ドレス選び
「──いいわ。これにしましょう」
私が満足げに頷くと、リナは安堵のあまり、ドレス姿のままヘナヘナと床に崩れ落ちた。
選んだドレスは淡いピンクを基調とし、胸元には繊細なレースと小さなリボンがあしらわれている。スカート部分は柔らかなチュールが幾重にも重なり、動くたびにふわりと舞う愛らしいデザインだ。パフスリーブが可憐さを引き立て、背中で結ばれたリボンが後ろ姿まで完璧に彩っている。
とても良く似合っているのに、リナの顔は試着の疲労でいっぱいだ。せっかくの可愛さが台無しになっている。
「よく頑張ったね、リナ……」
隣で私と一緒にリナのドレスを選んでいたルークが、同情めいた視線をリナに向けてつぶやいた。
たかが数十回の試着で音を上げるなんて何事だろう。このドレスに世界の命運がかかっているのだから、あと百回着替えてもらって構わない。しかし、残念ながら学園の服飾店にそこまでの数は揃っていないのだけれど。
その中でも極上の一枚を選んだつもりだ。心の中で「勝った!」とガッツポーズを決めかけたが、なんとなくフラグを立てそうな気がして思いとどまる。
リナが着替えを終えるのを待ちながら、私は横目でルークの様子を窺った。
彼は何だかんだと言いながら、リナのドレス選びに細かく口を挟んでいた。淡い色が似合うとか、刺繍はもっと繊細なほうがいいとか、やけに熱心に意見を述べていたのだ。
──大いに結構。自分と踊る相手のドレスを自分好みに選ぶのは大切なことだ。きっと本番に向けて気分も盛り上がっているはず。
「いいドレスが選べたと思うわ。ありがとう、ルーク。本番が楽しみね」
私は探るような視線を向けて声を掛ける。ルークはいつもの爽やかな笑みを浮かべ、「そうだね」と返した。
その反応に、私は少し首を傾げる。
恋する少年のそれとは何かが違う。もう少し照れたり、意識したりしてくれれば安心できるのに……今のルークは、女友達の衣装選びを手伝った程度の軽さにしか見えなかった。
「お待たせしました!」
着替え終わったリナが試着室から姿を現した。今日は休日なので普段着でも良いのだが、彼女は制服を選んでいた。私とルークも学園に来るということで制服姿だ。
先ほど選んだドレスの会計に進むと、リナは貯めてきた大量の魔石を魔力秤に乗せた。魔力秤は魔石に含まれる魔素量を正確に測定できる魔術具で、学園内の店にはすべて設置されている。魔石にドレスの値段と同等の魔素量があれば、購入が可能となる仕組みだ。
しかし、リナが用意した魔石だけでは、ドレスの値段に届かなかった。
「あぁ〜……これは足りないねぇ」
店主が困ったように眉尻を下げる。同じく不安げに眉をへの字にしたリナが、今にも泣きそうな顔で私たちを振り返った。
「ごめんなさい、クラリス様、ルークくん……せっかく選んでくれたのに……」
その様子に、思わず私の魔石を差し出しそうになるが、奥歯を噛んでぐっと堪える。学園内で使える魔石の所有権は、獲得時に戦闘に参加していた者にのみ与えられる。私が持つ魔石は私が一人で手に入れたものだ。リナが使うことは許されない。
とりあえずドレスは取り置いてもらい、明日からの魔物討伐で魔石を稼ぐしかないと心に決めた瞬間、隣でルークがすっと魔石を取り出し、魔力秤に放り込んだ。
「ルーク!?」
それは拳ほどもある大きな魔石で、訓練区域で得られるような代物ではない。どこで手に入れたのか──
使用を止めようと慌てて魔力秤から取り出そうとしたが、秤はすでに沈み、ドレスの値段を大きく上回る数値を示していた。
「これは、あのときの魔物が残したものだよ」
呆然とする私とリナに、ルークは肩をすくめて笑いながら言った。
──初めての魔物討伐でリナを襲った、あの強大な魔物。
その魔石であれば、確かにリナにも所有権があるはずだ。私は合点がいき、安堵の息をついた。
ドレスは後で寮に送ってもらうことにし、私たちは店を後にした。
「ルークくん、ありがとう。でも、本当に良かったの? 私がもらっちゃって」
リナが恐縮した様子でルークを見上げると、彼は小さく苦笑する。
「あのとき、僕は何もできなかったからね。本当なら、姉さんやアレクシスが持っているべきなんだろうけど……二人とも、いらないでしょ?」
ルークの視線を受けて、私は無言で頷いた。アレクシスは王太子だし、私は公爵令嬢だ。これまで一年生の頃から貯めてきた魔石もある。リナを飾るために使われるのなら、私たちの手元で眠るよりは魔石も本望だろう。
「そういえば、クラリス様のドレスはもう決まったんですか?」
リナが瞳を輝かせて問いかけるが、私のドレスなど二の次だ。
「ドレスはたくさんあるから、エミリアに適当に選んでもらうつもりよ」
「えっ!?」
「はっ!?」
私の淡々とした答えに、リナとルークが同時に声を上げた。揃って同じ反応をするあたり、仲が良いのはいいことだが、そんなに驚くことだろうか。
そもそも、ゲーム中でのグランドナイトガラにおける私の役割は、ヒロインに忠告をすることだけだ。初めての舞踏会に戸惑う彼女に、冷たく舞踏会での立ち振舞について注意する、いかにも悪役令嬢らしい役割だ。
一応、王太子の婚約者という立場ではあるが、ゲーム中のグランドナイトガラで二人が踊る描写はない。であれば、私のドレスなど、壁の花になれる程度で十分だ。エミリアにお願いすれば、完璧な壁の花になれることだろう。
私が考えなければならないのは、むしろその後だ。「古代の神」が顕現したときに備え、動きやすい服を準備しておかなければならない。
しかし、目の前で騒いでいる二人には、そんな私の思惑は通じない。
「て、適当って……クラリス様は私のドレスをこんなに頑張って選んでくれたのに……私にもクラリス様のドレスを選ばせてください!」
「姉さんはエヴァレット家の令嬢だよ? 筆頭公爵家だよ? その姉さんが、舞踏会のドレスを新しく誂えないなんて、ありえないよ!」
二人の勢いに、私は思わず一歩後ずさる。
──な、なんでこの二人は、私のドレスにこんなにこだわるの?
私が戸惑っている間に、リナとルークの間で話がまとまっていき、次の休みに私のドレス選びをすることが決まってしまった。




