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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第一章 完璧にサポートしてみせます

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乙女ゲームのヒロイン 1

 新入生の本格的な授業が始まった。


 この学園では入学から一週間ほどオリエンテーションがあり、その後から授業が始まる。そのため、ヒロインが授業を受けるのは今日からになる。


 この乙女ゲームのヒロインは、授業を受けたり攻略キャラと特訓したりしてステータスを上げる。定期テストもあり、ステータスによって合否が決まる。


 普通にやっていればよほどテストに落ちることはない。だって乙女ゲームだから。そこがメインパートではないのだから。


 とはいえ、彼女がどれほどの実力を発揮するのかはやはり気になる。私はルークの時間割を確認し、彼と同じ魔術の授業を覗き見したいと考えた。しかし、氷の公爵令嬢が覗き見などしたら、たちまち学園中の噂になるだろう。


 そんなことはごめんだ。そこで私は考えた末、堂々と彼女の授業を観察する策を立てた。


「上級生にアシスタントとして参加してもらいます」


 ゼノが一年生に向かって説明している。


 そう。慣れない一年生の授業は個人ごとにフォローが必要なため、上級生がアシスタントとして入るのだ。昨日、私はその役に立候補しておいた。


 そういえば、立候補のときに高らかに手を挙げた私を、隣の席のアレクシスが驚愕したように見ていたが……それは気づかなかったことにする。


 ともかく、これで私は堂々とヒロインの実力を観察できる立場を手に入れた。


 一年生がひしめく教室を見渡し、ヒロイン──リナ・ハートの姿を探し出す。リナは驚きと恐怖の表情を浮かべ、こちらをじっと見つめていた。それも当然だろう。一昨日の一件は、彼女にとっては恐怖以外の何物でもなかったはずだ。


 まぁ仕方がない。私は彼女にとっての悪役令嬢。彼女に嫌われても構わない。大事なのは彼女が攻略キャラたちと絆を築き、この世界に平和をもたらすことだ。


 そんな考えを巡らせていた私の視線が、ふと隣にいるもう一人のアシスタントへと向いた。


 無表情のままその人物に視線を送る。気づいたのか、彼は前を見たまま口を開いた。


「何だ?」

「……いえ、何も」


 ゼノが一年生に授業の説明をしている間、小声で囁き合う。


 その人物──アレクシスは、なぜか私と一緒にアシスタントに立候補し、ここに立っている。


 理由はなんとなく察しがつく。どこか様子のおかしい婚約者を警戒しているのだろう。


 私は体に染み付いた貴族としての佇まいを保ちながら、完璧な公爵令嬢を演じている。しかし、それはあくまで“演じている”に過ぎない。前世の記憶が蘇ったとはいえ、今世の記憶も当然残っている。自分がいかに変わったかを、私自身が一番よくわかっている。


 とはいえ、この変化に気づけるのは、おそらくほんの一部だろう。名ばかりとはいえ、婚約者であるアレクシスがそれに気づき、警戒するのも無理はない。


 実際、ゲーム中でも私たちは牽制し合っていたし。


 アレクシスからすれば、私は目の上のたんこぶなのだろう。幼い頃からそうだった。クラリスは完璧さ故にあらゆることをこなせる。アレクシスもまた王太子として厳しい教育を受けた優秀な人物だ。


 将来を共にするパートナーというよりも、永遠のライバル。私とアレクシスの関係は、そう表現するのがふさわしい。


「では、まずは火の初級魔術の構築を行っていただきます」


 考えにふけっている間に、ゼノの説明が終わったらしい。意識を授業に戻し、私はリナに視線を向けた。


 緊張した面持ちで、リナは手のひらサイズのロッドをじっと眺めている。新入生に支給される初心者向けのロッドで、魔術の扱いにまだ不慣れな者でも使いやすいように設計されたものだ。


 教室を見渡すと、すでに何人かの生徒が魔術の構築に成功し、ロッドの先に小さな火を灯している。魔術は魔素と呼ばれるエネルギーを意識的に引き出し、制御することで発動する。ロッドはそのエネルギーを引き出すためのサポートをしてくれる道具だ。


 ふと、目の端にひときわ大きな炎を見事に制御している生徒が映った。


「ルークくん、すごい!」


 その中心にいるのはルークだ。彼の周りで女子生徒たちが黄色い声を上げ、感嘆の声を惜しまない。ルークは少し照れたように彼女たちに笑顔を向けるが、こちらの視線に気づくと、慌ててロッドに集中を戻した。


 さすがルーク。「完璧であれ」を家訓とするエヴァレット家の名に恥じない実力だ。新入生の中でも群を抜いている。


 視線を再びリナに戻すと、彼女はまだロッドを握ったまま動かずに固まっている。周囲を見渡すふりをして、さりげなく彼女の近くへと移動する。


 リナの隣にはゼノが立っていた。


「どうしたのかな? リナ君」


 ゼノは優しくリナの手に自分の手を添え、魔術の構築についてのレクチャーを始める。


 イベントキタコレ!


