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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第四章 変わり始めたシナリオ

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守るために

 ゼノの研究室を出ると、すでに日が傾き始めていた。ここに来たのが昼過ぎだったから、三時間近くも中にいたことになる。


 香の影響でまだぼんやりとしている頭を軽く押さえ、私は深いため息をついた。


 「調子が悪いなら、アレクシス殿下のように送っていこうか?」──要するに、お姫様抱っこしてあげようか──というゼノの提案は、丁重にお断りした。本当に洒落にならないので、やめていただきたい。


 今後の協力については、明日以降に話し合うことになった。さすがに今日は色々ありすぎて疲れ切ってしまった。考えを整理する時間も欲しい。


 そもそも、私は一体どこまで暴露してしまったのだろう。それもしっかり確認しなければならない。ただ──もし、黒歴史まで話していたのだとしたら。そんな秘密を握られた日には、私はどうやって生きていけばいいのか。


 考えれば考えるほど恐ろしくなり、私はその思考を打ち切った。とにかく、早く家に帰ってベッドに潜り込んでしまいたい。


 校舎を出たところで、こちらに向かって走ってくる人影に気づき、足を止めた。


「姉さん!」


 ルークだった。彼は息を切らせながら駆け寄り、私の目の前で立ち止まると、膝に手をついて荒い息を整えた。その額には汗が滲んでいる。


 ようやく体を起こしたルークが私をじっと見つめる。その顔には、明らかに心配の色が浮かんでいた。


「ルーク?」

「姉さんが、医務室からいなくなったって聞いて……先に公爵邸に戻ってるかもってアレクシスが言ってたけど、家に戻ったら……姉さんがいなくて……」


 息も絶え絶えに言葉を紡ぐルークを見て、私はひどい後悔に襲われた。


 確かに、私が医務室を出てからかなり時間が経っている。普通に考えれば家に戻っているはずだ。それなのに、どこにもいない。ルークが心配するのも当然だ。


「ごめんなさい、ルーク。ゼノ先生のところで、訓練区域の魔術結界やリナの個別指導のことについて話をしていたの」


 私は素直に謝ることにした。ただし、実際に何があったかをすべて話すことはできないので、当たり障りのない範囲で説明する。


 だが、ルークは眉根を寄せ、疑うような視線を向けてきた。


「……こんな時間まで?」


 ──うん、確かにちょっと長すぎるわよね。もっともなツッコミだわ。


 どう返答しようか迷っていると、ルークは私の無言を「答える気がない」と判断したのか、大きくため息をついた。


「……もういいや。とにかく、何もなくてよかった」


 本当に心配していたのだろう。ルークの表情からは、深い安堵が見て取れた。


 彼は、私が力を暴走させた現場を見ていた。あんな姿を目の当たりにした後で、その本人が消えたとなれば、どれほど不安になっただろう。


 私は罪悪感に苛まれ、自然とうつむいてしまう。そのとき、ルークがそっと手を伸ばしてきて、私の右手を握った。


「帰ろう」


 彼は私の手をしっかりと握ったまま、馬車の待機所に向かって歩き出す。


 ルークを心配させてしまった申し訳なさに、私は何も言えず、無言でその後をついていくことしかできなかった。


 赤く染まり始めた道を、ルークに手を引かれながら歩く。夕暮れの静けさが、私たちの足音を柔らかく包み込む。


 ふと、ルークが足を止めた。私も続いて立ち止まる。


 彼は何も言わない。ただ、握りしめていた手の力が少し強くなった。私はその手を握り返す。


 そのとき、ルークの肩が小さく震えた。彼は下を向いたまま、言葉を呑み込むように小さく息を吸い込む。そして、そのまま前を見据えた。


 ──その背中が、なぜか泣いているように見えた。


「ルーク……?」


 戸惑いながらその名を呼ぶと、彼は振り返らずに静かに口を開いた。


「姉さん」


 ルークの声は低く、わずかに震えていた。しかし、そこには揺るぎない決意が込められていた。


「僕、強くなるから。──守れるぐらい、強くなるから」


 その言葉に、私は一瞬息を飲む。


 ──守る? リナを?


 今日の魔物討伐で、彼は自分の無力さを痛感したのだろう。リナが傷つき、私が力を暴走させた。そのどちらも防げなかった自分に、深い悔しさを覚えたのかもしれない。


 けれど、ルークは立ち止まらない。前を見据え、進もうとしている。


 私は心の中で小さく微笑む。


 ──さすが、私の弟。エヴァレット家の次期当主ね。


 答えの代わりに、私はルークの手をぎゅっと握り返した。その手の温もりが、私の胸に小さな灯火をともす。


 ルークが私を振り返って、少し恥ずかしそうに笑った。私も小さく頷き返す。


 ──そうね。私ももっと強くなるわ。そして一緒に守りましょう、リナを!


 頼もしくなりつつある弟の横顔を見つめながら、私は強い決意を胸に秘めた。夕日が二人の影を長く引きながら、私たちを馬車の待機所へと導いていった。


微妙に思考のすれ違う姉と弟。クラリスはルークを「リナを守り隊」の一員だと認識しました(笑)。

次回は4/2(水) 19:00更新予定です。


来週からは火、金の週2回更新になります。

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引き続き定期更新は続けていきますので、どうぞよろしくお願いします!

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