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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第五章 学園祭に向けて

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お城に行こう

 「エルデンローゼの誓い」──それは、王国建国の伝説を題材にした壮大な歴史劇である。王国を救った若き国王エルヴィンと、彼の伴侶となるローゼリアの物語。劇のクライマックスでは、二人が誓いの口づけを交わし、国の未来を共に誓う──


 私は脚本を前に、ため息をついた。


 最後のキスシーンは、この劇の見どころとなる。もちろん、実際に触れるわけではなく、角度を調整して観客にそう見せる演出になるが、それでも息を合わせなければならない。


 アレクシスと練習する際には、できるだけ自然に見えるように位置を調整する必要がある。彼の嫌そうな顔が目に浮かび、私は再びため息をついた。


 そのとき、部屋の扉がノックされる。続いて、侍女のエミリアの声が響いた。


「クラリス様。アレクシス様からお手紙が届いております」


 私は眉を寄せる。


 ──アレクシスから手紙? 不幸の手紙じゃないわよね……そんなに劇の主役がやりたくなかったのかしら……


 私はエミリアが差し出す封筒を受け取りながら、心の中で静かに頭を抱えた。


 しかし、手紙の内容を目にした瞬間、私はさらに困惑することになった。


「いかがされましたか? クラリス様」


 手紙を持ったまま固まっていた私を見て、エミリアが訝しげに声をかける。私はしばらく逡巡し、深く息を吐いた後、その手紙を彼女に手渡した。


「……そこに書かれた日時に、お城へ参ります」


 エミリアの目が大きく見開かれる。視線を手紙に落とし、それから再び私を凝視する。


 手紙には、次の休日に城でお茶会を開くので、クラス劇の話をしたい──という旨が、貴族特有の遠回しな表現で綴られていた。


 ──一体、何を考えているの……?


 劇の話をするためだけに、わざわざ城に呼びつける理由がわからない。そもそも、同じクラスなのだから、直接言えば済む話ではないか。

 アレクシスの意図がまるで読めず、私は深く眉を寄せた。




 約束の日、私は城に参上した。


 私は、エミリアによって選ばれた淡いラベンダー色のドレスを身にまとっている。胸元には品の良いレースがあしらわれ、肩にはシルバーの刺繍が光るボレロが掛けられていた。髪はルビーの髪飾りで一部をゆるくまとめられており、残る髪はなめらかに肩へと流れている。


