地である西方のグレイリーフ地方には、今も多くの古代遺跡が残っているらしい。小さい頃からそういったものに触れて育ったからこそ、先生はあんなに博識なのだろうか。


 私にはチンプンカンプンな内容でも、クラリス様にとっては興味深いらしい。いつもの無表情ではあるけれど、ほんの少しだけ、楽しげな雰囲気がある。その微妙な違いを理解できるようになった自分を、ちょっと誇らしく思う。


 そのとき、クラリス様の整った眉が微かに動いた。何か気になることがあったのだろう。彼女の指先が、ページに描かれた魔法陣をなぞり、ある一点で止まる。そして、首をかしげた。


 少し困っているようなその横顔を見て、私が何か言おうとした瞬間。


「よく気づいたね。そこの術式は間違っているんだ。そのままでは魔法陣として成立しない」


 いつの間にかクラリス様の背後に立っていたゼノ先生が、彼女の右手にそっと自分の手を重ねる。そして、そのまま彼女の指を導くように動かしながら、「ここはこうで……」と魔法陣を正しく描き直し始めた。


 ──え? え?? えええ……


 目の前の光景に、私は息を飲んだ。


 ゼノ先生がクラリス様に、後ろから密着している。


 彼の体でクラリス様の顔は見えないが、彼に手を重ねられた瞬間、クラリス様の手がビクリと震えたのがわかった。


「──ほら、これがこの魔法陣の正確な形だ」


 魔法陣を描き終えたゼノ先生の手が、ゆっくりとクラリス様の手から離れていく。彼は何事もなかったかのように私の前の席に戻り、静かに腰を下ろした。


 その顔には、いつもの優雅な微笑が浮かんでいる。けれど、どこか満足げな色が滲んでいるように見えるのは気のせいだろうか。


 私は動揺を隠しきれないまま、ぎこちない動きで隣のクラリス様を見た。


 クラリス様は──いつも通りの無表情だった。


 だけど、私にはわかる。


 クラリス様は、ものすごく動揺している。


 彼女の手は、ゼノ先生が手を離したときの位置でぴたりと止まったままだ。まるで、自分の手が自分のものではないかのように、じっと見つめている。


 そして──


 漆黒の髪の隙間から覗く耳が、赤く染まっていた。


 たぶん、誰も気づいていない。でも、私は知っている。クラリス様は照れると、耳が赤くなるのだ。


「ク、クラリス様……」


 恐る恐る名前を呼ぶと、一拍の間があった後、クラリス様が私を振り返る。その頃には、耳の赤みはすっかり引いていた。


「……何かしら、リナ」


 平然とした──そう見せようとしている──態度。私は小さく「……何でもありません」と答え、大人しく自分の課題に戻ることにした。


 だけど、目の前の数字がまったく頭に入ってこない。


 ──えっと、まさか、ゼノ先生も……?


 少しだけ視線を上げて、ゼノ先生を窺う。彼はどこか楽しげに、クラリス様を観察していた。まるで、ちょっとした戯れを楽しんでいるかのように。


 クラリス様は、本を読んでいるように見える。けれど、さっきの魔法陣のページから一向に進んでいない。視線も動かず、指もページをめくる気配がない。まるで、思考が止まってしまったかのように固まっている。


 その様子を見て、私はクラリス様を取り巻く複雑な人間関係に、頭を抱えたくなった。


こういう巻き込まれ体質──さすがヒロイン、というべきでしょうか(笑)。

次回もしっかり巻き込まれます。



✨GW連続投稿、お付き合いいただきありがとうございました!✨

本日19:00の更新をもって、連続投稿は終了です!


次回以降は【火・金の19:00更新】に戻ります。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!


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 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

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(社畜OLと美形魔導師様の、逃げられない溺愛ラブコメです)

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