クラスの企画
個別指導を終え、訓練区域から学園へと戻る道すがら、話題は学園祭の企画に移った。
ゲーム中では、ヒロインがどの企画に参加するかには複数の選択肢があった。しかし、それは攻略キャラの好感度によって変化する仕様だった。ルークの好感度が高ければ、彼と同じクラスの飲食店でウェイトレスとして参加することになる。
そして、そのイベントには、ルークルートでは外せない名シーンが存在する。
おすすめメニューのパフェ作りをルークと練習している最中、ヒロインの鼻の頭に生クリームがつく。ルークはそれをそっと指で掬い、何のためらいもなく舌で舐め取る。
「美味しいね」といたずらっぽい笑顔を浮かべるルーク。真っ赤になるヒロイン── 萌える! 激しく萌える!!
あのスチルの破壊力といったら、たまらない。あまりの尊さに、スマホを持つ手が震え、うっかりスクショを何十枚も撮ったあの日を思い出す。
心の中で悶えていると、リナの弾んだ声が耳に飛び込んできた。
「私たちのクラスは、飲食店をすることになりました!」
リナの言葉を聞き、私は心の中で小さくガッツポーズを決めた。よしよし、ルークとの好感度は順調に育っているようだ。
ルークは生徒会役員なのでクラスの催しに参加する必要はないが、ゲーム中でもクラスメイトに請われ、ウェイターとして参加することになる。
確かに、彼くらい顔がいいウェイターや、リナくらい可愛いウェイトレスがいるといないとでは、収益に雲泥の差が出ることだろう。
「飲食店……」
ふと、隣を歩くライオネルが遠い目をした。
おそらく彼の学生時代を思い出しているのだろう。執事喫茶の悪夢が蘇ったに違いない。彼にとっては、あまり良い思い出ではなかったらしい。
「はい、ルークくんと私は、ウェイターとウェイトレスです! クラリス様、ライオネル先生、ぜひ食べに来てくださいね!」
リナが楽しげに説明する。
自分の時代とは違って健全な飲食店だと理解したのだろう。ライオネルは安堵の表情を浮かべて「ええ、ぜひ」と微笑んだ。
──少しくらい不健全なほうが面白いのに、とは思ったが、さすがに口には出さないでおいた。
リナとライオネルと別れた後、私は生徒会室へと足を向けた。学園祭の準備で忙しい今、生徒会の仕事は山積みだ。個別指導がある日でも、こうして終わってから私だけ生徒会に戻るのが習慣になっていた。
リナは先に寮へ帰らせるようにしている。私は見守るだけとはいえ、彼女は実際に魔物討伐をしているのだから、疲労が溜まるのは当然だ。本来なら生徒会室に連れて行き、アレクシスとの好感度を上げたいところだが、過労で倒れでもしたら本末転倒。今はしっかり休ませるのが最優先だ。
生徒会室の扉を開けると、アレクシスとルークが仕事をしていた。アレクシスは黙々と書類を処理しているが、ルークは椅子にもたれかかり、退屈そうにしている。それでも、机の上の書類の山が減っているのを見る限り、仕事は進んでいるようだった。
私が入室したことに気づくと、二人は揃って顔を上げた。
「来たか」
「姉さん、お疲れー」
口々に声をかけてくれる二人に、私は小さく頷く。
「遅くなって申し訳ございません」
そう言いながら自分の執務席に座り、机に積まれた書類を上から順に片付けていく。
「クラリス」
書類の処理が半分ほど終わったころ、アレクシスが声をかけてきた。視線を向けると、彼は少し言いにくそうに口を開く。
「その……なんだ、劇のセリフは、もう覚えたか?」
なぜかアレクシスは目を合わせない。私は訝しげに首を傾げながら、「はい」と答えた。
劇の脚本を渡されてから、もう一週間は経過している。多忙とはいえ、それだけあれば覚えるのは容易だ。完璧な公爵令嬢を舐めてもらっては困る。
私の返答に、アレクシスはさらに言いにくそうな表情を浮かべながら続けた。
「あー……私も、すでに覚えた」
彼の視線が彷徨う。まあ、アレクシスは優秀な王太子なのだから、セリフを覚えるくらいは朝飯前だろう。しかし、彼が何を言いたいのかがわからない。続きを待っていると、彼は意を決したように私を見つめた。
「……クラリス、よければ一緒にれん──」
「姉さん、何? 劇って?」
何かを言いかけたアレクシスを、ルークが見事に遮った。
親の敵でも見るかのような目でアレクシスがルークを睨みつける。しかし、ルークは素知らぬ顔で爽やかに笑い、私に視線を向けた。
「もしかして、姉さんのクラスの企画の話? 確か『エルデンローゼの誓い』だったよね。でも、姉さんたちは出ないんじゃなかったっけ?」
アレクシスが言葉を挟む隙もない勢いで、ルークは問いかけてくる。私は少し怯みながらも、劇の主演を頼まれた経緯を説明した。
「へぇ……アレクシスが初代国王役で、姉さんが……王妃役、なんだ」
……なんだろう。ルークの笑顔が、妙に黒い気がする。普段と変わらぬ爽やかな笑みのはずなのに、なぜか背筋がひやりとする。
ルークはその笑顔のまま、アレクシスに向き直った。
「まぁ、二人とも忙しいから、一緒に練習するのは最低限でいいって言ってもらえたんだよね?」
「あ、ああ……」
「良かったね! ──じゃあ姉さん、その書類の処理が終わったら、今日はもう帰ろうか。僕もクラスの催し物のことで、姉さんに相談したいことがあるんだ」
「え、ええ……」
ルークの圧倒的な勢いに気圧され、私とアレクシスはただ相槌を打つことしかできなかった。
──なぜだろう。何の変哲もない会話のはずなのに、どうしてこんなにもルークから圧を感じるのか。
ちらりと隣を見ると、アレクシスも同じようなことを考えているのか、わずかに顔を引きつらせていた。
アレクシスがこちらに視線を向け、何か言いたげに口を開きかけたが、結局言葉にはせず、片手で額を押さえる。そしてなぜか、大きくため息をついた。
アレクシスがヘタレすぎて、ルークが黒すぎますね(笑)。
次回はアレクシス視点で、国王と王妃との会話です。
4/22(火) 19:00更新予定です。
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