 「クラリス様の美しさを引き立てるには、これが最適です」と断言され、着せ替え人形のように仕上げられた結果だった。

 なぜアレクシスに会うためだけに、ここまで準備しなければならないのか、私にはさっぱりわからない。


 少し後ろを歩くエミリアは誇らしげだ。彼女は滅多に感情を表に出さないが、幼い頃から仕えてもらっている私には、それが手に取るようにわかる。


 廊下を歩くたび、周囲からの視線を感じる。おそらく、エミリアの手によって完璧な公爵令嬢の外見に仕上げられたせいだろう。

 だが、こうも注目を浴びると落ち着かない。できることなら、今すぐ踵を返して帰りたい。


 鋼鉄の表情筋のおかげで、内心の不機嫌さは表には出ていないはず。だが、無表情ゆえに「機嫌が悪い」と思われている可能性は否めない。それは甘んじて受け入れよう。


 ──ふと、廊下の向こうから歩いてくる人物の姿が視界に入る。その瞬間、私は回れ右をして逃げ出したくなった。

 脇道はないかと周囲を見回す。しかし、その人物に見つかるより早く、逃げ道を探すことはできなかった。


「クラリス嬢ではないか!」


 ……だから、城には来たくなかったのだ。


 近づいてくるのは、恐ろしいほどの美貌に満面の笑みをたたえた男。私は逃げ出したい衝動を奥歯を噛んで押し殺し、渋々ながらも淑女の礼をとった。


「……シリル様、お久しぶりでございます」

「ああ、本当に久しぶりだ。相変わらず、この薔薇のように美しいな、君は」


 胸元に収められていた黒薔薇を取り出し、それにそっと口付けながら、私に向かって微笑む。

 私は、口元が引きつりそうになった。


 シリル・アルヴァレス──宮廷魔術師団の師団長にして、この国一の魔術師。


 端正な顔立ちに、長い銀髪。そして、紅玉のように艶めく真紅の瞳。その瞳はまるで、獲物を見つけた狩人のように細められている。


「恐れ入ります。では、わたくしはこれで……」

「何を言っているんだ! 私たちはようやく再会を果たしたばかりだろう?」

「今日はアレクシス様とお約束がございますので……」

「最高級のお茶を用意させるから、私の部屋で未来について語らおうではないか」


 ──人の話を聞け!


 相変わらずのゴーイングマイウェイっぷりに、私は心の中で叫ぶ。


 彼はエリューシア学園入学と同時に宮廷魔術師団に所属し、二十二歳で副師団長、二十六歳で師団長に就任。王国史上最速の出世を果たした魔術の天才であり、「黒薔薇の師団長」として広く知られている。


 ──そこまでなら、完璧な人物だった。


 だが、問題はその中身である。

 彼は美しいもの、強いものをこよなく愛する審美主義者であり、自分が気に入ったものは相手の都合など一切考えずに手中に収めようとする。

 その強引さは目に余るものがあり、頻繁に周囲から抗議を受けているが、本人には一ミリも響いていない。


 そんな彼が、私の実力に目をつけないはずがなかった。


 当然のように宮廷魔術師団へ何度も勧誘し、「王妃になるには、あまりにも惜しい」とまで言い放ち、王宮で魔術の才を振るうべきだと主張してやまない。


 城に来なければ彼と顔を合わせる機会もなかったため、すっかり忘れていたが──

 私は、彼が非常に苦手だった。前世も、今世も。


 見事な外見の造形美に心奪われた一部のファンの熱い要望により、当初は攻略キャラに名を連ねていなかったにもかかわらず、課金キャラとして攻略対象に追加された異例の人物だ。


 ただ、私は無課金ゲーマーだったし、そもそもこの強引さが苦手で、できるだけ関わらないようにしていた。


 もちろん、物語後半に見せる魔術師団長としての活躍は見事なものだった。

 戦場を駆け、華麗な魔術を操り、圧倒的な力で敵を薙ぎ払う姿はまさに「黒薔薇の師団長」の名にふさわしい。


 ──が、私はこの熱を日常的に押し付けられるのは御免被りたい。


 私がどうにかこの場から離れる方法を頭の中で模索していると、不意に後ろから腕を引かれ、誰かの背中に庇われる形となった。その背中に、私は目を丸くする。


「相変わらずだね、シリル」

「──ゼノではないか!」


 視界が背中で塞がれているためシリルの表情は見えないが、その弾んだ声だけが耳に届く。

 私を庇うように間に割って入ったゼノの登場に驚いていると、彼は顔だけでこちらを振り返った。


「行きなさい。彼の相手は私がしよう」


 珍しく少し嫌そうな顔をしたゼノが、私に向かってそう言ってくれた。


 ──そうだ。


 確か設定上では、ゼノとシリルはエリューシア学園の同期だった。

 ゼノは学園時代も自分の実力を隠していたものの、シリルは彼の力を見抜き、今に至るまでずっと魔術師団に勧誘し続けている。


 そのため、ゼノも私と同様、積極的にシリルと交流を持ちたいとは思っていないはずだが……この場は助けてくれるらしい。


 私はゼノの好意に甘えることに決め、優雅に礼をとる。


「それでは失礼いたします」


 そう告げると、シリルが何か言いかける前に、私は踵を返して歩き出した。


強烈な新キャラ登場ですが、クラリスにとっては攻略対象でないようです。

珍しくゼノも嫌な顔しています。

次回はゼノとシリルの会話です。会話になるかな(笑)。

4/29(火) 19:00更新予定です。


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 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

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