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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第四章 変わり始めたシナリオ

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【ゼノ】彼女の正体 2

 研究室の前に佇むその姿に、私は思わず目を見張った。


 まるで絵画から抜け出したような立ち姿だった。背筋は真っ直ぐに伸び、その佇まいには気高さと品格が漂っている。長い髪が微かに揺れ、陽の光を受けて輝いて見えた。どこか冷ややかで近寄りがたい雰囲気を纏いながらも、儚げな美しさがその姿を際立たせている。


 クラリスは私に気づくと、静かに向き直った。


「ゼノ先生。魔術結界はいかがでしたでしょうか?」


 彼女の声は落ち着いていたが、その瞳の奥にわずかな不安が見え隠れしていた。どうやら、私が確認しに行った魔術結界の状況を知りたかったらしい。


 私は軽く口の端を上げると、研究室の中へと彼女を促した。


「入りなさい。中で話をしよう」


 彼女をソファに座らせ、紅茶を二人分用意する。茶が沸くまでの間、私は愛用の香を焚いた。ほのかに漂い始めた木の香りが、研究室全体を柔らかく包み込む。その静かな空気の中で、彼女は何も言わず、ただ黙って座っていた。


 その顔はいつもの無表情だったが、どこか顔色が悪い。訓練区域から出てきたとき、王太子に抱えられていた彼女の姿を思い出す。あのときも、調子が悪そうだった。──いや、なにかに怯えているように見えた。


 私は紅茶を彼女の前に置いた。彼女は小さく礼を言い、慎重な動きでカップを手に取る。その仕草には、洗練された優雅さが滲んでいた。

 ピンク色の唇がカップに触れる。それに、どこか艶めかしい印象を覚えた。


「魔術結界に異常はなかった」


 私がそう告げると、クラリスはわずかに肩の力を抜いた。だが、続く私の言葉がその安堵を打ち砕く。


「──というのが、公式な見解になるだろうね」


 クラリスの表情が硬直する。その瞳が私を見据え、わずかに唇が震えた。


「……異常があったんですね?」


 か細い声でそう問う彼女に、私は短く頷いた。


「魔術結界の一部にほころびが生じていた。人為的なものではない。おそらく、最近の訓練区域で魔素濃度が向上したことによる副産物だろう」

「魔素濃度の向上……」


 クラリスは小さく呟き、視線を彷徨わせた。その表情には微かな戸惑いが浮かんでいる。何か思い当たる節があるのかもしれない。あるいは、王太子がその変化に気づき、彼女に知らせていた可能性も考えられる。


「結界のほころびは私が修復しておいた。他の魔術教師たちには伏せてある。無用な混乱は避けたいからね」


 クラリスはじっと私の言葉を聞きながら、表情に陰を落とした。


「だから、公式にはこう結論づけられるだろう──魔術結界には問題はなく、長年訓練区域で生き延びた魔物が魔素を蓄積し、それが暴走した結果だと」


 私の言葉は淡々としていたが、その裏に含むものを感じ取ったのか、クラリスの唇が再びわずかに震えた。


「……ゼノ先生は、なぜ魔術結界にほころびが生じたとお考えですか?」


 彼女の質問に、私は軽く肩を竦める。


「さぁ? ──君のほうが、思い当たる節があるんじゃないかな?」


 紫紺の瞳をじっと見据えると、クラリスはその視線に耐えきれなかったのか、少し間を置いて顔を背けた。その動きはどこか躊躇いがちで、不安を隠しきれていないように見える。


 私は立ち上がり、ゆっくりとした足取りで彼女の座るソファへ向かう。そのまま隣に腰掛けると、それに驚いた彼女が、慌てて身を引こうとした。

 しかし、その瞬間、動きに合わせて体が揺れたのか、彼女は眉をひそめて頭を押さえる。


「……?」

「さて、次は私から質問してもいいかな?」


 彼女が自身の不調に戸惑っている間に、私は優しく微笑みかけた。静かな空間には、焚いた香の甘く深い香りが漂っている。


 ──この香は、特殊な木から抽出されたものだ。強い催眠効果があり、魔素の扱いに長けた者であっても、じわじわとその効力を発揮する。


 どうやらそれが効き始めたようだ。クラリスの瞳は徐々に焦点を失い、その身体が力なく前へ傾いていく。私はそっと彼女の肩を支えた。その感触は驚くほど華奢で、壊れ物を扱うように慎重に、自分の膝の上に横たえさせた。


 完全に意識を手放した彼女を見下ろしながら、私は柔らかな声で囁く。


「さぁ──私に、君のすべてを教えてくれるかな」


ゲーム中のゼノはもっとマイルドなんですが、始めから彼の正体を知っているクラリスには容赦ないです。

次回は3/28(金) 19:00更新予定です。

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