 心の中で小さくガッツポーズを決めた。ゼノとの初イベントだ。初めての授業で魔術の構築に苦戦するヒロインに、色気たっぷりに指導しながら、魔術の基礎を教える場面。あのイベントスチルでは、ゼノの指導にヒロインが頬を赤らめながら初めて魔術を成功させるのだ。これでリナの心をしっかりキャッチできるはず!


 そう勝利を確信した瞬間、リナの表情に違和感を覚える。


 リナの顔は硬くこわばり、ゼノの色気にも、というか周囲の状況にも気づいていないようだ。


 あれ? 思ってたのと違う……?


 リナは腕を震わせながらロッドを前に突き出し、顔を真っ赤にしている。ゼノも、リナの異様な気迫に押され、少し驚いたように手を離して一歩引いた。


「え、ええぇぇい!」


 リナの雄叫びが教室中に響き渡り、その場にいた全員の視線が彼女に集中する。


 リナはロッドを突き出したまま、立ち尽くしていた。しかし、ロッドには何の変化も起こらない。


 え、え? 嘘でしょ……?


「リ、リナ君。魔術の構築で、叫ぶ必要は……」

「どっせぇぇい!!」


 ゼノがやや引き気味にリナに声を掛けるが、彼女は聞こえていないかのように全力でロッドを振っている。これでは魔術の発動ではなく、剣の素振りだ。


 近くにいたルークや他の生徒のフォローをしていたアレクシスも、そのヒロインらしからぬ振る舞いに呆然と立ち尽くしている。


 待て待て待て。あなたは乙女ゲームのヒロインよ? 一体何をしているの!?


 私は内心の動揺を抑え、冷静な表情のままリナに近づいた。心の中は大混乱だが、長年培ってきた完璧な公爵令嬢の振る舞いに一ミリの影響も与えない。さすがエヴァレット家クオリティ。


 顔を真っ赤にしてロッドを振り回す彼女の手に、そっと手を添えた。


「おやめなさい」


 リナはピタリと動きを止め、教室が静寂に包まれる。


 動揺が収まり、焦点を取り戻したリナが、ゆっくりと自分の手に触れているものを見つめ、次にその主に視線を移す。


 私とリナの視線が交錯した。


「落ち着きなさい。魔術の構築に必要なのは、何よりも冷静さよ」


 私はリナから目を離さず、淡々と告げた。リナもようやく落ち着きを取り戻したのか、私と目を合わせたまま、静かに手を下げる。

 顔はまだ赤いままだが、興奮が完全には冷めていないのだろうか? それとも、ただの反応過多?


 とにかく、今はこの場を収めなければならない。ゼノに軽く目配せをすると、意図を察してくれたらしい彼が手を叩き、生徒たちに呼びかけた。


「さあ、皆さん、練習を続けてください」


 ゼノは私に目をやりながら、口の動きだけで小さく礼を述べた。その表情には、薄く苦笑が浮かんでいる。

 ──ゲーム中では見たことがない表情。でも、それもまた妙に色っぽい。


「あ、あの……クラリス様……」


 か細い声で名前を呼ばれ、私はそちらに視線を移す。リナが顔を真っ赤にしながら、手を震わせていた。彼女の震えが、そのまま私の手にも伝わってくる。


 え? 手?


 そこで、ようやく私は気づく。自分がリナの手に触れたままだったことに。


 おっと、これは失礼。私は攻略キャラではないのだから、ヒロインへのお触りはここまで。


 そっと手を離すと、リナはあたりを見回し、やがて私に再び視線を上げた。目が合うと、またも真っ赤になり、手をわなわなと震わせながら言葉を絞り出す。


「あのっ、す、すみませんでしたっ!!」


 茹でたこのように顔を真っ赤にした彼女が、頭をブンブンと振りながら一礼し、そのまま教室から駆け出していった。

 その後ろ姿を、私は唖然と見送るしかなかった。


 え……ちょっと待って。授業はどうするの?


 あまりに予想外の展開に、思考が追いつかず、私はその場でただ呆然と立ち尽くしていた。

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