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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第四章 変わり始めたシナリオ

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込み上げる不安 1

 私は、あまりの出来事に言葉もなく、ただうなだれるしかなかった。


 なぜ、私はアレクシスにお姫様抱っこされているのだろう。しかも、多くの生徒が見守る中で。誰か、この状況をなんとかしてほしい。


 すでに訓練を終え、森の外に集まっていた生徒たちが、王太子とその腕に抱かれた婚約者の姿を羨望の眼差しで見つめているのがわかる。お願いだから見ないで、本当に。


「……アレクシス様。もう、歩けます」

「罰だと言っただろう。諦めろ」


 彼は私を抱えたまま、どこか楽しそうな表情を浮かべている。無駄に整った顔立ちを至近距離で見ると、息苦しくなりそうだった。なんというか……王子様すぎる。王子様なんだけど。


 確かに私は、ヘマをやらかした。

 突然現れた規格外の魔物に襲われたリナを見て、頭が真っ白になった。冷静でいるべき場面で我を忘れた自分に、私は頭を抱えたくなる。それどころか、一帯を魔物ごと氷漬けにするなんて……大失態にも程がある。穴があったら入りたい。


 これ以上文句を言っても無駄だろう。仕方ない、甘んじて罰を受けるしかない。


 アレクシスの腕の中で、自分の手をふと見た。そこには、リナの血が付着している。


 ──怖かった。リナが、いなくなってしまうのではないかと思った。


 あのときの恐怖が蘇り、小刻みに震え始めた自分の手を、ぎゅっと握りしめる。


 冷静に考えれば、あの程度の魔物に動揺すべきではなかった。確かに訓練区域には出現するはずのないレベルの魔物だったが、落ち着いて対応していれば、事態をもっと早く収束させられたはずだ。


 私が体をこわばらせたのに気づいたのか、アレクシスが一瞬だけ視線を私に向けた。しかし、それについては何も言わないまま、静かに口を開く。


「……訓練区域にあのレベルの魔物が現れたのは、妙だな」


 彼の声は低く抑えられていて、私にしか聞こえない。私も同じ意見だったので、小さく頷いた。


「はい。あの魔物は郊外に出るような……騎士団が討伐に出るレベルのものでした」

「それが魔素の濃度がコントロールされている訓練区域に出るはずがない」


 その言葉に、胸の奥がざわつく。この状況は何かがおかしい。

 ゲームの中でも、ヒロインが初めて野外活動をする際に、こんなイベントはなかったはずだ。あのときは、好感度の高い攻略キャラと仲良く魔物討伐を楽しむ、平和なイベントだった。

 ……まぁ、魔物討伐して平和もなにもないのだけれど……


 アレクシスの言う通り、これはただの異常事態ではない。何か得体の知れない力が働いている──そう考えざるを得なかった。


 そこまで考えたとき、嫌な予感が頭をよぎる。そんなわけがない、と思う反面、それならばこの不可解な事態に説明がついてしまう。

 胸の奥がひやりと冷たくなり、血の気が引く音を聞いた気がした。


 ──まさか、「古代の神」の影響……?


 あり得ない。いくらなんでも早すぎる。まだゲーム開始から三ヶ月も経っていないのだ。予定より四ヶ月以上早い。


 「古代の神」は、グランドナイトガラの夜、私たちの前にその力を初めて顕現する。その後、ヒロイン──「封印の鍵」の力を持つリナが、その力で「古代の神」を封じ込め、世界を救うのだ。


 少なくとも、ゲームではそうだった。野外活動中に「古代の神」の力が関与するイベントなど、存在しなかったはずだ。


 それなのに目の前で起きた出来事は、記憶にあるゲームの内容とは明らかに異なっている。私はその違和感に寒気を覚えた。


 ふと、急に黙り込んだ私を気にしたのか、アレクシスが足を止める。心配そうな視線がこちらに向けられた。


 しかし、今の私の不安を口にすることはできない。「古代の神」や「封印の鍵」の力について知らない彼に、どこから説明すればいいのかすらわからなかった。


 言葉を探していると、落ち着いた声が耳に届く。


「大丈夫かな、クラリス嬢」


 その声に反射的に身を固くする。ゆったりとした足取りで近づいてきた声の主が、アレクシスの腕の中にいる私を覗き込んだ。


「よかった、ケガはなさそうだね」


 ──ゼノだ。


 彼の視線を受け、私は動揺を悟られないよう努めて顔を向ける。柔らかな微笑を浮かべているが、その冷静すぎる笑顔に、どこか薄寒さを感じた。


「ゼノ先生。訓練区域内の魔素濃度が急激に上がったようだが、何か心当たりは?」


 アレクシスが抑えた声で問いかける。その言葉には見逃せない鋭さがあり、問題を放置した管理者への叱責が含まれているように感じた。


 ゼノは微かに首を振る。


「急激な魔素の濃度上昇があったようですが、何の前触れもありませんでした。これから訓練区域に張られた魔術結界の確認に行ってまいります」


 ゼノの声はいつもと変わらず穏やかだが、どこか含みを感じさせる。その言葉を聞いて、胸のざわつきが増すばかりだった。

 訓練区域には魔素の濃度を制御するため、学園の魔術教師たちが幾重にも魔術結界を張り巡らせている。それを破るなど、通常では考えられない。


 私は無言のままゼノの顔を凝視した。私の視線を正面から受け止めるように、彼は柔らかく微笑む。


「クラリス嬢も本調子ではなさそうだね。リナ君も医務室に運ばれたから、君も行くといい」


 ゼノの穏やかな声が、まるで私の心を見透かしているかのように響く。その視線が私を抱えたアレクシスへと移ると、彼は微笑みを崩さぬまま言った。


「では、後処理をしてまいります」


 ゼノは一礼し、ゆっくりとその場を後にした。


 私は──俯いたまま、奥歯を噛み締めていた。胸の奥に押し寄せる感情の波を、決して外に出さないよう必死に抑え込む。


 ふと、私を支えるアレクシスの腕に力が込められる。それが、何かから私を守ろうとしているように感じられた。


 ──あれがもし、「古代の神」のせいなのだとしたら。


 リナの傷ついた姿が脳裏をよぎり、背中を伝う恐怖が押し寄せる。そのすべてを必死に押し込めた。


 ──冷静でいなければならない。


 しかし、抑えきれない不安感は、私の中で静かに燻り続けていた。


真面目なシーンですが、クラリスはずっとアレクシスに抱っこされてます。

次回はようやくほっこりできそう。3/21(金) 19:00更新予定です。

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 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
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